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大学・研究所にある論文を検索できる 「血中遊離ヒストンが肺動脈血管内皮に及ぼす影響の検討」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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血中遊離ヒストンが肺動脈血管内皮に及ぼす影響の検討

原, 済 東京大学 DOI:10.15083/0002005069

2022.06.22

概要

【背景・目的】
肺動脈が炎症などによる傷害を受け、肺動脈の内腔がリモデリングにより狭小化し、肺血管抵抗が上昇することで肺動脈圧の上昇をきたす疾患に肺動脈性肺高血圧症がある。発症のメカニズムについては多くのことが未解明であるが、炎症の関与が重要で、特に炎症を誘導するサイトカインの一つであるIL-6が病態の鍵を握ると考えられている。肺高血圧症は難治性疾患とされ、近年は治療薬の開発により生存率が上昇しているものの、依然として予後不良な疾患とされ、さらなる治療の進歩が必要とされている。病因解明が新たな治療薬の開発に繋がることが期待される中で、本研究では細胞外に遊離したヒストンが細胞傷害性を有することに着目した。

近年、DNAの核内への収納が主な役割とされていた核内タンパク質であるヒストンが、DNAの転写・複製・修正にエピジェネティックな因子としても働いていることが注目されている。血中に遊離したヒストンは直接的に組織・細胞を傷害して炎症を惹起し、IL-6やTNF-α、HMGB-1などの炎症性サイトカインを放出させることが報告されている。また、敗血症や播種性血管内凝固症候群などの病態、心筋障害、血管病変との関連などが明らかにされ、臨床面でも外傷、虚血性心疾患、癌関連疾患、深部静脈血栓症、脳梗塞患者において有意に血中の遊離ヒストン濃度が上昇していることが報告されている。しかし、慢性傷害、慢性疾患との関連性についてはほとんど分かっておらず、長期間の暴露によって生体にどのような影響を及ぼすかは解明されていない。血中に投与された遊離ヒストンは、毛細血管網があることから比較的に肺に分布しやすいとされていることに加えて、炎症を誘導し血栓形成とも密接に関わっていることから、肺動脈内腔の狭小化や閉塞を主な病態とする肺高血圧症の病因となるのではないかと考えた。

以上のことから、in vitroでヒストンを肺動脈内皮細胞に持続的に負荷した際の影響を検証するとともに、in vivoでラットに持続的に遊離ヒストンを投与することで肺高血圧症となる動物モデルの作製に取り組んだ。遊離ヒストンの全身投与は他の臓器にも強い炎症を引き起こすことから、細胞傷害性を効果的にかつ限局的に肺動脈に留める必要があった。そこで、生物医学用分解性ポリマーとしてすでに活用されているpolylactic-co-glycolic acid(PLGA)を用いて、肺動脈末梢に塞栓し、持続的に遊離ヒストンを放出する材料を開発することとした。

【方法・結果】
実験①遊離ヒストンの細胞傷害性の評価
遊離ヒストン単回負荷による急性細胞傷害性評価のため、濃度別に3群(0.01mg/ml、0.1mg/ml、1mg/ml)に分けた遊離ヒストンをHPAECに負荷し(n=3)、24時間後に細胞数を測定したところ濃度依存的に細胞数の低下を認めた(0.01mg/ml群:100.0%±2.7%、0.1mg/ml群:54.5±2.2%、1mg/ml群:16.0±0.4%)。本研究では0.1mg/ml未満の濃度を急性傷害性が比較的に軽い低濃度と認定した。次に、生体内を想定した37℃下で遊離ヒストンの細胞傷害性が維持されるかの検証のために、ヒストン溶解培地(0.01mg/ml、0.1mg/ml、1mg/ml)を37℃のインキュベーター内でそれぞれ1日、3日、7日、14日、28日間保存したものをHPAECに負荷し(n=3)、24時間後に細胞数を測定したところ、ヒストン濃度が0.1mg/mLでは14日以上経過すると細胞傷害性が低下する可能性が示唆された。しかし、少なくとも7日間は37℃という温度下でも遊離ヒストンの細胞傷害性は保たれていた。次に、低濃度遊離ヒストンの持続負荷による細胞傷害性評価のため、濃度別に3群(0.01mg/dl、0.05mg/ml、0.1mg/ml)に分けた遊離ヒストンをHPAECに7日間連続で負荷した(n=3)。期間中は24時間毎にヒストン溶解培地の交換を行い、培地中のサイトカイン(IL-6,IL-10,TNF-α)を測定し、7日後に細胞数を測定した。細胞数は0.01mg/ml群で51.6±4.9%(p=0.0495)、0.1mg/ml群で27.5±2.5%(p=0.0495)と単回負荷と比較していずれの群でも有意に細胞数が低下した。IL6の産生は経時的に増加傾向となり、0.01mg/ml群と0.05mg/ml群では5日目に、0.1mg/ml群では3日目に上昇のピークとなったが、IL-10とTNF-αはいずれの群でもcontrol群と比較して明らかな上昇は認めなかった。

実験②ヒストン徐放PLGA粒子の作製
PLGAは合成に用いられた乳酸(PLA)とグリコール酸(PGA)の組成比や分子量により分解速度が異なるため、徐放速度をコントロールできるとされている。まずは2つの異なる組成比・分子量のPLGA(PLA:PGA=75mol%:25mol%(Mw=75000)とPLA:PGA=5mol%:95mol%(Mw=50000))を用いてヒストン封入粒子を作製したが、いずれも6-7日間で封入量の8-9%程度しか放出されなかった。これは正の電荷をもつヒストンと負に帯電したPLGA粒子の間には強い静電相互作用が存在するためと考えられた。また封入するヒストンの量をPLGAの質量以上に増やすと粒子の作製が困難であり、さらに生体内で長期間経過するとヒストンの活性が低下する可能性があることから、7日間以内を目安として放出量、徐放速度を上げる必要があった。そこで、より短期間での徐放性を求めて、最も粒子の溶解速度が速くなるとされるPLA:PGA=50mol%:50mol%のPLGAを用いた。さらに徐放速度を速めてしまうことから、本来は不純物として取り除かれる乳酸の環状二量体で低分子量のラクチド(Mw=1441)を加えることで、5日間程度での全溶解を達成した。またPLGAから放出された遊離ヒストンを3群に分けた濃度(0.01mg/ml、0.1mg/ml、1mg/ml)に調整し、HPAECに負荷したところ(n=3)、やはり濃度依存的に細胞数の低下を認めた(0.01mg/ml群で104.3±5.6%、0.1mg/ml群で85.0±1.8%、0.1mg/ml群で43.8±1.7%)ことから、PLGAから徐放された遊離ヒストンの細胞傷害性は保たれていると考えた。

実験③ヒストン封入PLGA粒子肺動脈塞栓モデル
肺動脈末梢で塞栓し、かつ血行動態へ大きな影響を与えない粒径の検証と、実際にヒストン封入PLGA粒子をラットに投与して肺動脈圧の上昇、つまりは右心室圧が上昇するか検証した。肺動脈末梢の血管径は5µm程度であることから、少なくともそれ以上の粒径である必要があり、粒子塞栓による血行動態への影響を抑えるためには既報を参考にして平均径50-200µm程度の粒子を作製した。実際に蛍光色素のローダミンを封入した粒子を経静脈的に投与したところ他臓器に比べ肺に多く留まることが示唆された。次に、乾燥重量5mgのヒストン封入PLGA粒子を尾静脈から投与し、急性期と慢性時の血行動態への影響を評価するため投与10分後と14日後にそれぞれ右室圧を測定したが、いずれも右心室圧の有意な上昇は認めなかった(control群:32.9±3.1mmHg,10分後:28.7±0.5mmHg(P=0.1958)、14日後:30.3±1.7mmHg(P=0.3245))。

【考察】
実験①では、ヒストン単回負荷による肺動脈血管内皮細胞への細胞傷害性を確認でき、急性傷害を引き起こす濃度の閾値を検証することができた。また、その細胞傷害性は37℃下において、少なくとも7日間は維持されることが確認できた。低濃度ヒストンの持続負荷に関しては、単回負荷と比較して細胞数の低下がみられた。特により低濃度の0.01mg/ml群においては単回負荷では全く低下傾向がみられなかったが、持続負荷では明らかな低下がみられた。このことから持続的負荷により細胞傷害性が増強する可能性を考えた。しかし、負荷期間が7日間と短く、それ以上の長期間負荷による影響は明らかにできていない。また生体内においては遊離ヒストンの細胞傷害性を中和するタンパク質が多数存在することから、in vivoでの検証が必要と考える。

サイトカインの測定ではIL-6の上昇を認めたが、IL-10とTNF-aの上昇は認めなかった。急性傷害を引き起こさない低濃度のヒストンであっても持続負荷によりIL-6産生が増加した事から考えれば、低濃度ヒストンの持続暴露が肺高血圧症の発症に関与している可能性が示唆された。本実験ではIL-10とTNF-αの上昇を認めなかったが、内皮細胞が両サイトカインの主な産生細胞ではない事が理由と考えた。しかし、内皮細胞もIL-1αやLPSの刺激でTNF-αのmRNAが発現するとの報告もあり、RNA産生量が感度以下である可能性もあり、発現の検証も必要と考えた。またIL-6の観察期間後半での急激な低下は生細胞数の減少よる影響も考えられるため、今後は生細胞数で補正するなどの工夫が必要であると考える。

実験②では、DDSとしての機能を確立しているPLGA粒子にヒストンを封入することで、特定の部位に選択的にヒストンを徐放させ炎症を惹起させる材料の開発に取り組んだ。あえてラクチドのような低分子量のモノマーやダイマーを加えることで溶解速度を調節した報告はこれまであまりなく、今後の材料としての可能性が広がる結果と考える。

実験③においては、蛍光色素のローダミンを封入した粒子で経静脈的に投与した粒子が肺に多く留まることを確認したが、実際に投与した粒子のうちどの程度の割合で肺に留まるのかさらに検証が必要と考える。約2.2mgのヒストンが封入されたPLGA粒子を経静脈的に投与したラットでは急性期に右心室圧の上昇は認めなかったことから、粒子の肺動脈塞栓による血行動態への影響は抑えられた。一方で、慢性期にも右心室圧の上昇を認めず、肺高血圧症動物モデルの作製には至らなかった。原因として、肺動脈内で徐放されるヒストン量が不足している可能性、放出された後に生体内でヒストンが細胞傷害性を失活している可能性などが考えられる。徐放量を増加させるために、粒子の均一化と粒径の縮小を進め、血行動態への影響を最小限に抑えることで投与する粒子の量自体を増やすことができるのではないかと考える。

本研究の結果から、ヒストン濃度が低くても持続暴露により炎症が引き起こされることが示唆され、様々な慢性疾患と関連している可能性が考えられた。遊離ヒストン持続投与による肺高血圧症動物モデルの作製が成功すれば、肺高血圧症の病因解明の一助となり、新たな治療薬の開発に繋がることが期待できる。また本研究では、肺動脈血管内皮細胞を傷害するためにヒストンを封入したPLGA粒子の開発に取り組んだが、この技術を応用し肺動脈に効果的に薬剤を送達する新薬の開発という面でも大きな可能性があると考える。

肺高血圧症の治療は近年大きく進歩を遂げ、予後を改善させたが、依然として予後不良で難治性疾患である。現状の治療薬では十分な治療効果が得られない症例も多く、さらなる治療の進歩が望まれている。肺高血圧症患者の多くは原因不明の特発性と診断されているのが現状であり、病因解明を進めることが新たな治療薬の開発に繋がると期待する。

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