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大学・研究所にある論文を検索できる 「Saccharomyces cerevisiaeにおけるTTC染色機構に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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Saccharomyces cerevisiaeにおけるTTC染色機構に関する研究

田中 純平 東京農業大学

2021.09.22

概要

2,3,5-Triphenyltetrazoliumchloride (TTC)は無色の化合物であり,還元されることで赤色を呈する 1,3,5-triphenylformazan(TPF)に変化する。この性質を用いて生体活性を測定する方法を TTC 染色試験といい様々な分野において用いられている。醸造分野においては清酒醸造に適した清酒酵母は TTC 染色性を示す一方,野生酵母は TTC 染色性を示さないことが知られており清酒醸造好適酵母の選別や醪中の清酒酵母の識別等に用いられてきた必要不可欠な手法の一つである。

TTC を還元する酵素は Chlamydomonas 属ではミトコンドリアの電子伝達系における NADH デヒドロゲナーゼ(Complex I),ラットではシトクロム c オキシダーゼ(Complex IV)において還元されることが報告されている。一方,酵母 Saccharomyces cerevisiae においては呼吸欠損株において TTC 還元能を失うことから電子伝達系が関与していることが示唆されているものの,電子伝達系のどの酵素が TTC を還元しているのか明らかにされていない。そのため TTC 染色性が酵母のどの様な性質を反映しているのか,TTC 染色性と発酵産物にどのような関係性があるのかも不明である。そこで本研究では,S. cerevisiae において TTC還元を担う酵素を特定するとともに,TTC 染色性と醸造特性の関係を解明することを目的とした。

1. 実験室酵母を用いた TTC 還元部位の特定
TTC が他生物において電子伝達系で還元されるという報告や酵母において呼吸欠損株の TTC 染色性が低下するという報告から,酵母においても電子伝達系で TTC が還元されると推測し電子伝達系に関与する遺伝子の破壊株を用いて TTC 染色試験に供することでTTC を還元する酵素の特定を試みた。親株として一倍体の実験室酵母 BY4741 を用い,栄養要求性マーカー遺伝子の相同組み換えにより遺伝子破壊を行った。初めに NADH デヒドロゲナーゼ(Complex I に相当)をコードする遺伝子 NDI1 を破壊する際,マーカー遺伝子に LEU2を用いた破壊株では TTC 染色性が親株と同程度であったのに対し,マーカー遺伝子として URA3 を用いた株では驚くべきことに TTC 染色性が上昇した。さらに,培養する際の培地へのウラシル添加によっても LEU2 をマーカー遺伝子として用いた NDI1 破壊株は TTC 染色性が向上した。また,同様に電子伝達系においてユビキノンに電子を供給する酵素をコードする遺伝子群 NDE1,NDE2,GUT2,DLD1,CYB2 について URA3 をマーカー遺伝子とした破壊株においても TTC 染色性が向上した。この様にユビキノンに電子を供給する遺伝子の破壊株において,URA3 が相補されウラシル代謝が正常であれば TTC 染色性が向上したことから,これらの酵素は TTC 還元に直接関与しないことが示唆された。また,URA3 が相補された二倍体実験室酵母 BY4743U も URA3 を有さない株と比較し TTC 染色性が向上し,ウラシル代謝が正常であることが TTC 染色に重要であることも明らかとなった。

電子伝達系における TTC 還元に関与する酵素を包括的に解明するため,BY4741 を親株としカナマイシン耐性遺伝子を用いて構築された電子伝達系に関する遺伝子破壊株をウラシル添加培地にて培養し TTC 染色試験に供した。電子伝達系において上流に位置する NADHデヒドロゲナーゼをコードする NDI1,NDE1,NDE2 やコハク酸デヒドロゲナーゼ(Complex II)をコードする SDH1 といったユビキノンに電子を供給する酵素をコードする遺伝子群の破壊株において TTC 染色性は低下しなかった。一方,ユビキノンより下流に位置するユビキノール-シトクロムc オキシドレダクターゼ(Complex III)をコードする COR1,QCR7, RIP1,シトクロム c オキシダーゼ(Complex IV)をコードする COX4,COX7,COX9,さらに Complex III の一部でありシトクロム c オキシダーゼへ電子を受け渡すシトクロム c をコードする CYC1 の破壊株において TTC 染色性が低下した。このことから,酵母において TTCを還元する部位は電子伝達系のユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼあるいはシトクロム c オキシダーゼであることが示唆された。ユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼやシトクロム c オキシダーゼに関与する遺伝子 COR1,COX4,CYC1 を URA3が相補され TTC 染色性が向上した BY4741U を親株として改めて破壊し TTC 染色試験に供したところ,カナマイシン耐性遺伝子を用いて取得された遺伝子破壊株と同様に TTC 染色性が低下した。これらのことから,酵母において TTC はユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼあるいはシトクロム c オキシダーゼにより還元されることが示唆された。

ユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼ(Complex III)とシトクロム c オキシダーゼ(Complex IV)は Super Complex を形成することが報告されており,一方の遺伝子破壊により他方の活性に影響を与えるため遺伝子破壊株の TTC 染色試験ではユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼとシトクロム c オキシダーゼのどちらが TTC を還元しているか特定することは難しかった。そこで,どちらの酵素が TTC を還元しているか解明するため,ユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼとシトクロム c オキシダーゼの酵素活性および TTC 還元活性を測定した。酵素活性測定のため BY4741U を親株とした COR1,COX4 破壊株のミトコンドリアの取得を試みたが,グリセロールを炭素源とした培地での呼吸条件での培養において,COR1 と COX4 破壊株はどちらもほとんど生育せず,ミトコンドリア量も酵素活性の測定に必要な十分量を確保することが出来なかった。そこで,酵素活性の測定には BY4741U のミトコンドリアを用い,ユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼとシトクロム c オキシダーゼの阻害剤である Antimycin A,KCN をそれぞれ用いることで,各酵素をコードする遺伝子が破壊された状態を疑似的に再現した。

ユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼの酵素活性は,Antimycin A の添加により 12.9 ± 1.9 U/mg から 0.4 ± 0.2 U/mg へと低下した。また,ユビキノールを電子供与体とした TTC 還元活性も同様に Antimycin A の添加により 90.8 ± 8.5 U/mg から未検出へと減少した。一方,シトクロム c オキシダーゼの酵素活性は,KCN の添加により 26.0 ± 0.2 U/mg から 0.9 ± 0.2 U/mg へと低下するのに対して,還元型シトクロム c を電子供与体とした TTC 還元活性は KCN の添加に関わらず検出されなかった。これらのことから,TTC を直接的に還元しているのはユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼであることが示唆された。さらに,ユビキノールを電子供与体とした TTC 還元活性測定の際に KCN を添加すると TTC 還元活性が 164.0 ± 13.2 U/mg へと 1.8 倍に増加した。これは KCN によりシトクロムc オキシダーゼ活性が阻害されることで本来シトクロムc オキシダーゼに向かう電子がユビキノール-シトクロムc オキシドレダクターゼによって TTC により受け渡されるようになり TTC 還元活性が上昇したと考えられ,ユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼが TTC を直接還元することが強く示唆された。

2. TTC 染色性の異なる株の代謝解析
TTC 染色性に関与する遺伝子がどのように発酵特性に関与しているかは不明であり,TTC染色性が酵母のどのような性質を示しているのかは明確にされていない。そこで,TTC 染色性を示す BY4741U, TTC 染色性を示さない BY4741 , BY4741U の COR1 破壊株
(BY4741UΔcor1),COX4 破壊株(BY4741UΔcox4)の 10%グルコースを含有する YM 培地での増殖能や代謝産物を比較することで TTC 染色性と発酵特性の関係を解明することを試みた。その結果,BY4741UΔcor1 と BY4741UΔcox4 は増殖能,グルコース消費量,エタノール生成量,有機酸生成量において親株 BY4741U と同等であったのに対して,ura3 欠損株である BY4741 は親株である BY4741U と比較して培養 48 時間で増殖能は 47.4%,グルコース消費量は 49.5%,エタノール生成量は 38.8%に低下しコハク酸の生成量は 395.3 mg/L と 3.8倍に増加していた。

一方,産業的には二倍体酵母が用いられることが一般的であるため,二倍体実験室酵母BY4743 を用いて同様に分析を行った。BY4741UΔcor1 と BY4741UΔcox においては発酵能に変化が見られなかったのに対し,ura3 欠損株では発酵能や代謝産物に変化が見られたことから,ura3 欠損株の発酵能や代謝産物を測定したところ,一倍体と同様に URA3 相補株と異なる性質を示した。そこで,さらに詳しい代謝物質を測定し,URA3 相補により TTC 染色性が回復した原因を解明するため,培養 9 時間目の ura3 欠損株 BY4743 と URA3 相補株 BY4743U に関してメタボローム解析を行った。その結果,BY4743U では BY4743 と比較して URA3 がコードするオロチジン 5'-一リン酸デカルボキシラーゼの活性が回復し,ピリミジン系の核酸が増加していることが確認された。また,BY4743U は BY4743 と比較してミトコンドリアの TCA 回路に属するクエン酸,2-オキソグルタル酸,リンゴ酸が,それぞれ
2.0 倍,4.1 倍,7.4 倍に増加しており,ミトコンドリアのアルギニン代謝における中間物質である N-アセチルグルタミン酸や N-アセチルオルニチンもそれぞれ 3.5 倍,10.6 倍に増加し,さらにミトコンドリアに局在していることが報告されているミリスチン酸も未検出から増加していた。これらミトコンドリアに関与する代謝物質量が増加していたことから,URA3の相補によりピリミジン塩基代謝が回復することでミトコンドリア全体の機能が活性化し,電子伝達系における TTC 還元活性も上昇したと考えられる。このように,TTC 染色性は酵母においてミトコンドリアの完全性を示し,TTC 染色性を示さない株の中にも COR1,COX4破壊株や URA3 破壊株のようにミトコンドリアの機能が低下した原因によって様々な性質を持つ株が存在することが示唆された。

3. 一倍体清酒酵母及びその接合により取得した二倍体株による清酒醸造
これまで実験室酵母を親株として TTC 染色性に影響を与える遺伝子とTTC 染色性の異なる株の発酵能を明らかにしてきた。しかしながら清酒醸造に用いられる清酒酵母は実験室酵母とは遺伝的背景が異なり諸性質も異なるため TTC 染色性と清酒醸造特性の関係を明らかにするためには清酒酵母を親株として TTC 染色性を示さない遺伝子破壊株を取得し清酒を仕込む必要がある。また,一般的な清酒酵母は二倍体であるため遺伝子破壊の作業は困難を伴う。そこで,先の研究で取得された清酒酵母 K701 の一倍体株について清酒小仕込み試験を行い親株の二倍体清酒酵母に近い性質を示し遺伝子破壊の親株として用いる株を選抜した。一倍体清酒酵母に関し,清酒小仕込み試験を行い,アルコール量,グルコース濃度,日本酒度,酸度,アミノ酸度,有機酸,香気成分を分析したところ,MAT a 型では K701-H12が,MAT alpha 型では K701-H3 が親株である K701 に近い性質を示した。さらに,各一倍体を特徴づけている遺伝子変異を特定するため全ゲノム解析を行い,SNPs と染色体数を解析したところ,K701-H12 と K701-H3 において清酒醸造に影響を与えると考えられる SNPs は存在せず,染色体は K701-H3 の VII 番染色体の前半を除いて重複していなかった。そのため,VII 番染色体に存在する遺伝子を除いて,これらの株を遺伝子破壊株の親株に用いることとした。

4. TTC 染色性低下清酒酵母の清酒醸造特性
清酒酵母 K701-H3 を親株として TTC 染色性に影響を与える遺伝子 URA3,COR1 の破壊株を取得し清酒醸造を行うことで TTC 染色性と清酒醸造の関係性の解明を試みた。COR1破壊株ではエタノール発酵能は親株と同等であったが,コハク酸量が 488.4 mg/L と親株と比較して 73%に減少していた。一方,URA3 破壊株では親株と比較してエタノール発酵が遅延し,留後 20 日目でアルコール度数 15.4%と親株と比較して 94.3%に低下した。また清酒のリンゴ酸が449.5 mg/L と5.0 倍に,フマル酸が未検出から269.4 mg/L に,コハク酸が1237.0 mg/L と 1.9 倍に増加した。このように,TTC 染色性を示さない株でも清酒醸造に用いるとミトコンドリア機能が低下した原因によって異なる酒質を与えることが明らかとなり,TTC染色性を示さない酵母を用いることで主にミトコンドリアにおいて生産される有機酸の組成が変化した新たなる呈味を有する清酒の醸造が可能である可能性が示された。

5. 総括
本研究では以上のように酵母における TTC 染色に関与する酵素を特定し,それらの破壊株で清酒を仕込むことで TTC 染色性と清酒醸造の関係を解明することを試みた。初めに遺伝子破壊と酵素活性測定により,これまで未解明であった TTC を還元する部位が電子伝達系のユビキノール-シトクロム c オキシドレダクターゼであることを明らかにした。また, URA3 の破壊によっても TTC 染色性が低下することを発見した。そこで,一倍体清酒酵母においてこれら遺伝子を破壊し,清酒を仕込んだ結果,同様に TTC 染色性を示さない URA3, COR1 破壊株において,それぞれ発酵能や有機酸量の変化等の異なる性質を示し,TTC 染色性が等しい株でも様々な性質を持つこと,また TTC 染色性を示さない株でも清酒醸造が可能であり,有機酸量等,新しい酒質をもたらす清酒酵母の育種が可能であることが明らかとなった。

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