「急性期病院の退院支援看護師の看護実践活動に関する研究」
概要
日本を含む多くの国々において高齢化が進み、医療費の削減が課題となっている。
医療における高齢者医療の問題は、高齢患者は多併存疾患を有することにより、急性期治療の結果、回復の可能性の予測が困難であると同時に、急性期を脱した後の療養生活の再獲得や在宅療養の継 続、自己管理に困難さがある。例えば、高齢患者の認知機能の低下に伴う自己管理行動の困難さ、療養生活の支援者の不在がある。その他、療養支援者がいる場合でも支援者の高齢化、認知機能が低下しているといった問題もある。
今日の日本の医療費は高齢者への割合が増加しており、その適正化が課題として挙げられている。また、高齢患者の入院治療が高齢者の回復を妨げる可能性もあり、急性期から在宅医療への移行への適正さも課題となっている。
日本では医療費の適正化と削減の課題に対して、急性期・回復期・慢性期医療に応じた病院機能の分化、在院日数の短縮、在宅医療の推進がなされている。(厚生労働省:平成 28 年診療報酬改定概要、平成 30 年度診療報酬改定概要 )。在院日数の短縮は医療サービスの効率的・効果的な提供が不可欠であるため、医療の質の向上につながる。しかし、継続ケアの環境整備が不十分なままに退院することによる、再入院率の増加、合併症発症の増加、それに伴う医療費の増加、また、患者満足感の低下といった課題がある(中澤.2004)。また、高齢者にとっての急性期治療や在院日数の短縮は、善い面ばかりではない。例えば、単身世帯や老夫婦、夫婦片方あるいは両方が認知症の世帯の増加など家族介護力が低下していること等から、入院早期より急性期治療を行いながら、退院後の患者の病状、療養生活を見据えた退院支援(discharge planning)が重要視されている。
入院早期からの退院支援の実施は、医療費の削減や在院日数の短縮につながること等が多くの研究で報告されている。退院支援に関する Shepperd らのシステマティックレビューによると、個々の患者に合わせた退院支援計画の実施は、在院日数の減少、再入院率の減少、経費削減、患者・介護者の満足度と関連することが報告されている(Shepperd,S.2016)。一方で、看護師による退院支援の介入研 究に焦点をあてたシステマティックレビューでは、一部の国を除いて有意な再入院率の減少やQOL の向上はみられていないなど、調査対象者や介入内容によって結果が一部異なっている(Cedric M. 2018)。
日本の高齢患者の退院支援政策は、看護師と社会福祉士の両職種が協働し、2010 年の診療報酬の改定により、退院支援部署を設け、退院支援の強化に取り組んだ。日本における退院支援に関する研究では退院支援が必要な患者のハイリスクスクリーニング票の開発(乗越、2000. 森鍵、2008)、退院支援システムの実態調査(Satoko N. 2012)、退院支援看護師の実践内容(Hikari.T. 2011)等が報告されている。しかし、急性期を脱した高齢患者の問題は、療養生活の環境や経済への支援といった社会福祉の支援も重要であるが、高齢患者の療養生活の基盤となる日常生活の維持、疾患の自己管理なしに再入院率の改善、生活の質の維持向上はできないと言える。在院日数が短縮することで、疾患および治療に伴う合併症の不確実性が高い状態で退院することとなることで、退院指導や退院後の看護のフォローアップの難しさがある。一方で病棟看護師とは異なる立場で退院支援における看護の役割が重要とされているが、それを担う看護師の適正についての議論は始まったばかりである。
臨床で看護に携わる看護師の困難感については、がんの臨床治験コーディネーターの看護師の困難感(Kazufumi.M. 2011)や Amyotrophic lateral sclerosis(ALS)の終末期医療における Home-care nursing の困難(Mitsuko.U.2012)、病棟看護師の退院支援における障壁(Jane G. 2013)はあるが、退院支援看護師(Discharge Planning Nurse)の日々の実践活動に対する困難感に関する研究は皆無である。退院支援看護師が具体的にどのような実践活動に困難感を抱いているかを明らかにすることは、退院支援看護師の看護実践の質の向上につながると考えられる。
退院支援看護師は退院後の療養生活を送る上で複雑で多様な課題を抱える患者・家族を対象に退院支援を行うため、退院支援看護師の実践活動は、対象者やその人の置かれている状況により、具体的援助内容は変化すると考えられ、実践の中で困難な場面に遭遇する機会が多いことが推測される。
Schon は行為と思考の関係の在り方として、それまでの経験して形成された実践知識を用いながら、その実践過程をリフレクションすることにより新たな知の創出を作り出すとしている(Bound,D&Walkar.D:1991)。また、反省的実践家は、実践活動において行われる「活動過程における省察(reflection-in-action)」によって、経験で培わった暗黙知を駆使しながら問題を省察し、複雑な状況における複合的な問題解決に向けて対象者とともに取り組み、複雑な状況における複合的な問題解決を可能とする。さらに事後にもその取り組みを振り返り、吟味することで(reflection-on- action)個別の具体的状況に即した実践知を獲得すると言われている(Donald Shon.1991)。退院支援看護師は前述したように対象者やその人の置かれている状況により具体的援助内容は変化することから、経験も実践の質に影響すると考えられることから科学的根拠を活用しながらも個々の経験から獲得した実践知によって学び成長していることが考えられる。
イギリスやオーストラリア等ではリフレクション能力が看護実践の質向上と同時に実践からの学びを深めるために不可欠とされ、リフレクション能力の向上に向けた教育の必要性が主唱されている(Bert Teekman, 2000)。我が国においても 2002 年に田村らがオックスフォード・ブルック大学における教授方法や実践例(田村他,2002)を報告した頃よりリフレクションの概念を活用した教育方法や実践例が報告されるようになった(中田他,2002.2003:安藤他,2008:田村他,2009)。
先行研究において、看護師は自分の実践に対するリフレクションを通して様々な疾患を抱える患者の 多様な問題に対応するための実践的な思考を養うことができることが示されている。そして、このよう なリフレクションは不確実性の高い問題を解決に導くことができ(Hanningan,2001.Fejes,2008)、自己を エンパワメントすることで看護師としての成長や自信につながることが示されている(Melander,2006)。退院支援看護師においてもリフレクションを通して同様の効果が期待でき、日々の看護実践における主 観的な困難感の軽減につながると考える。
さらに退院支援看護師の看護実践は複雑で不確定であり、その人らしい個別性があると推察され、看護者と患者、家族との相互関係の中で看護が行われている。退院支援看護師が看護実践の中で何をどのように考え、判断して実行しているのか、このことを解明する方法として看護におけるリフレクションを探求していく意味があるのではないかと考える。
退院支援看護師は成人学習者であり、自分が学習すべきと思っている事柄には責任、関心をもち学習過程において積極的な役割を果たそうとする成人としての準備性を持っていると考えた(Knowls, 2002)。学習準備性は看護師が直面している経験の課題や困難な問題から生じると考えられ経験学習であるリフレクションに着眼した。またリフレクションの効果としては学習ニーズが明確になること、自分の行動の結果に気づく、自己の実践を振り返ることで自己を啓発できる(田村他,2008)ことが明らかになっていることからリフレクションを通して自己をエンパワメントしていくことで自己効力感の向上につながると考えリフレクションに着眼した。
以上のことから本研究では、医療制度改革を受け、今後さらに在院日数が短縮され、多様な疾患や医療依存度の高い患者が多く、緊急入院患者の受け入れも行い、適正かつ効率的な病床稼働率(ベットコントロール)が求められる急性期病院における退院支援看護師の特性と実践活動の実態を明らかにし、実践事例におけるリフレクションの実施の有無と実践活動における主観的困難感との関連を明らかにする(研究 1)。そしてリフレクションの実施の有無による看護実践の様相を解明し(研究2)、退院支援看護師の実践活動の困難感軽減やエンパワメント向上を目指した教育支援方法の示唆を得る。