脂質の生命機能解明を目指した膜タンパク質-脂質相互作用定量化法の開発
概要
生体膜は、脂質分子が集積した脂質二重膜を基本とし、膜タンパク質や糖鎖を表面および内部に伴った構造体である。『流動モザイクモデル』では、脂質膜は細胞やその小器官を区分する隔壁、もしくはタンパク質を浮かべる二次元媒質として認識されてきた。そのため、脂質の生理機能は十分検討されてこなかった。一方、近年では、生体膜中の多様な脂質分子は膜タンパク質と相互作用することで、膜タンパク質の構造を維持するのみならず、膜タンパク質の機能を制御することが解明されており、脂質の生理学的重要性が認識されつつある。しかし、この相互作用がどのように膜タンパク質の構造や機能を制御するのか、その詳細は明らかになっていない。これは、膜タンパク質と脂質の相互作用を定量化する実用的な方法が存在しないためである。したがって、数万種にわたる多様な膜脂質から、膜タンパク質に特異的に相互作用する脂質種を同定すること自体が困難であり、その相互作用の生理機能の解明は進展していないのが現状である。
そこで筆者はまず、脂質による膜タンパク質構造機能制御機構の解明を目的として、膜タンパク質-脂質相互作用定量化法の開発を行った。本手法では、相互作用の定量評価が可能な表面プラズモン共鳴(SPR)システムを利用して、基盤上に膜タンパク質を固定化し、脂質溶液を添加することで、膜タンパク質と脂質の相互作用を評価する(図1)。このとき、基盤上に炭素鎖を修飾することで、膜タンパク質の固定化量が向上しただけでなく、疎水性環境の構築によって固定化した膜タンパク質が安定化した。これにより、膜タンパク質に対する脂質の相互作用をより感度良く検出することが可能となった。
本手法の開発にあたり、古細菌由来のバクテリオロドプシン(bR)を膜タンパク質として用いた。 bR は、生体膜中で三量体を形成し、光駆動型プロトンポンプとして機能する膜タンパク質であり、この構造や機能の制御に膜脂質が重要であることがこれまでに知られている。SPR 分析の結果、bRに対する脂質の構造活性相関が適切に評価されたことに加え、古細菌由来の糖脂質 S-TGA-1(図2)が bR に非常に強く相互作用することが新たに見出された。加えて筆者は、この S-TGA-1 との相互作用が、bR の三量体形成を促進し、光駆動プロトンポンプ機能を亢進することを、分光分析および機能解析により明らかにした(図2)。
次に、本手法を放線菌由来の KcsA カリウムチャネルに適用した。カリウムチャネルのモデルタンパク質としてこれまで構造・機能解析に多用されてきた KcsA は、pH 変化や脂質との相互作用により活性化することが知られている。一方で、KcsA のチャネル機能に対する放線菌含有脂質の効果に注目した研究例はほとんど皆無であった。本研究では、野生型の KcsA ばかりでなくその変異体も利用することで、KcsA に対する脂質の親和性のみならず、結合部位に関する知見を得ることに成功した(図3)。さらに電気生理学的測定を併用することによって、特定の脂質との相互作用を介した KcsA 活性化機構を新たに発見した。
このように、本研究では、膜タンパク質-脂質相互作用に対する実用的な評価法の開発に成功し、本方法論を起点とした膜タンパク質-脂質相互作用の生理機能の解明が可能となった。今後、脂質の生理機能の解明が加速することで、「なぜ脂質は多様に存在するのか?」という生物学上の根源的な問いに対するアプローチや、脂質機能に基づく新薬の開発につながることが期待される。