廃校の社会史と廃校活用による地域活性化に関する研究 ―農山村地域資源の活用事例を中心としてー
概要
我が国は自然や農林水産資源が豊富な島国であり,このような地理的・風土的特徴を持つ国は稀である。しかしグローバル化の進展と産業空洞化によって地域経済は衰退し,少子高齢化により地域社会の活力は減退して,国土の均衡なき停滞の下で地域は消滅の危機に直面している。他方,新型コロナウイルスの世界的流行によるサプライチェーンの断絶は,行き過ぎたグローバル化のリスクを顕在化させ,今後の地域づくりにおいて,“局地的地域経済”の再構築を通じた持続可能な地域づくりの必要性が明らかになった。そこで本研究では,人口減少の典型地域である農山村地域における廃校問題をとり上げ,廃校活用による地域経済および地域社会の活性化を主題として設定した。全国では毎年約500校の廃校が発生しており,1,741市区町村の多くがその対応に苦慮していることを踏まえれば,本研究の意義は大きいといえる。
研究目的の第1は,これからの地域活性化における内発的な経済的・社会的活性化の重要性と,廃校活用による地域活性化の社会的意義を明らかにすることである。第2の目的は,特に地域社会と密接な関係にある小学校が,廃校となっても備えている地域的価値を明らかにし,地域活性化拠点としての優位性が高いことを明確にすることである。第3に,人口減少が先行する農山村地域における廃校活用事例の実態分析によって,経済・社会両面における地域活性化実現のための重要項目の選択肢を解明することを目的とした。以上の点に主眼を置き,論文を展開することとした。
研究内容としては,まず,戦後の国土計画の下で農山村地域が人口減少の典型地域となった背景と内発的発展の重要性を確認し(第1章),次に,廃校の社会史検証により,人口減少地域における廃校問題の社会的問題としての位置づけを検証した(第2章)。第3に,学校史の分析を通じ,地域社会における小学校の地域的価値と,地域活性化拠点としての優位性を明確化した(第3章)。第4に,国による少子化対応政策としての廃校活用の展開を概観し(第4章),第5に,現局面における廃校活用による多様な地域活性化事例から廃校活用における特徴的な項目を考察した(第5章)。第6に,農山村地域資源の多面的活用を実現している事例の実証的分析を通じて,経済的および社会的地域活性化の実態と重要項目の選択肢を解明した(第6章~第10章)。終章では,研究成果を総合的に考察し,人口減少地域において廃校活用による地域活性化拠点構築を図る際の重要項目についてまとめた。
本研究の結果,明らかになったのは以下の諸点である。まず第1に,廃校は人口減少の典型課題であり,廃校活用の検討は地域にすむ人々自身による問題認識,解決策検討,実践の重要な機会である点である。特に農山村地域は1970年代には既に人口減少に転じていた「課題先進地」であり,農山村地域における地域活性化において「内発的発展」が重視されていることに着目するべきであろう。また,今後の地域活性化においては,行き過ぎた経済のグローバル化に対して,地域経済・地域社会を再構築し,人口減少や若者流出を食い止めることが重要であり,持続可能な地域活性化のための「地域資源の多面的活用」,これらを活用する「新たなネットワーク形成」,地域主体(ローカルイニシアティブ)による「局地的地域経済の再構築と雇用創出」が必要である。
第2に,廃校研究に関する1,139文献の整理から,高度経済成長期において既に,農山漁村や島嶼における過疎と廃校の問題,地域産業の衰退,都市部における過密,地域コミュニティの変容,学校統廃合,高速道路や架橋に伴う地域の再活性化など地域課題が発生しており,課題先進地において多くの知見が蓄積されていることが明らかになった。2000年以降のいわゆる構造不況期においては,廃校論文の報告件数が年30-60件とそれ以前の約3倍に急増し,廃校は全国的共通の社会問題である位置づけが確認された。
第3に,近代日本教育史および近代学校建築史から地域社会と小学校の関係の変遷を考察し,学校施設が備えるべき機能が提示されている小学校施設整備指針の分析から,現在の小学校施設が備える地域的価値を検証した。集落に密着した寺子屋として始まった小学校は,明治中期から幾度もの地震や台風被害を経て,地域の防災拠点となる立地と建物構造が確保され,日当たりが良く,児童が歩いて通える地域内利便性の高い優良立地に配置されている施設であり,廃校となっても地域的価値は高く,地域活性化拠点として優先的に検討すべき施設である事実が解明された。
第4に,少子化時代において公立小中学校等の遊休公共施設の有効活用を図るべきであるとの1996年の会計検査院の改善意見を起点とした,廃校活用に関する政策を概観した。財務省・文部科学省からは,学校適正規模化(効率化)・学校統廃合などの政策が提示され,国土交通省・農林水産省などは廃校を地域交通や農林水産業を維持するための地域活性化拠点として活用する支援・啓発を展開していた。1996年から近年まで,廃校活用に着手する政策や規制は急激に変化し,廃校活用はこれらに左右されてきた。近年においては,「官から民へ」の規制緩和が定着し,周知やマッチング支援による「民間知見の活用」が進展していた。
第5に,現局面における廃校活用による地域活性化の状況は,「もう一度学び舎として活用する」,「町の新名所になる」など,地域の工夫によって多様な廃校活用が展開されていることが明らかになった。また,内閣府による廃校活用支援事業「BACKTO廃校プロジェクト」掲載210事例(2019年11月時点)から,農山村地域資源の多面的活用33事例を抽出し,廃校施設の所有や運営の形態に関する情報を得られた26事例を考察したところ,譲渡が4事例であり,22事例は自治体所有のまま指定管理あるいは有償貸与されていた。廃校活用とは,自治体が管理してきた公共施設を別の主体による運営に転じる事象であることから,「所有・管理と運営の適切化」によって,将来にわたって地域経済・社会との関係性を構築しておく必要性が示唆された。以上の分析を通じて,地域活性化ならびに廃校活用における重要項目は,①内発的な活用主体,②地域資源の多面的活用,③民間知見の活用,④新たなネットワーク形成,⑤局地的地域経済の再構築と雇用創出,⑥廃校の所有・管理と運営の適切化,であることが解明された。
第6に,33事例の中から,施設の所有・管理と,運営の形態が異なる4事例を抽出し,廃校活用に至る背景および地域活性化の実態について分析した((1)~(4))。
(1)和歌山県田辺市における「秋津野ガルテン」は,廃校施設が民間に譲渡され,農業法人が運営している廃校活用事例である。柑橘類を中核的な地域資源とし,直売所・ジュース加工・ジャムづくり体験・レストランなど多面的に活用している。また,入会林野に基づく強固な共同体基盤に根差した,内発的な廃校活用主体が形成されていることが特徴である。開業後10年が経過した2018年時点での年間平均集客人数は約70,000人,2017年度の売上は7,000万円とされる。同地区出身で地域外大企業での勤務経験があるキーパーソンがUターンして地域づくりに関与しており,地域内外のインターフェースを担っている。
(2)茨城県行方市における「なめがたファーマーズビレッジ」は,平場農村の典型地域におけるJA主導による企業誘致型の廃校活用である。中核となる地域資源は「甘藷」であり,JAなめがた甘藷部会が中心となって,通年出荷・品質・規格の細分化等を推進している。また,消費者や取引先ニーズを把握できる販売戦略を1990年代から展開しており,これが契機となって,取引先であった「白ハト食品工業株式会社(本社:大阪)」の食品加工工場誘致に繋がり,白ハトが工業団地より価格が安い小学校跡地を希望したことから廃校活用に至ったとされる。交流人口は40万人,200人の雇用を創出し,20haの農地では加工用さつまいも生産が行われ,野菜などの地域資源はレストラン等で活用されている(2017時点)。
(3)千葉県鋸南町における「都市交流施設・道の駅保田小学校」は,中山間地域において自治体主導により廃校活用を起点として地域活性化を図った事例である。特徴は,自治体の人口減少および高齢化に対する危機意識から廃校活用の検討が開始された点にある。また,廃校の地域的価値(アクセス,耐震改修)を意識した活用計画を立案したこと,多様かつ重層的な事業展開を通じて新たな外部人材の投入およびネットワーク形成を推進した点も特徴的である。中核となる地域資源は,多品目少量の農産物で,この特徴を活かした直売所売上は年間約1億円,出荷組合員1人当たり年約40万円の所得向上を実現している(2018)。交流人口は約70万人で,60名の雇用が創出されている。
(4)千葉県南房総市の「シラハマ校舎」は,民間主導による中山間地域における廃校活用事例である。同施設は半島最南端の海をのぞむ山沿いに立地しており,中核となる地域資源は景観とされ,ドイツのクラインガルテンをイメージした「廃校+農園」をコンセプトに,シェアオフィス・レストラン・小屋付き区画の提供などが展開されている。首都圏の二地域居住者などの利用が多く,2020年6月時点で,シェアオフィスおよび区画はすべて成約済となっている。また,7町村合併により旧町村全体の活性化を企図した自治体が,廃校等の跡地を活用して積極的に企業・企業が誘致を推進し,この結果,多様な民間知見が導入された点にも特徴がある。
以上の代表事例分析を通じて,廃校活用による地域活性化における重要項目,①内発的な活用主体,②地域資源の多面的活用,③民間知見の活用,④新たなネットワーク形成,⑤局地的地域経済の再構築と雇用創出,⑥廃校の所有・管理と運営の適切化,に関して,各々の地域特性に応じた力点の置き方,各項目に対する主な選択肢を解明することができた。
以上の結果を総合的に考察すると,①内発的な活用主体としては,地域住民団体・農林漁業団体・自治体などが認められ,地域活性化に取り組む組織が地域内に存在する場合には,これらの組織が廃校活用主体となることが期待される。しかし,活力が減退した地域においては,千葉県鋸南町の事例のような「自治体主導による廃校活用」あるいは千葉県南房総市のような「廃校活用の担い手となる企業・起業家の募集,候補の支援」等の選択肢が考えらえる。
②地域資源の多面的活用においては,茨城県行方市の「甘藷」,和歌山県田辺市の「柑橘類」など地域特産品に特化した,直売・加工・体験など多面的な活用を図ることがひとつの選択肢である。一方,千葉県鋸南町では狭隘な農地で生産される「多品目少量作物」に着目した直売所設置,千葉県南房総市では「景観」に特化した施設整備を推進していた。全国の農山村地域に存在する地域資源の多面的活用の選択肢として参考になる。
③民間知見の活用は,Uターン者,地域外企業,外部人材の登用などにより実現されていた。手法は一般的であるが,外部人材や新しい民間知見を地域側が受入れ“よそ者の排除”のような地域閉鎖性を打破できるか,実力がある外部人材や企業であるかなど,個々の特性が課題となっている可能性もある。今後の研究における着眼点としたい。
④新たなネットワーク形成では,道の駅での農産物販売から二地域居住による新たなコミュニティ形成まで,運営者と利用者の関係性には濃淡があることが推察された。千葉県南房総市の事例では,都市住民に対しての拠点提供にとどまらず,「二地域共同体」とする地域コミュニティの提供を目指しているとされ,都市住民と地域住民の関係性深化の新たな手法として注目される。一方,二地域居住者のコミュティが,地域の中でコロニー化する危惧もあり,既存の地域社会との連携の展開が注視される。
⑤局地的地域経済の再構築と雇用創出では,廃校を直売所,食品加工など地域資源に立脚した多様な地域経済主体との連携拠点として活用することにより,地域内の経済活性化が期待できる。茨城県行方市の事例では,JA・農家・地域外企業の出資による農業生産法人が設立されており,組織的な地域経済活性化が期待される。しかし一方で,地域が生産・原材料供給に特化し,地域外企業が加工以降のバリューチェーンを総合的に担う分業による連携を期す場合,他の地域がより安価な原材料供給等を実現した際には,廃校の位置する地域経済が一気に空洞化する「ローカル・スプロール(虫食い)リスク」がある。地域側は,新たな起業等の関連事業の活性化支援を通じた地域内経済循環の強化などの防御策の構築が必要であろう。
⑥廃校の所有・管理と運営の適切化においては,大きく分けて,譲渡する場合と,廃校活用後も自治体が施設の所有・管理を継続する場合とがある。第1の譲渡する場合においては,地域との関係性の希薄化および利益の独占の懸念が高まることから,運営には地縁団体や地域に関係性の深い農業法人が関わることが重要となる。和歌山県田辺市の事例では,地縁団体が立ち上げた農業法人が運営にあたっており地域社会に根差した運営が期待できる。第2の所有・管理を自治体が継続する場合には,運営は「売上・利益・雇用創出」を実践できる株式会社等に指定管理或いは有償貸与することが望ましい。しかし,運営主体に事業を任せきりにせず,地域の多様な経済主体とともに地域経済活性化を図っているか等の継続的なチェックが必要があろう。この点において,千葉県鋸南町の事例では,活用開始後も連絡調整会議において町内事業者の販売比率等を継続的にモニタリングした点は参考になる。
以上,本論文では,“負の遺産”とされてきた廃校が備える地域的価値を明らかにし,経済・社会両面における地域活性化拠点として新たに再生が可能であることを実証的に解明した。また,廃校活用による地域活性化の実現にあたっては,①内発的活用主体,②地域資源の多面的活用,③民間知見の活用,④新たなネットワーク形成,⑤局地的地域経済の再構築と雇用創出,⑥廃校の所有・管理と運営の適正化が重要であることを明らかにした。今後も少子化は進展し,廃校は発生し続ける。本研究の内容と成果を基に,廃校活用による地域活性化の今日的な進展が期待される。