Reconstructing HI power spectrum using dark matter distribution
概要
1990年代のIa型超新星の観測により、現在の宇宙が加速膨張していることがわかった。その起源としてダークエネルギーや修正重力理論などの理論モデルが提唱されているが、明確にはわかっていない。これらの理論モデルの違いは、宇宙の膨張率や約100Mpc以上に及ぶ宇宙の大スケールな密度ゆらぎの時間変化に表れるため、宇宙の大規模構造の観測によって加速膨張の起源を探ることができる。
従来、理論的に予言される密度ゆらぎのパワースペクトルを銀河観測の結果を比較して理論モデルへの制限が行われてきた。現在、Square Kilometre Array (SKA)を始めとする複数の大規模電波干渉計が計画や建設されており、21cm線をダークマターのトレーサーとする宇宙の大規模構造の観測が期待されている。21cm線は中性水素 (HI) の超微細構造のエネルギー差に由来して放出される電波であり、遠方の天体においても観測された周波数から赤方偏移を特定できる。
しかし21cm線の密度ゆらぎの時間発展には重力だけでなく紫外線背景放射や星、銀河からの放射などの天体物理過程が寄与しているため、解析的に計算することは難しい。再電離期以降の水素はほとんどが電離しており、HIの大部分がハローに存在する。本論文ではまず宇宙論的流体シミュレーションを解析して、ハローの外側でハロー半径の3倍の距離内にもHIが存在し、HIパワースペクトルに寄与していることを示した。
続いて、大規模な宇宙論的流体シミュレーションは計算コストが高くなるため、本研究ではダークマターの重力相互作用による時間発展を計算するN体シミュレーションの結果から、HIの密度場を生成する方法を提案する。まず、ダークマターハローの中心からの距離をフリーパラメータとして、その距離の球内にあるダークマター粒子のみを用いた密度場を生成する。得られた密度場のパワースペクトルを宇宙論的流体シミュレーションから測定した真のHIパワースペクトルの傾きと比較する。距離のパラメータを変えて試行することによって、傾きを良く再現する距離がハロー半径の2倍程度であることが得られた。
ここまでは観測量である再電離期以降の21cm線の輝度温度パワースペクトルにはスピン温度の寄与は小さいとして無視したが、低密度領域では寄与が大きくなる。本論文では最後にスピン温度の空間ゆらぎが、パワースペクトルの振幅に最大8%の影響を与えることを示した。
本研究で提案した手法を計算コストの低い N 体シミュレーションに適用することによって、ダークマターの密度場とハローの情報から HI の密度場を生成でき、大スケールな HI の密度ゆらぎの統計量の理論モデルの構築が可能となる。