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大学・研究所にある論文を検索できる 「ヘリコバクター・ピロリのsmall RNAによる持続感染機構の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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ヘリコバクター・ピロリのsmall RNAによる持続感染機構の解析

木下, 遼 東京大学 DOI:10.15083/0002002334

2021.10.13

概要

本研究では、ピロリ菌の持続感染成立機構を理解するために、ピロリ菌感染スナネズミの胃から単離したピロリ菌の全ゲノム配列解析から、感染により獲得された変異を網羅的に抽出した。その結果、non-coding small RNA HPnc4160の発現が感染の経過に伴い変化することを見出した。さらに、HPnc4160欠損変異ピロリ菌では病原因子CagAのmRNAおよびタンパク質発現が増大することを見出し、HPnc4160が病原因子CagAの発現を制御する新規病原性制御small RNAであることを明らかにした。

 Helicobacter pylori(H. pylori, ピロリ菌)は幼少期から何十年にもわたる胃粘膜持続感染を成立させ、胃炎、消化性潰瘍および胃がん等を引き起こすグラム陰性菌である。我が国の胃がん患者のほぼ全てがピロリ菌感染歴を有するが、多くの感染者は無症候性キャリアであることから、感染病態悪性度を決定づける菌体病原因子の研究が盛んに行われている。疾患悪性度との関連が深いCagA陽性ピロリ菌に感染した患者は、消化性潰瘍、慢性胃炎、腸上皮化生および胃がんのリスクが増大することが報告されている。しかしCagAのみでは病原性悪性度との連関について説明がつかないことから、未知の病原性制御機構の存在が想定されている。ピロリ菌はゲノムレベルでの多様性が非常に高い点が特徴的である。この多様性は、ダイナミックに環境が変動する胃粘膜ニッチに菌が適応し、持続感染を成立させるために非常に重要であると考えられる。臨床分離株を用いた解析による従来の報告では、宿主遺伝背景が異なるため、偶発的突然変異かどうかの判定が困難である。したがってピロリ菌の遺伝的変異獲得解析を行うためには、宿主遺伝的背景を同一とする実験動物を用いた経時的解析が有効である。そこで本研究では、ピロリ菌の持続感染成立機構を理解するために、ピロリ菌が持続感染の過程で獲得する菌体遺伝子変異について、実験動物を用いて解析した。

ピロリ菌動物感染過程で獲得した菌体遺伝子変異の網羅的解析とHPnc4160の同定
 ピロリ菌が持続感染の過程で獲得する菌体遺伝子変異を解析するために、ピロリ菌ATCC43504野生株1×109CFUをスナネズミ10匹に経口的に感染させた。感染8週後に胃を摘出し、ホモジナイズした溶液をヘリコバクター選択培地(栄研化学)に塗抹培養して、スナネズミ1匹由来胃粘膜あたり4コロニーずつ単離培養を行い、計40株(S41‒S80と命名)のスナネズミ感染分離株を得た。得られたスナネズミ感染分離株40株すべてを、次世代シークエンサーを用いた全ゲノム解析に供し、野生株との配列比較から、感染中に獲得した遺伝子配列変異を確認した。その結果、計40株に、1580カ所の変異を見出した。これらの変異が導入されたゲノム位置を、コーディング領域(coding sequence, CDS)およびintergenic領域ごとに集計し、40菌株のうち領域ごとに変異が導入されている菌株数の割合を解析した。その結果、40%以上の菌株において変異が導入されていた27領域を同定した。
 変異導入率の高い12領域の周辺遺伝子におけるmRNA発現量を定量的PCRで測定した結果、機能未知のnon-coding small RNA HPnc4160の発現量が、持続感染に伴い大きく低下することを見出した。

HPnc4160の発現量変化機構
 スナネズミ感染分離株では、HPnc4160上流の14nt長のチミジン(T)リピート配列に、2から4塩基長の連続するチミジンが挿入されており、Tリピート長が長くなるとHPnc4160発現量が低下していた。Tリピート数によりHPnc4160発現量が変化することは、遺伝子組換えにより作製したチミジン繰り返し数変異株を用いて確認できた。したがって、ピロリ菌は胃内持続感染の過程で、HPnc4160上流のTリピート数が増大する変異を獲得することで、HPnc4160small RNAの発現を変化させることが示唆された。

HPnc4160標的因子の同定
 多くのsmall RNAは、タンパク質をコードする標的mRNA中の相補配列と特異的に結合することで、標的mRNAの発現を調節する。HPnc4160の標的mRNAを同定するために、ATCC43504野生株のHPnc4160とその相補鎖上のHPnc4170の両方を欠損させたΔhpnc4160/hpnc4170株と野生株の網羅的mRNA比較発現解析を行った結果、P値が0.01より低い値を示した32の因子を同定した。
HPnc4160によりmRNA発現量が変動する因子のうち、タンパク質レベルでの発現相違が見られるものを同定する目的で、iTRAQ(Isobaric Tag for Relative and Absolute Quantilation)法を用いたLC-MS/MS解析によるタンパク質網羅的比較定量解析を実施した。その結果、P値が0.01より低いタンパク質上位21因子を同定した。
 これらの結果を統合して、RNA-Seq解析とiTRAQ解析で共にP値が0.01より低い値を示す8因子(CagA、HP0486、hpaA homolog、HELPY_1262、horB、HP0671、hopE、およびHP1227)を同定した。これらの8因子のうち、cagA mRNAおよびCagAタンパク質が、発現量において突出していた。
 標的候補8因子のmRNA発現量は確かにHPnc4160発現量により制御されていることを確認するために、HPnc4160過剰発現株および欠損変異株での各標的候補因子のmRNA発現量を定量的PCRにより測定した結果、各標的候補因子mRNAは、HPnc4160発現量に逆相関していた。

HPnc4160によるCagAmRNA発現制御機構
 HPnc4160による標的候補8因子のmRNA発現制御機構を明らかにするために、ゲルシフトアッセイにより、HPnc4160と各々の5ʼUTRとの結合を確認した結果、7つの遺伝子においては5ʼUTRとHPnc4160の結合が見られたが、cagA遺伝子では両者の結合が確認できなかった。HPnc4160結合予測配列検索の結果、cagA遺伝子においてはCDS中に4カ所の結合予想配列が存在していた。HPnc4160非結合cagA mRNA(cagA mut)との比較検討から、HPnc4160は、cagA mRNAのCDS領域に存在する複数の配列に結合した。さらに、HPnc4160はRNase IIIによる分解を誘導することで、CagAの転写後制御を司ることを明らかにした。

HPnc4160によるCagAの生物学的活性制御
 HPnc4160がcagA mRNAに結合することで、実際にピロリ菌体内でのcagA mRNAおよびタンパク質の発現量が変動するかを確認した。定量的PCRと菌体溶解液のWestern blotの結果、HPnc4160非結合cagAmut発現株のcagA mRNAおよびCagAタンパク質発現量は、野生株より有意に増加しており、hpnc4160/4170株と同程度であった。
 胃上皮細胞株AGSとピロリ菌の共培養により、ピロリ菌は菌体の持つIV型分泌装置を介してCagAタンパク質を宿主細胞内へ注入すると、細胞内CagAの一部はチロシン残基のリン酸化修飾を受けることが知られている。さらに、細胞内CagAは、宿主細胞に、運動能亢進によるスキャッタリング(ハミングバード)表現形の誘導と、インターロイキン8(IL-8)産生誘導を促す。各種遺伝子変異ピロリ菌感染AGS細胞溶解液のWestern blotの結果、HPnc4160非結合cagAmut発現株ではCagA量増大に伴い、チロシンリン酸化CagA量も増大していた。また、cagA mut株感染では、野生株感染に比べ、著しく伸展したスキャッタリング(ハミングバード)表現形を示す細胞が多く観察され、IL-8産生も高値を示した。
 以上の結果から、HPnc4160とcagA mRNAの結合は、菌体が分泌する機能的CagAタンパク質量の制御に重要であることが示唆された。

 本研究の結果により、これまで胃がん発症に最も重要な病原因子であると考えられていたピロリ菌CagAの転写後翻訳制御に重要な、新規non-coding small RNA HPnc4160を見出した。ピロリ菌などの原核生物は真核生物よりも少ない遺伝子で周囲の環境に適応しなければならないことから、タンパク質発現量を変化させるsmall RNAの転写後翻訳制御は細菌にとって重要なメカニズムであることが考えられた。HPnc4160はCagAをはじめとする複数の病原性遺伝子発現を制御していることから、変化し続ける胃内環境で長期持続感染を維持するために重要な役割を担っていることが示唆された。本研究は、複雑なピロリ菌持続感染機構の解明にとどまらず、抗生物質に頼らないピロリ菌特異的治療法への応用展開も期待できる。

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