太陽光により自律的に透過率変化を誘起するスマートウィンドウの創出
概要
1. 緒言
近年,スマートウィンドウが注目を浴びている.スマートウィンドウとは,光の透過度を変調することができる窓のことを指し,直射日光を遮ることやプライバシー確保等の用途がある.また,冷暖房を使用すること無く快適な室内環境を保つことができるため,省エネ技術としても期待されている.スマートウィン ドウの実現に向けては,ヒドロゲルや液晶,酸化金属,ペロブスカイト等を利用した数多くのアプローチがなされている․1
なかでも,液晶/高分子複合材料は様々な外部刺激に応答することから,現在実用化の段階にある.この系では,液晶と高分子の屈折率が一致する場合に入射光が透過し,液晶の配向変化に伴い各ドメインの屈折率に差異が生じると入射光は散乱する.一般に,液晶の配向は熱や電気刺激に応じて変化するが,フォトクロミック分子を導入すると,光により配向変化を誘起することができる.
フォトクロミック分子であるアゾベンゼンは,光に応答して可逆的に異性化する.アゾベンゼンのトランス体は棒状の分子形状を示すため,同じく棒状分子から構成される液晶中において相の安定化に寄与する.一方,シス体は屈曲した形状をしており,液晶の配向秩序を乱す.従って,一定量のアゾベンゼンを含む液晶においては,光照射に伴い等温的に相転移が誘起される(光相転移)․2
液晶の光相転移は,光駆動型スマートウィンドウに応用されている․3 しかし,従来系では駆動に紫外光照射を必要とするため,主に可視光から構成されている太陽光には応答しない.これは,導入されたフォトクロミック分子の可視光への応答性が低いことに起因する.太陽光駆動が実現すれば,調光に人為的な操作は不要である.また,電源装置を取り付ける必要が無くなるため,あらゆる場所への導入が可能になる.
そこで本研究では,可視光に応答するアゾベンゼン誘導体を導入した液晶/高分子複合材料を作製することにより,太陽光をエネルギー源として自律的に透過率変化を誘起するスマートウィンドウの創出を目的とした.
2. 実験
2-1.可視光応答アゾベンゼンの合成および評価パラ位に電子供与基および電子求引基を有するアゾベンゼン誘導体を合成した.次に,合成したアゾベンゼン誘導体の太陽光照射下におけるシス体分率を評価した.シス体分率はオールトランス,オールシスおよび太陽光照射下における吸収スペクトルから求めた.ただし,オールシスの吸収スペクトルは,Fischer法を用いて算出した․4
2-2.液晶/高分子複合材料の作製
スメクチックA相およびキラルネマチック相を呈する液晶組成物を調製した.次に液晶組成物,アゾベンゼン誘導体,重合性液晶,光重合開始剤からなる混合物を100 ˚Cに加熱し,ITO膜をコートしたガラスセルに封入した.室温まで降温した後,電圧印加(AC 20–30 V)により液晶をホメオトロオピック配向させた状態で光照射(366 nm,5 mW/cm2,30 min)を行い,液晶/高分子複合材料を得た.
2-3.サンプルのSEM観察
サンプル(セルギャップ: 20 µm)をヘキサンに7日間浸漬し,低分子成分を取り除いた.溶媒を真空乾燥(24 h)した後,サンプルの側面からSEM観察を行った.
2-4.サンプルの透過率測定
38 ˚Cにおいてサンプル(セルギャップ: 5 µm)に擬似太陽光(AM 1.5G)を照射し,透過率変化を測定した.透過率は,セルを通過したプローブ光の検出強度から算出した.ただし,セルを設置していない場合の検出強度を透過率100 %と定義した.
3. 結果及び考察
合成したアゾベンゼン誘導体の吸収スペクトルを図1に示す.トランス体の極大吸収波長は430 nmの可視域に観測された.また,擬似太陽光の照射によりトランス–シス光異性化が進行し,光定常状態におけるシス体分率は45 %に達した.
測定したSEM像を図2に示す.高分子ネットワークがセルの上下にわたり形成されていた.柱状部の直径が1 µm程度であることから,高分子が凝集してネットワークを形成していると考えている.
作製したサンプルの写真,駆動メカニズムおよび透過率を図3a–cに示す.初期状態において,アゾベンゼン誘導体の吸収帯が存在しない550 nm以上の波長域では,サンプルは高い透過率を示した.これは,高分子ネットワークの存在により,高い分子配向秩序を有するスメクチックA液晶が,系内で均一にホメオトロピック配向しているためである.
サンプルに擬似太陽光を照射すると,直ちに散乱状態への変化が生じ,可視域における透過率が減少した.これは,アゾベンゼン誘導体のトランス–シス光異性化を引き金とし,液晶がスメクチックA相からキラルネマチック相へ光相転移するためであると考えている.また,強い光散乱が生じる要因については,液晶と高分子ネットワーク,あるいは液晶ドメイン間で生じるミー散乱であると推察している.その後,散乱状態のサンプルを暗所下に放置すると,透過状態に復元した.アゾベンゼン誘導体のシス–トランス熱戻り異性化に伴い,液晶が元のスメクチックA相へと相転移するためであると考えている.
4. 結論
可視光応答アゾベンゼンを導入した液晶/高分子複合材料を作製した.作製したサンプルの透過率は,太陽光照射により自律的に変化した.この材料は電源装置を必要としないため,建物や自動車,飛行機などあらゆる場所においてスマートウィンドウとして利用できると考えている.