抗菌活性物質Amycolamicinの全合成研究
概要
1.1 医薬品の創製
我々人類はその時代ごとに常に病の脅威にさらされてきた。それに対抗するため、その時代の最高の技術と努力により薬を開発し、病を乗り越えてきた。「臨床試験」による治療効果を評価する考え方が登場したのは18 世紀中ごろであり、現在では動物試験などを経る厳密な指標が存在する1)。臨床試験という概念の登場と時期を同じくして化合物による近代医薬として登場したのがモルヒネである。モルヒネは植物であるケシの実から抽出されるアヘンの有効成分であり、強力な鎮痛剤としても利用されてきた。アヘンを数工程の化学的処理により精 製した後、結晶化によって純粋なモルヒネを得たことにより特定の化合物が薬 理活性を有することが実証された。そして、20 世紀になると微生物の二次代謝 産物を利用することで天然物由来の医薬品の開発が劇的に進歩した。二次代謝 産物は必ずしも生体活動には必要とされない化合物であり、なぜ生産されるのか本質的に不明な化合物が多い。抗生物質として利用される二次代謝産物においては、微生物が生存競争に勝ち残るため生産していると考えられている。一方の微生物が他方の微生物に対して拮抗作用を示すことはL. Pasteurの時代に観測されていた。そして、微生物由来として世界初の抗生物質であるペニシリンがA. Flemingによって発見された。その後、S. A. Waksmanによって他方の微生物の生育を阻害するような物質を「抗生物質」と呼ぶことが提唱された。微生物の二次代謝産物を利用するメリットとして培養法による大量供給に加え、ペニシリンのβ-ラクタム構造に見る新規構造およびこれまでに想像もしなかった作用機序の発見も挙げられる。さらに、β-ラクタム構造の発見により、新たな抗菌剤としての作用機序が見出されることになり、多様なβ-ラクタム系抗生 物質の開発に繋がった。このような作用機序の解明は医薬品開発において非常に重要である。そもそも、ペニシリンのような低分子医薬品として機能する化合物が標的とするのは特定のタンパク質である。つまり、「鍵穴」となる特定のタンパク質に作用することでそのタンパク質の機能を調整するような化合物(鍵)が医薬品化合物となる。ペニシリンの場合は細菌のペプチドグリカン生合成酵素に作用することで抗菌作用を示し、動物にはこの酵素が存在しないために毒性が低い2)。
β-ラクタム構造の作用機序の解明によりセファロスポリンCなどβ-ラクタム系抗生物質が多く開発されることになった(Figure 1-1)3-6)。医薬品の開発は1)標的タンパク質の同定、2) 薬剤候補物質の探索・選抜、3) 臨床試験を経て行われることが多い。このようにして開発された医薬品が人類と感染症の戦いに大きく貢献してきた。その一因として、自然界に普通に存在し培養が容易な微生物を取り尽くしつつあることが挙げられよう。さらに、培養が容易であり、かつ遺伝子にも化合物の情報がコードされているにも関わらず、何らかの理由で微生物による化合物生産が行われなくなる場合もある。現在の培養法や遺伝子工学の進展により、難培養微生物や化合物生産をやめてしまった微生物からも新たな医薬品候補化合物が発見される可能性はある。また、天然から微生物を取り尽くしつつあるとは言え、実際のところ我々は足元に存在する微生物の数さえ正確に把握できていない。そのため、天然には想像以上の種類の微生物が存在しており、今後も医薬品化合物の宝庫となり続ける可能性はある。しかし、現実として発酵法による医薬品開発は減少傾向にあるため、微生物の発酵法とは異なるアプローチを用いて医薬品開発を行う必要がある。そこで有用となるのが有機合成化学を駆使した合成創薬である。最近は計算化学を駆使した医薬品における最適構造の探索が行われるようになったが、依然として天然物由来の医薬品は数多く存在する。そして、天然物の全合成研究は医薬品化合物の供給、天然物の構造決定、生合成経路の解明や新規有機化学反応の発見に大きく貢献しており、産業および学術の両面において重要な役割を果たしている。
1.2 有機合成化学を基盤とする医薬品開発
1.2.1 有機化合物の合成
以前の有機化合物の定義は生命活動によって生産される化合物であった。その後、F. Wöhlerが尿素を合成したことで有機化合物の定義が改定され、炭素の酸化物を除く、炭素を含む全ての化合物が有機化合物として定義された。それから有機化合物を用いた多様な合成法が開発されてきた。天然物合成においてはこのように見出された反応のデータベースから最適な反応を探索して利用する手法が一般的である。天然物合成ではより安価で単純な構造を有する出発原料から合成を目指す。そのため、天然物の基本構造を構築するためには炭素-炭素結合の形成が重要となる。炭素-炭素結合形成反応においてグリニャール反応は代表的反応の一つであり、開発から一世紀経た現在でも利用例の多い重要な反応である。
その後、グラブス触媒による炭素-炭素二重結合の連結や7)、高分子合成ではチーグラー・ナッタ触媒による有用な重合反応が報告された(Figure 1-2)。そして、多様な手法による炭素-炭素結合形成としてクロスカップリングが挙げられる。これまでに多くの手法が開発されたがいくつか例を挙げて説明する。まず、有機亜鉛試薬と有機ハロゲン化物をパラジウム触媒もしくはニッケル触媒存在下で反応させることにより炭素-炭素結合を形成する根岸カップリングが初めて報告された。その後、パラジウム触媒存在下にてハロゲン化ビニルとオレフィンを連結する溝呂木-ヘック反応や有機ホウ素化合物とハロゲン化アリールをカップリングさせる鈴木-宮浦反応などが登場した。通常、グリニャール試薬のようにカップリングに必要な有機金属化合物は水や空気に不安定である。一方、鈴木-宮浦反応では有機ホウ素化合物は水や空気に安定であり、取り扱いが容易になっている。また、園頭カップリング反応のような末端アルキンとハロゲン化アリールを連結する有用な反応も開発されている。この他にもアルドール反応やウィッティヒ反応など様々な有機化合物の増炭方法が開発されることで以前では困難であった天然物合成を可能とした。
1.2.2 グリコシル化反応に関して
医薬品として利用される天然有機化合物にはオリゴ糖やグリコシド結合を有する配糖体が多く存在する。このような糖含有化合物の生物活性ではグリコシド結合の立体選択性が重要となる場合がある。そのため、フィッシャーグリコシル化が開発されてから現在に至るまで多くのグリコシル化反応が開発されてきた。最初のグリコシル化反応はH. E. Fischerにより報告された手法で、塩酸存在下にてアルコールと糖を加熱することによりグリコシド体を得る方である(Figure 1-3)。その後、中間体としてハロゲン化糖、トリクロロイミデート糖やアンヒドロ糖などを利用した様々なグリコシル化反応が報告された8-16)。長いグリコシル化反応の開発を経て、グリコシル化反応は完成しつつあるが、まだデオキシ糖への適応が困難であることや塩基性条件下での有用なグリコシル化が少ないという課題も存在する。そのため、グリコシル化反応の開発を持続する必要があり、今後の発展も期待したい。
1.2.3 合成創薬
アスピリン3は医薬品開発において人類最大の成功例と言える(Figure 1-4)1)。単純な構造で安価な原料から合成可能でありかつ約一世紀を経た現在でも鎮痛剤としてベストセラーであり続けている。ヤナギの樹皮から単離されるアスピリンの原料であるサリチル酸は副作用として胃腸障害を引き起こす。そこで、バイエル社により無水酢酸を用いたサリチル酸のアセチル化という非常に容易な変換によって得られるアスピリンが副作用を抑制した有効な鎮痛剤として見出された。この合成によるアスピリンの開発が医薬品開発における有機合成化学の有用性を示しており、現代合成創薬の扉を開いたと考える。その他の例として、抗がん剤であるエクチナサイジン743はホヤから単離されるがごく微量しか得られないため、微生物の培養から大量に得られるサフラシンBから半合成によって標品供給されている17-18)。また、アベルメクチンB1aのC22とC23の炭素-炭素二重結合を還元することで得られるイベルメクチンB1a (15)がより有効な抗寄生虫作用を示すことも判明している。このように天然由来の化合物から分子構造を意図的に変換して理想的な構造へ最適化することで医薬品としての有効性を向上している例も多く見られる。
1.3 抗生物質
1.3.1 抗生物質の分類
Flemingによって世界初の抗生物質であるペニシリンが見出され、Waksmanによって抗生物質の定義が提唱されてから多様な抗生物質が開発されてきた。以下のように抗生物質は作用機序により(a)から(d)の四種類に大分される19)。
(a) 細胞壁合成阻害
ペニシリンは細胞壁合成を阻害することで選択的に細菌に作用する。このような作用機序を示す化合物としてβ-ラクタム系抗生物質やMRSAを含む薬剤耐性菌に対して有効性を示すバンコマイシンなどが挙げられる(Figure 1-5)。
(b) 細胞膜機能阻害
細胞膜に作用することで細胞膜内のイオン濃度を撹乱することで細胞膜機能の阻害もしくは障害を与えることにより抗菌作用を示す抗生物質の一群である。モネンシンに代表されるイオノホア抗生物質は環状構造を形成しており、その内部に金属イオンを取り込むことで金属イオン-イオノホア複合体を形成する(Figure 1-6)。この複合体が細胞膜での拡散や細胞膜に埋め込まれ通路を形成することで細胞内外のイオン濃度を撹乱して細菌を死に至らしめる。
Figure 1-6 モネンシンの構造
(c)タンパク質合成阻害
タンパク質合成の生合成経路である開始、伸長、終了のいずれかの段階を阻害することで抗菌作用を示す。選択性は真核生物と原核生物のリボソームの構造の違いによって現れる。アミノグリコシド系抗生物質としてストレプトマイシンが代表例として存在する。ストレプトマイシンはWaksmanによって放線菌から単離され結核の治療薬として有効であることが判明した。その後、ストレプトマイシンの副作用を改善したカナマイシン20が発見された(Figure 1-7)。
(d)核酸合成阻害
核酸合成の阻害活性を示す化合物群であり、核酸合成を阻害することから抗がん剤として利用される化合物も多数く存在する。構造は多様でありペプチド鎖を含むアクチノマシンD、アントラサイクリン系のアドリアマイシン(Figure 1-8)、糖ペプチド構造を有するブレオマイシン、ポリケチド生合成によって合成されるアフラトキシンなどが挙げられる。それぞれ、作用機序は異なるがアドリアマイシンの場合ではDNAの塩基対の間にインターカレーションすることでDNAに結合し、RNAポリメラーゼの働きを阻害することで抗菌作用を示す。
1.3.2 薬剤耐性菌の出現
これまで示したように抗生物質はペニシリンの発見からありとあらゆる種類の抗生物質が見出された。副作用の改善やより高い抗菌作用を指向した改良を目的として多くの抗生物質が開発された。そして、特に課題であるのが薬剤耐性菌の出現である。ペニシリンが発見された当初から既に薬剤耐性菌の出現は予測されていた1)。細菌の増殖は非常に速く、個体数が急激に増加するため、その中から突然変異による薬剤耐菌が現れやすい。また、最近の抗生物質の処方として、使用頻度の急激な増加や単一の抗生物質の使用によっても薬剤耐性菌の出現確立は高くなる。ペニシリンにおける細菌の薬剤耐性獲得のメカニズムは細菌のペニシリン結合部位の変異やペニシリンの分解酵素であるペニシリナーゼの発現である。そこで、ペニシリンの場合とは全く異なる作用機序を有する抗生物質の開発が急務となった。この問題を解決する切り札として開発されたのがバンコマイシンであった。バンコマイシンの場合はペニシリンのようなペプチドグリカン生合成酵素の阻害ではなく、ペプチドグリカン前駆体の合成を直接阻害することで抗菌作用を示す。ペプチドグリカンの合成を直接阻害できるため、細菌は突然変異による薬剤耐性の獲得が困難となる。そのため、バンコマイシンの開発により感染症の恐怖を克服したかに思われたが、VREやVRSAが出現し、現在に至るまで薬剤耐性菌と人類との戦いは続いている。薬剤耐性菌が問題となるのは体力の低下した患者に対しては致死的な感染症を引き起こす可能性があることである。そのため、新たな抗生物質の開発は緊喫の課題である。
1.4 本研究の目的
本研究では、強力な抗菌活性と前例のない特異なハイブリッド型化学構造を有し、新しいカテゴリーの抗菌 薬 開 発の起点となり得る天然物 amycolamicin(AMM, 10)について、初の全合成と構造活性相関研究を実施し、画期的な感染症治療薬の創製に繋げることを目指す。合成戦略としては、AMMのCユニットとDEユニットを調製した後に連結してCDEユニットに導き、Bユニットを形成させながら別途調製したAユニットと連結することで分子全体を組み上げる収束的合成法を選択し、全合成の効率化を図る。
AMMの構造活性相関については、AMMのD 環部 2 級ヒドロキシ基のアセチルエステル体とE 環部の2つの塩素の水素置換体について抗菌活性が調べられたのみであるが(両誘導体ともに大幅な活性の減弱)、本収束的合成法を用いれば、多彩な化合物ライブラリーの構築が可能となるだけでなく、全合成の過程で得られる個々のユニットまたは複数ユニットの連結体について、抗菌活性以外の未知の生理作用の探索も可能となる(実際に、構造決定の過程で得られたDEユニット単独では、細胞毒性を示すことが報告されている)。