Non-Linear Analysis of Frictional Interface of Hydrogels
概要
高分子が化学結合や物理結合による分子間架橋によりネットワークを構築し、その内部に水を取り込んだ物質はハイドロゲルと呼ばれる。ハイドロゲルは、柔らかく水を多量に含むので生体組織との類似性が大きく、医療分野での応用が広く期待されている。類似性の一つとしてゲルの表面摩擦は通常の固体間の摩擦よりも小さいことが示されている。そのため、ゲルの摩擦研究を通して、生体の低摩擦機構を理解することが可能であり、その成果は省エネルギー社会の実現に寄与すると期待される。
本研究では、ゲル表面に振動せん断を負荷し、摩擦挙動をエネルギー散逸過程として捉えた新たな解析方法として新規のパラメーターを導入した。以下に各章を説明する。
第 1 章では、これまで行われてきたゲル及び摩擦研究を概説し、本研究の立ち位置を述べる。
第2章では、第1章で紹介した振動モードを利用し、水中でのゲルの摩擦を幅広い歪強度領域で実施した。また、上下面を固定したゲルを線形弾性体、シリコーンオイルを線形粘性体として、データの比較検討を行った。Strain sweep test では、上下面を固定したゲルは測定した歪強度領域全体で stress-strain curve の傾きがほぼ1となり、線形弾性体としての性質を示した。それに対し水中でのゲルの摩擦は、臨界歪強度 ymax,c = 1 よりも小さい領域では直線の傾きが1であったが、それより大きくなると線形弾性体とは異なり、応力の低下が見られた。さらに詳細な解析を行うために、いくつかの歪強度において stress-strain Lissajous curve を取得した。Lissajous curve は歪強度が小さい領域では傾いた楕円形状であるが、歪強度が大きくなると平行四辺形のようなひずんだ形状となった。その Lissajous curve に対して歪硬化比 S と、Lissajous curve の面積から得られるエネルギー散逸密度 Ed 及び本研究で新たに導入した占有パラメーター κ を用いて解析した。摩擦界面の動画と合わせて解析した結果、水中でのゲルとガラスの摩擦は ymax,c よりも小さい領域ではゲル界面分子とガラス間の吸脱着によるミクロな滑りであり、ymax,c よりも大きい領域ではゲル界面全体が動いているマクロな滑りであるということが分かった。
第3章では、第2章で実施した実験を濃厚ヒアルロン酸(HA)水溶液中で実施した。HA は生体関節の関節液に含まれている多糖であり、関節の滑らかな動きに寄与していると考えられる。Strain sweep test では、ymax,c ≈ 5 ×10-3 以上では傾きが1より小さくなり、水中の摩擦よりも低い応力を示す摩擦低減効果を確認できた。また、濃厚 HA 水溶液中でのゲルの摩擦についても stress-strain Lissajous curve を取得した。そして、前章と同様に S、Ed、κ について解析した。その結果、HA 水溶液中におけるゲルの摩擦は、ゲルとガラスの間に存在する薄い濃厚 HA 水溶液層が測定上の見かけのせん断よりも 3-4 桁大きなせん断を受けることにより、非線形な応答を示している結果であることが分かった。
第4章では、濃厚 HA 水溶液を潤滑材として使用した時のゲルとガラスの摩擦界面に生じる特異的なパターンについて調べた。先行研究ではゲルとガラスの界面に重なり合い濃度(c*)の数十倍の HA 水溶液がある時にゲルを回転させると、ゲルの接触に複雑なパターンが生じることが見出された。そのパターンは回転速度やヒアルロン酸溶液の濃度など様々な条件で変化することも分かっている。そこで、本研究ではゲルを回転させるのではなく、振動させることによるガラスとの摩擦でもパターンが生じるのかを確認した。その結果、振動せん断歪 γ = γmaxsinωt (ω: 角振動数)を与えたとき、γmax = 1 の場合はパターンが形成しなかったが、γmax = 10 の場合ではパターンが形成した。すなわち、パターンを形成するにあたり、歪の閾値が存在することが分かった。
以上のように、本研究ではゲルとガラス界面での摩擦・潤滑の物理的理解について取り組んだ。その過程において摩擦のエネルギー散逸を評価する新たなパラメーターを提案し、異なる系と比較可能であることを示した。第5章ではそれらをふまえて本研究の総括を述べる。本成果は摩擦現象がエネルギー散逸過程であることに着目して新たな解析法を提案するものであり、今後の摩擦研究に一石を投じるものであると期待される。