準固有振動と真空崩壊における触媒効果によるKerr-AdS5時空の研究
概要
九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Study of Kerr-AdS5 spacetime from the quasinormal modes and the catalytic effect of the
vacuum decay
古賀, 一成
https://hdl.handle.net/2324/6787400
出版情報:Kyushu University, 2022, 博士(理学), 課程博士
バージョン:
権利関係:
(様式3)
氏
名
論 文 名
:古賀一成
: Study of Kerr-AdS5 spacetime from the quasi-normal modes and the catalytic effect of
the vacuum decay
(準固有振動と真空崩壊における触媒効果による Kerr-AdS5 時空の研究)
区
分
:
甲
論
文
内
容
の
要
旨
現代宇宙論は宇宙開闢直後から現在までの時空の発展を観測と整合するように非常によく説明す
ることができる。一方、素粒子の標準理論は自然界の基本的な相互作用のうち強い力、弱い力、電
磁相互作用を記述し、加速器実験などでの高エネルギー現象をうまく説明できる理論である。現代
の物理学ではこのように素粒子レベルのミクロなスケールの素粒子から現在の宇宙のサイズほどの
マクロなスケールまでを取り扱うことが可能になっており、実験・観測と理論において成功を収め
ているが、未解決の問題や興味深い理論的な予言などが存在している。
その未解決問題の 1 つが量子重力理論である。これは現代物理学の枠組みの中で未だ確立してお
らず、
「超弦理論」や「ループ量子重力」が有力な候補として議論されている。この理論は、我々の
宇宙が量子的な揺らぎにより有限の非常に小さな時空が創発され、その直後に指数関数的に急激に
膨張したとするインフレーション理論を考える際に重要である。なぜならば、このインフレーショ
ンを起こす時空の種が創発した瞬間では、時空自体が量子的であると思われるためである。
量子重力理論の最有力候補として超弦理論は盛んに研究がなされてきたが、理論の真空の構造が
複雑であり、また、観測によって支持されている加速膨張する 4 次元ドジッター時空を構成するこ
とが難しいことが知られている。そのため超弦理論と我々の宇宙をつなぐ「何か」が必要であると
考えられる。その1つとして、最初から 4 次元のドジッター時空を作るのではなく、5 次元の準安
定なアンチドジッター(AdS)時空から始めて、この 5 次元時空を真空崩壊(相転移)させることによっ
て 4 次元ドジッター時空を構成するという提案がなされた。真空の崩壊は準安定な時空中に内側が
真の真空で満たされたバブルが出現することで始まり、そのバブルが広がっていくことで崩壊が進
んでゆく。5 次元時空でのバブルの表面は 4 次元時空であり、このバブルがどのような広がり方を
するのかは崩壊前後の時空をうまく繋げる条件から決まっている。このバブルの従う運動方程式が、
ドジッター時空のフリードマン方程式と同じ形をしており、4 次元の加速膨張するような有効的な
ドジッター時空をこのようにバブルの表面に作ることができるという「バブル時空」が提案された。
このバブル時空を構成するには準安定な 5 次元 AdS 時空(AdS5)が必要となる。本研究では、この
可能性について準固有振動を用いた古典的な解析と真空崩壊における触媒効果という量子論的な解
析の2つの観点から理論的な研究を行なった。
5 次元 AdS 時空上に回転するブラックホール(Kerr-AdS5)を導入し、この時空に対するスカラー場
の摂動を、準固有振動を用いて調べた。準固有振動とは摂動を振動のモードで展開した時に、境界
条件を満たす離散無限個現れる固有振動数のことであり、摂動に対して背景時空が安定かどうかは
複素振動数の虚部の符号を読み取ることで知ることができる。ブラックホールの質量が小さい場合
には、この Kerr-AdS5 の準固有振動数には摂動に対して不安定になるようなモード(時間発展で発散
してしまうモード)が存在することが知られていたが、我々は Heun 方程式を用いる手法によってよ
り広い領域における解析を行った。一般に 5 次元時空では回転するブラックホールには2つの独立
な回転軸があるが、2つの軸での回転の角運動量が同じ値である場合よりも、その値に差がある方
が時空の対称性が低くなる。準固有振動を用いた解析によって、対称性が低い方が、高い場合より
摂動に対する不安定性が増すことを明らかにした。また、離散的に分布する準固有振動の漸近的な
振る舞いを調べることで、これまで知られていなかった2つのタイプの準固有振動が存在すること
も明らかにした。1つはブラックホールのホライズンと AdS の境界との間の共鳴を表すタイプで、
系の不安定性に対応しており、もう1つは虚部がブラックホールの温度に比例する間隔で並んでお
り、ブラックホールの熱力学的な性質を反映している。
もう1つの観点である真空崩壊における触媒効果とは、ブラックホールなどの物体が準安定な真
空中に存在すると、その時空における真空崩壊が促進されるというものである。この現象はこれま
で 4 次元時空中の回転していないシュバルツシルトブラックホールに対して議論されていた。本研
究では Kerr-AdS5 の触媒効果について調べ、回転によって崩壊が促進されることを明らかにした。
この結果と上述の準固有振動数による不安定性の研究結果と比較することにより、古典的な不安定
性である摂動が発散する時間スケールと量子的な現象である真空崩壊における時空の寿命という2
つの時間スケールに関して比較することが可能となり、本研究では量子的な不安定性の方が常に大
きくなるようなパラメータ領域が存在することを示した。