History of the great Kanto earthquakes deduced from the Holocene marine terraces : Development and application of new quantitative methods for the geological and geomorphological analyses
概要
論文審査の結果の要旨
氏名
小
森
純
希
本論文は、房総半島における完新世の海岸段丘の地形・地質学データに基づき、新たに
定量的な解析手法を開発し、それを応用して、関東地震発生の履歴及びそのメカニズムの
解明を目指したものであり、6 章からなる。
第 1 章は序章で、関東地震に関する既往研究をまとめている。1923 年の大正関東地震
については、地球物理学的データが得られており、その解析から震源モデルが提案されて
いる。1703 年元禄関東地震については、歴史資料などに基づく地殻変動や津波のデータ
に基づき、大正関東地震との差異や断層モデルが構築されている。三浦半島や房総半島に
おける海岸段丘の地形や年代調査から、大正・元禄に加えて先史時代の関東地震の履歴が
議論されてきたが、特に房総半島南端付近の沼段丘の隆起量と元禄型関東地震時の変位
量、さらには海岸段丘の生成プロセスなどには未解明の問題があることが述べられ、これ
らの解明のためにはまず、沼段丘の地形・年代データを定量的・客観的に解析する必要が
あること、それらと地球物理学的なモデリングによって関東地震の履歴を解明する必要
性が述べられている
第 2 章では、沼段丘の分布について、最新の地形データとその解析に基づいて再検討
が行われている。従来、段丘面の分類は空中写真の判読や現地調査及びそれによって得ら
れた年代試料の対比などに基づいて行われてきたが、本論文では新たに得られた詳細数
値地形 (DEM)データを用いた海岸段丘地形検出手法を開発し、それを適用することによ
って、段丘の分類ならびにその分布の推定を客観的に行った。房総半島最南部の海岸にお
ける断面において DEM データから崖地形の基部を抽出し、K 平均法によって 4-6 段の
段丘に分類し、7 地域での対比を行うことによって、沼段丘の推定を定量的かつ客観的に
おこなった。さらに、推定に用いたデータの分布(ばらつき)が地形の浸食・風化度合い
を示すこと、そして崖の曲率や平坦面の幅などから段丘生成時期を推定できる可能性も
議論しており、DEM データを用いた定量的な地形解析の方向性も示している。
第 3 章では、先行研究で得られたもの及び本研究で新たに取得した計 270 試料から、
沼段丘の離水時期を推定している。従来の研究では定量的に扱っていなかった再堆積の
効果を扱うため、地層に含まれる上部の段丘からの試料の混入を考慮した堆積モデルを
構築した。そして、各段丘の離水年代及び地層中の滞留時間をパラメーターとしたベイズ
推定を行った。その結果、元禄型関東地震の発生間隔を示すと考えられる沼段丘の離水間
隔は約 1300 年から 2500 年程度とばらつきがあることを統計的に示した。様々な単純化
があるものの、再堆積作用などを定量的にモデル化し、これらのパラメーターを最新の統
計的手法で客観的に解析したことは、重要な成果である。
第 4 章では、2-3 章で得られた沼段丘の高度分布と離水時期を説明するために、プレ
ート沈み込みの力学モデルを構築している。従来のバックスリップモデルでは残留変位
が生じず海岸段丘を説明できないことから、プレートの厚さと沈み込み角度を加えた弾
性プレート沈み込みモデルを導入し、さらに最近の地震学的観測から推定されている海
山の沈み込みを考慮した。海山の形状や固着位置と地震サイクル後の残留変位との関係
について 2 次元モデルで考察した後、関東地震の震源域を含む 3 次元モデルを用い、房
総半島南端付近に海山が沈み込み、その周辺の固着域が元禄型地震の際に破壊するとい
うモデルで、沼段丘の離水間隔がばらつくにも関わらずその比高分布が一定であるとい
う観測結果を再現することに成功した。
第 5 章では、第 2-4 章における仮定や将来の発展性について考察している。本論文で
は、房総半島南部の沼段丘のデータのみを用いたが、関東地震の履歴解明のためには、三
浦半島なども含めたより広域な古地震学的データが必要であるとしている。
第 6 章は本論文のまとめである。
以上のように、本論文では、詳細数値地形データに基づく海成段丘の高度分布、各段丘
面から得られた地質試料の年代測定結果に基づく離水時期を、最新の統計的手法を用い
て客観的に解析する手法を開発し、房総半島南部の沼段丘に適用した。これらの手法は、
古地震学的データ解析に大きな貢献をもたらす。また,新しいデータに基づいて、弾性プ
レート沈み込みモデルにより、得られた沼段丘の離水時期と高度分布を説明できるよう
な元禄型関東地震の履歴モデルを提示した。これらの手法の開発と、得られた結果は古地
震学及び地震学に大きな貢献をもたらすと評価できる。
なお、本論文の第 2 章は安藤亮輔、宍倉正展、横山祐典、宮入陽介との共同研究である
が、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分で
あると判断する。
したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。