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胆道における幹細胞ニッチおよび発癌起源に関する研究

早田, 有希 東京大学 DOI:10.15083/0002005034

2022.06.22

概要

<本研究の背景と目的>
組織幹細胞はそれぞれの臓器に存在し、自己複製能と多分化能を以て恒常性維持に寄与しているとされている。最近、タモキシフェン(TAM)誘導性Cre/loxPシステムを用いた細胞系譜解析(genetic lineage tracing)という手法により、固形臓器における組織幹細胞の同定の実証が可能となった。幹細胞は長命な細胞であるため癌起源になり得るとも考えられ、これもCre/loxPシステムを用いて標的細胞集団特異的に遺伝子改変を行い、発癌を誘導することで実証されつつある。このような組織幹細胞及び癌起源細胞の同定に関する研究は胆道領域において非常に遅れているが、最近では肝外胆管の周囲に取り巻くように存在する胆管周囲付属腺(胆管付属腺)に胆管幹細胞が存在し、癌起源にもなり得るといった説が提唱され注目されている。しかし、胆管付属腺が胆管幹細胞ニッチおよび発癌起源であることを直接的に示したエビデンスレベルの高い実験的証明はほとんど存在しない。その大きな理由として、胆管付属腺特異的なマーカーが未だ同定されていないため、同細胞集団の細胞系譜解析を行うことができない点があげられる。

幹細胞を同定するにあたり、幹細胞周囲を構成する微小環境、いわゆる幹細胞ニッチも重要な要素である。消化管の幹細胞ニッチ形成については、Wnt/β-cateninシグナル経路の重要性が報告されており、同経路の標的遺伝子の一つであるAxin2は、胃前庭部などにおいて幹細胞マーカーとなり得ることが報告されている。また最近胆道領域においても、胆管上皮障害時の再生過程にWnt/β-catenin経路が重要な役割を果たすことが報告されている。これらの背景に基づき本研究では、Wnt/β-catenin経路の標的遺伝子の一つであるAxin2に着目し、前述のgenetic lineage tracingシステムを用いて胆道系幹細胞および癌起源細胞の同定を試みることとした。

また本研究の過程において、Axin2が十二指腸乳頭部における胆管付属腺に特異的なマーカーであり、かつ乳頭部癌の起源となっていることを見出した。十二指腸乳頭部癌は黄疸を発症しやすいため早期発見されやすく、胆道癌の中では比較的予後良好とされているが、切除不能な場合はきわめて予後不良である。その理由として、胆管と膵管が合流して十二指腸に開口するという解剖学的に複雑な部位に発生するため、胆管癌・膵癌・十二指腸癌のどの癌に準じた化学療法が有効か不明であることが挙げられる。よって、十二指腸乳頭部癌の起源細胞を同定することは、腸乳頭部癌の治療戦略の確立に非常に重要である。そこで本研究では、新たに樹立した十二指腸乳頭部癌マウスモデルを用いてその発癌過程を詳細に解析するとともに、癌起源ニッチを標的とした新規治療法開発を検討した。

<方法と結果>
Axin2-CreERTマウスとレポーターマウスRosa26-Lox-Stop-Lox-tdTomato(LSL-Tomato)を交配させ(Axin2-Tomato)、Axin2陽性細胞を特異的に蛍光標識した。総胆管では散在性にTomatoが発現しており、明らかな局在性を認めなかった。しかし乳頭部においては胆管付属腺底部でTomatoが発現している一方、胆管表層上皮には全く発現していなかった。すなわちAxin2-Tomatoマウスは乳頭部胆管付属腺を特異的に標識できるマウスであることが分かった。乳頭部胆管付属腺の特徴を各種免疫染色で評価すると、SOX9などの幹細胞系マーカーを強く発現する一方で、CK19やMUC2といった成熟腺管上皮マーカーの発現が減弱しており、加えて増殖細胞の頻度も高いことがわかった。さらにAxin2-Tomatoマウスを用いて乳頭部の細胞系譜解析を行ったところ、胆管付属腺底部に限局していたTomato陽性細胞が時間経過とともに胆管表層に向かって増殖し、180日後にはほぼ全ての胆管上皮細胞がTomato陽性細胞に置換されていた。すなわち、乳頭部胆管付属腺Axin2陽性細胞が次々と新しい上皮細胞を胆管表層に供給し、幹細胞として機能していることが明らかとなった。

次に、乳頭部胆管付属腺でWnt経路活性化ニッチが形成されているメカニズムを明らかにするため、Wntリガンドおよび同経路のエンハンサーであるR-spondinの発現をinsitu hybridizationによって解析した。Wntリガンドについては明らかな局在性を認めなかったが、R-spondin familyの一つであるR-spondin3が乳頭部胆管付属腺の底部近傍に限局して強く発現していた。R-spondin3を発現している細胞を検討したところ、αSMA陽性のOddi括約筋細胞もしくは筋線維芽細胞である可能性が強く示唆された。

さらに、Axin2とCK19が相互排他的な発現パターンを呈していることを利用して、Axin2-CreERT2マウスとCK19-CreERT2マウスをそれぞれPTENflox/floxマウスと交配させ(Axin2-PTENΔ/ΔおよびCK19-PTENΔ/Δ)、Axin2陽性胆管付属腺細胞とCK19陽性成熟胆管上皮細胞のそれぞれで腫瘍抑制遺伝子PTENをノックアウトする実験系を構築し、乳頭部癌の発癌起源となり得るかを検討した。すると驚くべきことに、TAM投与から90日目にはAxin2-PTENΔ/Δマウスの全例で乳頭部腫瘍を認めたのに対し、CK19-PTENΔ/Δマウスでは一例も発症しなかった。Axin2-PTENΔ/Δマウスに発生した乳頭部腫瘍は、病理組織学的に高~中分化型腺癌を呈しており、十二指腸乳頭部癌マウスモデルと考えられた。また同マウスに生じた腫瘍をヒト乳頭部癌のサブタイプ分類に照らし合わせると、Pancreatobiliary typeとIntestinal typeの両方のマーカーを発現しており、Mixedtypeに分類されると考えられた。

最後に、Wnt/β-catenin経路活性化ニッチが胆管付属腺からの乳頭部癌発症に寄与するかを検討するため、Axin2-PTENΔ/Δマウスに遺伝子改変を誘導した後、Wnt阻害剤LGK974を連日投与した。すると、LGK974は乳頭部癌形成を著明に抑制し、一部のマウスは肉眼的・病理学的にほとんど腫瘍と認識できないものもあった。さらにAxin2-PTENΔ/Δマウスの腫瘍組織から乳頭部癌オルガノイドの培養にも成功し、同オルガノイドの培養にはR-spondinが必須であることも見出した。すなわち、R-spondinを介したWntシグナルの増強は乳頭部癌形成にきわめて重要な役割を果たしており、治療標的となり得る可能性が示唆された。

<考察>
本研究ではAxin2-Tomatoマウスを用いた乳頭部の細胞系譜解析の結果、胆管付属腺底部に存在するTomato陽性細胞が自己複製能と多分化能・組織恒常性維持能を持つことを実証した。すなわち、genetic lineage tracingという現時点では最もエビデンスレベルが高いとされる手法を用いて、乳頭部胆管付属腺細胞が組織幹細胞機能を持つことを証明した。この結果は、これまで遅れていた胆道系幹細胞研究および再生研究に重要な示唆を与えるものと考えられる。

乳頭部胆管付属腺底部の周囲にはR-spondin3が強く発現していたが、興味深いことにその分布はαSMA陽性のOddi括約筋に一致すると考えられた。厚い筋層に囲まれた微小環境は、胆道系では乳頭部にのみ特徴的なもので、乳頭部外の総胆管では存在しない。すなわち、Oddi括約筋に存在するαSMA陽性細胞が分泌するR-spondin3によって乳頭部付属腺特異的なWnt/β-catenin経路活性化ニッチが維持されており、これが乳頭部胆管と総胆管のAxin2発現パターンの違いを生んでいると推察された。しかしながら、乳頭部特異的幹細胞ニッチにおけるR-spondin3の関与を直接的に証明するためには、αSMA陽性細胞特異的にRspondin3をノックアウトするような実験系が必要であり、今後の検討課題である。

また本研究では、Axin2-CreERT2マウスを用いてAxin2陽性細胞特異的にPTENを欠損させることにより、十二指腸乳頭部癌マウスモデルの樹立に成功した。十二指腸乳頭部癌のマウスモデルは調べた限り報告がなく、その病態解明においてきわめて貴重なモデルであると考える。一方で、CK19-CreERT2マウスを用いて成熟胆管上皮で特異的にPTENを欠損させても乳頭部癌は発症せず、また乳頭部腫瘍由来のオルガノイドが増大するためにはR-spondinが必須であった。これらの結果から、胆管上皮細胞でPTENを欠損させるだけでは乳頭部癌には至らないが、胆管付属腺底部のように周囲微小環境からR-spondinによって安定化されたWntシグナルが常に享受できるような環境においてのみ、発癌に至るという仮説を立てた。そこでPTEN欠損胆管付属腺細胞とそれを取り巻くWnt活性化ニッチとの相互作用を断ち切る目的で、Axin2-PTENΔ/Δマウスに対してWnt阻害剤を投与したところ、著明に発癌を抑制することができた。Wnt経路を標的とした分子標的療法は大腸癌などですでに臨床試験が行われており、本研究結果から、十二指腸乳頭部癌もそのターゲットの候補となると期待される。

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