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大学・研究所にある論文を検索できる 「絹糸腺分泌物と成虫跗節感覚子を介したカイコとクワの相互作用に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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絹糸腺分泌物と成虫跗節感覚子を介したカイコとクワの相互作用に関する研究

高井, 嘉樹 東京大学 DOI:10.15083/0002001429

2021.09.08

概要

植食性昆虫と寄主植物の間の関係は、一見すると昆虫が植物を一方的に食害しているだけのように見えるが、実際には両者の間に複雑な相互作用が起きている。典型的なのが植物の防御応答である。すなわち、食害を受けた植物は、プロテアーゼインヒビターや有毒な二次代謝産物を産生し、昆虫の食害を抑えようとする。さらに食害を受けた植物は特定の揮発性成分を放出し、植食者の天敵である寄生バエや寄生峰を誘引することがある。食害部位に付着した昆虫由来の成分が、植物の誘導防衛を促進あるいは抑制することが示唆されているが、その分子機構は未解明である。

植食性昆虫の多くは特定の植物のみを寄主とする単食性ないし狭食性の昆虫である。これらの昆虫は、嗅覚器や味覚器によって寄主植物を認識して産卵することで、次代幼虫の生存を保証している。植物が産生する二次代謝産物を、チョウの雌成虫が産卵場所の認識に利用している例が知られているが、寄主認識の機構についての一般的理解には遠いのが現状である。

私は、昆虫-植物間相互作用の理解に貢献することをめざし、古くからの研究蓄積があるカイコとクワをモデルとして利用して、以下の2つの研究を行なった。

(1)カイコの絹糸腺分泌物の桑葉への移行に伴う生態的機能
鱗翅目昆虫の絹糸腺は、絹糸を産生・分泌するための組織として認識されているが、近年、それ以外の機能が報告されるようになった。オオタバコガの幼虫は、タバコの葉を摂食する際に、絹糸腺で産生したグルコースオキシダーゼを植物の損傷部位に塗布し、有害なニコチンの産生のシグナルを抑制させる。絹糸腺の分泌物が、寄主植物へ適応するために一役買っていると考えられるが、カイコの絹糸腺分泌物とクワの相互作用については研究されていない。

高井(2012、修士論文)により、カイコの絹糸腺に、桑葉の香り成分の生成を阻害する因子が存在することが明らかになった。すなわち、桑葉を破砕する際に、絹糸腺抽出物を添加すると桑葉の香り生成が阻害される。しかし、この阻害因子が本当に幼虫の体外に分泌されて桑葉と相互作用するのかどうか、また実際に桑葉の香り生成を阻害するのかどうかについては検証されていない。本研究では、初めに走査型電子顕微鏡(SEM)を用いてカイコの摂食した桑葉の食痕を観察した。食痕には高頻度で絹糸が付着しており、摂食時にカイコの幼虫が、積極的に絹糸腺分泌物を吐き出していることが推定された。次に、絹糸腺の分泌機構を人為的に阻害したカイコ(吐糸口焼灼幼虫)を用いて、焼灼幼虫と無処理幼虫が摂食した桑葉の香りをGC-MSで分析した。その結果、両実験区とも、桑葉由来の13種類の揮発性成分が検出された。この内10種類の揮発性成分(テルペン類及びサリチル酸メチル)については、実験区の間で顕著な差がなかった。しかし、残り3種類の揮発性成分、すなわち(Z)-3-hexen-1-ylacetate、(Z)-3-hexen-1-ol、および(Z)-3-hexen-1-ylbutanoateに関しては、焼灼区で3~4倍に増加していた。これらの揮発性成分は、みどりの香り(Green leaf volatiles; GLVs)と呼ばれており、損傷を受けた高等植物の葉が産生する普遍的な香り成分である。摂食時に、無処理幼虫は、絹糸腺分泌物を用いてGLVsの生成を阻害していると考えられる。

次に、GLVsの生成阻害は、幼虫にとってはどのような意味があるのかを調査した。昆虫の食害によって誘導される植物の揮発性成分(Herbivore-induced plant volatiles; HIPVs)は、植食性昆虫の天敵(寄生峰や寄生バエ)を誘引することが明らかになっている。ヤドリバエ科のZenillia dolosaは、カイコの幼虫に寄生する寄生バエの一種である。吐糸口焼灼カイコと無処理カイコにそれぞれ桑葉を与えてHIPVsを捕集した。HIPVsに対するZ. dolosaの雌成虫(交尾後)の応答を調査した結果、無処理区のHIPVsに対する産卵率は30.4%、焼灼区のHIPVsに対する産卵率は65.2%となった。この結果から、絹糸腺分泌物によるGLVsの生成阻害は、寄生バエの産卵を回避する役割があることが示された。

絹糸腺抽出物の過酸化脂質脱水酵素Bombyx mori fatty acid hydroperoxide dehydratase(BmFHD)が、リノレン酸13‒ヒドロペルオキシド(GLVs生成経路中間体)を分解することが、高井(2012、修士論文)によって示されている。本研究では、絹糸腺から精製したBmFHDが、桑葉におけるGLVsの生成阻害活性を有するか否かを調査した。桑葉と精製BmFHDをホモジナイズし、破砕によって生じる桑葉の揮発性成分を抽出、GC-MS分析を行った。その結果、BmFHDが実際にGLVsの生成を阻害することが示された。

次に、桑葉の食害痕に、どの程度のBmFHDが付着しているかを知るために、食害葉の浸漬液を濃縮して、抗BmFHDウサギポリクローナル抗体によるウェスタンブロッティングに供した結果、桑葉の食害痕1g当たり約32µgのBmFHDが付着していることが分かった。GLVsの生成を阻害するのに必要なBmFHDは、1gの桑葉あたり3.4µg以上であるので、食害痕に付着していたBmFHDは、GLVsの生成を阻害するうえで充分な量であると考えられた。

さらに、定量PCRによってBmFHD遺伝子の組織特異的発現と時期特異的発現を調査した。BmFHD遺伝子は、中部糸腺の前区で特異的に発現しており、その他の絹糸腺部位をはじめ、頭部、唾液腺、消化管、マルピーギ管、脂肪体、表皮ではほとんど発現していなかった。そのため、中部糸腺の前区を用いて時期特異的発現を調査した。BmFHD遺伝子は、4齢2日で高い発現量を示し、眠期にかかる4齢3日には急激に発現量が減少した。その後、5齢0日から5齢4日にかけて高い発現量を示し、吐糸・営繭が始まる5齢5~6日目になると殆ど発現していなかった。BmFHD遺伝子が、摂食期(成長期)に高い発現量を示すことは、BmFHDが桑葉のGLVsの生成を抑制し、寄生バエの産卵を防ぐ役割を果たしているという上述の仮説に合致している。ゲノム情報を検索すると、カイコ以外の鱗翅目昆虫も、BmFHD遺伝子のホモログを複数有していることが分かった。そのため、FHDがGLVsの生成を阻害する現象は、他の鱗翅目昆虫にも存在する可能性がある。

(2)クワコとカイコの成虫跗節に存在する味覚感覚子の微細形態と電気生理学的特性
クワコは、カイコにごく近縁の野生種である。単食性昆虫であるクワコは、雌成虫が桑樹に産卵しなければ、孵化した幼虫が餌に辿り着けずに死んでしまう。一方カイコでは、交尾した日に、ほとんどの卵を紙の上に産卵し、クワの存在は不要である。ナミアゲハにおいて、成虫跗節の味覚感覚子が、産卵場所の認識および決定に必須の役割を果たしていることが知られており、同様の機構がクワコにも備わっている可能性がある。本章の研究では、クワコの成虫肢に存在する感覚子の機能解析を行い、カイコにおいても同様の解析を行うことで、家畜化の影響を考察した。

東京都西東京市で採集したクワコと、それと同程度の体サイズを有するカイコN4系統を用いて成虫肢の形態観察を行った。実体顕微鏡による観察の結果、前肢、中肢、後肢とも、第5跗節に味覚感覚子と思われる毛状突起が密集して存在していた。第5跗節について、走査型電子顕微鏡による詳細な観察を行った結果、両種とも、雌雄ともに、2種類の感覚子、すなわち太型感覚子(基部約9µm)と細型感覚子(基部約6µm)が存在していた。細型感覚子の本数は8-13本であり、種間や雌雄で顕著な差がなかった。一方、太型感覚子の本数は、種間および雌雄間で異なっており、前肢の太型感覚子の本数は、クワコ雌で約66本、クワコ雄で約10本、カイコ雌で約38本、カイコ雄で約11本であった。この結果から、雌成虫は、雄成虫に比べて太型感覚子の本数が多いことが分かった。系統による差異を知るために、カイコp50T系統および錦秋×鐘和の雌成虫についても同様の調査を行ったところ、前肢の太型感覚子の本数は、p50T系統で約45本、錦秋×鐘和で約61本であった。この結果から、カイコの感覚子の本数は系統によって異なることが示され、体サイズの大きい系統ほど感覚子の本数が多い傾向があった。しかし、いずれのカイコの系統においても、表面積あたりの太型感覚子の密度が、クワコに比べて顕著に減少しており、家畜化の影響を窺わせた。

太型感覚子が味覚感覚子であることを確かめるために、チップレコーディング法を用いて、桑葉の水溶性抽出物に対する太型感覚子の電気生理学的応答を調査した。桑葉抽出物および10mMNaCl(対照区)に対する応答を記録し、桑葉抽出物に強く応答する太型感覚子を探索した。その結果、クワコでは、ほとんどの雌成虫の前肢第5跗節で、桑葉抽出物に強く応答する太型感覚子が確認できた。一方、カイコN4系統では、5頭の雌成虫を用いて130本以上の太型感覚子の応答を調査したが、桑葉抽出物に強く応答する感覚子は見つからなかった。これは、カイコ雌成虫の産卵にクワが必要ないことと符合する結果である。

クワコの太型感覚子の電気生理学的応答は、クワの抽出物の濃度に比例して変化することから、クワの成分に対する特異的な応答である可能性がある。そこで、桑葉抽出物に強く応答する感覚子を用いて、6種類のクワ科植物の葉の抽出物に対する応答を調査したところ、ハリグワ、イチジク、カジノキ、ガジュマル、イヌビワの抽出物に対してはほとんど応答を示さなかった。しかし、クワクサの抽出物に対しては顕著な応答が認められた。なお、クワクサに対する応答は接触後、徐々に激しくなるのに対して、クワに対する応答は接触直後が最も激しく、徐々に落ち着きを見せた。この結果は、クワとクワクサに応答する味覚細胞が別々の細胞(異なる味覚受容体遺伝子を発現する細胞)であることを示唆している。さらに、桑葉抽出物がクワコ雌成虫の産卵数を有意に増やしたことから、跗節感覚子の機能の1つが産卵場所の認識であることが示された。

以上、本研究は、カイコ・クワコとクワの間に、従来知られていなかった2種類の相互作用が存在することを明らかにした。1つはカイコの幼虫が、絹糸腺分泌物を利用して桑葉の香り成分の産生を阻害し、それによって寄生バエに産卵される可能性を低下させていることである。もう1つは、クワコの雌成虫が、跗節の味覚感覚子で桑樹を認識・産卵することにより、効率的に次世代を残していることである。これらの知見は、カイコとクワの関係性の解明のみならず、広く昆虫-植物間相互作用の理解にも貢献するものである。