自動運転社会を見据えた道路空間再配分の課題に関する研究
概要
戦後の道路整備や高速自動車国道の整備をはじめとする道路政策は,我が国の高度成長期を支え今日の豊かな生活・産業を形成する基盤となった.一方で,過度な自動車依存の社会を形成し、道路渋滞や交通事故,環境問題などの弊害を引き起こした.そこで近年では良好な道路環境の形成や安全かつ円滑な通行の確保を図るなど,これまでの自動車中心の道路利用から「人中心の道路利用」に資する道路政策への転換が図られている.特に道路空間の使われ方を見直し、新たな価値創造を図る道路空間再配分が実践されてきた.
また,ビッグデータやAI,自動運転技術やその他の新技術の利活用によって道路空間の変革が始まっている.特に自動運転車は,高度な自動運転技術により効率性,安全性,快適性など様々な面で優れており,早期の社会実装が世界各地で進められている.我が国では2017年から自動運転車の社会実装が都市に与える影響や,都市交通や交通結節点のあり方についての検討が行われている.また自動運転車の導入により車道の縮減や,路外・路上の駐車スペースを削減できることが示され,これまでの既存の道路空間を再構築し,新しく利便性の高い空間としての利活用が模索されている.
このように市街地の道路空間では,現状だけでなく将来の自動運転車の社会実装時にも道路空間再配分の検討が必要である.しかし,近未来の道路空間において道路空間再配分を図る際,新たなテクノロジーである自動運転技術が道路空間,ひいては交通体系そのものに与える影響は未知数である.特に,都市部での自動運転車(レベル4以上)の導入は個別移動の増加を招き,道路上での停車需要が増えることから渋滞を引き起こす可能性も指摘されている.そうしたなか,どのような道路環境であれば自動運転車に安全に乗降できるのか,またその場合にどのような設計が適切か,といった検討が不十分である.そのため自動運転車の社会実装にあたって,道路空間における自動車と人の空間の配分について詳細に検討し,普及前に適切な道路設計を行うことが不可欠である.
以上より本論文は,今後の道路政策に資する人中心の道路空間再配分と,自動運転車の導入による道路交通への影響の双方の視点から,自動運転社会を見据えた道路空間再配分における課題を明確にすることを目的としている.また本論文は,今後の道路政策を検討する際に,これまで不十分であった,自動運転社会における路肩(カーブサイド)を議論するうえでも重要な意義を持っている.
本論文は,以下に示す7章より構成されている.
第1章は序章であり,本研究の背景,目的を述べたうえで,道路空間再配分に関する既往研究と自動運転システムに関する既往研究の整理を行った.既往研究の整理を通じ,道路空間再配分の現行の取組について体系的にまとめた研究や自動運転社会を見据えた道路空間の検討を行う研究は少なく,自動運転車の路上での乗降を想定し,また道路空間再配分を行った際の影響について分析した研究が不十分であることを確認した.
第2章では,我が国の道路政策の変遷と自動運転システムに係る取組の動向を明らかにした.道路空間再配分に係る道路政策と現状の取組動向より,自動車の空間を減らして別の用途に空間転用を行い,道路及び沿道の新たな価値向上が目指されていることや,自動運転車の社会実装により道路空間の再構築が必要となることを示した.
第3章では,実際に交通社会実験が行われた道路空間再配分の事例を対象に,実験に関わった自治体へアンケート調査等を実施し,取組の分類及び実態の把握と課題について体系的に整理している.調査結果より,社会実験を通じて車道部に自動車以外の専用空間を設ける取組が実現した事例は少なく,取組の実現に向けた課題には合意形成や維持管理の問題,交通処理の問題や路上駐停車の問題,法制度や便益評価の問題などが挙げられた.特に合意形成と交通処理の問題が道路空間再配分の取組の不調に直結していることを明らかにした.
第4章では,現状のタクシー利用時に道路交通法違反となる乗降に着目し,都内で流しの営業を行うタクシードライバーへのヒアリング調査と実際の路上での乗降位置を記録した.その結果,道路交通法違反となる場所での乗降に関して,タクシー利用者の要望に応えるために,特に交差点での乗降が頻繁に行っていることを示した.また,実際の道路上でのタクシーの乗降位置を動画撮影したところ,9割近い乗降が道路交通法違反となり,特に交差点付近での乗降が7割弱を占めた.現状のタクシー利用は道路交通法違反が多くみられるが,本研究で仮定するロボットタクシーは法遵守が条件となるため,道路上での乗降を行うことが出来ないケースが頻出する可能性がある.
第5章では,自動運転車の乗降環境に着目し,路肩空間の整備状況が道路交通環境に与える影響について、仮想の単路部でミクロ交通流シミュレーションにより交通流再現を行った.結果より,路肩空間にバスストップや停車帯を設けた場合に比べ,停車帯のない路上駐車型では,停車頻度が高まると旅行速度の大幅な低下と遅れ時間の増大が確認できた.また現状の停車帯付きの道路空間を対象に,乗降場の長さを変えて分析すると,乗降可能な区間が長いと旅行速度は低下し,停車頻度の増加により遅れ時間が増大することが示された.なお,有人運転と無人運転の単路での乗降については,自動運転技術の精度による影響よりも乗降場の形態や長さによる影響のほうが大きいことを確認した.
第6章では分析対象エリアを広げ、異なる道路種別の道路と接続する道路パターンでの検証を行った.分析結果より,右左折車両が多い第1級道路と接続する場合,特に乗降場から見て上流部側に第1級道路と接続する場合は乗降空間を設置した道路の旅行速度が大きく低下することを明らかにした.なお,接続道路の組合せの多くは,一定の円滑性を保つため実際に停車できる車両は停車需要の約5割程度に留まる可能性を示した.その上で,分析結果を踏まえて市街地の道路上での自動運転車の乗降制限の概念を図示した.
第7章では,第6章までの成果を踏まえ,今後の道路空間再配分の課題について提示した.本研究で明らかにした現状の道路空間再配分の課題と,交通シミュレーションを通じて定量的に示した自動運転社会下での課題を踏まえ,自動運転社会を見据えた道路空間再配分の課題を整理した.その結果,自動運転社会下で道路空間再配分を行う場合,道路上の乗降需要を考慮した適切な道路設計が必要となることを示した.そして,道路上での乗降需要と荷捌き等の道路利活用の需要,交通円滑性の3者のバランスを考慮することが自動運転社会における道路空間再配分の新たな課題であることを明らかにした.また本研究で示した今後の道路空間再配分の課題を踏まえ,実際の道路整備の留意事項として,公共交通・荷捌き・自転車・歩行者のそれぞれの視点から本研究の活用方法を述べた.最後に,得られた知見と今後の展望を整理した.
以上に述べたように,本論文は今後の道路空間再配分の課題として,現状の取組動向の把握と自動運転車が道路交通に与える影響を定量的に評価し,乗降需要の観点から道路整備を行うことの重要性を示している.また,分析結果から,これまで不明瞭であった市街地での自動運転車の利用方法について,道路円滑性と乗降需要の観点から適正な道路上の乗降場所の提案を行っている点に特色がある.
今後の課題として,第一に,荷捌きにかかる時間を考慮した貨物車の停車時間や,歩行者の横断,自転車の走行を再現し,乗降需要による速度低下の影響を多角度的に評価することが挙げられる.また,特に交差点部での乗降については安全性の観点から評価し乗降について検討することも重要である.第二に,本研究で提案した路外への乗降空間の再配分や端末物流施策などについて,実際の市街地の地域特性を考慮した検討を行うことが挙げられる.別途シミュレーションを通じ実現可能性について検討し,分析結果を踏まえて市街地の地域特性別に道路空間再配分のあり方を検討することが望ましい.第三に,道路設計の際に課題となる合意形成について,多様な道路空間の利用需要を把握し多者間の利害調整を行う手法を確立することが挙げられる.具体的には,定量的なデータに基づき政策提言を行い,道路空間の利用配分について適切に調整を図ることが求められる.