性的二型核の性差形成機構と生理機能に関する研究

概要

【背景と目的】
有性生殖を行う動物は、雌雄で異なる行動や生殖機能を制御するため、脳が性的に分化している。形態学的に性差がある神経核は性的二型核と呼ばれ、脳機能の性差の構造基盤である。マウスの内側視索前野（MPOA）にはカルビンディンD-28K（Calb）ニューロンで構成される性的二型核が存在し、Calb-性的二型核（CALB-SDN）と呼ばれる。CALB-SDN を構成するCalbニューロンの数には雄優位な性差がある。また、マウスの分界条床核主核（BNSTp）の背側部（CALB-BNSTp）はCalbニューロンで構成され、その数には雄優位な性差があるが、BNSTpの腹側部（BNSTpv）はCalbを発現しないニューロン（non-Calbニューロン）で構成され、その数には雌優位な性差がある。本博士論文では性的二型核の性差形成機構と生理機能を明らかにすることを目的として、以下の4つを調べた結果について論じた。

【研究項目と結果の概要】
性的二型核の形成における春機発動期の性ステロイドホルモンの役割
春機発動期前に生殖腺を除去し、性ステロイドホルモンを代償投与した成熟期雌雄マウスの脳を組織学的に解析した。また、成熟期に生殖腺を除去した雌雄マウスの脳を組織学的に解析した。その結果、雄マウスのCALB-SDNとCALB-BNSTpのCalbニューロンはテストステロン（T）投与とジヒドロテストステロン投与により増加したが、エストラジオール投与の影響はなかった。雌マウスのBNSTpvのnon-Calbニューロンはエストラジオール投与により増加した。成熟期の生殖腺除去は性的二型核の細胞数に影響を与えなかった。このことから、春機発動期の精巣由来アンドロゲンはアンドロゲン受容体を介してCALB-SDNとCALB-BNSTpを雄性化させると考えられた。また、卵巣由来エストロゲンはBNSTpvを雌性化させると考えられた。

CALB-SDNを構成するカルビンディン-D28Kニューロンの神経投射
Calbニューロン選択的な神経トレーシングから、CALB-SDNにはMPOAで局所神経回路を構築する介在Calbニューロンと腹側被蓋野（VTA）に投射するCalbニューロンが存在することが明らかになった。介在Calbニューロンの数には性差が無かったが、VTA投射Calbニューロンの数には雄優位な性差があった。

中脳腹側被蓋野に投射するカルビンディン-D28Kニューロンの性差形成機構
出生日に精巣除去か偽手術を施し、春機発動期にTかコレステロールを投与した雄マウスのCALB-SDNを調べた。また、出生日にプロピオン酸テストステロンかゴマ油を投与し、春機発動期にTかコレステロールを投与した雌マウスのCALB-SDNを調べた。その結果、出生日に偽手術を施し、春機発動期にTを投与した雄マウスと出生日にプロピオン酸テストステロンを投与し、春機発動期にTを投与した雄マウスのCALB-SDNにおいてVTA投射Calbニューロンが多く観察された。しかし、他の処置を施した動物のCALB−SDNではVTA投射Calbニューロンの数が極めて少なかった。このことから、VTA投射Calbニューロンの性差形成には周生期と春機発動期のアンドロゲンが必要であることが示された。

中脳腹側被蓋野に投射するカルビンディン-D28Kニューロンの生理機能
VTA投射Calbニューロンを化学遺伝学的に不活性化した雄マウスの性行動を解析した。その結果、イントロミッションと射精の頻度が低下することが明らかになった。このことから、VTA投射Calbニューロンは雄性行動の促進に関与すると考えられた。

【総括】
周生期と春機発動期に生殖腺から分泌される性ステロイドホルモンには、性的二型核の細胞数および神経投射の性差を形成し、雄マウスの性行動の制御に必要な神経回路を構築させる働きがあると考えられる。