カゼイン由来トリペプチドMet-Lys-Proの高血圧症及び認知症に対する予防的生理機能に関する研究
概要
高齢化社会の進展とともに、高血圧症や認知症の罹患者増加が世界的な課題となっている。カゼイン加水分解物から同定された Met-Lys-Pro(MKP)は 50%阻害濃度が 0.43 μM と、強いアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性を示すトリペプチドである。カゼイン由来 MKP は、自然発症高血圧ラット(SHR)の血圧上昇を抑制することや、アルツハイマー病(AD)モデルマウスの認知機能低下を抑制することが知られている。本研究は、カゼイン由来 MKP の高血圧症や認知症に対する予防的生理機能の解明を目的とし、ヒトを対象としたランダム化比較試験により、収縮期血圧低下効果、見当識改善効果及び継続摂取における安全性を明らかにした。
はじめに、正常高値血圧者及びⅠ度高血圧者を対象に、カゼイン由来 MKP の摂取が血圧に与える影響を検討した。その結果、摂取 12 週目の収縮期血圧変化量において、プラセボ群と比較して、 MKP 群の有意な血圧低下が認められた(P = 0.017、群間差 −3.9 mmHg)。ACE は血液の肺循環過程において、アンジオテンシンⅡ(Ang II)を産生することで血管収縮を促進し、血圧を上げる。MKPは ACE 阻害効果とともに、SHR に経口摂取させると速やかに血中にて検出されることが知られている。したがって、カゼイン由来 MKP は循環器系における ACE 阻害を介して、血管収縮を抑制することで、正常高値血圧者及びⅠ度高血圧者の収縮期血圧を低下させたと考えられた。
次に、地域在住の非認知症者を対象に、カゼイン由来 MKP の摂取が認知機能に与える影響を検討した。その結果、摂取 24 週目にプラセボ群と比較して、MKP 群の有意な見当識改善効果が認められた(P = 0.022、効果量 d = 0.30)。脳内の Ang II は炎症や酸化ストレスを惹起し、認知機能を低下させる可能性が示唆されている。また、見当識障害には海馬の機能障害が関与することが示唆されている。経口摂取された MKP は脳内に達することや、AD モデルマウスにおいて海馬の炎症や酸化ストレスを抑制することが知られている。したがって、カゼイン由来 MKP は、脳内における ACE阻害を介して海馬の機能障害を抑制することで、非認知症者の見当識改善に寄与したと考えられた。
最後に、健康な成人男女を対象に、カゼイン由来 MKP の高用量摂取における安全性を検討した。試験期間中は、問診、身体測定、血圧測定、血液検査、尿検査を定期的に実施した。その結果、7人の被験者に 9 件(MKP 群 1 件 1 人、プラセボ群 8 件 6 人)の軽度な有害事象が認められた。いずれも発現理由が明確であり、摂取期間中に特段の処置なく症状が消失したことから、これらの有害事象は試験食品の摂取に起因するものではないと考えられた。これまでの臨床試験結果及び本試験結果から、カゼイン由来 MKP の継続摂取は安全であると示された。
本研究は、カゼイン由来 MKP がヒトの血圧、認知機能を改善する可能性及びその継続摂取の安全性を明らかにした。カゼイン由来 MKP は ACE 阻害効果により、循環器系では血圧低下、脳内では見当識改善に寄与していると考えられる。これらの研究成果から、カゼイン由来 MKP の摂取が、高血圧症や認知症の予防を通じて、高齢化社会における健康寿命延伸に寄与することが期待される。