富山県砺波地域における自然災害と伝統的災害対応の再評価
概要
富山県砺波地域は、北に向かって流下する庄川と小矢部川の流域であり、山間部の深い谷と平野部の扇状地からなる地形が特徴である。山間部の河川沿いには世界遺産である五箇山の合掌集落に代表される集落が存在し、扇状地地形を持つ砺波平野には日本有数の散村景観が展開している。一方、砺波地域では古くから洪水や風害、表層雪崩などの自然災害が多発してきた。近年は土砂災害も多く報告されている。その結果として、この地域では霞堤や松川除、聖牛、雪持林、屋敷林などのさまざまな伝統的災害対応が生み出されてきた。山間部の五箇山にみられる雪持林は雪害や土砂災害に対応したものである。また、平野部に展開する屋敷林は散村景観の構成要素であるが、防風機能に加え、水害や雪害への対策でもある。このような伝統的災害対応は複数の自然災害に対応するものであるが、近年の極端気象などによるさまざまな災害への備えとして、現在再び多様な生態系を活用した災害対応を見直すことは重要である。
本論文では、自然災害リスクの回避に有効な地域社会に伝えられてきた典型的な伝統的自然災害対応の継承のための方向性の検討と、災害に対する「賢い対応」の再評価を富山県砺波地域において行うこととし、①明治期以降の自然災害履歴を可視化し、町村単位で自然災害の種類や頻度などの地域特性を明らかにすること、②山間部の雪持林と平野部の屋敷林に特に注目し、その変遷を把握し、それぞれが持つ機能の今日的な評価を行うこと、③それらを踏まえた上で、今後の伝統的災害対応の保全・活用のあり方を明らかにすること、を目的とした。
第1章は序論である。まず既往研究を検討し、地域の自然災害履歴から自然災害の特徴の把握を行った日本各地における研究を概観した結果、地域内で起こる複数種の自然災害を包括的にとらえ、地域の自然条件および社会背景を踏まえた自然災害への対処法に踏み込んで分析している研究はそれほど多くないことを指摘した。また、伝統的災害対応の考え方および過去の事例研究を整理し、今日における伝統的災害対応の再評価の重要性について考察した。以上を踏まえた上で、本研究の目的と意義を示し、最後に本論文の構成について述べている。
第2章では、砺波地域の自然災害の地域特性の検討を、明治期以降の文献調査および地理的分布の解析を通して行った。その結果、本地域における災害発生頻度は各町村で大きく異なり、変動してきたことが明らかになった。水害、風害、雪害および土砂災害のいずれの災害種も、それぞれの地域の地形や河川との関係などの影響を強く受けていた。一部の町村では、複数種の自然災害が多発する場所がみられた。現在に至るまでにさまざまな災害対策は進んできたが、災害リスクは必ずしも減少していないことも認められ、集落や住宅レベルでの伝統的災害対応が重要であることが示唆された。
第3章では、山間部の五箇山に伝えられる雪持林に注目し、過去の資料、聞き取り調査、各林分の現地調査や分布調査によって、現状の評価を行った。その結果、現在では一部は雪崩防止保安林としての指定を受けているが、伝統的な雪持林は各集落背後の急斜面に位置し、保全されてきたこと、現在もブナ、トチノキ、ケヤキなどの大径木が優占する天然林が維持されていることが明らかになった。一方で、法的な担保がないことから、食糧難、植林政策、雪崩防止のための公共事業など、時代ごとの社会・経済の影響を受けて土地利用状況や林種が変化しやすかったことも示唆された。また現在では、人手不足や資金不足が原因となって管理放棄に至る危険性があることが明らかになった。
第4章では、平野部の砺波平野に多く存在する屋敷林に注目し、砺波市五郎丸地区を対象に、過去の地図や資料、先行研究の検討、聞き取り調査、現地調査に基づく図面化などを通して、現状の評価を行った。その結果、現在では屋敷林に対する価値観が変化し、本来の防風や防雪といった防災機能を求めない屋敷林が現れていること、それらは高木がない庭園型あるいは従来型との中間的な型の屋敷林と位置づけられることを明らかにした。しかし一方で、従来型の屋敷林も一定数残存しており、地域の在来樹種で構成される高木層に加え、果樹、庭木、薬草なども維持されることによって、地域特有の建築材、食料等の資源利用の場、あるいは生物多様性維持の空間としての機能が維持されていることが明らかになった。
第5章では、第2章から第4章の成果を統合し、総合考察を行っている。その概要は以下のようである。砺波地域においては自然災害が現在も多発しているが、さまざまな伝統的災害対応は今日においても注目する必要がある。その機能の維持のためには、従来行われてきた資源利用に加えて新たな資源利用も視野に入れた管理や計画が必要となる。また、生態系サービスの観点から見ると、調整サービスに加えて、供給サービスや文化的サービスも提供する存在である。さらに、グリーンインフラとしての多面的な効果も期待できる。砺波地域には本論文で取り上げた雪持林や屋敷林以外にも伝統的災害対応が存在することから、今後はこれらの機能の解明も行い、防災に加えて、生態系保全や景観形成等の観点も取り入れた、地域ぐるみの維持管理が必要である。