Semaphorin-3A promotes degradation of fragile X mental retardation protein in growth cones via the ubiquitin-proteasome pathway
概要
1.序
神経細胞は形態的に細胞体、樹状突起、軸索と大きく3つに分けられ、それぞれが神経細胞特有の機能に重要である。軸索の先端には成長円錐という構造体が存在し、軸索ガイダンス因子(*)などの細胞外刺激に対し柔軟に形態を変化させ、軸索を投射先の標的に適切に導く役割を担っている。このような軸索ガイダンスの過程において、細胞体から遠く離れた成長円錐で、即座に形態変化に必要なタンパク質を外界の変化に応じて供給するために、局所でのタンパク質合成が重要な役割を果たしている(1)。翻訳抑制状態を維持しながら様々なmRNAを末端まで運搬・蓄積することで、様々な外部刺激に対応したタンパク質を合成し、即座に応答することが可能となる。このような局所翻訳に重要なのがmRNAと結合、局所へ輸送、かつ翻訳抑制状態を維持できるRNA結合タンパク質である。
RNA結合タンパク質のなかで、私は脆弱X症候群という遺伝性の神経疾患の原因遺伝子産物であるFragile X Mental Retardation Protein(FMRP)に着目している。脆弱X症候群は中程度から重度の知的障害や自閉症スペクトラム障害などの神経系の異常や、長い顔や大きな耳などの身体的な特徴などを呈する。
この疾患の原因がRNA結合タンパク質であるFMRP(Fig. 1)の発現不全であることから、脆弱X症候群はFMRPの標的mRNAの翻訳異常によって引き起こされると考えられている(2)。脆弱X症候群の患者とFMRP欠損マウスで同様のシナプス形態異常が観察されたことなどから、神経症状の原因は主に樹状突起やスパインでのFMRPを介した局所翻訳調節機構の破綻であると考えられてきた。しかしFMRP欠損マウスでは、軸索伸長や軸索ガイダンスにも異常がみられる。このことから、FMRPが軸索機能に何らかの影響を与えていることが考えられる。
近年我々の研究グループでは、FMRPが分泌型の反発性軸索ガイダンス因子であるSemaphorin 3A(Sema3A)による成長円錐の形態変化に関与することを報告した(3)。野生型マウスの海馬神経細胞の成長円錐はSema3Aを添加すると細胞骨格の脱重合による退縮応答がみられるが、FMRP欠損神経ではこの応答が抑制された。また、野生型マウスの海馬神経細胞において、Sema3A添加前にタンパク質合成阻害剤であるanisomycinを加えると、退縮応答が起きなかった。これらのことから、Sema3Aによる退縮応答にはFMRPが結合しているmRNAの翻訳が必要である可能性が示唆された(Fig. 2)。しかし、FMRPが成長円錐内で局所翻訳を調節するメカニズムは全く不明である。そこで、Sema3A刺激により成長円錐内のFMRPがどのような挙動を示すのか、マウス海馬神経細胞を用いて、蛍光免疫染色により検証した。
2.実験方法
~海馬神経培養、Sema3Aによる神経刺激~
マウス胎生16.5日目の海馬から細胞を採取し、Neuron ball(4)を2日かけて作製。ポリ-L-リシン臭化水素酸塩(poly-L-Lysin)でコーティングしたカバースリップを使用。ボール状になった神経細胞を1wellにつき5個置き、さらに2日間培養し、軸索を十分に伸展させた。その後、PYR-41(ユビキチン活性化酵素阻害剤)とMG132(プロテアソーム阻害剤)は最終濃度がそれぞれ1µM、15µMになるよう希釈してから加え、10分間培養した。次にSema3Aを最終濃度1units/µlまたは3units/µlになるよう希釈したものを加え、さらに5分間、または10分間培養した。4%PFAで固定後、膜透過処理、ブロッキングを行い、一次抗体に一晩かけて反応させた。二次抗体と細胞質を均一に染色できる4-DTAFで同時に染色し、洗浄後、マウント剤で封入した。Phalloidin染色の場合は、ブロッキング後にCF488A Phalloidinで染色して洗浄後、封入した。
~蛍光輝度測定・算出~
蛍光染色像はCCDカメラを接続したニコンECLIPSE Ti-E蛍光顕微鏡で撮影した。画像解析はImage Jを用いて、成長円錐の範囲の蛍光輝度および同程度の面積のバックグラウンドの蛍光輝度を測定し、その差を成長円錐の蛍光輝度とした。また、目的タンパク質の蛍光輝度を4-DTAFの蛍光輝度で割ることで、Sema3A刺激に伴う成長円錐の厚みの変化による目的タンパク質の蛍光輝度の変化を補正した。
3.研究結果
i) 成長円錐内FMRPはSema3A刺激により活性化したユビキチン-プロテアソーム経路によって分解される。
はじめに、Sema3AとFMRPの関係を明らかにするために、Sema3Aに応答した成長円錐内FMRPの局在変化について蛍光免疫染色法により検証した。するとSema3A刺激により成長円錐のFMRPが10分で減少することがわかった。近年、ラット海馬および大脳皮質の樹状突起を用いた実験において、代謝型グルタミン酸受容体(metabotropic glutamate receptor:mGluR)を介した刺激により、FMRPが短時間でユビキチン‐プロテアソーム経路により分解されることが報告された(5)。そこで、Sema3Aによる刺激で成長円錐内のFMRPが同経路により分解される可能性を検証するために、ユビキチン‐プロテアソーム経路の開始を担うユビキチン活性化酵素の阻害剤であるPYR-41、または、終了を担うプロテアソームの阻害剤であるMG132をSema3A添加の10分前に加えて蛍光免疫染色法により成長円錐内のFMRP量を検証したところ、どちらの阻害剤でもFMRPの減少が抑制された(Fig.3)。また、同様の手法でSema3A刺激による成長円錐内のユビキチン化タンパク質について検証した。その結果、Sema3A添加から5分で成長円錐内のユビキチン化タンパク質の量が有意に増加し、MG132処理によりその傾向が増大することがわかった(データ未掲載)。これらのことから、成長円錐内のFMRPはSema3A刺激により活性化されたユビキチン‐プロテアソーム経路により分解されることが示唆された。
ii) Sema3A刺激による成長円錐内のMAP1B局所翻訳には、ユビキチン‐プロテアソーム経路が関与する。
近年我々は、マウス海馬神経細胞において、Sema3A刺激により軸索内でMAP1Bの翻訳が亢進し、FMRP欠損神経ではそれが起きないことを報告した(3)。MAP1Bは、微小管の構造に関与するタンパク質で、コードするmRNA(Map1b)がFMRPの標的mRNAである。そこで、Sema3A刺激によるFMRP分解によって、Map1b mRNAの翻訳が亢進するどうか、成長円錐内MAP1Bの発現量を免疫染色法で定量することで検証した。その結果、Sema3A刺激後10分で成長円錐内のMAP1B量が有意に増加することが分かった。また、その増加がPYR-41処理またはMG132処理により抑制されることが分かった(Fig.4)。このことから、成長円錐内でのMAP1Bの局所翻訳には、Sema3A刺激により活性化したユビキチン‐プロテアソーム経路が重要である可能性が示唆された。
iii) Sema3A刺激による退縮応答には、ユビキチン‐プロテアソーム経路が関与する。現在までの研究により、Sema3Aによる成長円錐の退縮応答に局所翻訳が重要である可能性が示されてきた(3)。この局所翻訳を伴った退縮応答に、ユビキチン‐プロテアソーム経路を介したFMRPなどの分解が関与しているかどうか明らかにするために、ユビキチン‐プロテアソーム経路の阻害剤を用いて、Sema3A刺激による退縮応答の割合の変化を算出した。その結果、Sema3A添加により引き起こされる退縮応答が、PYR-41またはMG132の添加により抑えられることがわかった(Fig.5)。以上のことをまとめると、マウス海馬神経細胞において、成長円錐がSema3Aシグナルを受容すると成長円錐内のFMRPがユビキチン‐プロテアソーム経路により分解される。その一方、翻訳抑制状態が解除されたFMRP標的mRNAは翻訳されることで細胞骨格の脱重合が促進し、退縮応答が引き起こされる可能性が示唆された(Fig.6)。
4.討論
RNA結合タンパク質であるFMRPの発現不全により、精神遅滞などの症状を呈する脆弱X症候群が発症することから、神経系におけるFMRPの機能に関する研究が今日まで盛んに行われてきた。主に樹状突起やスパイン、ポストシナプスでの働きに注目されてきたが、脆弱X症候群モデルマウスにおいて、軸索伸長や軸索ガイダンスの異常もみられることから、軸索でのFMRPの働きも重要であることがわかる。また近年、我々の研究グループはSema3Aによる軸索ガイダンスにFMRPが関与することを報告した。これらの報告を基に、成長円錐におけるSema3AシグナルとFMRPの関係をより詳細に調べるために、成長円錐内FMRPのSema3Aシグナルに対する局在変化を検証した。すると、Sema3A刺激により成長円錐内のFMRP量が減少することがわかった。さらに、ユビキチン-プロテアソーム経路阻害剤であるPYR-41またはMG132を用いてFMRPの量的変化を検証したところ、FMRPがSema3A刺激によりユビキチン化され、プロテアソームにより分解されることが示唆された。次に、Sema3AシグナルによるFMRP分解が局所翻訳に関与するかどうか、mRNAがFMRPの標的mRNAのひとつであるMAP1Bの発現量の変化を測定した。その結果、Sema3A添加により成長円錐内でのMAP1B量の上昇が認められた。そして、この上昇がユビキチン-プロテアソーム経路阻害剤により抑制されることがわかった。最後に、Sena3Aによる退縮応答にユビキチン‐プロテアソーム経路の関与を検証した。その結果、阻害剤処理により、退縮応答の割合が有意に減少することが確認できた。これらのことより、標的mRNAを翻訳抑制状態に維持したまま成長円錐まで運搬してきたmRNA-FMRP複合体は、Sema3A刺激により活性化したユビキチン‐プロテアソーム経路によりFMRPが分解され、その結果解離したmRNAが翻訳されるというモデルが構築された(Fig.6)。
近年、マウス海馬神経の樹状突起において、Cdh1-APCがFMRPのユビキチンリガーゼ(E3)として働き、mGluR依存性のシナプス可塑性に関与することが報告された(6)。E3は、ユビキチン化をする標的タンパク質(基質)を直接認識する酵素で、選択的なユビキチン化に重要な酵素である。このCdh1-APCが、Sema3A刺激によるFMRPのユビキチン化に関与しているのか検証する必要がある。また、本論文では阻害剤を用いた検証のみで、FMRPのどのリシン残基がユビキチン化に重要であるか、どのドメインがE3に認識されるか等の、より詳細なユビキチン化メカニズムの解明が待たれる。脆弱X症候群患者において、細胞内のFMRP量と知能指数(IQ)に相関があることが報告された(7)。この研究により、細胞内のFMRP量を増加させると精神遅滞の程度を抑えられることが示唆された。今後の研究によりFMRPの詳細な分解機構が明らかになると、細胞内FMRPの量を調節し症状の軽減に繋がる可能性がある。
5.まとめ
i) マウス海馬神経細胞の成長円錐のFMRPは、Sema3Aシグナルによってユビキチン-プロテアソーム経路によって分解されることが示された。
ii) Sema3A刺激による成長円錐でのMAP1B局所翻訳に、ユビキチン-プロテアソーム経路が関与することがわかった。
iii) Sema3A添加による成長円錐の退縮応答には、ユビキチン-プロテアソーム経路が重要であることが示唆された。