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薬用Amomum属植物の遺伝子多型と種子塊の精油成分組成に基づく生薬シュクシャの標準化研究

今井 美佳子 富山大学

2022.03.23

概要

背景と目的
ショウガ科Amomum属植物はアジアの熱帯～亜熱帯地域を中心に約150種が報告され、その内十数種の果実または種子が薬用に供される。縮砂、砂仁、草果などが代表的な生薬で、ともに芳香性健胃薬とされる。縮砂（シュクシャ）は、慢性胃炎・胃腸虚弱などに応用される安中散や香砂平胃散に配剤される重要な生薬で、その基原として日本薬局方（JP）にはAmomumxanthioidesWallichの種子塊が規定されてきた。元来日本ではミャンマーなど東南アジア産のシュクシャが使用されていたが、近年、中国での栽培品に由来する砂仁の果皮を去った種子塊も流通するようになった。砂仁の基原植物は中華人民共和国薬典（中国薬典）によれば、A.villosumLour.、A.villosumLour.var.xanthioidesT.L.WuetSenjen及びA.longiligulareT.L.Wuとされる。この内、A.villosumvar.xanthioidesは近年植物分類学的にA.xanthioidesと異名の関係にあるとされた。このような経緯により、2019年発行のJP17第2追補ではシュクシャの基原植物はA.villosumvar.xanthioides、A.villosumvar.villosum及びA.longiligulareに改正された。しかしこの基原の変更に関しては、中国産Amomum属植物を中心とした遺伝子情報や精油成分組成の報告を主な根拠にしており、東南アジア産の同属植物は調べられていないこと、また、A.xanthioidesの植物分類学上の変更では基準標本の産地（タイプ地）であるミャンマー産植物が検討されていないことなどの問題があった。そこで、局方シュクシャの基原改正の科学的根拠を見出すとともに、現在日本市場に流通しているシュクシャの実態を明らかにし、標準化に寄与することを目的として本研究に着手した。研究では、各種のタイプ地の植物標本を含めて東南アジア・中国の薬用Amomum属植物を広く収集し、遺伝子多型に基づく分子分類を行い、A.xanthioidesなどの植物分類学上の位置付けを明らかにした。同時にシュクシャの客観的同定法を開発して日本市場品の基原を明らかにし、同定された植物及び生薬の精油成分組成を比較して、品質評価に必要な知見を得た。

１．遺伝子多型に基づく分子分類と同定法の開発
Amomum属7種2変種の分類学的位置付けを明らかにし、同時にシュクシャの基原同定法を開発するため、核リボソームDNAのInternaltranscribedspacer(ITS)領域及び葉緑体DNAのmatK-trnK部分領域とtrnH-psbAIntergenicspacer(IGS)領域の塩基配列を決定した。材料には、植物形態から同定したA.xanthioides（タイプ地を含むミャンマー産；AX-M）、A.villosumvar.xanthioides（タイプ地を含む中国産；AVX-C）、A.villosumvar.villosum（中国産及びタイプ地を含むラオス産；AV-C及びAV-L）、A.villosumvar.nanumH.T.TsaietS.W.Zhao（タイプ地を含む中国産；AVN-C）、A.longiligulare（タイプ地を含む中国産及びラオス産；AL-C及びAL-L）、A.uliginosumJ.Koenig（ラオス産；AU-L）、A.microcarpumC.F.LiangetD.Fang（ラオス産；AM-L）、A.chinenseW.Y.Chun（中国産；AC-C）、A.gagnepainiiT.L.Wu（中国産；AG-C）を用いた。ITS領域の解析の結果、各分類群は固有または共通した塩基配列を示した。ITS領域の配列に基づいて構築した系統樹ではAM、AC、AG以外の6分類群は1クレードを形成し、近縁であることが示唆された。このクレードはさらに4つのサブクレードに分かれ（グループと称す）、ミャンマー産AX-Mはグループ1、中国産AV-C（中国から種苗を導入し栽培したラオス産を含む）とその変種AVX-C、AVN-Cはグループ2、ラオス産AV-Lと中国・ラオス産AL-C・AL-Lはグループ3、AU-Lはグループ4に属した(Fig.1)。このグループ分けは、matK-trnK部分領域及びtrnH-psbAIGS領域の配列でも同様であった。ともにタイプ地から採集したミャンマー産AX-Mと中国産AVX-CはITS領域の配列において11箇所の塩基が異なり、さらに葉緑体DNAの2領域においても塩基配列が異なっていたことから、A.xanthioidesとA.villosumvar.xanthioidesは別種であることが示唆された。A.villosumでは、ラオスのタイプ地からの採集標本AV-Lと中国産標本AV-Cの間でITS領域他2領域の配列が異なり、また中国産の変種AVX-C、AVN-CはすべてAV-Cと相同の配列であったことから、中国産A.villosumとその変種については別の学名を与えるべきであると考えられた。さらにA.longiligulareについてもAV-LとAL-C、AL-Lとの配列の相同性からA.villosumに含まれる可能性が示唆された。以上、シュクシャの基原植物を4つの遺伝子グループ（グループ1－4）及び3種に帰属させるための特徴的塩基配列を3領域で明らかにし、生薬同定への応用を可能にした。同時にAmomum属植物の分類学上の整理の必要性を示唆した。

２．日本市場のシュクシャ及び中国市場の砂仁の基原植物の同定
Amomum属植物の特徴的ITS領域の配列と比較することにより、日本市場に流通するシュクシャ51検体及び中国市場の砂仁12検体の基原植物を同定した。シュクシャ市場品中34検体（約67％）が現行のJP18規定の基原植物（グループ1－3）に由来するもので、残りはAU、AM、ACの混入があるか、またはいずれかの単一品であった。産地別では、ミャンマー産市場品はグループ1、大多数の中国産市場品はグループ2、ラオス産市場品はグループ3、4またはグループ3と1の混合品、市場品中多くを占めたベトナム産市場品はグループ3、4、AMの順に多く認められ、それらの混合品も存在した。砂仁についても中国薬典規定の基原植物以外にAUとAMが認められた。同定された各グループ及びAMの種子塊の形態を比較すると、グループ1と3は縦に長い楕円体、グループ2と4はほぼ球形で、小型の球形を呈する中国海南省産のAL-C及びAMを除いてJP18の性状記載を満足した。AMは形態によりシュクシャ不適合品として分別可能であるが、グループ4に属するAUは識別不可能であり、遺伝子解析が必要であった。

３．種子塊の精油成分組成
分子分類を行ったAmomum属4グループと3種の種子塊及び基原植物を同定した市場品の計90検体を用いて、種子塊の精油成分をGC-MSで分析した。GCクロマトグラフ上の27ピークをNIST14ライブラリーなどと比較して同定し、その内主要成分であったcamphor(6)、bornylacetate(9)、borneol(15)及び(E)-nerolidol(19)は、26検体について検量線法で含量を求め、その他23成分は全検体についてピーク高さを測定して各検体間で比較し、グループ毎の特徴を精査した。定量した6と9の比率により、6が高いグループ1、3と、9が高いグループ2、ほぼ同じグループ4に分けられた。AMは高含量の19を含有し、6、9、15を含有しなかった(Fig.2)。23成分の比較では、グループ1はgermacreneD-4-ol(20)、グループ2はisobornylacetate(10)、グループ3はβ-caryophyllene(11)の相対含量がそれぞれ他のグループより高いことが判明した。さらに各グループの特徴的成分として、グループ3では海南省産の標本AL-Cを除いてneointermedeol(23)、グループ4では(E,E)-farnesylacetate(24)と(E,E)-farnesol(25)を見出した(Fig.3)。ACとAGはAMと同様に6、9、15を含まなかった。以上、各グループ・各種は特徴的な精油成分組成を持つことが明らかになった。ピーク高さを用いて行った主成分分析の結果では、グループ1と3、グループ2、グループ4及びAMに帰属する検体が各々分かれ、混合品からなる検体は組成によってグループ間またはグループ・種間の中間に位置した(Fig.4)。精油成分組成に関する結果はITS領域の配列による分子分類を支持するものであった。

結論及び考察
ITS領域の塩基配列を確認することにより、生薬シュクシャの基原植物を客観的に同定することが可能になり、また、各グループまたは各種に特徴的な成分を検出することにより、基原植物の推定が可能になった。これらによりシュクシャを標準化する上での指標が得られた。日本に流通しているシュクシャ市場品の内、日本薬局方の基原に関する規定を満足しているものは約67％に過ぎず、A.uliginosumやA.microcarpumの種子塊に由来する市場品が多く認められた。前者は主要成分において局方収載植物と類似した精油成分組成を示したが、後者は全く異なっており、生薬シュクシャとして使用するには問題があると考えられた。一方、植物分類学的には、シュクシャの基原植物とされるA.xanthioidesは中国のA.villosumvar.xanthioidesと別種であること、中国産A.villosumとその変種には新学名が必要であること、タイプ地であるラオス産のA.villosumとA.longiligulareは同一種と考えられることなど、同属植物については分類学上の再編が必要であることを遺伝学的、成分化学的に示唆した。分類学上の整理がつかないうちは上記の種を遺伝グループ毎に扱い、精油成分組成を含めてシュクシャの標準化を進めていくことが必要である。

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