Analysis of relationship between superior hypophyseal artery visualization and preservation and postoperative visual field deficit in paraclinoid aneurysm
概要
【緒言】
傍前床突起部脳動脈瘤に対する直達手術においては、上下垂体動脈(superior hypophyseal artery :SHA)への血流障害を引き起こし、視野障害を発症し得ることが知られている。しかし同動脈瘤に対する血管内治療の分野では、血管撮影にて通常 SHAが描出されず、また SHA 血流障害による視野障害発症の報告が極稀であり SHA 温存について議論されることは少ない。
2014 年から当院では Siemens 社の ArtisQ シリーズの血管撮影装置が導入され、空間分解能が拡大に改善したため、SHA 描出を認める症例の有無を検討した。
【方法】
2014 年 1 月 1 日から 2018 年 12 月 31 日までの当院における未破裂傍前床突起部脳動脈瘤 72 例を対象とした。その中で、症候性症例とコイル塞栓術治療既往症例の合計 9 例を除外し、最終的に 63 例を後方視的に検討した。
コイル塞栓術前後の 3 次元回転画像(three-dimensional rotation angiography:3D-RA)の多断面再構成像(multiplanar reconstruction:MPR)を詳細に読影し、術前後の SHA 描出の有無を解析した。
術後視野異常を訴えた患者に対して、眼科医による視野障害の有無を検査した。
【結果】
平均年齢は 53.8 歳、平均動脈瘤最大径は 7.1mm であった。SHA を描出し得た症例は 26 例(41%)であった。術後に視野障害を発症した症例を 1 例認めたものの、一過性にて改善し、永久的後遺症を認めた症例は存在しなかった(Table1)。
さらに SHA を描出し得た 26 症例を解析した。平均 SHA 径は 0.47 ㎜であった。SHAの起始は、11 例(42%)が動脈瘤ネックから起始しておりそれ以外の 15 例が動脈瘤ネックから離れた内頚動脈内側壁から起始していた(Table1)。
さらに SHA が動脈瘤ネックから起始していた 11 例について、視野障害発症の有無に関して解析した。2 例がコイルを挿入前の MPR 画像にて動脈瘤ネックから SHA が起始しているのを認め、SHA 血流障害を引き起こさないよう留意しながらコイル塞栓術を施行した。それ以外の 9 例において、コイル挿入前には SHA が起始していることを認知できず通常通りにコイル塞栓術を施行した。この 9 症例のうち 1 症例で、術後の視野障害が発症したものの一過性に留まり永久的後遺症を呈した症例は認めなかった。
代表症例 1
(Fig.1-1)最大径 5mm の左傍前床突起部脳動脈瘤症例である。術前左内頚動脈撮影では SHA は描出されなかったものの、3D-RA の MPR 画像では動脈瘤頚部から起始し内上方に走行する血管が描出されており、SHA と思われた。術前の段階で我々は認知しておらず通常通りコイル塞栓術を施行した。術後の 3D-RA MPR 画像では SHA が術前同様に描出されていたものの、その起始部はコイルアーチファクトで同定できなかった。術 1 時間後に患者は、左目の上四分の一盲を訴えたものの症状を呈したのは 1時間だけであり完全回復した。手術後の magnetic resonance image(MRI)では、皮質脳梗塞や視神経・視交叉の異常信号を認めず、動脈瘤の mass effect も認めなかった(Fig.1- 2)。術後の内頚動脈撮影を見直しても、choroidal brush は術前同様に描出されていた。手術 3 日後の眼科医の検査では、視野検査や眼底検査で虚血性変化を認めなかった。しかし患側内上方の四分の一盲は、患側視神経の外下方の障害が示唆され、同部位は SHA が血流供給していることを考慮すると、SHA の血流障害が症状の原因として考えられた。
代表症例 2
最大径 6mm の右傍前床突起部脳動脈瘤症例である。術前右内頚動脈撮影では動脈瘤頚部から内上方に走行する血管を認め、SHA と思われた(Fig.2)。我々はこれを塞栓しないように留意しながらコイル塞栓術を施行し、術後視野障害を発症せず経過した。
【考察】
SHA の解剖
SHA は硬膜輪から後交通動脈までの内頚動脈内側壁から起始し、複数本認められ、平均血管径が 0.25mm と報告されている。本研究では平均血管径 0.47mm であり、おそらく血管撮影にて描出された比較的太い SHA のみが描出されたものと思われた。
SHA は対側の SHA や下下垂体動脈と豊富な吻合を有し、視神経や視交叉、下垂体漏斗部に血流供給すると報告されている。詳細には、視神経と視交叉の下面を栄養するとされており、Roger らは視神経・視交叉の外側下方の障害では、同側内上方の四分の一盲を引き起こしうると報告している。
神経血管内治療分野における SHA 血流障害による視野障害
神経血管内治療分野ではめったに SHA 血流障害による視野障害の報告はない。我々が知る限り Johnson らが唯一報告していた。彼らは傍前床突起部脳動脈瘤に対してコイルと Onyx を使用して治療し、術後に四分の一盲の出現を報告した。
コイリングにおける視野障害発症の病態としては、皮質梗塞、眼動脈閉塞、脈絡叢動脈塞栓、動脈瘤の圧迫症状、SHA 閉塞に分かれると報告されている。我々のケース1 では、脳梗塞や視神経、視交叉の梗塞、動脈瘤圧迫、眼動脈や脈絡叢動脈閉塞は否定的であり、術後の眼科医による視野検査と眼底検査では虚血性変化が否定的であった。しかし SHA 起始部にコイル塊がかかっていたことから、SHA 血流障害による視交叉外側の血流障害が発症し、内側上四分の一盲が出現したと仮定した。SHA の豊富な周囲との吻合から、症状が一過性に留まったと思われた。
直達手術分野における SHA 血流障害による視野障害
直達手術においては、SHA 血流障害による視野障害発症は報告されており、13%の発症率があると述べられている。堀内らの報告では、SHA 損傷と視野障害発症との関係で有意差は認められなかったものの、両側 SHA 損傷では有意に発症したと報告している。
Limitation
一つ目は後ろ向き研究であったことがあげられる。
二つ目は、SHA が動脈瘤頚部から起始していたケース数が 11 例であり、しかも症状を呈した症例が 1 例のみであり一過性で改善したことがあげられる。SHA 血流障害による視野障害発症の文献も 1 例のみであり、結論として 3DRA のみで描出された SHA を温存すべきかどうか結論が出ていない。
三つ目は、動脈瘤のケースのみの研究であり、正常例で SHA がどの程度描出されるかどうかは不明である。
【結論】
SHA は 40%以上のケースで描出されることが可能であった。術後視野障害を発症した例もあり、明らかに血管造影で描出されるようなケースでは温存するのが望ましいと思われた。