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大学・研究所にある論文を検索できる 「シロバナムシヨケギクが産生する神経毒ピレトリンの摂食阻害作用に関する行動学的および電気生理学的解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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書き出し

シロバナムシヨケギクが産生する神経毒ピレトリンの摂食阻害作用に関する行動学的および電気生理学的解析

小嶋, 健 神戸大学

2023.03.06

概要

Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2024-05-02

シロバナムシヨケギクが産生する神経毒ピレトリン
の摂食阻害作用に関する行動学的および電気生理学
的解析

小嶋, 健
(Degree)
博士(理学)

(Date of Degree)
2023-03-06

(Date of Publication)
2025-03-06

(Resource Type)
doctoral thesis

(Report Number)
乙第3427号

(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100482224
※ 当コンテンツは神戸大学の学術成果です。無断複製・不正使用等を禁じます。著作権法で認められている範囲内で、適切にご利用ください。

(別紙様式 3
)

論文内容の要旨

氏 名

小嶋健

専 攻

生物学専攻

論文題目(外国語の場合は,その和訳を併記すること。)

シロバナムショケギクが産生する神経毒ピレトリンの摂食阻害作用
に関する行動学的および電気生理学的解析

指導教員

大和誠司教授(生物制御科 学講座)

氏名:小嶋健 NO.1

植物は,植食性昆虫に対して防御物質として機能する多種多様な二次代謝物質を産生
する.防御物質の主な機能は摂食阻害作用と有害性(致死性)であり,有害性物質の大半
は昆虫の神経系を構成するイオンチャネルに作用する神経毒である.これまでに,植物が
産生する致死性の神経毒は数多く発見されてきたが,それらの防御物質としての機能は極
めて不明瞭である.一般的に,神経毒は昆虫の行動や生理に影響を及ぼす亜致死作用を示
す.亜致死濃度で摂食阻害作用を示す事例は多く知られているが,その中の一部は,潜在
的に昆虫の味覚受容器を刺激する.従って,植物が産生する神経毒の一部は,致死性を有
するものの,摂食を抑止する摂食阻害物質として機能している可能性がある神経毒の潜
在的な摂食阻害作用の機序を解明することは,植物がイオンチャネルを標的とした神経毒
の生合成能を獲得した進化的背景を探ることにつながる.
ピレトリンは,シロバナムショケギク Tanacetumc
i
n
e
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a
r
i
i
f
o
l
i
u
m(除虫菊)が産生す
る殺虫性の化合物であり,その作用点は神経細胞に存在する電位依存性ナトリウムチャネ
ル (Nav) である.高濃度のピレトリンを含む除虫菊抽出物は天然殺虫剤として古くから産
業利用され,日本では主に蚊取り線香として使用されてきた.ピレトリンから派生した合
成ピレスロイド系殺虫剤は世界で広く使用されていることもあり,ピレトリンの殺虫作用
の機序は,分子から神経細胞,神経系,行動レベルまで体系的に理解されている.これま
での研究から,ピレトリンや数種のピレスロイド系殺虫剤は,幅広い分類群の植食性昆虫
に対して摂食忌避活性を示すことが明らかになっている.そこで私は,味覚や摂食行動に
関する知見の蓄積があるクロキンバエ Phormiar
e
g
i
n
aをモデルとして用いて,行動と電気
生理学のアプローチからピレトリンの摂食阻害作用の機序を解明することにした.
第 2章では,クロキンバエに対する摂食阻害活性を選択型摂食試験で調べた.ショ糖
溶液に溶解したピレトリン抽出物(以下,ピレトリン)とその主成分であるピレトリン I・

I
Iは,ノックダウンが生じない濃度から喫食選好性を低下させた.すなわち,ピレトリン
とピレトリン ・
II
Iはいずれも亜致死濃度でクロキンバエに対して摂食阻害作用を示した.
ピレトリンやピレトリン ・
II
Iが摂食阻害作用を示した下限濃度は 6
2
.
5μMであり,塩化ナ
トリウム(塩味物質)やクイニン(苦味物質),酒石酸(酸味物質)が摂食阻害作用を示し
た濃度よりも 1
/
1
6以上低かった.さらに,ピレトリンやピレトリン I
・I
Iの摂食阻害作用
には,口吻の激しいグルーミングや嘔吐を伴った.これらの量的・質的な差異は,ピレト
リンはクロキンバエの口器にある味覚システムに作用するが,その機序は塩味や苦味,酸
味物質とは本質的に異なることを支持した.
そこで,第 3章では,拘束したハエの口吻にキャピラリー管で餌水を与えるキャピラ
リー摂食試験を行い,脚や胴体に化合物が接触する機会を排除した条件下でピレトリンと 6
つの殺虫性成分(ピレトリン ・
II
I
, シネリン ・
II
I
, ジャスモリン ・
II
I
) の正味の摂食阻
害活性を評価した.ピレトリンとその構成成分は,塩味,苦味,酸味物質と同様に化合物
濃度の増加に応じて摂取時間を短くさせ,摂取量を減少させた.その後,味覚物質を摂取

氏名:小嶋健 NO.2

したクロキンバエは直ぐにショ糖溶液を摂取したが,ピレトリンやその有効成分を摂取し
た場合は,摂取を中断してか ら摂取行動を再開するまでの 時間は化合物濃度の増加に応 じ
て長くなった.濃度応答性の ロジスティック回帰により半 数阻害濃度を得たところ,化 合
物の種類に依らず,摂取量と摂取時間の間で半数阻害濃度に差が認められなかったため,
摂取量の減少は摂取時間の短縮に起因することが明確になった.
ノックダウンは,ピレトリンやピレスロイド系化合物に特有の即効的な麻痺作用であ
り,それらの化合物が昆虫の中枢神経系を即座に過興奮させることによって生じる.ノッ
クダウンや殺虫作用はいずれも,神経細胞においてインパルスの生成に関わる Navへの薬
理作用に起因する.そこで, クロキンバエの胸部腹面にピ レトリンやピレトリンの有効 成
分を局所施用し,ノックダウ ン活性を評価した.キャピラ リー摂食試験で得た摂食阻害 活
性はノックダウン活性と高度 に相関したことから,摂食阻 害作用を引き起こすピレトリ ン
の標的分子はノックダウンや 殺虫作用と同ーであり,神経 毒としての生理活性が摂食阻 害
を引き起こすことが示された.
第 4章では,ピレトリンの摂食阻 害作用を特徴づける口吻の嫌 悪応答の行動解析を行
い,摂食阻害の発現に関わる ピレトリンの作用感覚器官を 操作実験により特定した.拘 束
したクロキンバエの口吻運動のビデオ撮影により,摂食を阻害する味覚物質とは異なり,
ピレトリンの摂取の中断は口吻や唇弁の震えを伴い,その後,口吻の部分的な伸展や引き
戻しが断続的に繰り返される ことが示された.また,時折 ,嘔吐く様な胸部下方への口 吻
の伸展が引き起こされた.こ の嫌悪的な口吻伸展応答は最 も目立つ行動応答であり,餌 を
探す時に繰り出す通常の口吻 伸展応答とは明確に異なった .ワイヤ電極を用いた口吻の 筋
電図記録によって,これらの 特徴的な口吻の運動応答は, 口吻を構成する筋肉群の持続 的
な過興奮から描写することが できた.このことから,摂取 したピレトリンは,反復的な ロ
吻の嫌悪応答を即座に引き起 こすことで,摂食を中断させ るだけでなく,摂取行動の再 開
を遅延させることがわかった.
消化管で速やかに吸収された ピレトリンが腹胸部の中枢神 経系に作用することで,摂
食行動が妨げられた可能性を 否定するため,クロキンバエ の咽頭を食道下神経節の手前 で
結紫する操作実験を行った. 咽頭を結紫した条件でも,ク ロキンバエは咽頭が膨満する ま
でショ糖溶液を摂取した.ピ レトリンを口吻に含ませると ,口吻の持続的な過興奮が引 き
起こされたことから,ピレト リンの摂食阻害は,口吻や咽 頭に存在する味覚器官への作 用
に基づいていることが明らかになった.ピレトリンの摂食阻害活性は,唇弁の周囲にある
毛状味覚感覚子に触れない摂 食条件でも再現されたことか ら,ピレトリンは,唇弁の内 側
に存在するペグ状味覚感覚子と咽頭の内側にある咽頭味覚器官のいずれか,または両方を
標的とすることが示された.
第 5章では,ピレトリンに対する 口吻の味覚神経応答を電気生 理学手法を用いて調べ
た.ペグ状味覚感覚子と咽頭 味覚器官に由来する感覚ニュ ーロンのピレトリンに対する 応
答を調べるため,それぞれに 繋がる唇弁神経と咽頭神経に 含まれる求心性神経の複合イ ン

氏名:小嶋健 NO.3

パルスを吸引電極で記録しながら,クロキンバエにピレトリン入りのショ糖溶液を摂取さ
せた.ピレトリンの摂取は,ペグ状味覚感覚子を構成する多数の感覚ニューロンを直ちに
過興奮させ,過興奮の状態は口吻の筋活動の活性化と対応するように持続した.一方,咽
頭味覚器官を構成する感覚ニューロン群は, 1分程度の潜時を経て漸進的に興奮した.これ
らの味覚感覚器の持続的な過興奮は,クイニンの摂取では生じなかった.これらの結果か
ら,ピレトリンの摂食阻害作用をもたらす口吻の反復的な嫌悪応答は,唇弁のペグ状味覚
感覚子の持続的な過興奮に起因することが明らかになった.
私は,昆虫に対して神経毒として作用するピレトリンが亜致死濃度で摂食阻害物質と
してふるまうことをクロキンバエで明らかにした.この研究により,植物が産生する神経
毒が摂食に関わる味覚感覚器を速やかに刺激することで昆虫に対して摂食阻害作用を示す
ことを初めて実証した.得られた行動学的および電気生理学的知見を元に,摂取したピレ
トリンが味覚感覚器を構成する感覚ニューロンのインパルス生成部位にまで浸透し, Nav
のゲーティングのキネティックを調節することで,味覚受容ニューロンや機械感覚性ニュ
ーロンを持続的に興奮させる,摂食阻害作用発現機序の新奇な仮説モデルを提案した.
昆虫は,食性の拡大とともに摂食形式や口器の形状を多様化させた一方で,味覚受容
に関わる細胞構成を共有しているまた,昆虫の神経細胞で機能する Navは基本的に 1種
類であり,ピレトリンの感受性は中枢ー末梢神経系を通して変わらない.普遍的な味覚受
容の神経基盤は,幅広い昆虫種に対してピレトリンが実効的な摂食阻害作用を示すことを
保証する.つまり,シロバナムショヶギクの葉や子房に蓄積されたピレトリンは,摂食を
試みるあらゆる昆虫に対して摂食阻害物質として機能することを意味する.コショウ科の
植物が種皮に蓄えるピペロバチンやペリトリン,あるユリ科の植物が産生するベラトリジ
ンは,ピレトリンとは異なる骨格の化学構造を有するが,いずれも Navに結合し,昆虫の
神経細胞に対してピレトリンと同様の薬理作用を示す.系統的に離れたこれらの植物にお
ける二次代謝の進化の背景には,強力な摂食阻害作用を有する神経毒を産生することによ
る適応度の向上があったと考えられる.
私は,シロバナムショケギクが産生する神経毒ピレトリンの摂食阻害物質としての作
用機序を明らかにした.昆虫の神経系が機能する上で必要不可欠な電位依存性ナトリウム
チャネルは,植物が昆虫に対する防御形質を獲得するにあたり,これまで認識されていた
以上に適応度に寄与する標的分子であることを示した.今後,ピレトリンをモデルとした
研究が展開し,ピレトリンの味覚コーディング様式の細胞基盤や,摂食様式が異なる様々
な植食性昆虫に対する摂食阻害作用の発現機序が明らかになることで,ピレトリンを筆頭
とした一群の神経毒が摂食阻害物質として見直されることが期待される.

(別紙 1
)

論文審査の結果の要旨

氏名小嶋健
シロバナムショケギクが産生する神経毒ピレトリンの摂 食阻害作用に関する行動学的および電気
生理学的解析


職名
区分



論文
題目

審査委員





教授

大和誠司






教授

青沼仁志





准教授

佐倉緑




教授

河村伸一








植物は,植食性昆虫に対して防御物質として機能する多 種多様な二次代謝物質を産生する.防御物質の
主な機能は摂食阻害作用と有害性(致死性)であり,有 害性物質の大半は昆虫の神経系を構成するイオン
チャネルに作用する神経毒である.致死性の神経毒の防 御物質としての機能は不明瞭な部分が多い.神経
毒は行動や生理に影響を及ぼす亜致死作用を示すことが 一般的である.亜致死量の摂取によって摂食阻害
作用を示す事例は数多く報告されており,その中の一部の 神経毒は昆虫の味覚受容器を刺激する.従って,
植物体内に蓄積される神経毒は,昆虫に致死量を摂取さ せるよりも前に摂食を抑止する摂食阻害物質とし
て機能している可能性がある神経毒の潜在的な摂食阻害作用の機序を解明することは,植物がイオンチ
ャネルを標的とした神経毒の生合成能を獲得した進化的背 景を探ることにつながる.
ピレトリンはシロバナムショケギク Tanacetumc
i
n
e
r
a
r
i
i
f
o
l
i
u
m (除虫菊)が産生する殺虫性物質であ
り,その作用点は電位依存性ナトリウムチャネル (
Nav) である.高濃度のピレトリンを含む除虫菊抽出
物は天然殺虫剤として古くから産業利用され,日本では 主に蚊取り線香として使用されている.ピレトリ
ンから派生した合成ピレスロイド系殺虫剤は世界で広く 使用されていることもあり,ピレトリンの殺虫作
用の機序は,分子から神経細胞,神経系,行動レベルまで 体系的に理解されている.これまでの研究から,
ピレトリンや数種のピレスロイド系殺虫剤は,幅広い分 類群の植食性昆虫に対して摂食忌避活性を示すこ
とが明らかになっている.本学位論文では,味覚や摂食行動に関する知見の蓄積があるクロキンバエ
Phormiar
e
g
i
n
aをモデルとして用いて,行動と電気生理学のアプローチ からピレトリンの摂食阻害作用
の機序を解明した.
第 2章では,クロキンバエに対する摂食阻害活性を選択型摂 食試験で調べた.ショ糖溶液に溶解したピ
レトリン抽出物(以下,ピレトリン)やその主成分であ るピレトリン ・
II
Iは,ノックダウンが生じない
濃度から喫食選好性を低下させた.すなわち,ピレトリ ンとピレトリン ・
II
Iはいずれも亜致死濃度でク
ロキンバエに対して摂食阻害作用を示した.ピレトリン やピレトリン ・
II
Iが摂食阻害作用を示した下限
濃度は 6
2
.
5μMであり,塩化ナトリウム(塩味物質),クイニン(苦味 物質)および酒石酸(酸味物質)
が摂食阻害作用を示した濃度よりも 1
/
1
6以上低かった.さらに,ピレトリンやピレトリン ・
II
Iの摂食阻
害作用には,口吻の激しいグルーミングや嘔吐を伴った .これらの量的・質的な差異は,ピレトリンやそ
の主成分はクロキンバエの口器にある味覚システムに作 用するが,その機序は塩味や苦味,酸味物質とは
本質的に異なることを支持した.
そこで,第 3章では,拘束したハエの口吻にキャピラリー管で餌水を 与えるキャピラリー摂食試験を行
い,脚や胴体に化合物が接触する機会を排除した条件下 でピレトリンと 6つの殺虫性成分(ピレトリン I・
I
I
, シネリン I・I
I
, ジャスモリン ・
II
I
) の正味の摂食阻害活性を評価した.ピレトリンとその構 成成分
は,塩味,苦味,酸味物質と同様に化合物濃度の増加に応 じて摂取時間を短くさせ,摂取量を減少させた.
その後,味覚物質を摂取したクロキンバエは直ぐにショ 糖溶液を摂取したが,ピレトリンやその有効成分
を摂取した場合は,摂取を中断してから摂取行動を再開 するまでの時間は化合物濃度の増加に応じて長く
なった.濃度応答性のロジスティック回帰から半数阻害 濃度を得たところ,化合物の種類に依らず,摂取
量と摂取時間の間で半数阻害濃度に差が認められなかっ たため,摂取量の減少は摂取時間の短縮に起因す
ることが明確になった.
ノックダウンは,ピレトリンやピレスロイド系化合物に 特有の即効的な麻痺作用であり,それらの化合
物が昆虫の中枢神経系を即座に過興奮させることによっ て生じる.ノックダウンや殺虫作用はいずれも,
神経細胞においてインパルスの生成に関わる Navへの薬理作用に起因する.そこで,クロキンバエの胸
部腹面にピレトリンやピレトリンの有効成分を局所施用 し,ノックダウン活性を評価した.キャピラリー
摂食試験で得た摂食阻害活性はノックダウン活性と高度 に相関したことから,摂食阻害作用を引き起こす
ピレトリンの標的分子はノックダウンや殺虫作用と同一 であり,神経毒としての生理活性が摂食阻害を引
き起こすことが示された.

氏名 I
小嶋健
第 4章では,ピレトリンの摂食阻害作用を特徴づける口吻の嫌悪応答の行動解析を行い,摂食阻害の発現
に関わるピレトリンの作用感覚器官を操作実験により特定した.拘束したクロキンバエの口吻運動のビデオ
撮影により,摂食を阻害する味覚物質とは異なり,ピレトリンの摂取の中断は口吻や唇弁の震えを伴い,そ
の後,口吻の部分的な伸展 や引き戻しが断続的に繰り 返されることが示された時 折,胸部がある下方への
口吻の完全な伸展が引き起こされた.この嫌悪的口吻伸展反射は最も目立つ行動応答であり,餌を探す時に
繰り出す通常の口吻伸展反射とは明確に異なった.ワイヤ電極を用いた口吻の筋電図記録によって,これら
の特徴的な口吻の運動応答は,口吻を構成する筋肉群の持続的な過剰興奮から描写することができた.この
ことから,ピレトリンの摂取は口吻の嫌悪的な運動を繰り返し引き起こすことで,摂食を中断させることに
加えて,正常な摂食行動を妨げることで摂取の再開をも延長させることがわかった.
消化管で速やかに吸収されたピレトリンが腹部の中枢神経系に作用することで,結果的に摂食を中断した
可能性を棄却するため,クロキンバエの咽頭を食道下神経節の手前で結紫する操作実験を行った.咽頭を結
紫した状況でもクロキンバエは咽頭が膨満するまでショ糖溶液を摂取した.ピレトリンを口吻に含ませるこ
とで,口吻の持続的な過剰興奮が引き起こされたことから,口吻や咽頭に存在する味覚器官にピレトリンは
作用することが明らかになった.ピレトリンの摂食阻害作用は,唇弁の周囲にある毛状味覚感覚子に触れな
い様にピレトリンを摂取させた場合でも同様に引き起こされたことから,唇弁の内側に存在するペグ状味覚
感覚子と咽頭の内側にある咽頭味覚器官のいずれか,または両方にピレトリンが作用することが示された.
第 5章では,ピレトリンに対する口吻の味覚神経応答を電気生理学的に調べた.ペグ状味覚感覚子と咽頭
味覚器官を構成する感覚ニューロンのピレトリンに対する応答を調べるため,それぞれに繋がる唇弁神経と
咽頭神経に含まれる求心性神経の複合インパルスを吸引電極で記録しながら,クロキンバエにピレトリン入
りのショ糖溶液を摂取させた.ピレトリンの摂取は,口吻の筋活動の活性化と対応するように,ペグ状味覚
感覚子に由来する多数の感覚ニューロンを直ちに興奮させた.この過剰興奮は,キャピラリー摂食に伴う機
械刺激や摂食を阻害する濃 度の苦味刺激では活性化し ない感覚ニューロン群のバ ーストを多く含んだ.一
方,咽頭味覚器官を構成する感覚ニューロン群は, 1分程度の潜時を経て漸進的もしくは突発的に興奮した.
これらの結果から,ピレトリンの摂食阻害作用の要である摂取の中断は,唇弁のペグ状味覚感覚子の過剰興
奮によって引き起こされることが明確になった.
以上のように,昆虫に対して神経毒として作用するピレトリンが亜致死濃度で摂食阻害物質としてふるま
うことをクロキンバエで明らかにした.この研究により,植物が産生する神経毒が摂食に関わる味覚感覚器
を速やかに刺激することで昆虫に対して摂食阻害作用を示すことを初めて実証した.得られた行動学的およ
び電気生理学的知見を元に,摂取したピレトリンが味覚感覚器を構成する感覚ニューロンのインパルス生成
部位にまで浸透し,味覚受容ニューロンや機械感覚性ニューロンを持続的に興奮させることで摂食を中断さ
せ続ける,摂食阻害作用発現機序の新奇な仮説モデルを提案した.
昆虫は,食性の拡大とともに摂食形式や口器の形状を多様化させた一方で,味覚受容に関わる細胞構成を
共有しているまた,昆虫の 神経細胞で機能する Navは基本的に 1種類であり,ピレトリンの感受性は中
枢ー末梢神経系を通して変わらない.味覚受容における普遍的な神経基盤は,幅広い昆虫種に対してピレト
リンが実効的な摂食阻害作用を示すことを保証する.つまり,シロバナムショケギクの葉や子房に蓄積され
たピレトリンは,加害を試みるあらゆる昆虫に対して摂食阻害物質として機能することを意味する.コショ
ウ科の植物が種皮に蓄えるピペロバチンやペリトリン,あるユリ科の植物が産生するベラトリジンは,ピレ
トリンとは異なる骨格の化学構造を有するが,いずれも Navに結合し,昆虫の神経細胞に対してピレトリ
ンと同一の薬理作用を示す.系統的に離れたこれらの植物における二次代謝の進化の背景には,強力な摂食
阻害作用を有する神経毒を生合成することによる適応度の向上があったと考えられる.
本研究は,シロバナムショケギクが産生する神経毒ピレトリンの摂食阻害物質としての作用機序を明らか
にした.昆虫の神経系が機能する上で必要不可欠な電位依存性ナトリウムチャネルは,植物が昆虫に対する
防御形質を獲得するにあたり,これまで認識されていた以上に適応度に寄与する標的分子であると考えられ
る.今後,ピレトリンをモデルとした研究が展開し,ピレトリンの味覚コーディング様式の細胞メカニズム
や,摂食様式が異なる様々な植食性昆虫に対する摂食阻害作用の発現機序が明らかになることで,ピレトリ
ンを含む一部の神経毒が摂食阻害物質として見直されることが期待される.
第 2章の内容は,以下の論文として, I
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s誌に受理されている。
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本研究はシロバナムショケ ギクが産生するピレトリン が亜致死濃度において昆虫 の味覚感覚器の味覚受
容ニューロンや機械感覚性 ニューロンを速やかに刺激 することで摂食阻害を引き 起こすことを明らかにし
たものであり,昆虫に対する植物の防御機構を解析する上で,重要な知見を得たものとして価値ある集積で
あると認めるよって,学位申請者の小嶋健は,博士(理学)の学位を得る資格があると認める.

氏名

I
小嶋健

•特記事項なし
•特許登録数

0件

•発表論文数

1編

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