ナノリソグラフィにおけるパターン形成過程の確率論的分子シミュレーション解析
概要
1-1 本研究の背景と目的
情報技術の発展と普及による情報化社会の進展に伴い、あらゆる領域で半導体集積回路やその製造装置の需要が年々上昇している[1-2]。同時に情報処理の高速化と大容量化に伴い、半導体集積回路の高性能化が要求される[3]。
半導体集積回路は微細化・高集積化が進むことで、コスト削減・処理速度の高速化・消費電力の低下などにつながる。半導体集積回路の微細化・高集積化には様々なプロセス技術・材料技術・デバイス技術が貢献してきたが、中でも図 1-1 に示すように、高速化と高集積化に重要な役割を果たしてきたのが、微細な回路を作製する要となるリソグラフィ技術である。
これまで半導体集積回路の加工に用いられてきたリソグラフィ技術[4-5]は、紫外線を線源として回路パターンを半導体基板に転写するフォトリソグラフィ技術である。フォトリソグラフィの解像度は、露光波⾧(λ)の短波⾧化、投影光学系レンズの開口数(Numerical aperture: NA)、プロセスファクタの改善によってなされる。このため、パターンを転写する際に用いるレンズの高NA 化や、露光波⾧の短波⾧化、マスクパターンを補正する解像度向上技術など、様々な技術を導入することにより、解像度限界の向上が図られてきた。しかし近年では、高 NA 化や短波⾧化による解像度の向上は、露光波⾧に律速される物理的限界に達した。
一方、ポストフォトリソグラフィ技術として様々な次世代技術が取り組まれている。例を挙げると、フォトリソグラフィの延⾧として、露光光源に波⾧ 13.5 nm の軟エックス線(通称として極端紫外線(Extream Ultra Violet: EUV))を用いた EUV リソグラフィ技術[6]、線源としてより短波⾧の電子線リソグラフィ(Electron beam lithography: EBL)技術[7]、金型を用いるナノインプリントリソグラフィ(Nanoimprint lithography: NIL)技術[8]などがある。
EUV リソグラフィでは、⾧年にわたり線源のパワー不足や、レジスト材料の新規開発が課題であったが、最近これが解消されつつあり、一部では既に製造ラインに導入が進められている。
電子線リソグラフィ技術は、電子線の極めて短い波⾧(加速電圧 100 kV で 0.0037 nm)のために、非常に高解像力で、マスク描画技術として広く使われる技術である。従来のフォトリソグラフィや EUV リソグラフィが、マスクを通した一括全面露光が可能であるが、電子線はスキャンする必要があり、描画速度の遅さに課題があった。この解決策として、露光ビームを複数化したマルチビーム化が進められており、短時間描画が可能になると、新たなリソグラフィ技術につながる可能性がある。
NIL 技術は、電子線リソグラフィで作製した微細な金型(モールド)を、樹脂に転写成型す るもので、コストに優れたリソグラフィ技術であるとともに、すでに 2 nm の解像度と 1m m四方を超える転写面積が示されており、微細化と大面積化に対応した方法として、最先端 の半導体集積回路をはじめ大型ディスプレイ用の回折格子などへの適用が進められている。
以上紹介した最先端リソグラフィ技術は、解像度が 10 nm 以下のパターンを形成できることが示されているが、それぞれ述べたような課題ととともに、共通した課題として使用する高分子レジストの性能による影響が存在する[9]。レジストの性能は、解像度、線幅粗さ(Line edge roughness: LER)、感度、ガス放出、断面プロファイル、欠陥制御、吸光度、耐エッチング性など、さまざまな要素で評価される。特に解像度、LER、および感度はトレードオフ関係にあり、RLS トレードオフと呼ばれ、これを打破するべく様々な取り組みがなされている。特に LER の改善には微細化に伴う分子サイズの影響を考慮することが重要である。図 1-2 にレジストの分子量と分子サイズの関係を示している。一般的に使用されるレジストの分子量は概ね数千から数万程度であり[10,11]、分子サイズに換算すると約 2 nm 前後となる。すなわち最先端のプロセスにおいては、パターンサイズが分子サイズの数倍から十数倍のサイズとなり、分子が解像性・均一性などに与える影響が懸念される。
図 1-3 は、化学増幅型レジストを用いたリソグラフィにおけるパターン形成プロセスで ある。はじめにレジストを基板上に塗布し、光照射(露光)によって触媒である酸を発生さ せる。その後加熱によって酸を拡散させ、レジストのポリマーと化学反応させて溶解性を変 化する。最後に現像液により可溶部を溶解させてパターンを形成する。これらの過程の中で、分子配置や露光プロセスにおける化学反応、現像プロセスにおける現像液の浸透・分子の溶 解などの複数の確率的過程で構成されるため、微細化に伴い不均一性が増大する。その典型 的な例が、パターンサイズの揺らぎやパターン形状の不均一性である[12-14]。この不均一 性により、例えば電界効果トランジスタのゲート電極に不均一性が生じると、閾値電圧に不 均一性が生じ、集積回路が動作しなくなる恐れや、配線部分での隣接するパターンとの導通 や、マイグレーションの要因となる。この原因は、ショットノイズといわれる露光時におけ る露光ビームの不安定性や、先に述べたレジスト分子の影響、さらにはレジストの化学反応 過程に確率的な過程に起因するものと考えられるが、その要因は十分に解明されてなく、ま たその抑制方法も確立されていないのが現状である。
また、微細化に伴うレジストの特性の変化が報告されている。図 1-4 に UV 硬化性レジストの膜厚減少に対する様々な特性の変化を示す。弾性 [15]や UV 硬化に伴う破壊エネルギー [16]、UV 硬化速度[17]、ガラス転移温度[18]の膜厚に依存して変化する様子、そしてレジスト表面からの距離に対して粘性が顕著に変化する様子[19-22]を示している。これらの原因は、分子挙動やレジスト界面との相互作用の微細化に伴う顕在化などが考えられるが、完全には解明されていない。最適なパターンを形成する材料・プロセス条件を決定する要因として、レジストの特性は重要な要素であるため、このようにレジストの挙動が極端に変化することで、最適条件の予測が困難になるといった問題が発生する。
本研究では、レジストにおける化学反応過程に注目する。微細化にともない、ナノスケールのパターン形成が要求される現状では、分子数の減少やパターンサイズとレジストを構成する分子のサイズの接近によって、パターン精度に対する化学反応の不均一性や分子レベルの挙動の影響が増大する。このような領域で、理想的な感度や解像性、パターン粗さの抑制を達成するパターン形成のために、最適なレジスト材料やプロセス条件を探索するには、分子の確率的な挙動がパターン形状に与える影響を解析し、可視化することが重要である。
しかし、分子レベルの挙動を実験によって直接観測することは困難であるため、本研究では、次世代リソグラフィのパターン形成過程について、分子レベルのシミュレーションにより、レジストを構成する分子の挙動がパターン解像性に与える影響の解析をおこない、その要因を解明するとともに、プロセス・材料に求められる要件を考察する。
1-2 本研究の構成
本研究ではナノリソグラフィ技術のパターン形成過程に対し、レジストの化学反応過程を確率論に基づいてモデル化することで、新規のリソグラフィ用ミュレーターの構築およびそれを用いたプロセスの解析を行い、プロセス・材料の最適化について考察する。図 1-5に、本論文の構成を示す。
第 1 章では、本研究の背景,目的及び内容についての概略を示し,本論文の構成について述べている。
第 2 章では、本研究で対象とする最先端リソグラフィ技術の概要とそこで用いるレジストの化学反応およびパターン形成機構と、それらを再現するシミュレーション技術について述べている。
第3章では、電子線リソグラフィで問題となる LER ならびに CD エラーについて、その要因となる電子線とレジストの分子レベルの反応過程を確率論的に表現した計算機モデルを提案し、露光・現像後のレジスト形状を予測する形状シミュレータの構築について述べている。
第4章では、極端紫外線リソグラフィのポジ型およびネガ型化学増幅型レジストのパターン形成過程に対し、確率論的な計算モデルを用いて化学反応機構や分子挙動を可視化し、それらがパターン形状に与える影響について解析した結果を述べている。
第5章では、UV ナノインプリントリソグラフィにおけるパターン形成過程で問題となっている、硬化特性のパターンサイズ依存性を解明するために、UV 硬化反応の簡便な確率論的アプローチに基づく計算モデルを提案し、分子挙動の顕在化の影響を解析した結果について述べている。
第6章では、本研究で得られた研究成果を総括した。