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柔道選手における減量とコンディション評価の検討

平岡, 拓晃 筑波大学 DOI:10.15068/00160602

2020.07.27

概要

アスリートは, 競技力向上のために日々激しいトレーニングを行っている．トレーニングはパフォーマンスを向上させることを目的として行われるが, 高強度運動による疲労の蓄積はコンディションを崩すことが懸念されている．高強度運動の反復は免疫系, 神経系, 内分泌系の失調をもたらし, 慢性疲労や感染症の罹患を引き起こすことが知られている(Benjamin and Romuald, 2016； Gabriel et al., 1997； Halson, 2014； Joyner and Coyle, 2008； Nederhof et al., 2006； Nielsen, 1984)．したがってアスリートは, 高強度運動によるこのような負の影響を最小限に留めながら, 競技大会に向けてパフォーマンスやコンディションを最高の水準に調整することが必要である．夏季オリンピック出場者が罹患した主な内科系疾患のうち, およそ6割が呼吸器系疾患であり, その多くが上気道感染症（upper-respiratory tract infection: URTI）であったことが報告されている（Soligard et al., 2017； Soligard et al., 2015）．

　アスリートのコンディションを悪化させる要因として, 身体の内外様々な刺激（ストレッサー）によって内部環境に変化が起こるストレスが考えられる．アスリートにとって, 身体の内部環境を常に一定な状態に保つこと（恒常性, ホメオスタシス)は重要であるが, 中でも生理的ストレッサー（運動, 空腹, 口渇など）による身体への負担が大きい減量は, アスリートのコンディションを悪化させる要因であると考えられている．アスリートのコンディショニングは, 様々な視点から取り組む必要がある．柔道やボクシング, レスリング, 重量挙げなどの体重階級制スポーツでは, より有利な階級で試合をするために多くのアスリートが減量を行っている．減量の多くは, 7日〜10日間の短期間に食事制限と水分摂取制限, 脱水を併用した急速減量によって行われている（岩尾ら, 1995； 片岡, 1972； 木村ら, 1981； 森田, 1980； 渡辺ら, 1984）．柔道の減量法として, 主に水分摂取制限による脱水が行われている（奈良, 2006； 小野, 1976； 小野, 1975）．脱水には, 水分発汗や水分摂取の低下により, 体内からナトリウムよりも水分が多く失われ体液が濃くなっている状態の高張性脱水と, 水分とナトリウムがともに失われる等張性脱水, 水分よりナトリウムが多く失われる低張性脱水がある（菱田, 2003）．アスリートの起こる脱水は, 主に激しい発汗や急激な水分消失によって起こる高張性脱水と考えられるが, これらの脱水は身体機能とともにパフォーマンスにも大きく影響を与える事が懸念されている（Stearns et al., 2009； Wingo et al., 2012）．

　コンディション評価方法の一つとして, 分泌型免疫グロブリンA（secretory immunoglobulin A: SIgA）が用いられている．SIgAは涙や唾液, 尿, 乳汁中に分泌され, 外界から侵入する微生物などに対して特異的に結合することでさまざまなウイルスや毒素を中和し, 病原微生物の接着と増殖を防ぐ．またSIgAの分泌量が低下すると, 上気道感染症の罹患リスクが高まると考えられている（Lamm, 1995； Mazanec, 1993）.口腔内免疫能と運動に関する研究は多く報告されており, そのほとんどが唾液SIgAに関するものである（Fahlman et al., 2005； Gleeson et al., 1999； Neville et al., 2008）．

　脱水により心理状態を低下させることや（Maughan et al., 1997）, 体重1%以上の脱水で心理状態に影響が見られるなど（Grandjean and Grandjean, 2007）, 脱水は心理状態に悪影響を与えることが報告されている．急激な体重減少はパフォーマンスの低下だけでなく, 不安感の増大や消極的行動などの心理的側面に影響を及ぼすことがわかっている（Choma et al., 1998）．スポーツ選手の心理状態の判定には, McNairら（1971）によって開発された自記式心理評価尺度であるProfile of Mood States（POMS）が有用である．POMSを用いて調べたところ, 心理状態の変化とトレーニング量には関連性があることが明らかになっている（Raglin, 1993； Raglin et al., 1991）．過剰なトレーニングにより「活気」は減少し, 「緊張」「抑うつ」「怒り」「疲労」「混乱」は増加した心理状態の悪化を示す「逆氷山型」のパターンになると報告している（Morgan, 1987）．

　柔道やレスリングなどの体重階級制スポーツでは, 急速減量を行う選手たちが多いことから頻繁に脱水症状が起きている可能性が高く, コンディションを崩しやすい状態にあると考えられる．アスリートの急速減量による脱水とコンディションの悪化を予防するには, 唾液中脱水指標を用いて脱水状態が起きているかをモニタリングし, 症状の早期発見・早期対応を行うことが重要である．スポーツの現場において, 簡易的かつ客観的に脱水状態を評価する指標を確立させることは, アスリートのコンディション維持に重要であると考えられる．さらに唾液SIｇAやPOMSなどを用いて口腔内免疫能や心理状態を把握することで, アスリートのコンディション評価を多角的に検討することが可能である．

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