食物繊維ペクチンによる炎症制御機構に関する研究
概要
食品中の難消化性成分である食物繊維は,健康維持や疾病予防に関わる食品成分として研究が盛んに行われ,その生理機能としては,物理化学的特性による効果とプレバイオティクス効果が確立されている。水溶性食物繊維の一種であるペクチンもまた,これまでに血糖上昇抑制,血中コレステロール低減作用といった健康増進効果が多数報告されている他,プレバイオティクス効果を介した抗炎症作用を示すことが明らかにされている。一方で,近年になってペクチンが直接免疫細胞に作用することで抗炎症効果を示す可能性が示唆されているものの,その詳細は不明であった。そこで本学位論文では,「ペクチンが免疫細胞に直接作用することで炎症疾患を緩和する」という仮説を検証するために,ペクチンがマウスにおける全身性炎症モデルと大腸炎モデルに対して保護効果を示すことに注目し,「ペクチンによるエンドトキシンショック緩和機構の解明」と「ペクチン側鎖構造による大腸炎緩和機構の解明」からなる 2 章によって構成される研究内容において,ペクチンが作用する免疫細胞の同定と抗炎症作用機構の解明を試みている。
「ペクチンによるエンドトキシンショック緩和機構の解明」の章においては,全身性炎症応答であるエンドトキシンショックを緩和する機構を明らかにするために,マウスに対しシトラス由来ペクチン水溶液を自由摂取させた後,リポ多糖(LPS)を腹腔投与することでエンドトキシンショックを誘導したモデルを構築して研究を行っている。LPS 投与から 2 時間後において,ペクチンによりエンドトキシンショックによる体温低下が緩和されていたが,このとき体温低下の増悪因子である血中インターロイキン(IL)-6 の上昇も,コントロール群と比較してペクチン投与群において有意に抑制されていた。また,炎症性サイトカイン遺伝子発現量が低下していたパイエル板に注目し,実際にペクチンがパイエル板細胞の IL-6 産生を制御しているのかを確認したところ,パイエル板細胞の中でも特にマクロファージや樹状細胞を含むCD11c+細胞からの IL-6 産生が抑制されていた。さらに,マウスマクロファージ様細胞株 RAW264.7 にペクチンを添加し,Toll-like receptor(TLR)刺激による IL-6 産生を誘導したところ,TLR4 リガンドの LPS 刺激のみならず,TLR1/2,TLR2/6, TLR9 リガンドで刺激した場合においても,IL-6 産生量がペクチン添加濃度依存的に低下していたことから,ペクチンは TLR シグナル経路を直接制御している可能性が示唆された。このとき,マクロファージはペクチンの側鎖構造を認識してパイエル板 CD11c+細胞の TLR シグナルを負に制御し,エンドトキシンショックを緩和する可能性が示唆されたと結論している。
「ペクチン側鎖構造による大腸炎緩和機構の解明」の章においては,ペクチンの側鎖構造を 構成するアラビノースやガラクトースを豊富に含むオレンジペクチンと,これらの中性糖 が比較的少ないシトラスペクチンを用いて,マウス大腸炎モデルに与える影響を評価するため, デキストラン硫酸ナトリウム(DSS) 誘導大腸炎および 2,4,6-trinitrobenezene sulfonic acid(TNBS) 誘導大腸炎モデルを構築して研究を行った。どちらの大腸炎モデル においても,体重低下や摂食量の低下といった大腸炎病態がオレンジペクチン摂取群にお いて緩和されていた上,大腸組織観察の結果,腸粘膜の傷害もオレンジペクチン摂取群にお いて緩和されていた。そこで,大腸炎の増悪因子である炎症性サイトカイン量を測定したと ころ,大腸における IL-1β および IL-6 のタンパク質濃度がオレンジペクチン摂取群にお いて有意に低下していた。また,ペクチンのプレバイオティクス効果の影響を抑えるために,抗生剤投与により腸内細菌の影響を抑制したマウスでオレンジペクチンの大腸炎保護効果 を評価したところ,抗生剤投与マウスにおいても大腸炎保護効果が維持されていた。さらに, RAW264.7 細胞にオレンジペクチンおよびシトラスペクチンを添加した後に TLR1/2 および TLR4 リガンドで刺激して IL-6 産生を誘導したところ,オレンジペクチン添加により IL-6 産生がコントロール群やシトラスペクチン添加群に比べて有意に低下していることが示さ れたことから,腸管マクロファージはペクチンの側鎖構造を直接認識し,IL-6 産生を負に 制御することで大腸炎を抑制している可能性が示唆されたと結論している。
以上の結果より,水溶性食物繊維ペクチンはパイエル板や腸管のマクロファージに直接作用し,IL-6 産生を抑制することで全身性および腸管局所の炎症を緩和することを本研究により明らかにした。これらの知見は,炎症疾患の予防や治療に対して食物繊維ペクチンの有効性を示唆するものであり,プレバイオティクス効果とは異なる新たな食物繊維の機能性の発見に寄与するものである。