Evolution and molecular breeding of bacteria degrading organochlorine pesticide
概要
0.1 遺伝子編集による遺伝子資源の利用及び人工細菌株の育種
工業と農業の発展に伴い、人工合成の生体異物 (xenobiotic) が大量に製造・使用され、環境に放出されたものが、その化学的な安定性のために生態系に蓄積している。これらの人工化学物質はヒトや環境に棲息する生物に有害な影響を与え、深刻な汚染問題を引き起こしており、その解決策が世界的に検討されている。一方、多様な代謝能を持つ微生物は、環境に残留する様々な有機汚染物質を分解資化でき、バイオレメディエーションへの応用が期待されている。
微生物は、多様な汚染物質分解能力を持ち、環境修復に期待される一方で、人為起源難分解性物質に対しては、代謝経路は「不完全」で、資化能も「不安定」な場合が多く、適応進化が不十分であると示唆される。そこで、分子生物学や遺伝子工学を利用して、微生物のゲノム編集により、人工的な細胞の育種が試みられている。例えば、汚染物質分解において、環境細菌 Pseudomonas putida KT2440 株に γ-hexachlorocyclohexane (γ-HCH)代謝遺伝子 linA、linB、linC、linD 及び methyl parathion (MP) 代謝遺伝子 mph、pnpA、pnpB 遺伝子を導入し、KT2440 株自身が保有する下流代謝経路と組み合わせて、γ-HCH と MP を同時分解できる株が創出された (Gong et al., 2016)。 また、真菌 Pleurotus ostreatus 由来の 3 種類のラッカーゼ遺伝子を導入することで、chlorophenols、 nitrophenols、sulfonamide antibiotics を同時に分解できる酵母 Pichia pastoris 株が作製された (Zhuo et al., 2018)。一方、細菌由来のナフタレン分解遺伝子 nidA、nidB、NahAa、NahAb がシロイヌナズナに導入され、PAHs 分解植物が育種された (Peng et al., 2014)。また、細菌由来の linA 遺伝子を植物での発現に適したものに改変し、LinA 活性を発現して γ-HCH を分解するカボチャ植物も作製されている (Nanasato et al., 2016)。
汚染物質を分解する人工菌株の育種には、分解酵素をコードする遺伝子以外にも、発現制御因子や膜に存在するトランスポーターをコードする遺伝子などの遺伝的モジュールも利用されている。Nikel らは、遺伝子操作によって Pseudomonas putida のバイオフィルム合成能力を向上させ、ハロゲン化アルキルの分解を促進させた (Benedetti et al., 2016)。Liu らは、promoter library を構築し、細菌株の代謝経路における各遺伝子の発現強度を調節し、代謝を最適化した (Wei et al., 2018)。
0.2 γ-HCH とその分解資化細菌 Sphingobium japonicum UT26 株
有機塩素系殺虫剤γ-hexachlorocyclohexane (γ-HCH) は人為起源の難分解性物質であり、ストックホルム条約により残留性有機汚染物質 (Persistent Organic Pollutants, POPs) にも指定され、その汚染に対する国際的な取り組みが求められている。HCH には 8 つの異性体が存在する。殺虫活性を有するのは γ-HCH のみであるが、工業生産の際に、主に 4 つの異性体、α-、β-、γ-、δ-体が生じ (Vijgen et al., 2011)、これら異性体の全てが環境中に残留し、汚染物質として問題になっている。中でもβ-HCH は塩素原子の全てがシクロヘキサン環のエクアトリアルの位置に存在するために化学的に最も安定である。
γ-HCH が 12 年間散布された日本の試験圃場から、好気条件で γ-HCH を分解資化する細菌株 Sphingobium japonicum UT26 株が単離された (Imai et al., 1989; Senoo et al., 1989)。UT26 株は γ-HCHを唯一炭素源として生育でき、その代謝経路と特殊性の高い酵素をコードする lin 遺伝子群が解明された (Fig 0-1) 。本株は γ-HCH を各種芳香族化合物代謝経路における共通の中間代謝産物である β-ketoadipate を経て代謝する。多くの環境細菌が本物質の代謝能を有するため、β-ketoadipate までの代謝が HCH 分解に特異的な反応と考えられる。γ-HCH を β-ketoadipate に変換するのには、linA、 linB、linC、linD、linE、linF 遺伝子がコードする LinA (γ-HCH dehydrochlorinase)、LinB (1,4-TCDN halidohydrolase)、LinC (2,5-DDOL dehydrogenase)、LinD (2,5-DCHQ reductive dehalogenase)、LinE (CHQ 1,2-dioxygenase)、LinF (MA reductase)の 6 つの代謝酵素が必要である。LinA の基質特異性は狭く、検討された基質の中では γ-HCH、γ-PCCH、α-HCH、δ-HCH に対してのみ活性が検出され、β-HCHや他の検討された塩素化合物には活性を示さないと報告された (Nagata, Hatta, et al., 1993)。また、 LinA は触媒に補因子が必要ではなく、ホモログの報告がないため、特殊性が高い新規 dehydrochlorinase と考えられた。LinB は α/β—hydrolase fold family に属し、Xanthobacter autotrophicus GJ10 由来のハロアルカンデハロゲナーゼ DhlA と 29.3%の identity を示す (Nagata, Nariya, et al., 1993)。LinB はハロアルカンデハロゲナーゼの一員で基質特異性が広く、α-HCH、β-HCH、δ-HCHなどの HCH 関連物質以外にも、様々な有機ハロゲン化合物に対して活性を示す (Nagata et al. 1997; Nagata et al., 2005; Sharma et al., 2006)。
0.3 UT26 株によるγ-HCH 分解能の「不完全性」と「不安定性」の問題
UT26 株はγ-HCH の完全分解に必要な代謝酵素遺伝子を有しているが、代謝過程で有毒な dead- end 産物を生じる。すなわち、LinA の反応産物である 1,4-TCDN が spontaneous に 1,2,4-TCB に転化し、LinB の反応産物である 2,4,5-DNOL が spontaneous に 2,5-DCP 転化する。γ-HCH の上流代謝経路酵素遺伝子 linA、linB、linC は構成的に発現しており (Nagata, Miyauchi, et al., 1999)、発現量の測定により、これら 3 つの遺伝子の発現強度は linA > linB > linC であり、LinA 及び LinB の活性が相対的に強いため、中間産物が蓄積し、多くの dead-end 産物が生じると考えられている。
一方、UT26 株の全ゲノム配列が完全決定され、γ-HCH 分解に関する遺伝子のゲノム上での局在 が解明された (Fig 0-2) 。linA、linB、linC は第一染色体に散在し、オペロンは形成していない。ま た、linA と linC の近傍に IS6100 が存在する。γ-HCH 代謝下流経路遺伝子 linD、linE はそれらの制 御遺伝子 linR と共にオペロンを形成し、プラスミド pCHQ1 に存在する。linR は LysR-type transcriptional regulator をコードし、LinC の反応産物である 2,5-DCHQ を特異的に認識して linD、 linE を含むクラスターの発現を誘導する (Miyauchi et al., 2002)。β-Ketoadipate までの変換の最終段 階の酵素遺伝子linF は第二染色体に存在しており、β-ketoadipate 以降の代謝経路酵素遺伝子群 linGH、 linJ とそれらの制御遺伝子 linI も本レプリコンに存在する。以上、γ-HCH を β-ketoadipate まで変換 する酵素遺伝子群は、クラスターを形成しておらず、近傍に存在する IS6100 によって脱落し易く、γ-HCH 分解資化能を安定に維持できない。
このような有毒な dead-end 産物を生じる「不完全性」と代謝活性の「不安定性」の問題は、UT26株が γ-HCH に対して適応が不十分であることを強く示唆する。
0.4 天然の γ-HCH 分解資化細菌株はγ-HCH に対して「適応途上」
UT26 株以外にも、γ-HCH を分解資化する細菌株が世界各地の汚染土壌から単離されている。これまでに詳細に解析された γ-HCH 分解資化菌はほぼ全て sphingomonads 細菌群に属する (Lal et al., 2010)。sphingomonads 細菌群は Alphaproteobacteria に属するグラム陰性菌であり、外膜にリポ多糖を持たずにスフィンゴ糖脂質を持ち (Kawahara et al., 1990)、多様な難分解性物質を分解できる菌株が単離されていることから、潜在的に多彩な物質代謝能を有する細菌群と考えられている。本研究室では、新たに γ-HCH 分解資化細菌 3 株、Sphingomonas sp. MM-1 株、Sphingobium sp. MI1205 株、Sphingobium sp. TKS 株の全ゲノム配列を完全決定した (Tabata et al., 2016)。これらの株は、16S rRNA 遺伝子の解析により、互いに系統学的にある程度離れている (Fig. 0-3) が、γ- HCH 分解に関しては、UT26 株の linA から linE とほぼ同一の遺伝子を利用する。このことは、起源を同じくするγ-HCH 分解細菌株が世界中に広まったのではなく、複数の祖先株がほぼ同一の γ- HCH 代謝に必要な「特殊遺伝子」を獲得し、γ-HCH 分解細菌株が世界各地で「独立に」誕生したことを強く示唆する。また、代謝酵素遺伝子以外にも、UT26 株の γ-HCH 分解資化には linKLMNがコードする推定 ABC transporter が必須である。linKLMN ホモログは、MM-1 株、MI1205 株、 TKS 株のみならず、γ-HCH 分解能を持たないsphingomonads 株にも保存されており、 sphingomonads 細菌群がコア機能として有するγ-HCH 分解に必要な因子と考えられている。さらに、これら 3 株でも lin 遺伝子群はゲノム上に散在し、近傍に存在する IS6100 の影響で遺伝的に不安定である。このことは、現在存在する天然の γ-HCH 分解資化菌の分解能力が未だ適応の過程にあり、大いに改善の余地があることを示唆する。
難分解性物質の分解遺伝子が可動性遺伝因子に乗って微生物集団に伝播することは良く知られているが、それらは、芳香族化合物代謝系の遺伝子が制御系を備えたクラスターという「セット」として転移するケースがほとんどであり、γ-HCH 分解代謝遺伝子群のようにゲノム上に散在する遺伝子群がどのように伝播するのか、また、そもそも特殊性が極めて高い linA はどうのように創出されたのは未解明である。
0.5 遺伝子水平伝播による環境汚染物質分解細菌の適応と進化
人為起源の汚染物質による選択圧によって細菌の代謝機能が進化することはもはや明らかといえるが、その機構については不明な点が多い。近年、分子遺伝学、分子生態学やゲノム科学の研究が進み、遺伝子水平伝播 (horizontal gene transfer) の重要性が改めて注目されている。環境汚染物質分解においても、分解遺伝子伝播の重要性が、以下の知見から指摘されている。(i) 系統的に近い分解遺伝子あるいは遺伝子クラスターが地理的に遠い地域から分離された細菌株から見出されている (Whyte et al., 2002)。 (ii) 同じ汚染物を分解できる違う菌株の分解遺伝子の系統関係は宿主菌16S rRNA 遺伝子の系統関係と一致していない (McGowan et al., 1998)。 (iii) 分解遺伝子あるいは遺伝子クラスターと宿主菌のゲノムの G+C 含量は明らかに差がある (Fong et al., 2000)。(iv) 汚染物分解遺伝子が可動性遺伝因子 (mobile genetic elements, MGEs) 上に位置する (Top et al., 2002)。
また、これまでに人工の難分解性物質分解菌株の創出に使われている分解代謝酵素遺伝子の多くは、純粋培養された分解菌株由来であるが、自然環境中の微生物の 99%以上は難培養性 (viable but non-culturable) と考えられており、これらの難培養性微生物由来の遺伝子資源の開発と利用も期待されている。Top らは 2,4-D 分解プラスミド pJP4 の tfdA 遺伝子を欠失させ、当該プラスミド保有株による 2,4-D 汚染土壌からの tfdA 遺伝子の獲得に成功している (Top et al., 1996)。また、当研究室の Miyazaki らは、UT26 株の linB 欠失株を γ-HCH 汚染土壌由来の細菌集団と混合し、linB を有するプラスミド pLB1 を獲得した (Miyazaki et al., 2006)。以上の例は、環境において汚染物質の分解遺伝子が様々な MGEs に担われて転移し、微生物の汚染物質に対する適応・進化に貢献していることを強く示唆する。すなわち、この現象を利用して環境中の遺伝子資源を取得することも考えられる。このような遺伝子のキャプチャリング実験を高感度で効率的に行うには、取得対象以外の関連遺伝子を安定に保持するなど、優れた受容菌細胞の利用が望まれる。
0.6 HCH 類汚染土壌のメタゲノム解析
以上述べた通り、自然環境中の微生物の 99%以上は難培養性と考えられているが、これら難培養性細菌とそれらが保持する遺伝子を解析する手法としてメタゲノム解析が用いられている。本手法では、単一の菌株を分離培養する過程を経ることなく、環境試料あるいは微生物コミュニティから直接ゲノム DNA を抽出し、様々な系統由来の DNA がミックスされた状態で DNA シーケンスを行う。メタゲノム解析により、汚染環境下に生息する微生物群集がどのようにしてその汚染物質に対処するかを解明すると共に(Marco , 2010)、新しい分解代謝酵素遺伝子の発見がなされている(Simon et al.,2009)。
HCH 類汚染土壌について、Sangwan らは、HCH 濃度が 450,000 ppm である非常に高レベルの汚染土壌のメタゲノム解析により、HCH 分解能を有する株の報告例のある Pseudomonas 属、 Sphingomonas 属、Novosphingobium 属、Sphingopyxis 属が高い割合を占めていたことを解明した。また、HCH 高濃度と低濃度汚染土壌のメタゲノム中の各遺伝子の存在比率を比較した結果、高濃度汚染土壌には lin 遺伝子群の中でも linA、linB および linC がより多く検出され、また、lin 遺伝子群以外にも、芳香族化合物代謝やストレス耐性、運動性・走化性に関わるタンパク質をコードする遺伝子の存在量が明らかに多かった(Sangwan et al., 2012)。さらに、高濃度汚染土壌では水平伝達に関する遺伝子も多く存在し、この土壌において遺伝的流動性(genetic mobility)が上昇していることが示唆された。なお、HCH 類汚染土壌のメタゲノムデータから HCH 分解資化菌である B90A 及び UT26 株の祖先株 genotype の再構築が試みられている(Sangwan et al., 2014)。構築された祖先株の genotype のサイズは B90A 株および UT26 株のゲノムサイズよりも小さく、この祖先株が linA、linCを水平伝播によって獲得したと考えられた。
一方、経時的な HCH 汚染土壌のメタゲノム解析は行われておらず、HCH 汚染によりどのような時間スケールで土壌メタゲノムが変化していくのか、その変動過程は不明である。その変動過程の解析により、HCH 汚染と HCH 分解に関する遺伝子及び菌株の関係を解明すること、そして、環境中に豊富になった分解細菌株の単離及びゲノム解析によりこれら菌株の HCH に対する進化適応過程を解明することが期待される。
0.7 研究目的
ほぼ同一のlin遺伝子群を保持し、複数の祖先株から進化した考えられるγ-HCH分解細菌株が単離されているが、これら株のγ-HCH資化能と分解活性は、体系立てて比較されていない。また、天然のγ-HCH分解細菌株はγ-HCH代謝への適応が十分であり、環境浄化への応用や、遺伝子キャプチャリングの宿主としての利用の際に問題となる。一方、祖先株が、どこからどのようにしてlin遺伝子群を獲得したかは依然として不明である。以上の背景を踏まえ、本研究では、高機能分解資化細菌株の育種手法および未開拓遺伝子資源の有効利用法の確立を最終目標に、I. 実験室環境下でγ- HCHで再汚染化した土壌におけるγ-HCH分解細菌の量的・質的変動の解析、II. 天然株より安定かつ効率的にγ-HCH分解資化能を発揮する組換え細菌株の育種、Ⅲ. 環境試料から特殊性の高いlin遺伝子であるlinAとlinBの機能を有する遺伝子を取得することを具体的な課題とした。