Spatial evolution of the Mott state induced by domain structure in transition metal dichalcogenides
概要
秩序相が出現または消失する場合には分域や界面構造が出現し、これらが大きな役割を果たすことは、様々な系で観測されている。還移金属ダイカルコゲナイド(IMDC)と呼ばれる物質群では、電荷密度波(CDW)という量子秩序相が出現する。特に、CDWに加えMott状態が出現する17-TaS2および17-TaSe2では、元素置換や圧力、そして、ナノスケールでの局所的な電場印加といった多様なパラメーターの制御によって、Mott絶縁状態から金属状態への転移が起こることが知られている。近年の走査トンネル頭微鏡・分光法(STM/STS)による実空間観察によって、このような金属状態ではCDWに生じる位相欠陥を境界とするような分域構造が誘起されていることが明らかとなっており、Mott絶縁体の金属化において分域境界と積層パターンの変化が大きな役割を担っていると考えられている。
本論文では、CDWに現れる分城境界と積層パターンの変化がMott状態に与える影響を明らかにすることを目的として、TaをNbに部分置換した17-TaS2および17-TaSe2に対して、4.2KでのSTMISTS測定を行い、分域構造の実空間観察と分城境界の周辺での電子状態の観察を行った。まず、Nb置換した17-TaS2では、CDwに現れる分域境界の周辺でのMott状態の空間変化に着目した研究を行った。Nb置換した17-TaSe2では、CDWの積層パターンの違いによるMott状態の変化に着目した研究を行った。本論文は、5つの章から構成されており、それぞれの詳細を以下に示す。
第一章では、本論文の主題に関する基本事項について説明する。まず、本論文で対象とする量子秩序相のCDWとMott状態について述べる。次に、CDWとMott状態が出現する17-Tas2および17-Tase2のそれぞれの物性や電子構造の特徴について述べる。そして、CDWの分域構造とMott状態に関するこれまでの研究について述べ、本研究の目的を述べる。
第二章では、本研究で用いる実験手法であるSTMISTS測定の基本原理について述べる実際に使用した装置をはじめとした実験手法の概要と測定データの解析手法について述べる。
第三章では、Nb置換した17-Tas2において現れるCDWの分域境界がMott状態に与える影響に着目した研究について述べる。17-Tas2では、180K以下でMott状態を伴うCommensurateCDW(Mott-cCDw)相が出現する。Mott-CCDW相では、13個のa原子がダビデの星と呼ばれるクラスターを形成し、Ta格子に対して13.9度傾いたダビデの星の格子が現れる。17-TaS2では、わずか1%のTaをFe〜元素置換により、Mott-CCDw相への相転移が消失し、金属状態が出現する。この金属状態では、CDWの位相欠陥が現れ、この位相欠陥を境界とする分城構造の出現が明らかとなっていた。しかし、Mot-CCDw相の抑制過程において、分域構造が担う役割は明らかではなかった。
そこで、この章では、Mott-cCDw相の抑制過程における分域構造の役割を明らかにすることを目的として、Feよりも摂動が小さいと考えられる、Taと同族元素のNbに元素置換した17-TaS2の単結晶試料を作成し、分城構造が担う役割に着目して、Mot-CCDw相へ相転移が消失する過程の観察を試みた。その結果、1%のTaのNbへの元素置換により、Mott-Ccpw相への相転移温度が低下した試料の作成に成功した。また、5%と10%のNb置換量の試料では、Mott-CCDw相への相転移が消失し、Fe置換した17-TaS2に見られるような電気伝導特性を示した。
次に、これら3種類の試料に対し、4.2KでのSTM/STS測定を行ったところ、いずれの試料においてもCDWに分域構造が確認された。しかし、Nb置換量1%と5%の試料の間で、分域の大きさに明確な違いが見られた。Nb置換量1%の試料では、分域の大きさは平均して200✕200nm?程であるのに対し、Nb置換量5%および10%の試料では、分域の大きさは平均してSXSnm?程であった。このように、Mot-ccDw転移の消失に伴い、分域の大きさが急激に減少することが明らかとなった。
また、電子状態についても、Nb置換量1%と5%の試料の間で明確な違いが見られた。Nb置換量1%の試料の分域境界から離れた部分では、元素置換を行っていない17-TaS2で見られるような500mev程のエネルギーギャップを持つMott状態が出現していた。Nb置換量1%の試料の分域境界では、17-TaS2で見られるMott状態に200mev程の大きさのエネルギーギャップになるようなin-gap状態が現れた。対して、Nb置換量5%および10%の試料における分域境界から離れた部分および分域境界では、フェルミエネルギーに有限な状態密度が出現し、金属的な電子状態が出現していた。このような金属的な電子状態はFe1%置換した17-Tas2で見られる電子状態と同様であった。
さらに、Nb置換量1%の試料に出現する分域境界の周辺における電子状態の空間変化を観察した。分域境界に近づくにつれ、Mott状態のハバードバンドが高エネルギー側にシフトする変化が見られた。これに伴い、ハバードバンドの状態密度が減少し、in-sap状態が除々に増加していった。このような電子状態の変化は、分域境界周辺の7~8nmの範囲で起きていた。この電子状態の変化が及ぶ範囲は、Mott-CCDw相が抑制された試料における分域の大きさと同程度である。これは、CDWの分域構造が微細化する過程で、分域境界周辺の電子状態の変化が空間全体に波及し、Mott状態が消失したことを示している。
以上のSTMSTS測定の結果から、17-TaS2のMott-CCDw相の抑制において、CDWに現れる分域境界がMott状態を融解させる中心的な役割を担うことが明らかとなった。
第四章では、Nb置換した17-TaSe2において、CDWの積層パターンの変化がMott状態に与える影響に着目した研究について述べる。17-Tas2および17-TaSe2におけるMott-ccpw相において、CDwの積層パターンには、ずれがなく積層した場合、Ta原子1個分ずれて積層した場合、Ta原子2個分ずれて積層した場合の3種類が存在する。近年、そのCDWの積層パターンの変化がMott状態に強く影響することが指摘されている。17-Tas2において、CDWの位相欠陥やステップを隔てて、エネルギーギャップの大きさが異なる3種類の電子状態が出現することがSTMISTS測定より明らかとなった。これは、位相欠陥等によるCDWの積層パターンの変化に起因すると考えられているが、位相欠陥は層ごとに異なる箇所に出現するため、最表面からの測定では、位相欠陥により変化した積層パターンを特定することは困難である。
この章では、CDWの積層パターンと電子状態の対応関係を明らかにすることを目的として、M13xV13ドメインの積層に着目した。このM13xV13ドメインの存在は、Ta原子の格子に対するダビデの星の格子の傾きが土13.9度の2通り存在することに起因する。この2種類のV13x13ドメインの積層によって、上述した3種類の積層パターンを持つダビデの星が周期配列する。この周期配列におけるユニットセルは計13個のダビデの星から構成され、ずれがなく積層したダビデの星を中心として、その第一近接の6つのダビデの星はTa原子2個分ずれて積層し、第二近接の6つのダビデの星はTa原子1個分ずれて積層する。この2種類のV13xv13ドメインが積層した部分において出現する電子状態を観察することで、最表面に現れる情報から、CDWの積層パターンと電子状態の対応関係を正確に決定することが可能である。このような2種類のV13x113ドメインは、200k以下の温度で、表面に近くにおいてMott状態が出現する17-TaSe2.に対して、元素置換することにより出現する。本論文では、全体の7.5%のTaをNbに元素置換した17-TaSe2に対して、4.2KにおけるSTM/STS測定を行った。
その結果、まず、17-Tas2で見られた位相欠陥を境界とした分域構造の出現を確認した。そして、その分城構造には、3種類の異なる電子状態が分域として存在することを発見した。次に、2種類のV13xV13ドメインの存在を確認した。そして、2種類のV13xV13ドメインの境界周辺において、上述した3種類の異なる電子状態を持つダビデの星が周期的に配列していることを発見した。この電子状態の空間変調は、2種類の113x113ドメインが積層した場合に現れる3種類のCDW(ダビデの星)の積層パターンと同様な周期性を示していることから、17-Tase2において、Mott状態を含む3種類の電子状態とCDWの3種類の積層パターンとの対応関係が明らかとなった。
第五章では、上記の2つの研究のまとめを示す。
以上、本論文では、17-Tas2および17-TaSe2おいて、STM/STS測定を用いて、CDWに現れる分域境界と積層パターンの変化がMott状態に与える影響を明らかにした。