Change of White Matter Integrity in Children With Hematopoietic Stem Cell Transplantation
概要
【緒言】
造血幹細胞移植 (hematopoietic stem cell transplantation:HSCT) の進歩により白血病や先天性免疫不全症などの生命予後は向上してきた。今後は移植に伴う合併症を減らす事が課題となるが、神経学的評価に関しては報告が少ない。
MRI 拡散テンソル画像 (diffusion tensor imaging:DTI) は水分子の拡散の方向と大きさを定量的に評価できる MRI 撮像技術であり、神経白質の微細な異常を検出するのに有用である。DTI の代表的なパラメーターには fractional anisotropy (FA) や mean diffusivity (MD) があり、白質異常があると FA 値の低下や MD 値の上昇がみられる。
本研究では HSCT が中枢神経系に与える影響を評価するため移植前後に撮像した DTI を解析した。
【対象と方法】
2012 年から 2016 年までに当院で初めて HSCT を施行した 112 例のうち、48 例が移植前後に DTI を撮像した。通常の構造画像で明らかな脳実質の異常を認めた 8 例は除外し、残りの 40 例を患者群とした。また HSCT を受けていない小児で中枢神経疾患のない 28 例を対照群とした。
DTI の撮像は移植前 2 か月以内と移植後 1 から 6 か月以内に行った。3T-MRI (3T Trio, Siemens) を使用し傾斜磁場 12 方向 (b-value=1000 s/mm2)、TR:7800 ms、TE:84 ms、 Matrix:128×128、FOV: 269 × 269 mm2 で撮像を行った。また DTI に加え通常構造画像も同時に撮像した。
Tract-based spatial statistics (TBSS) は多数の症例を対象に全脳を探索的に検討できる脳白質に特化した DTI 解析ソフトである。本研究では TBSS を用いて移植前対対照群、移植後対対照群、移植前対移植後で FA と MD を比較した。また移植後に神経学的評価として Strengths and Difficulties Questionnaire (SDQ) を行った。SDQ は子どもの行動スクリーニング検査で 5 つの領域(行為、多動、情緒、仲間関係、向社会性)からなる。本研究では 5 つの領域のうち全て正常であった症例を正常群、1 つ以上で境界または異常があった症例を異常群とし、正常群と異常群で比較した。
【結果】
患者群と対照群の年齢の中央値はそれぞれ 4.5 歳(範囲 0-19 歳)と 4.5 歳(範囲 0-16歳)で有意差はなかった。患者群の原疾患は固形腫瘍、骨髄機能不全、白血病、原発性免疫不全症、その他であり、転帰は生存 36 例、死亡 3 例、不明 1 例であった。DTI撮像時期の中央値は移植前が 21.5(10-57)日、移植後が 85.5(40-153)日、神経学的評価時期の中央値は移植後 31(11-56)か月であった(Table1)。
TBSS 解析で患者群は対照群と比較して、移植前、移植後ともに広汎な大脳白質で FA 値の低下がみられたが、移植前対移植後では有意差を認めなかった。MD 値は対照群と比較して患者群では移植前は上昇していたが、移植後は有意差がなく移植前後で比較すると低下していた(Figure1)。また TBSS で有意差がみられた部位における FA 値の平均値は全年齢層において患者群は対照群と比較して低下していた(Figure2)。
SDQ は 26 例で評価でき正常群 14 例、異常群 12 例であった。TBSS 解析では SDQの異常群は正常群と比較して移植前、移植後ともにより広汎な大脳白質で FA 値の低下および MD 値の上昇がみられた(Figure3)。
【考察】
今回の DTI 解析では移植前、移植後ともに広汎な大脳白質の異常が認められたが、 HSCT による所見の悪化はみられなかった。これまでに化学療法や放射線療法が大脳白質構造に影響を与える事が報告されている。例えば、小児期に急性リンパ性白血病の治療を受けた患者における成人期での DTI 解析では対照群と比較して FA 値の低下がみられた。また HSCT を受けた患者における DTI 解析の報告は殆どないが、成人において HSCT 施行 1 年後の DTI で MD 値の低下がみられたという報告がある。今回の結果でも同様な経時的変化がみられ、HSCT 以前の化学療法や放射線療法等による大脳白質障害からの回復が移植後の MD 値の正常化に関連している可能性が考えられた。 DTI 解析の異常所見の生物学的性質はまだ完全には理解されていないが、経時的な DTI による評価は中枢神経系の状態を評価するのに有用であると考えられる。
また神経学的評価と DTI 解析の関連性に関しては、認知機能や行動異常等の神経学的評価と大脳白質異常が関連する事が知られている。例えば化学療法や放射線療法を受けた患者では FA 値の低下や MD 値の上昇がみられ、それらの異常は神経学的評価と相関していたという事が報告されている。本研究でも SDQ の異常群ではより広汎な大脳白質障害が存続していた事から移植を受けた児においてもDTI 解析は神経学的評価に有用であると考えられた。
本研究では様々な疾患、年齢層、治療法の患者が含まれているため、多数の要因が DTI 解析の結果に影響を与える可能性がある。また神経学的評価は移植後のみしか行っていないため行動面の異常が移植前から存在していたかは判断が難しかった。
【結語】
HSCT を受けた小児では HSCT 自体よりもそれ以前の原疾患や化学・放射線療法が大脳白質構造に影響していると考えられた。HSCT 後の精神・神経・行動の問題には微細な白質障害が関連しており、DTI 解析は HSCT を受けた小児における神経学的評価に有用であることが示唆された。