Epigenetic control of early dendritic cell lineage specification by the transcription factor IRF8 in mice
概要
1. 序論
免疫応答に重要な単核貪食細胞は、造血幹細胞から様々な中間的な前駆細胞を介して段階的に分化能が制限されながら産生される.近年、造血の非常に上流に位置するリンパ球系多能性前駆細胞(LMPP)の段階で既に樹上細胞(DC)のみに分化する細胞が存在することが明らかになり、これらのDC 系統へ偏倚した前駆細胞は転写因子IRF8により区別できる可能性が示唆された(Naik et al.; 2013, Lee et al., 2017).しかしながら、そのような細胞集団を生体内で分離できておらず、その運命決定のメカニズムは未だに不明である.本研究では、樹状細胞を含む単核貪食細胞の転写因子による分化制御機構を理解することを目的とし、単核貪食細胞へ運命決定された細胞の分離とそのメカニズムについて検討した.
IRF8をはじめとする転写因子は造血において早期運命決定のカギとなっている可能性がある一方で、その異常は白血病や免疫不全を引き起こすことが知られている.核酸医薬はこれを解決するツールとなる可能性がある.核酸医薬は低分子化合物や抗体では標的とすることができない分子を特異的に抑制できるだけでなく、特定のタンパク質を作り出すことから、研究開発が非常に盛んにおこなわれている.核酸医薬には核酸を保護し目的の場所へ送達する物質の開発が必須である.脂質ナノ粒子(LNP)は核酸を細胞内へと送達することが可能な微粒子製剤で、世界初となるRNA干渉治療薬や新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンにも採用されていることから注目されている.2017年にエーザイ株式会社では低毒性かつ効率的に核酸を送達可能な生分解性LNPを開発した(Suzuki et al, 2017).生分解性LNPが肝細胞に核酸を送達できることは明らかにしたが、免疫細胞に対する生分解性LNPの効果は十分に解析されていない.そのため、転写因子IRF5を標的とする生分解性LNPの免疫細胞に対する効果を包括的に検討した.
2. 実験材料と方法
移植実験
IRF8-GFPノックインマウスからLMPPを分離し、致死量(9.5Gy)の放射線照射したLy5.1マウスに尾静脈投与した.その後、経時的にフローサイトメトリー解析を行った.本研究の動物実験は横浜市立大学動物実験委員会の審査を経て学長の承認を得て(承認番号:F-A-17- 018、F-A-20-043)、動物実験ガイドラインに従い実施した.
ATAC-seq
7,200個のLMPPを分離し、遠心してペレット化する.細胞にtransposase溶液を加え300rpmで振とうさせながら37℃で30分反応させる.その後、MinElute Reaction Cleanup ki(t QIGEN)を用いてtransposed DNAを精製し、NEBNext High Fidelity 2× PCR Master Mix(New England Biolabs)とインデックス付きプライマーで増幅した.SPRIselect beads(Beckman Coulter)でライブラリーを精製し、Miseq(Illumina)でシークエンスした.
生分解性LNPの投与
蛍光標識 siRNA含有生分解性LNPは0.8 mg siRNA/kg BWでマウスに尾静脈投与し、3時間後に解析を行った.siCtrlまたはIrf5 mRNAに対するsiRNA(siIrf5)含有生分解性LNPは5.0 mg/kg BWで投与し、各解析時間にサンプルを回収した.
コンカナバリンA 誘発性肝障害の誘発
コンカナバリンA(Vector Laboratories)をPBSで調製し、マウスに20 mg/kg BWで尾静脈投与した.その後、各解析時間にサンプルを回収した.
3. 結果
IRF8を発現するLMPP亜集団が存在する
最初にDCに運命決定されたLMPPの同定と分離を試みた.LMPPの単一細胞 RNA-seq解析によりLMPPには転写因子IRF8を弱く発現する亜集団が存在した.IRF8はDCの産生に必須の転写因子として知られている.そこで、IRF8-GFPノックインマウスを用いて生体内からIRF8を発現するLMPP(IRF8+ LMPP)亜集団を分離した.
IRF8+ LMPPは生体内でcDC1を優先的に産生する
次にIRF8+ LMPPの分化能を移植実験により評価した.IRF8+ LMPPはIRF8⁻ LMPPに比較してDC、特に抗腫瘍免疫に重要なサブセットであるcDC1を優先的に産生し、好中球やリンパ球の産生能は低いことが分かった.また、IRF8⁻ LMPPからIRF8+ LMPPが産生されることも見出した.これらの結果は、LMPPの中にDCに偏倚した産生能を有する亜集団(IRF8+ LMPP)が存在することを示した.
IRF8はIRF8+ LMPPにおいてDC 系統のクロマチンランドスケープを確立する
IRF8はどのようにLMPPをDC 系統へと運命決定するのかを検討した.転写因子は遺伝子のエンハンサーに結合して発現制御することが知られている.転写因子はエンハンサーに結合し、その場所のクロマチンを開き、オープンクロマチン領域となる.そこで、オープンクロマチン領域を網羅的に解析できるATAC-seqを用いて、LMPPのエンハンサーを解析した.IRF8+ LMPPのオープンクロマチン領域にはIRF8の結合配列が多く存在した.次に、 IRF8+ LMPPに特徴的なオープンクロマチン領域近傍の遺伝子がどのようなものかを解析した.これらの遺伝子はIRF8+ LMPPでほとんど発現はしていなかった.しかしながら、DC分化過程で✃く発現する遺伝子群であった.以上の結果から、IRF8はLMPPにおいてDCに関連する遺伝子のエンハンサーを準備し、DCへの早期運命決定をもたらすことが明らかとなった.
生分解性LNPはマクロファージに効率的に取り込まれ作用する
生分解性LNPがどの免疫細胞に取り込まれるかを調べた.その結果、マクロファージ、特に肝臓マクロファージに生分解性LNPがよく取り込まれることが分かった.次に、生分解性LNPでマクロファージにおける遺伝子発現を抑制できるかを調べた.標的遺伝子にはマクロファージに✃く発現をしており、炎症の誘導に重要な転写因子IRF5を選択した.IRF5に対するsiRNAを封入した生分解性LNP(siIrf5-LNP)を投与したところ、肝臓など様々な組織のマクロファージにおいてIRF5の発現が7日間も抑制された.以上の結果は、生分解性LNPがsiRNAをマクロファージに送達させ、遺伝子発現を長期的に抑制できることを示した.
生分解性LNP投与によりコンカナバリンA 肝炎が改善する
生分解性LNPの有用性を調べるため、コンカナバリンA 誘発性肝炎モデルで評価した. siIrf5-LNPの投与により、肝炎誘発に関与するサイトカインであるTNFやIL-6といった炎症性サイトカインの産生が減少し、肝障害が抑制されることがわかった.
4. 考察
今回の解析から、造血の極早期段階でDCへの運命決定が誘導されるメカニズムを明らかにした.これはDC以外にもおいても鍵となる少数の転写因子により運命決定制御が行われている可能性がある.また、IRF8+ LMPPはIRF8⁻ LMPPより素早くDCを産生することから、感染などDCが必要な緊急時にIRF8+ LMPPを介した分化経路が重要な役割を果たす可能性がある.これらの点については、今後のさらなる研究が必要である.
生分解性LNPを用いたマクロファージへのsiRNA 送達は疾患の治療のための有用なツールとなる可能性が示された.また、これはマクロファージの機能を調べるための方法としても有用である可能性がある.今後はマクロファージへの送達効率を改善することで、様々な用途でより有用なツールとなるようつなげていきたい.