Does pre-eclampsia without proteinuria lead to different pregnancy outcomes than pre-eclampsia with proteinuria?
概要
1.序論
妊娠高血圧症候群は,女性が妊娠後に高血圧をきたす疾患の総称である.日本ではかつて妊娠中毒症と呼ばれたが,国際的な病因の解明と臨床的な知見により妊娠高血圧症候群と名称が変化し,診断基準も時代により変化してきた.妊娠高血圧症候群は,様々な合併症(肝機能障害,腎機能障害,血小板減少,肺水腫,脳神経障害,胎児発育不全,常位胎盤早期剥離など)をきたし母児の生命にかかわることがあり,その妊娠分娩管理は厳重に行わなくてはならない.
妊娠高血圧症候群はいくつかに分類され,その中でも妊娠高血圧腎症(Preeclampsia)の定義・分類は各国によりさまざまであり,統一した基準はない.従来蛋白尿は妊娠高血圧腎症の診断の必須項目とされてきたが,蛋白尿を伴わない妊娠高血圧症候群でも妊娠分娩転帰が不良な例が報告されており(Buchbinder et al., 2002; Magee et al., 2003; Hauth et al., 2000; Sibai, 2003),蛋白尿は妊娠高血圧腎症の診断において必須とは考えられなくなった (Sibai and Stella, 2009; Brown, 2012).そこで,国際妊娠高血圧学会(International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy: ISSHP)は2014年に妊娠高血圧腎症の定義を改正し,妊娠20週以後に進展する高血圧に加えて1.尿蛋白2.他の臓器障害,①腎機能障害
②肝機能障害③神経学的異常④血液学的異常3.子宮胎盤機能不全のうちいずれか一つ以上を認めたものを妊娠高血圧腎症とした(Tranquilli et al., 2014).日本でも従来,蛋白尿は妊娠高血圧腎症の診断において必須とされていたが,2018年に日本妊娠高血圧学会の診断基準がISSHPの診断基準に適合するように変更された(Brown et al., 2018).
本研究の目的は,診断基準変更に伴う妊娠高血圧腎症の頻度とその臨床的特徴を明らかにし,従来診断基準の必須項目とされていた蛋白尿の有無による妊娠分娩転帰の違いを検討し,日本におけるISSHPの診断基準の妥当性を検証することである.
2.対象と方法
2010年1月から2016年12月までの期間に横浜市立大学附属市民総合医療センター総合周産期母子医療センターで,妊娠22週以降に分娩に至った単胎妊婦のうち,妊娠20週以降に収縮期血圧が140mmHg以上かつ/または拡張期血圧が90mmHg以上を認め妊娠高血圧症候群と診断された308例を対象とした.当センターのデータベースおよびカルテを用いて,後方視的に検討した.「妊娠高血圧症候群の新定義・臨床分類」を用いて分娩時の蛋白尿の有無により妊娠高血圧腎症を2群に分類した.蛋白尿を伴わない妊娠高血圧腎症は高血圧に,腎機能障害・肝機能障害・神経障害・血液凝固障害・子宮胎盤機能不全のうち少なくとも一つを合併した場合に診断した.蛋白尿あり/なし妊娠高血圧腎症両群の母体背景と妊娠分娩転帰を比較した.さらにそれぞれの妊娠高血圧腎症群と,妊娠中に高血圧のみを認める妊娠高血圧群の妊娠分娩転帰を比較した.
3.結果
対象期間中に妊娠高血圧症候群と診断された患者は308例であり,そのうち263例(85.4%)が新基準により妊娠高血圧腎症に分類された.従来の診断基準で分類される蛋白尿あり妊娠高血圧腎症群が218例(70.8%),高血圧のみの妊娠高血圧群が45例(14.6%),診断基準の変更により新たに増加した蛋白尿がなく他の臓器障害を伴う妊娠高血圧腎症群が45例(14.6%)であった.
蛋白尿なし妊娠高血圧腎症の合併症として最も多かったものは,胎児発育不全などの子宮胎盤機能不全で31例(68.9%),次いで血小板減少症などの血液凝固障害19例(42.2%),肝機能障害12例(26.7%)であった.母体合併症(HELLP症候群,子癇発作,常位胎盤早期剥離のいずれか)の発生率は,蛋白尿あり妊娠高血圧腎症群で33例(15.1%),蛋白尿なし妊娠高血圧腎症群で9例(20%)であり,両群間の差は明らかでなかった.また,新生児合併症(脳室内出血,脳室周囲白質軟化症,慢性肺疾患のいずれか)は,蛋白尿あり妊娠高血圧腎症37例(17%),蛋白尿なし妊娠高血圧腎症6例(13.3%)に認め,両群間の頻度は同等であった.そのほか,分娩時妊娠週数や新生児の出生体重,帝王切開率等の妊娠分娩転帰についても,両群間に差がなかった.蛋白尿あり妊娠高血圧腎症群と蛋白尿なし妊娠高血圧腎症群はどちらも,妊娠高血圧群に比べて有意に分娩時週数が早く,新生児出生体重も小さく,予後不良であった.
4.考察
我が国では,妊娠高血圧腎症の診断基準に,「高血圧に蛋白尿を伴わなくとも,臓器障害を認めたもの」を加えたことで,妊娠高血圧腎症の診断頻度がこれまでの診断基準での頻度と比較して14.6%増加した.また,母体・新生児合併症については,蛋白尿を伴う妊娠高血圧腎症と蛋白尿を伴わない妊娠高血圧腎症との間に大きな差はなかった.蛋白尿を伴わない妊娠高血圧腎症の転帰について検討された報告はいくつかあり,なかでもThornton et al. (2010)らは,蛋白尿のある妊娠高血圧腎症248例と蛋白尿のない妊娠高血圧腎症394例を比較し,母体の合併症は差がないことを報告している.さらに本研究では,蛋白尿の有無にかかわらず,妊娠高血圧腎症群の妊娠分娩転帰は妊娠高血圧群と比較して母児ともに不良であった.これらから,蛋白尿がなくても他の臓器機能障害を有する妊娠高血圧症候群患者では妊娠分娩転帰が不良であることが示され,蛋白尿を認めない妊娠高血圧腎症として妊娠高血圧と区別して診断すること,つまり日本における国際妊娠高血圧学会基準の適応は妥当であることが確認された.