カルバゾール光触媒を用いた炭素-ヘテロ原子結合の還元反応の開発
概要
Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2023-03-03
カルバゾール光触媒を用いた炭素-ヘテロ原子結合
の還元反応の開発
薮田, 達志
(Degree)
博士(理学)
(Date of Degree)
2021-03-25
(Date of Publication)
2022-03-01
(Resource Type)
doctoral thesis
(Report Number)
甲第8006号
(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/D1008006
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薮田達志: 1
光反応は励起状態から反応が進行するため、熱反応とは全く異なる反応性を
(別紙様式 3)
示す。そのため、熱反応では困難な変換反応を達成するために多くの光反応が
開発されてきた。特に近年では、金属錯体や有機色素などを増感剤として用い
論文内容の要旨
た光触媒反応が注目されているため、多くの研究者が精力的に研究を進めてお
り、ここ 10年ほどで非常に多くの光触媒及び変換反応が開発された。現在、光
氏
名
薮田達志
触媒反応には可視光で反応が進行するかどうかという条件が重視されている。
紫外光は高いエネルギーを持っているため多くの変換反応が可能であるが、そ
専
攻
化学専攻
れゆえに副反応が起こりやすく制御が難しいという欠点がある。また、人体に
も有害であり安全性においても問題がある。光触媒反応の機構の一つに一電子
論文題目(外国語の場合は,その和訳を併記すること。)
移動反応があり、様々な酸化還元反応が報告されている。しかし、いまだに還
カルバゾール光触媒を用いた炭素ーヘテロ原子結合の還元反応の開
元されにくい化合物の還元反応の報告例はほとんどなく、これを達成するため
発
室ではカルバゾールを基本骨格とした有機分子光触媒の開発を行っており、複
に低い還元電位を持つ光触媒の開発が求められている。そのような中、当研究
数の新規カルバゾール光触媒を開発している。その中
でも筆者は、可視光応答性で非常に低い還元電位を持
つカルバゾール光触媒 PClに着目した。 PClを基本骨
格としたカルバゾール光触媒は還元されにくい化合物
を還元できるポテンシャルがあると期待できたからで
:
Me2N
PC1
NMe2
ある。
そこで、筆者は PClの新たな価値を模索するため「低い還元電位を持つカル
バゾール光触媒を用いた還元されにくい化合物の還元反応の開発」を本博士論
文の研究目的とした。
第二章では、還元されにくい化合物としてアルキルアリールエーテルのエー
指導教員
有機反応化学講座
松原亮介准教授
テル結合を標的とした光還元的 C-0結合切断反応の開発を行い、 PC2を用いる
と効率的に反応が進行することを述べた (
S
c
h
e
m
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)。
Scheme1
.
アルキルアリールエーテルの光還元的 C-0結合切断反応
LED入
(max=400n
m
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,PC2(
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DMSO,23℃ ,48h
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Me2N
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PC2
薮 田 達 志 :2
適応基質はベンジル系エーテルに限られず、単純なアルキル鎖を持つエーテ
薮田達志: 3
チオンが基質と錯体を形成することで電子受容能を向上させており、 PCI を用
ルにおいても良好に反応が進行し、フェノール誘導体を良好な収率で与えた。
いた条件でも反応が加速されたと考えられた。錯体の構造は明確にできなかっ
特に、メチルエーテルの切断反応が進行したことが特徴的であり、反応中間体
たが、 F
i
g
u
r
el
bのような構造を想定している。
として不安定なメチルラジカルが生成している可能性があるため、今後さらな
以上のように、筆者は可視光応答性で非常に低い還元電位を持つカルバゾー
る反応開発に応用できると期待される。
本反応において高活性を示した PC2は、カルバゾール窒素上にエチル基が置
換されている PClに対して、無置換のカルバゾール光触媒である。 PCl と PC2
それぞれ単体での分光学及び電気化学特性はほとんど同じであった。しかし、
反応の結果に明らかな差異が生じており、特に塩基が反応速度に大きな影響を'
ル光触媒の特性を活かして、これまでにない還元されにくいアルキルアリール
エーテルの光還元的 C
-〇結合切断反応を達成した。本研究で明らかにした PC2
と炭酸セシウムの相互作用のように、有機分子光触媒に系中でアニオン性を持
たせて還元能力を向上させる手法を用いる反応例は多くないため、本反応がこ
与えていることが分かった。そこで、炭酸セシウム存在下での様々な分光分析
の活性化方法を用いる光触媒反応の重要な指針となると期待している。また、
を行つたところ、 PC2 のカルバゾール窒素上の水素と炭酸セシウムが相互作用
エーテル結合は自然界に豊富に存在する結合であり、化学原料としての潜在価
し
、 PC2 がアニオン性になることが反応を加速するための鍵であることを見出
値が高い。そのため、再生可能エネルギーである光エネルギーを用いたエーテ
した。また、炭酸セシウムとの相互作用は PC2の吸収波長も大きく長波長化さ
ルの分解反応が研究されており、特に自然界最大の芳香族資源であるリグニン
せたため、中性な PC2よりも利用可能な波長領域が広がるという利点も生じた。
の分解反応は一つの研究分野となっている。本研究の成果により、これまで以
炭酸セシウムにより PC2が変化することは確実だが、水素結合によって複合体
上にエーテルの分解反応の分野が発展していくことを期待している。
を形成しているのか、完全に脱プロトン化されて PC2アニオンとなっているの
か、二通りの可能性が考えられた (
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g
u
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)。
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(
a
)PC2と炭酸セシウムから生成する化学種と
(
b
)基質 l
aと炭酸セシウムの錯体の予想構造
しかし、どちらの状態になっているのか、明確な結論を出すことはできなか
った。
炭酸セシウムの効果は PC2だけでなく基質のアルキルアリールエーテルにも
表れた。炭酸セシウムと相互作用しない PClにおいても反応の加速が見られた
のである。炭酸セシウム存在下で l
aの U
V
v
i
s吸収測定を行ったところ、新たに
長波長の吸収が観測された。 l
a には酸性プロトンが存在しないため、セシウム
カチオンがルイス酸的な働きをしていると考えられた。すなわち、セシウムカ
論文審査の結果の要旨
(別紙 1)
氏名
論文
題目
I
カルバゾール光触媒を用いた炭素ーヘテロ::結::還元反応の開発
審査委員
区分
職名
主査
准教授
副査
教授
林昌彦
副査
教授
小堀康博
氏名
氏 名
松原亮介
印
副査
旨
副査
要
光反応は熱反応とは全く異なる反応性を示すため、長らく熱反応では困難な変換反応を達成するために
開発されてきた。特に近年では、光増感剤を用いた光触媒反応が注目されており、この 1
0年で飛躍的に
発展した。光触媒反応の機構の一つに一電子移動反応があり、様々な酸化還元反応が報告されてきた。し
かし、いまだに還元されにくい化合物の還元反応の報告例はほとんどない。この理由の一つに、低い還元
電位を持つ光触媒が少ないことが挙げられる。
現在、光触媒反応では可視光を利用できるという条件が重視されている。さらに、光触媒として頻用さ
れる遷移金屈錯体は性能面や希少性などに問題があった。そのため、可視光を吸収する低い還元電位を持
つ有機分子光触媒の開発が精力的に行われている。
薮田 達志氏の学位論文は、低い還元電位を持つカルバゾール光触媒を用いた還元されにくい化合物の
還元反応の開発に取り組んだものである。以前より、高い電子密度を持つため電子供与能に條れているカ
ルバゾールを基本骨格とした光触媒反応の開発を行っており、特に強い電子供与性を持つジメチルアミノ
基を尊入したカルバゾール光触媒(以後 PClと略す)に珀目した。 PClは非常に低い励起状態の酸化電
位を持っており可視光も吸収できるため、 PClの骨格は還元されにくい化合物の還元反応を行えるポテン
シャルを持っていると考えられたためである。
本学位論文は、全体として八章から構成され、各章の内容は以下のとおりである。
第一章では、初めに光反応の歴史的背尿や反応の特徴、反応例が述べられており、続いて光触媒反応の
背最や反応の特徴などについて述べられている。最後に、本論文で主に扱うカルバゾール光触媒の開発の
歴史や反応例について述べられており、本論文で必要な基礎的背景が詳述されている。これらの知見を基
にして、本論文における作業仮設と研究目的が述べられている。
第二章では、還元されにくい化合物としてアルキルアリールエーテルのエーテル結合を標的とした光還
元的 C
・O結合切断反応の開発を行い、触媒構造を最適化した光触媒(以後 PC2と略す)を用いると効率
的に反応が進行することが述べられている。本反応に適応できる基質はベンジル系エーテルに限られず、
単純なアルキル鎖を持つエーテルにおいても良好に反応が進行し、フェノール誘導体を良好な収率で与え
た。特に、アリールメチルエーテルの切断反応が進行したことは本反応における特筆すべき点である。メ
チルエーテルの切断では、反応中間体としてメチルラジカルが生成してる可能性があるが、メチルラジカ
ルは非常に不安定で生成しにくい中間体として知られており、その生成方法は限られている。そのため、
今後さらなる反応開発に応用できると期待されている。
本反応において高い触媒活性を示した PC2は、カルバゾール窒素上にエチル基が置換されている PCl
に対して、無置換のカルバゾール光触媒である。 PClと PC2それぞれ単体での分光学及ぴ電気化学特性
はほとんど同じであった。しかし、反応の結果に明らかな差異が生じており、特に塩基が反応速度に大き
な影密を与えていることが分かった。そこで、炭酸セシウム存在下での様々な分光分析を行ったところ、
PC2のカルバゾール窒素上の水素と炭酸セシウムが相互作用し、 PC2がアニオン性になることが反応の
加速において重要であることを見出している。
l
薮田達志
また、炭酸セシウムとの相互作用は PC2の吸収波長も大きく長波長化させたため、中性な PC2よりも
利用可能な波長領域が広がるという利点も生じた。炭酸セシウムにより PC2が変化することは確実であ
るが、水素結合によって複合体を形成しているのか、完全に脱プロトン化されて PC2アニオンとなって
いるのか、二通りの可能性が考えられた。様々な分析を行い、どちらの状態も可能性があるという結論を
出すに至った。
炭酸セシウムの効果は PC2だけでなく基質のアルキルアリールエーテルにも表れた。炭酸セシウムと
相互作用しない PCl においても反応の加速が見られたことに疑問を持ったため、炭酸セシウム存在下で
ベンジルフェニルエーテルの U
V・vis吸収測定を行ったところ、新たに長波長の吸収が観測された。ベン
ジルフェニルエーテルには酸性プロトンが存在しないため、セシウムカチオンがルイス酸的な働きをして
いると考えられた。すなわち、セシウムカチオンが基質と錯体を形成することで電子受容能を向上させて
おり、 PClを用いた条件でも反応が加速されたと考えられた。錯体の構造は明確にできていないが、基質
のエーテル酸素がセシウムカチオンに配位している可能性が高いと考えている。
このように、本章ではアルキルアリールエーテルのエーテル結合の光還元的 C
・O結合切断反応の開発に
あたり、条件検討、基質一般性、反応機構解析及び推定反応機構について詳述されている。
第三章では本論文の総括及ぴ今後の展望が、第四章から第八章では実験の詳細がそれぞれ述べられてい
る
。
本論文では、可視光応答性で非常に低い還元電位を持つカルバゾール光触媒の特性を活かして、これま
でにない還元されにくいアルキルアリールエーテルの光還元的 C-0結合切断反応の開発を行ったことに
ついて述べられている。研究を進める中で、水素結合によってカルバゾール光触媒の触媒能が向上するこ
と、およびエーテル酸素がセシウムカチオンに配位するとこで電子受容能を向上させることを明らかにし
た。本知見から、カルバゾール光触媒の可能性が広がり、還元されにくい化合物の還元反応を行うために
電子受容能を向上させることが有用であることを示すことができたと言える。
本論文は、カルバゾール光触媒の設計や高難度還元反応を実現するための戦略についての重要な知見を
得たものとして価値ある集栢であると認める。よって、学位申請者の薮田達志氏は、博士(理学)の学位
を得る資格があると認める。