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明治期の煉瓦造の文化財にみられる特性と保存方法に関する研究

深見, 利佐子 筑波大学 DOI:10.15068/0002008068

2023.09.04

概要

明治期の煉⽡造の⽂化財にみられる特性と保存⽅法に関する研究
A Study on the Characteristic and Conservation Methods of Brick Cultural Properties
of the Meiji Period

筑波⼤学⼤学院 ⼈間総合科学研究科
世界⽂化遺産学専攻 博⼠後期課程 3 年
201930522 深⾒ 利佐⼦

目次
第1章 序論

第1節 研究背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第2節 既往研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
第3節 研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
第4節 論文構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
第2章 歴史的煉瓦のキャラクタリゼーション

第1節 東洋組煉瓦・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
第2節 小菅集治監製煉瓦・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
第3節 シャトーカミヤ旧醸造場施設にて使用された煉瓦・・・・・・・・・・16
第4節 吸水率試験及び圧縮強度試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第5節 熱分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
第6節 物性の違いが煉瓦の劣化に与える影響・・・・・・・・・・・・・・・・31
第3章 長期的な現地調査による劣化の現状把握と要因の特定

第1節 猿島砲台跡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
第2節 猿島砲台跡の煉瓦に見られる劣化の現状と要因・・・・・・・・・・・35
第3節 東洋組煉瓦に含まれる塩類の起源の解明・・・・・・・・・・・・・・47
第 4 節 煉瓦壁面の水分率変動がもたらす劣化への影響・・・・・・・・・・・50
第4章 電気化学的脱塩工法を用いた煉瓦の脱塩

第1節 電気化学的脱塩(ED)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63
第2節 銅板を用いた ED 試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64
第3節 炭素棒を用いた ED 試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・74
第4節 ED 試験後の試験体暴露試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78
第5節 ED 処理後における試験体の水の吸い上げ試験・・・・・・・・・・・ 84
第5章 総括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88
参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94
付録 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 99

2

第1章
序論

3

第1章 序論
第1節 研究背景
近年、日本では近代化遺産として煉瓦造の文化財が注目を浴びている。日本における近代化遺産と
は幕末(1853〜1869)から第二次世界大戦期にかけての間に建設され、日本の近代化に貢献した産
業・交通・土木に係る建造物を指す1。近代化遺産は日本の近代化の歴史や文化を理解する上で大事
な文化財である。1978 年にポーランドの「ヴィエリチカ・ボフニア王立岩塩坑」がユネスコ世界文化遺産
に登録されて以降、世界中で近代化遺産や産業遺産の世界文化遺産登録が続いた。日本においては
2014 年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、2015 年にはいくつかの地域にまたがった 23 の構成資産
からなる「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録された2。このようにいくつかの近代化遺産
がユネスコ世界文化遺産に登録されたことをきっかけに、日本国内においても人々の近代化遺産に対
する関心は高まっていることが考えられる。現在、国内には近代に建設された建造物 389 件が国宝また
は重要文化財として指定されている(2022 年 5 月 25 日時点)。近代化遺産の多くは煉瓦造やコンクリー
ト造の建造物や構造物であるが、2017 年に東京文化財研究所によって行われた近代化遺産に関する
調査では重要文化財に指定されている近代に関する建造物のうち非木造の近代化遺産は 230 件であ
り、そのうち煉瓦造の文化財は 71 件と全体の約 3 割を占め、構造別に見ると煉瓦造の数が最も多いこ
とが報告されている3(表 1.1)。さらに 1990 年代以降には、昭和期に建設された煉瓦造建造物や一部煉
瓦が使用されている文化財も登録有形文化財として次々に登録されており、煉瓦造建造物や構造物の

表 1.1 非木造の近代化遺産の件数(東京文化財研究所 2017 より著者一部改変)

構造

件数

煉瓦造
(鉄筋)コンクリート造

71
52

石造

30

鉄骨造
その他(混構造等)

19
58

合計

230

1 文化庁、“「登録の日」「近代化遺産の日」と一斉公開事業”、文化庁、2022 年 5 月、
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/hogofukyu/koukai/index.html#:~:text=%E8%BF%91%E4%BB%A3%E5%8C%96%E9%8
1%BA%E7%94%A3%E3%81%A8%E3%81%AF,%E3%81%AB%E4%BF%82%E3%82%8B%E5%BB%BA%E9%80%A0%E7%89%A9%E3%81%A7%E
3%81%99%E3%80%82 (閲覧日:2022/05/27)
2
上代庸平、野口健格、林晃大、“欧州における産業遺産の保存と利活用のための法制度”、武蔵野法
学、vol.12, pp.202-165, 2020
3
東京文化財研究所、“未来につなぐ人類の技⑰ 煉瓦造建造物の保存と修復”、2017

4

登録件数は今後さらに増加していくことが予想される。
煉瓦が日本国内に流通し始める時期は 1850 年代から 1860 年代にかけてであると考えられており、
これら国内にもたらされた煉瓦はのちに国内で生産されるようになった。そして明治時代を中心に日本
の近代化の象徴として多くの煉瓦造建造物や構造物が国内各地に建設された。しかし 1923 年に発生
した関東大震災によってそれらの多くは倒壊してしまったため、1923 年の震災以降は地震が頻繁に発
生する日本において耐震上に問題があるとして、煉瓦が建造物の構造体として使用されることはほとん
どなくなった。そのため、日本で残存する 1923 年以前の煉瓦造建造物や構造物は非常に貴重であり、
意匠的または技術的に優秀であると認められている。そのため、それらが有する学術的価値や歴史的
価値は高いと言える。
近年ではこれら煉瓦造の文化財を保存するだけに留まらず、積極的に活用する動きが見られるように
なった。たとえば世界文化遺産に登録されている富岡製糸場(国宝)の西置繭所では1階にハウスイン
ハウス手法という新しい手法を用いた多目的ホールとギャラリーが整備された(図 1.1)。この手法は耐震
補強用の鉄骨を骨組みとして活用し、壁と天井をガラスにすることで中にいながらガラス越しに煉瓦造
建造物を体感することができる4ものである。整備された多目的ホールは有料で貸出しされており、ユニ
ークベニューとして多くの人々に活用されていくことが期待される。

図 1.1 西置繭所内の多目的ホール(著者撮影)

4
富岡市、“世界遺産富岡製⽷場”、しるくるとみおかー富岡市観光ホームページー、2022 年 5 ⽉、
http://www.tomioka-silk.jp/tomioka-silk-mill/preserve/ (閲覧⽇:2022/05/24)

5

このように煉瓦造の文化財は今後も活用が活発になることが予測され、活用形態も多様化することが
考えられる。その一方で煉瓦造の文化財は現在、老朽化に伴う耐震性の問題や、屋外にさらされている
場合が多いために、周辺環境(特に水分)の影響により塩類風化などによる煉瓦自体の劣化(図 1.2)が
日本国内各地で報告されている。建造物や構造物の耐震性の問題に対しては、最小限の介入や可逆
性を重視した耐震補強、補修作業などが施されている。しかし、煉瓦の劣化に対しては、保存処置方法
は試験段階であり未確立である。また保存処置を行うにあたり明治期の煉瓦の物性を明確にすることや
遺跡がおかれている環境を把握するための長期的な現況調査を行う必要がある。しかし、これまでに明
治期に国内製造された煉瓦の物性に関しては殆ど言及されてこなかった。また実際の遺跡における劣
化状況に関する報告や数年にわたる実測データも少なく、長期間の温湿度変動や塩類風化に影響を
与えている要因の一つとされている煉瓦内の水分状況やその挙動は不明瞭であることが現状である。

図 1.2 劣化した煉瓦表面(著者撮影)

6

第2節 既往研究
水野信太郎によると煉瓦の歴史は古代に遡り、古代エジプトとメソポタミアで建築材料として初めて日
干し煉瓦が誕生したと考えられている。しかし日本国内で煉瓦の使用が確認されているのは幕末以降
であり、明治期の近代化に伴い多くの煉瓦造建造物や構造物が全国各地に建設された5 。そのため煉
瓦造の建造物は日本の近代化を象徴するものであると広く認識されている。国内における煉瓦製造に
関して水野によりまとめられたものによると、幕末から明治 10 年代にかけて生産された初期の国産煉瓦
の多くは手抜き技法と呼ばれる方法で成形され、登り窯またはだるま窯で薪を燃料として焼成されてい
たことが判明している。手抜き技法とは、型枠の中に粘土素地を入れて成形する型抜きによる技法であ
り、手作業によって個別に作る方法を指す。明治 20 年以降は機械による成形法や長時間窯内の温度
を高温に保つことが可能なホフマン窯が導入されるようになった。ホフマン窯の燃料は石炭を使用する
ため、これまで使用されていた薪よりも高温が得られたとされている。そして、この新たな技術が導入され
たことで一度に大量の良質な煉瓦の生産が可能となった(水野 1999)。
近代の文化遺産である煉瓦造の文化財が人々の関心を集めていると同時に、それらの文化財を保
存するだけでなく、遺産の特性に応じて多様に活用することも求められている。しかし、屋外に存在する
場合が多い煉瓦造文化財は外気や周辺環境の影響を受けやすく、塩類風化や凍結破砕などの劣化
被害が各地の遺跡で報告されており、深刻な状況であるといえる。東京文化財研究所が作成した煉瓦
造建造物の保存と修復に関する書籍によると、煉瓦に見られる劣化の主な要因は水分の侵入であると
考えられ、水分の侵入に起因する劣化は 5 つに分類される(東京文化財研究所 2017)(表 1.2)。

表 1.2 劣化の種類(東京文化財研究所 2017 より著者作成)

劣化
要因






5

劣化の種類

劣化の症状

1.塩類風化
2.凍結破砕
3.生物劣化
4.白華
5.腐食劣化

剥離・粉状化
亀裂
亀裂・汚損
汚損
亀裂

⽔野信太郎 1999『⽇本煉⽡史の研究』法政⼤学出版局:東京

7

これらの中でも塩類風化と凍結破砕による劣化の事例報告が多く見受けられる。例えば、重要文化財
であり煉瓦期の煉瓦が使用されている碓氷峠鉄道施設では塩類の析出や凍結破砕などによる煉瓦の
崩落が報告されている6。また類似した劣化は国内の文化財のみならず、海外の文化遺産においても確
認されている。長谷川によるとタイのアユタヤ遺跡では降雨や日射などの環境外力や塩類風化により煉
瓦そのものが風化したことで、仏塔の形が大きく変形したことが報告されている7 。またカンボジアのサン
ボー・プレイ・クック遺跡群の煉瓦造建造物では朴による劣化状況の調査が実施され、塩類風化や粉状
化が深刻な状況であることが報告されている8。
煉瓦造の文化財にみられる劣化や保存・修復をテーマとした研究は 1990 年代後半より開始される。
この背景には 1990 年に文化庁による近代化遺産に関する全国調査が実施されたことが挙げられる。そ
して 2000 年以降に突入すると煉瓦に関する研究はさらに活発に行われるようになった。これまでの研究
では煉瓦造の文化財にみられる劣化やその調査方法の検討、また劣化の発生メカニズムの解明を中
心としたものが多く見受けられた。煉瓦造の文化財にみられる劣化やその発生メカニズムに関する研究
において朽津は、文化財としての煉瓦が物理的に風化する要因としては、乾湿の繰り返しや熱による膨
張収縮、さらには生物に関係した現象なども観察される場合があるが、焼成煉瓦に限定すれば、塩類
風化と凍結破砕の問題が特に大きい9と述べている。塩類風化とは塩類の析出に伴って物質が物理的
に破壊される現象のことであり、析出する塩類は煉瓦の原料や供給される水、周辺の土壌、また大気汚
染物質などから起因していることが多い10。塩類風化は煉瓦内における水の挙動と密接に関係している
ことが指摘されているが、石崎らによると煉瓦の含水率分布は非破壊で測定することが非常に難しく、数
値解析手法によって含水率の分布を求める方法を提案している11。非破壊による煉瓦壁体の含水率分
布の測定は困難であるとされている一方で、佐々木らは熱画像を用いることで含水率と劣化に関係性
があるということを証明している12。このように煉瓦造の文化財にみられる劣化現象やそのメカニズム、調
査・分析方法に関する研究は活発に行われてきた。
国内における煉瓦の劣化に対する保存処理に関して朽津・早川らによって煉瓦の水分特性をコント

朽津信明、森井順之 2004「O-242 碓氷峠鉄道施設における煉⽡の塩類⾵化と凍結破砕の⽐較(30. 応⽤地質学⼀
般)」『⽇本地質学会学術⼤会講演要旨』p.146
7
⻑⾕川哲也、畑中重光、PRINYA Chindaprasirt、THANUDKIJ Chareerat 2006「タイ国アユタヤ⼀遺跡の劣化調査
と修復⽅法の提案」『⽇本建築仕上学会 2006 年⼤会学術講演会』p.191-194
8
朴東熙 2015『クメール煉⽡造遺構の修復技術に関する研究』早稲⽥⼤学、博⼠論⽂
9
朽津信明 2005「⽂化財材料としての煉⽡の劣化」『マテリアルライフ学会誌』17(1)
10
Chiraporn . A 2001 Salt weathering of monumental building materials in Thailand, 平成 10 年度〜平成 12 年度科学
研究費補助⾦ 研究成果報告書 タイ国・アユタヤ遺跡の保存修復に関する研究
11
⽯崎武志、朽津信明、⻄浦忠輝、⻘⽊繁夫 2005「タイの歴史的レンガ建造物の保存に関する研究」『⼟と基礎』
566,53(3)
12
佐々⽊淑美、吉⽥直⼈、⼩椋⼤輔、安福勝、⽔⾕悦⼦、⽯崎武志 2015「ハギア・ソフィア⼤聖堂をはじめとした
歴史的建築物の内壁の劣化と材料に関する調査」『保存科学』54, p.215-226
6

8

ロールするために合成樹脂による処理が提案され、重要文化財である旧下野煉瓦製造会社煉瓦窯に
おける実践的研究では処理を施した箇所において劣化現象の軽減がみられるなど効果的であることが
証明された。しかし、文化財の置かれる環境によっては逆効果が見られる場合もあるということが指摘さ
れている。そのため文化財の置かれている環境を正確に把握し、他の対策も合わせた総合的な保存対
策の一環として行うべきであることが主張されている13。その他にも相川による浸透性コーティング剤を用
いた煉瓦の処理が試みられ、塩類風化の抑制に効果が見られたことが報告されている14。一方、国外で
は通電による煉瓦の脱塩による保存処理方法が研究されており、2007 年に Lisbeth M. Ottosen らによ
る硝酸塩と塩化物を対象とした煉瓦の電気化学的脱塩試験(ED:Electrochemical Desalination)が行わ
れた。さらに 2013 年には J.M. Paz-Garcia らによって類似した方法での煉瓦の脱塩試験が行われた。こ
れらの試験によると、塩化物や硝酸塩は ED によって約 99%煉瓦内より除去できるという結果が報告さ
れた。一方で硫酸塩の除去速度は塩化物や硝酸塩に比べるとかなり遅く、さらに除去率は 8 日間以下
の通電(2.22A m-2)で 89%にとどまったと報告されている15,16,17。しかし、これらの方法も未だ試験段階で
あり、実装化までには至っていない。このように煉瓦の劣化現象に関する研究は十分に行われてきた一
方でそれら劣化に対する処理方法や対策に関する研究は不十分であると言える。今後、煉瓦造の文化
財が多様な方法で活発に活用されることが予想されるが、文化財の活用に伴って劣化が進行している
煉瓦への早急な対策が求められる。そのためには煉瓦の保存や劣化対策に関してより活発に議論が行
われるべきであり、この歴史的な煉瓦に対する保存方法の未確立という現状は日本の煉瓦造の文化財
保存における課題の一つであると言える。
第3節 研究目的

煉瓦造の文化財は煉瓦の組積が生み出す美しさで人々を魅了させるだけでなく、日本の幕末から明
治期への移り変わり、そしてそれに伴って進められた国内の近代化や産業の発展を現代に伝える情報
を多く含んでいる。さらに現存している明治期に建設された煉瓦造建造物や構造物は煉瓦が日本国内
にもたらされて建築資材としての使用が減衰する約 70 年間という限られた期間に建設されたものであり、

13
朽津信明、早川典⼦ 2001 「⽂化財の保存を⽬的とした煉⽡の樹脂処理効果に関する研究」『保存科学』40, p.3546
14
相川悠, "煉⽡の吸⽔放湿特性にみる塩の影響及び保存修復材料の検討," (修⼠論⽂, 筑波⼤学⼤学院, 2013).
15
L. M. Ottosen, A. J. Pedersen, and I. Rörig-Dalgaard, "Salt-Related Problems in Brick Masonry and Electrokinetic Removal of
Salts," Journal of Building Appraisal, vol. 3, no.3, pp. 181-194, 2007, doi:10.1057/PALGRAVE.JBA.2950074/FIGURES/9
16
Paz-García, J.M., B. Johannesson, L.M. Ottosen, A.B. Ribeiro, and J.M. Rodríguez-Maroto, "Simulation-Based Analysis of the
Differences in the Removal Rate of Chlorides, Nitrates and Sulfates by Electrokinetic Desalination Treatments," Electrochimica
Acta, vol. 89, pp. 436–444, 2013, doi:10.1016/j.electacta.2012.11.087.
17
S. Gry, L. M. Ottosen, P. E. Jensen, and J. M. Paz-Garcia, "Electrochemical Desalination of Bricks – Experimental and
Modeling," Electrochimica Acta, vol. 181, pp.24–30, 2015, doi:10.1016/j.electacta.2015.03.041.

9

それらは高い歴史的価値や美術的価値を有していると言える。また先述したように産業や近代化に焦
点を当てた文化遺産が注目を浴びていることから、今後さらに多くの煉瓦造の建造物や遺構が文化財
として指定、登録され、これに伴い多様な形態で活用されることが予想される。しかし煉瓦造の文化財は
屋外にさらされている場合が多く、先述したとおり周辺環境の影響により塩類風化などの劣化が日本国
内各地で報告されている。さらに今後さまざまな活用形態で文化財が活用されることで煉瓦の劣化リス
クや劣化速度の上昇につながる可能性も考えられる。この課題に対し、煉瓦の保存処理方法を検討す
るためにはまず明治期に製造された煉瓦の物性を把握する必要がある。そして遺跡での現況調査を行
うことで劣化状況を詳しく把握し、その要因を明確にすることが不可欠である。また煉瓦造の文化財は、
劣化の進行だけでなく、煉瓦造の文化財に関する専門家不足や文化財を管理する自治体や団体の人
員不足、保存を行うための予算不足などの課題をも抱えている。そのため、煉瓦造の文化財に対する
保存方法として、より簡易的に扱うことができ、かつ低予算で効果的な方法が求められている。
そこで本研究では日本国内で煉瓦の規格化が行われる 1925 年(大正14年)以前の煉瓦を「歴史的
煉瓦」と位置づけ、文化財保存科学の視点から歴史的煉瓦の特性を明確にし、遺跡における歴史的煉
瓦の劣化状況及びその挙動と要因を明らかにする。その上で劣化を抑制させる対策方法の一つとして
電気化学的脱塩工法を用いた脱塩方法の提案と開発を目的とした。

第4節 論文構成

本論ではまず第2章において自然科学的手法を用いた歴史的煉瓦のキャラクタリゼーションを明らか
にする。歴史的煉瓦資料として、東洋組煉瓦、小菅集治監製煉瓦、牛久シャトーで使用された煉瓦を用
いた。分析方法には、吸水率及び圧縮強度試験、熱分析(TG 及び DTA)を用いた。さらに上記の煉瓦
資料に加えて JES 規格が制定された後に製造された大正期の煉瓦及び昭和期の煉瓦の物性に関する
情報を各遺跡の報告書より抽出し、歴史的煉瓦の特性について検討した。次に第3章では、第2章で得
られた歴史的煉瓦の物性を把握した上で、分析した煉瓦の一つである東洋組煉瓦が用いられている猿
島砲台跡にて現況調査を行い、煉瓦構造物内環境の挙動や劣化状況を詳しく把握し、劣化要因の解
明をおこなった。調査方法は煉瓦構造物内における温湿度調査、崩落物測定及び粉末 X 線回折分析
(XRD)による崩落物の同定、そして煉瓦壁面の水分率測定を実施した。また第2章で得られた煉瓦の
物性と実際の遺跡での劣化状況に関係性が見られるのか検討を行った。続く第4章では煉瓦に見られ
る代表的な劣化である塩類風化に対する劣化を抑制させる方法として電気化学的脱塩工法を用いた
煉瓦の脱塩モデルの作成を行い、いくつかの異なる通電条件下における脱塩試験を通して脱塩効果
の検討を行った。脱塩モデルは歴史的煉瓦の物性を考慮した上で電極に銅板、炭素、セルロースとい

10

った入手しやすくかつ安価な素材を採用した。そして最後にこれまでの調査及び試験結果から総合的
に考察を行い、第5章にて本研究の結論を述べ、得られた知見と今後の課題の抽出を行った。

11

第2章
明治期に製造された煉瓦のキャラクタリゼーション

12

第2章 明治期に製造された煉瓦のキャラクタリゼーション
日本国内における煉瓦生産の開始は幕末に遡り、外国人技師によって伝来したと考えられている。
明治期に入ると国産煉瓦は灯台や外国人居留地の建築、下水等の施設、官営工場などに多用される
ようになり、明治 10 年代には全国各地において煉瓦生産が展開するようになる18。 ...

この論文で使われている画像

参考文献

”、鳥取市教育委員会:鳥取、2018

 R. KAWAHARA, A. MORI, and T. DAINOBU,

“小野田徳利窯に用いられた煉瓦品質の変遷,”

日本建築学会構造系論文集, vol. 71, no. 602,

pp. 87–94, Apr. 2006, doi: 10.3130/AIJS.71.87_2.

文化財同志社彰栄館修理工事報告書”、京都

府教育委員会:京都、1981

102

乾燥重量[g]

181.34

208.75

155.38

159.94

188.67

215.44

233.2

252.02

191.2

No.

Blanc-1

Blanc-2

Blanc-3

0.25M-1

0.25M-2

0.25M-3

1M-1

1M-2

1M-3

15.47

14.05

12.34

18.55

19.60

17.78

18.34

18.36

18.72

重量含⽔⽐(%)

120

120

120

120

120

120

120

120

120

体積[

1.48

2.27

2.20

2.13

2.14

2.12

2.26

2.02

2.15

乾燥密度[g/ ]

付録−表 2 第3章2節で実施した実証試験に用いた試験体の物性値

103

付録−図 1 隧道の推定地質断面図(横須賀市 2022 より引用)

104

5000

10000

15000

20000

25000

30000

35000

隧道内漏⽔量

屋外⾬量

付録−図2 猿島砲台跡隧道内の漏水量及び屋外雨量の推移

⽇付

/ 5/15018/ 7/17018/ 9/1818/11/2 019/1/2 019/3/2 019/5/3 2019/8/ 019/10/ 019/12/ 2020/2/ 021/2/2 2021/5/ 2021/7/ 2021/9/ 021/11/ 2022/1/

2018

20

隧道内漏⽔量[ml]

40000

500

1000

1500

2000

2500

3000

屋外⾬量[ml]

謝辞

終わりに、本研究の遂行にあたり約 6 年間という長期に渡りご指導ご鞭撻を賜りました松井

敏也教授に心から感謝の意を表します。文化財保存科学という分野において必要な知識や技術

だけでなく、研究する上でコアとなる部分の築き方や研究に取り組む姿勢、そして研究に携わ

る方々に対してのコミュニケーションの進め方など多くのことを学ぶことができました。この

6 年間で学び得たものは、これから研究者として第一歩を踏み出す際に大きな助けになると思

います。

鉾井修一教授、上北恭史教授、下田一太准教授には本研究にあたり異なる研究分野の視点か

ら多くのご助言を賜りましたこと、深く御礼申し上げます。

横須賀市教育委員会様、牛久市文化芸術課様、京都文化博物館様、飯豊町教育委員会様には

貴重な歴史的煉瓦試料の提供にご協力して頂きましたこと、厚くお礼申し上げます。

長期的な現地調査にご同行・ご協力して頂きました横須賀市教育委員会・川本様、物性調査

にご協力していただきました株式会社鴻池組技術研究所・高松様、成島様、水分吸脱着試験を

実施してくださいました北海道大学大学院工学研究院長野教授及び環境システム工学研究室の

皆様には心から感謝いたします。

本研究の他様々な実験の補助をして頂きました筑波大学大学院保存科学研究室の後輩たちに

感謝すると共に、今後益々の活躍をお祈りします。

そして、研究活動や柔道家としての活動、学生生活等をいつも応援し、温かく見守ってくれ

た両親には心から感謝しています。家族の支えや存在は研究や研究と並行して続けてきた柔道

におけるそれぞれの目標を達成させるためのモチベーションであり、家族という大きな心の支

えがあったからこそ本研究の遂行、同時にオリンピック出場という大きな二つの目標を達成さ

せることができました。これから少しずつ恩返しできるように努めてまいります。

最後に皆様のご協力、多大なご助言のもと本研究を無事に遂行することができました。この

場を借りて深謝の意を表し、謝辞といたします。

筑波大学大学院

人間総合科学研究科 世界文化遺産学専攻

深見 利佐子

令和5年2月10日

105

...

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