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大学・研究所にある論文を検索できる 「生得的な匂い・フェロモン誘発行動を制御する神経基盤の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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生得的な匂い・フェロモン誘発行動を制御する神経基盤の解析

石井, 健太郎 東京大学 DOI:10.15083/0002002054

2021.10.04

概要

生物の行動、特に本能的な行動は、匂いやフェロモンなどの化学感覚シグナルによる制御を受けている。例えばマウスでは、異性や同性、天敵由来の物質が、性行動や攻撃行動、忌避行動をそれぞれ引き起こすことが知られている。しかし、感覚器官からの情報を処理し、適切な行動反応を制御するための脳内の神経基盤について不明な点が多かった。この問いを解く鍵は、匂い・フェロモンの情報が伝達される神経回路を、末梢感覚器官から脳内の行動を制御する中枢領域まで細胞レベルで紐解くことであると考えた。本研究では、いくつかの匂い・フェロモン物質、およびそれらによって誘発される行動反応をモデルに、特定の感覚入力に対して、適切な行動反応が引き起こされるための神経基盤を明らかにすることを目的とした。

1. ESP1 が個体の行動反応を促進するための神経基盤の解析
オスマウスの涙液中に分泌される、ESP1(Exocrine gland-secreting peptide 1)という約 7 kDa のペプチドは、マウスの性フェロモンとして機能している。ESP1 を受容したメスマウスは、オスマウスに対して性的受け入れ行動であるロードシス反射を示す割合が増加する。また、ESP1 がマウスの末梢感覚器官である鋤鼻器官に発現する一種類の受容体 V2Rp5 によって受容されることも明らかにされた。加えて、近年の研究によって、ESP1はオスマウスに対してもフェロモンとして働き、他のオスマウスに対する攻撃行動の促進に寄与することがわかった。しかし、どのように ESP1 による個体の行動反応の制御が生じるのか、特にその神経基盤は不明であった。本研究は、ESP1 の情報が伝達される神経回路を末梢感覚器官から脳の中枢領域まで明らかにすることを目的とした。さらに、雌雄の神経回路を比較することで、同じフェロモンが、雌雄で異なる行動を引き起こすメカニズムを理解するためことを目指した。
初めに、組織学的な解析より、メスマウスでは ESP1 の情報が、鋤鼻器官から副嗅球を経た後に、内側扁桃体、特にこの領域の視床下部腹内側核背側部へと投射するニューロンへと伝達されることを明らかにした。一方で、オスマウスでは腹内側核ではなく、内側視索前野へと投射するニューロンへと伝達されることを見出した。この性的二型な ESP1 の情報伝達様式が、雌雄で異なる行動反応の基盤となっていることが示唆される(図)。さらに、組織学的な解析により、内側扁桃体には、腹内側核へ投射するタイプ・内側視索前野へ投射するタイプの少なくとも 2 種類のニューロンが存在していることがわかった。このように特定の下流領域へ強く投射する性質(投射特異性)を持ったニューロンによって、内側扁桃体から下流領域へと情報が“分散”されていることが示唆された。
続いて、内側扁桃体が ESP1 のメスマウスに対する性行動の促進効果に必要であるかを検証した。メスマウスの内側扁桃体 興奮性ニューロンの活動を薬理遺伝学的に抑制した状態で、ESP1 に曝露させ、その後の性行動を観察した。その結果、神経活動の抑制を誘導する薬剤を投与した時にのみ、ESP1 によるオスマウスに対する受け入れ行動の促進が観察されなかった。次に、腹内側核 背側部に着目し、同様にその必要性を検証した。内側扁桃体の時と同様に、腹内側核 背側部のニューロンを抑制したところ、ESP1 による性行動の促進が生じなかった。これらの結果から、ESP1 のメスマウスに対する性行動の促進効果には、内側扁桃体から腹内側核 背側部の経路が必要であることがわかった。
ところで、この経路は、古典的には天敵由来の化学感覚シグナルに対する忌避行動の制御に関与していると考えられていた。しかし、同じ脳領域が ESP1 による性行動と天敵の化学感覚シグナルによる忌避行動という異なる行動をどのように制御するのかは不明であった。本論文では、一見すると均質な脳領域の中に、機能の異なる 2 種類のニューロン群が混在しているのではないかと仮説を立て、検証を試みた。TRAP 法と呼ばれるマウス遺伝学を活用した手法を用いて、ESP1 ないし天敵由来の刺激に応答したニューロンの神経活動を人為的に操作した。その結果、ESP1 応答ニューロンを活性化したときのみ、性行動の促進効果が観察された。この結果から、腹内側核には、性行動を促進するタイプのニューロン群が存在し、天敵のシグナルに応答するニューロン群とは異なる集団を形成していることが明らかとなった。ESP1 と天敵由来の刺激が異なる受容体で受容されることが分かっており、末梢の感覚器官から行動を司る脳の中枢領域まで、ESP1 と天敵の情報は、同じ脳領域を経由するものの、細胞レベルでは異なる神経回路によって伝達されていると考えられる。このような“専用回路”は、特定の感覚刺激が対応する行動反応へと、生得的に、効率よく変換されるためには好適であると推測される。

2. ESP22 がメスマウスの性行動を抑制するための神経基盤の解析
幼少マウスの涙液中に分泌されるペプチド ESP22 は、メスマウス・オスマウスに対して性行動を抑制するフェロモンとして機能することがわかっている。この物質に曝露されたメスマウスは、ESP1 の時とは反対に、オスマウスに対する受け入れ行動が減少し、むしろ拒否的な行動が促進されることが示された。そこで本研究では、ESP22 がメスマウスの性行動を抑制するための神経基盤を解明することを目指した。
初めに、組織学的な解析により、メスマウスでは、ESP22 の情報は、鋤鼻器官から内側扁桃体へと伝達されることが組織学的な解析より明らかとなった。また、ESP1 とは異なり、 ESP22 は、分界条床核へと投射するニューロンをよく活性化させることわかった。
続いて、分界条床核に着目し、この領域がメスマウスの性行動制御において果たす役割について解析した。結果として、分界条床核の抑制性ニューロンの活性化、さらには分界条床核から視床下部腹内側核腹側部への経路の活性化が、マウント行動に対する拒否行動の促進に十分であることがわかった。従って、ESP22 は内側扁桃体から分界条床核、そして、分界条床核から腹内側核への抑制性の経路を活性化させることによって、メスマウスの性行動を抑制していることが示唆された。
まとめると、ESP22 の情報は内側扁桃体を起点に、ESP1 とは異なる脳の中枢領域へと伝達され、結果としてメスマウスの性行動を抑制することが示唆された。一方で、内側扁桃体に至るまで、ESP22 と ESP1 は領域レベルでは共通しているものの、細胞レベルでは異なる経路で伝達されることもわかった。

3. 生得的な匂い誘発行動を制御する扁桃体皮質核の出力構造の解析
ここまで、ESP1 や ESP22 が伝達される神経回路を解析してきた。このような生得的なフェロモン誘発行動の制御において、内側扁桃体における情報処理が重要な役割を果たすことがわかった。つまり、鋤鼻神経系で受容されたフェロモンの情報は、内側扁桃体によって特定の視床下部・扁桃体領域へと“分散”されることが示唆された。他方で、主嗅覚系で感知される揮発性の匂い物質の中にも、生得的な匂い誘発行動を引き起こすものがある。このような、主嗅覚系由来の匂い誘発行動を制御する神経基盤は不明な点が多かった。先行研究では、生得的な匂い誘発行動には、扁桃体皮質核という脳領域が関与することが報告されていた。一方で、この領域がどのように匂い情報を処理するのか、特に、どのように下流領域へと伝達するのかについて不明な点が多かった。
本研究では、扁桃体皮質核の出力構造を解析し、それに基づいてこの領域がどのように匂い情報を下流領域へと伝達しているのかを明らかにすることにした。その結果、扁桃体皮質核は誘引・忌避行動に関わることが知られている嗅結節、側坐核や分界条床核といった脳領域へと強く投射していることがわかった。更に、扁桃体皮質核には、嗅結節・側坐核、および分界条床核へ選択的に投射するタイプのニューロンが存在することがわかった。
まとめると、扁桃体皮質核は、内側扁桃体と同様に、投射特異性を持ったニューロンで構成されていることがわかった。このような出力構造は、ある匂い・フェロモン物質によって、それに紐づく行動反応が引き起こすような下流の神経回路網が選択的に活性化されるためには、好適なのであろう。

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