高効率な太陽光水素生成を駆動する分子性光電気化学セルにおける白金ポルフィリン修飾二酸化チタン電極
概要
化石資源の枯渇や環境問題の深刻化に伴い、「持続可能な社会」の実現が求められている。太陽光駆動の水分解反応による水素ガス製造はクリーンかつ輸送可能なエネルギーを生成する理想的なエネルギー変換技術である。その一例として、金属酸化物半導体と機能性金属錯体を融合した光電極から成る、「分子性色素増感光電気化学セル」(分子性 PEC)による太陽光水分解は, 水素と酸素を分離生成可能な点において実用性の高い反応系である。現在報告されている分子性 PEC による太陽光水分解は太陽光変換効率 1%を下回っており、依然として基礎研究段階にある。現在の分子性 PECにおいて、n 型半導体の TiO2 をベースにしたフォトアノードと p 型半導体の NiO をベースにしたフォトカソードの研究が精力的である。しかし、カソード上の水素生成反応では水素生成触媒の過電圧が大きいために、外部からの電圧の印加やカソード上においても色素による光増感過程を必要とし、エネルギー変換効率を下げる一因となっている。水素生成反応に対する過電圧が極めて小さい触媒開発、具体的には二酸化チタンの伝導帯下端のポテンシャル以下の反応駆動力下において、(160 meV 以下)触媒反応を駆動可能ならば、エネルギー変換効率の根本的な改善が期待される。
本研究では、極めて小さな反応駆動力下において水素生成反応を触媒する分子開発を目的として、白金ポルフィリン錯体に着目した。白金ポルフィリン錯体(PtP-py) の合成、および修飾電極 (FTO/TiO2/PtP-py)の作製を行い、電気化学的手法による触媒機能評価を行った(図 1)。中性水溶液中(pH 7)において FTO/TiO2/PtP- py に様々な電圧を印加して 30 分間の定電位電解を行ったところ、-0.70 V vs. SCE より負の電位を印加した際に水素生成反応由来の触媒電流が観測された(図 2●)。また、水素生成のファラデー効率 (回路を流れた電子に対する生成した水素の割合)はほぼ 100%であった。定電位電解後においても PtP-py の分解や TiO2 表面からの脱離がないことを確認した。一方、PtP-py 未修飾の FTO/TiO2 では-0.70 V vs. SCE より負の電位を印加しても触媒電流が観測されず(図 2◇)、水素生成反応は PtP-py によって促進されていることが判明した。本測定条件における水素生成の理論電位は-0.65 V vs. SCE であることから、PtP-py は 50 meV よりも小さい反応駆動力で水からの水素生成触媒反応を駆動可能だと明らかとなった。目的である極小過電圧で駆動する水素生成触媒の開発に成功した。
続いて、FTO/TiO2/PtP-py カソード及び可視光増感色素 Ru-qpyを化学修飾した二酸化チタン (FTO/TiO2/Ru-qpy) フォトアノードを用いた分子性 PEC を用いて, ノンバイアス太陽光水素生成反応を試みた。犠牲還元剤 (30 mM EDTA) と支持電解質 (30 mM過塩素酸ナトリウム) を含む酢酸緩衝溶液 (0.1 M, pH 5) を電解液として用い, FTO/TiO2/Ru-qpy フォトアノードにのみ疑似太陽光を照射したところ、FTO/TiO2/PtP-py カソードから水素ガスの生成を確認した。本 PEC はカソードに電気的、光化学的バイアスを必要とせずにフォトアノードで生じたTiO2 の伝導帯下端と同等のポテンシャルを有する電子を水素生成に消費可能なことを実証しただけでなく、両極に TiO2 電極を用いて触媒反応に成功した初めての例でもある。更に FTO/TiO2/PtP-py カソード及び FTO/TiO2/Ru-qpy フォトアノード間の電位差 (起電力) の観測を行った。本測定では導線によって両極を短絡させ, デジタルマルチメーターを用いて両極間の電位差を直接観測した。その結果, 短絡しているため暗所下では電位差は観測されなかったものの, FTO/TiO2/Ru-qpy フォトアノードへのみ可視光照射 (λ > 400 nm) を行うと, 約 25 µV の光誘起起電力が生じた (図 3)。この光誘起起電力は可視光照射のオンオフに対して迅速に応答し, FTO/TiO2 をアノードとして用いた場合や, EDTA を含まない電解液を用いた場合には生じなかった。
また、FTO/TiO2/Ru-qpy の二酸化チタン伝導帯における高エネルギー電子の充填挙動の調査を行った。FTO/TiO2/Ru-qpy のみを上記の電解液に浸漬し、Ar 雰囲気下において可視光照射 (λ > 400 nm) を行い、FTO/TiO2/Ru-qpy の吸収スペクトルの変化を調査した。可視光照射開始直後より可視~近赤外領域 (500~1200 nm)において吸光度の増大が観測され、光照射停止後に大気暴露することによって、元のスペクトルへと徐々に変化した。以上の結果は、可視光照射によって二酸化チタン伝導帯に高エネルギー電子が充填されることを示している。一方、FTO/TiO2 を用いた場合や、 EDTA を含まない電解液を用いた場合においてはこのようなスペクトル変化は観測されなかった。したがって、本測定条件下において可視光照射によって励起状態となった Ru-qpy から二酸化チタン伝導帯への電子注入、および EDTA による Ru-qpy の一電子酸化体の還元反応が効率良く進行し、その結果, 二酸化チタン伝導帯に高エネルギー電子が充填されるということが明らかとなった。したがって FTO/TiO2/Ru-qpy フォトアノードと FTO/TiO2/PtP-py カソードからなる分子性 PEC において, FTO/TiO2/Ru-qpy への可視光照射によって二酸化チタン伝導帯に高エネルギー電子が充填され, 二酸化チタンのフェルミ準位が負電位側へシフトすると考えられる, この現象によって FTO/TiO2/PtP-py の二酸化チタンのフェルミ準位との間に電位差が生じるため, この電位差が起電力として作用していることが明らかとなった。
本研究では、50 meV 以下という極めて小さな駆動力で水素生成触媒反応を促進できる白金ポルフィリン触媒の開発に成功した。また、本研究では、白金ポルフィリン触媒を修飾した二酸化チタン電極をカソード、ポリぴり汁ルテニウム錯体色素を修飾した二酸化チタン電極をアノードに用いた分子性光電気化学セルにおいて、外部バイアスを必要とせずに太陽光水素生成が進行することを初めて見出し、この分子性光電気化学セルにおける起電力の起源を明らかにした。本研究の成果は、高効率な太陽光水分解を駆動できる分子性光電気化学セルの開発において、多くの知見を与えるものであり、博士論文に十分値するものであると考えられる。