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大学・研究所にある論文を検索できる 「全ゲノム情報を活用した家畜由来Salmonella enterica serovar Typhimurium及びその非定型株の分子疫学研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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全ゲノム情報を活用した家畜由来Salmonella enterica serovar Typhimurium及びその非定型株の分子疫学研究

新井 暢夫 大阪府立大学 DOI:info:doi/10.24729/00016940

2020.06.24

概要

緒言
 家畜のサルモネラ症は酪農や肉牛生産、養豚における最も被害の大きい損耗要因の一つである。Salmonella属菌は菌体(O)抗原及び2つの鞭毛(H)抗原の組み合わせにより、現在、2,600以上の血清型が報告されている。このうち、牛からは4,[5],12:i:1,2という抗原構造を有するS. Typhimurium(ST)が高頻度に分離される。1980年代まではSTによる牛のサルモネラ症の多くは子牛の下痢症であったが、1990年代には成牛のサルモネラ症が全国的に多発した。所属する研究グループでは、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)等による解析から、1990年代に流行した成牛のサルモネラ症に関与したPFGE型(PFGEI型)を特定し、さらに2000年代には最優勢PFGE型が多剤耐性化の進行したPFGEVII型に置き換わったことを明らかにした。一方で、これらPFGE型の系統関係は不明であった。すなわち、これまでに観察されたPFGE型の変遷が小進化に基づくのか、播種に基づくのか明らかにされていない。
 また、農林水産省の統計によれば、近年、家畜サルモネラ症の届出数は減少傾向にある一方で、STが発現できる2相H抗原を発現できない、4,[5],12:i:-という抗原構造を有する単相変異型(非定型)STの分離頻度が上昇している。世界的には特に欧州諸国で、非定型STの特定の系統に汚染された豚肉や、その加工品を介したヒトの集団食中毒事例が増加している。しかし、我が国の家畜から分離される非定型STについて、過去に国内で分離されたSTや欧州で流行中の非定型STとの遺伝的関連は明らかにされていない。そこで本研究では、国内外で分離されたST及び非定型STの全ゲノム系統解析を行い、近年の優勢系統を特定するとともに、当該系統の流行の背景を明らかにすることを目的として分子遺伝学的解析を行った。

第1章:我が国で分離されたS.Typhimurium及びその非定型株のゲノム系統解析
 本章では、過去40年間に我が国で分離されたST及び非定型STの遺伝的系統を明らかにし、近年の優勢系統を特定することを目的とした。
 1980年~2014年に30都道府県で分離された家畜、野生動物、ヒト臨床検体、環境材料由来95株に加え、欧州を代表してイタリアにおける家畜等由来24株の計119株について全ゲノム塩基配列解析を実施した。各菌株のコアゲノムから抽出した一塩基多型(SNP)を連結した仮想配列を用いて最尤法により分子系統樹を作成した。また、塩基配列情報を利用して、multilocus sequence typing(MLST)を行うとともに、薬剤耐性遺伝子、及び欧州で流行中の非定型ST系統が特異的に保有する遺伝因子の検索を行った。さらにディスク法による薬剤感受性試験を実施した。これらの解析結果を総合し、互いに区別すべきクレードを決定した。続いて、各クレードを遺伝子型とし、各遺伝子型固有のSNPを検出するためのallelespecific-PCR(AS-PCR)系を構築した。本法の妥当性は過去にPFGE及びmultilocus variable-number tandem repeat analysis(MLVA)による解析を行なった545株を用いて確認した。1976年~2017年に国内の牛と豚から分離されたSTと非定型STを本法で型別し、過去40年間の遺伝子型の変遷を解析した。
 全ゲノム系統解析の結果、119株は9つのクレードに区分され、過去に主要なPFGE型であったPFGEI型とVII型は、それぞれ異なる1つのクレードに集約され、系統的に離れた位置関係にあることがわかった。非定型STは3つのクレードに集約された。すなわち、鞭毛相変異に関与する遺伝子の点変異により単相化したクレード4、PFGEVII型と系統的に近いクレード8、そしてMLSTによってsequencetype34と型別された菌株で構成されるクレード9である。さらに、クレード9は染色体上にSGI3を有し、薬剤耐性遺伝子が近接して存在する複合トランスポゾン(Tn)を保有していた。クレード9の各株は、これらの遺伝子に対応する4薬剤(アンピシリン、ストレプトマイシン、サルファ剤、テトラサイクリン;ASSuT)を基本とする薬剤耐性パターンを示した。以上の特徴は、欧州で流行中の非定型STと類似しており、欧州型非定型STが我が国の牛と豚に分布していることが示唆された。
 AS-PCRによるSNP遺伝子型別の結果、1990年代の株は成牛型サルモネラ症の原因となったファージ型DT104で構成されるSNP1型、2000年代の株は非DT104多剤耐性STで構成されるSNP7型が最優勢であり、過去に明らかにしたPFGE型の変遷と相関した。そして2012年から2017年にかけて分離された株は欧州型非定型STに相当するSNP9型が最優勢であった。
 以上の結果より、2000年代に観察されたPFGEI型からVII型への変遷は、国内におけるSTの小進化ではなく、異なる系統の播種に基づくものと推察された。さらに、近年の我が国における非定型STによる家畜サルモネラ症の顕在化が、欧州型非定型STの世界流行の一部である可能性を示唆した。

第2章:SNP9型S. Typhimuriumとその非定型株の小進化
 本章では、時系列系統解析とSNP9型菌がこれまでに獲得あるいは欠失した遺伝因子を特定することで、本遺伝子型流行の背景の一端を明らかにすることを目的とした。
 1998年から2017年の間に分離されたSNP9型株、合計230株の全ゲノム情報を解析に供した。内訳は国内で分離されたST2株と非定型ST212株、イタリアで分離されたST2株と非定型ST11株、オーストラリアと中国で分離され、公共データベースに登録されている欧州型非定型ST3株である。国内で分離された200株について、本章で新たに全ゲノム塩基配列解析を行い、230株の全ゲノム情報を得た。さらに国内分離株のうち、20株の完全長ゲノムを決定した。230株のコアゲノムから抽出したSNPを連結した仮想塩基配列を用いて、ベイズ法に基づく時系列系統解析を行った。また、全ゲノム情報を用いて保有するプラスミドや薬剤耐性遺伝子を検索するとともに薬剤感受性を確認した。
 時系列系統解析の結果、1998年に分離されたSTのL-4126株とL-4127株は、系統樹の根元に位置し、SNP9型非定型STの祖先株である可能性が示唆された。L-4126株では、SNP9型を特徴づけるTnが染色体上の2相鞭毛抗原遺伝子(fljB)の近傍に存在していた。これら2株からSNP9型非定型STの株への分岐は1990年頃に生じたと推定された。続いて、比較的大きな分岐が2000年頃に生じていることが推定された。この分岐の先には、2012年以降に分離された菌株が集簇していた。この分岐を基準に、サブクレード1及びサブクレード2に区分した。
 完全長ゲノムの比較によって、サブクレード1よりサブクレード2の染色体サイズは、最大で126kbp小さくなっていることがわかった。サブクレード1の非定型STでは、Tn由来IS26の分子内転移によりfljBを欠失したと考えられた。サブクレード2では、サブクレード1よりfljB周辺の欠失範囲が拡大するとともに、複数のプロファージの欠失が認められた。fljB周辺の欠失領域には、グルコースの取り込みと代謝への関与が予測される遺伝子が含まれていた。
 このように染色体サイズが減少する一方、両クレードにおいて複数の薬剤耐性遺伝子を搭載したプラスミドの獲得が認められた。特に、クロラムフェニコールとST合剤への耐性を示す菌株が、2014年以前は5.3%であったのに対して、2015年以降は35%となっていた。薬剤耐性遺伝子周辺の塩基配列解析から、両薬剤に対する耐性遺伝子はプラスミド上に存在することが示唆された。
 以上の結果より、我が国のSNP9型内で2000年頃に染色体サイズの縮小を伴う小進化が生じており、これによりフィットネスコストが低減している可能性が考えられた。さらにSNP9型は、近年では多剤耐性化が進行していることが明らかとなり、本遺伝子型の顕在化の一因である可能性が考えられた。

第3章:SNP9型が保有するSalmonellagenomicisland3の機能解析
 本章では、Salmonella genomic island 3(SGI3)の機能、特に伝達性と宿主細菌の重金属抵抗性へ与える影響を明らかにすることを目的とした。
まず、塩基配列情報を基にSGI3内部及び周辺領域の構造を解析した。さらに、供与菌としてL-3841株を、受容菌としてSGI3を保有しないSTと非定型ST(SNP1型~SNP8型)、加えてST以外の9つの血清型から各1株を選び、合計17株を用いてフィルター法による伝達試験を行うとともに、SGI3の挿入部位の特定を試みた。
 SGI3内部遺伝子の機能予測の結果、銅抵抗性への関与が予測される2つの遺伝子領域(cus領域、pco領域)とヒ素化合物抵抗性に関与するars領域が存在していた。その他、インテグラーゼとIV型分泌装置を規定するtra遺伝子群が存在し、SGI3の両端には55bpの繰り返し配列が認められた。これらの特徴から、SGI3が可動性遺伝因子の一つであるintegrative and conjugative element(ICE)である可能性が示唆された。
 伝達試験の結果、受容菌として用いた全てのSTと非定型ST、及びST以外の5つの血清型からトランスコンジュガント(TC)が得られ、伝達頻度は供与菌あたり10-9~10-4であった。SGI3の挿入部位を明らかにする目的でPCRと増幅産物の塩基配列解析、サザンハイブリダイゼーション解析を行ったところ、SGI3は染色体上のtRNAを規定するpheVあるいはpheRの3’末端領域に組み込まれていた。各伝達株は好気条件下でのヒ酸水素二ナトリウム及び嫌気条件下での硫酸銅に対する最小発育阻止濃度(MIC)が親株と比較して、それぞれ128倍以上及び4~6倍高かった。L-3841株とSGI3を伝達させたLT2TC株を親株として、SGI3、cus領域、pco領域の欠失変異株を作製し、硫酸銅に対するMICを比較したところ、cus領域欠失変異株とSGI3欠失変異株の硫酸銅に対するMICが、受容菌であるLT2株と同程度まで低下した。続いて、硫酸銅濃度を0、150、500ppmに調製した飼料を給餌したマウスを用いたSGI3保有株と非保有株の競合試験を行った。菌投与2、4、7日後の糞便における両株の割合を、0ppmと他の2濃度で比較したところ、硫酸銅存在下においてSGI3保有株であるL-3841NA株とSL1344TCNA株の割合が、SGI3非保有株であるL-3841ΔSGI3株とSL1344株よりそれぞれ大きい傾向にあり、一部の検体間で統計的に有意な差が認められた。
 以上の結果より、SGI3は遺伝子型の異なるST及びST以外の一部の血清型に伝達し得るICEであり、受容菌の重金属抵抗性を増強すること、加えて銅抵抗性にはcus領域が寄与することが明らかとなった。さらにSGI3は硫酸銅存在下におけるマウス腸管内でのサルモネラの定着性を増強することが示唆された。

総括
1. 全ゲノム系統解析によって、過去の流行PFGE型の系統関係と我が国に分布する非定型STの遺伝的背景が明らかとなった。また、欧州型非定型STに相当するSNP9型が我が国に分布していることを明らかにした。AS-PCRによる新規遺伝子型別法の構築と適用によって、我が国の過去40年間の遺伝子型の変遷と近年の最優勢系統(SNP9型)を特定した。
2. SNP9型内に2つのサブクレードが存在することを明らかにした。近年では薬剤耐性遺伝子を搭載したプラスミドの獲得により、SNP9型株の多剤耐性化が進行していた。さらに、サブクレード間でfljB周辺領域の欠失範囲が異なることを明らかにした。
3. SNP9型に広く分布するSGI3について、構造解析及び伝達試験から、本因子が自己伝達能を有する機能的なICEであることを明らかにした。また、伝達株及び欠失変異株を用いた実験から、SGI3がサルモネラ属菌の重金属抵抗性を増強することを明らかにした。

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