Studies of exoplanets with high resolution spectroscopy
概要
論文審査の結果の要旨
氏名
石塚
将斗
本論文は、系外惑星系のホットジュピターについて、その大気中にある重元素原子・分
子の存在を、大気透過光の可視高分散分光により調べたものである。
本論文は 5 章からなり、第 1 章は序章である。系外惑星系の理解は天文学における最重
要課題の一つである。既に 4000 個以上の系外惑星が検出され、その軌道要素等から多様
な性質が明らかにされつつある。一方で、系外惑星の大気の観測は技術的に難しく、大気
の物理・化学的特徴の解明は進んでいない。大気の分光観測に適しているのが、ホットジ
ュピター、なかでも昼面の温度が約 2000 K を超えるウルトラ・ホットジュピター(UHJ)
である。UHJ は高温のため大気が上空まで広がり、さらに雲の形成によって原子・分子ガ
スの検出が妨げられることがない。また従来の大気分光の多くは近赤外線で波長分解能の
低い観測で行われているが、大気構造の議論に重要となる原子・分子種は可視域にも存在
し、高分解能観測も可能である。そこで本研究では、系外惑星大気の組成・温度構造と、
大気から示唆される惑星形成過程の知見を得ることを目的とし、2 個の UHJ を対象に可視
高分散分光データの解析を行った。
第 2 章は観測と解析方法の説明である。多種の原子・分子の放射を波長方向に分解した
り、惑星や大気の運動を見分けたりするには高分散が必要となる。本研究ではトランジッ
ト中に惑星大気を透過する、背景の主星の光を分光したデータを用いる。得られるスペク
トルでは主星と地球大気の影響が支配的となるが、これらが系統誤差とみなせることを利
用し、主成分分析にもとづくアルゴリズムを用いて系統的成分を取り除く。その上で大気
のモデルスペクトルとの相互相関を計算し、惑星のシグナルを抽出する。
第 3 章には HD 149026b の解析結果がまとめられている。解析にはすばる望遠鏡 High
Dispersion Spectrograph (HDS)で取得されたデータを用いた。装置の安定性に起因する効
果を取り除いた後に 2 章で述べられた解析方法を適用し、中性チタンを 4.4 シグマで検出
した。これは系外惑星大気から中性チタンが検出された初めての例となる。酸化チタンは
未検出であったが、太陽と同じ元素組成であれば有意に検出されるはずであることから、
一つの可能性して炭素と酸素の存在量の比(C/O 比)が太陽よりも高いことが示唆される。
すなわち、C/O 比の大きい原始惑星系円盤の外側で形成された後、軌道が内側へ移動しホ
ットジュピターとなった可能性が指摘される。
第 4 章は WASP-33b の解析結果である。先行研究で酸化チタンの検出が報告されている
が、解析に用いる分子線データ(ラインリスト)の精度が不十分であることや、大気の温
度・圧力分布に非常に敏感な、惑星の熱放射の分光であったことにより、独立した観測で
の確認が必要であった。酸化チタンは UHJ の温度でもガス相で存在し、可視光を吸収し
て大気上層で温度の逆転層を形成すると考えられ、温度構造の議論に重要な分子の一つで
ある。同じくすばる望遠鏡 HDS で得られたデータの解析を行った結果、最新のラインリ
スト 2 種類を用いて、それぞれ 3.5、5.2 シグマで酸化チタンを検出した。熱放射を分光し
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た先行研究を考え合わせ、本研究により、酸化チタンが大気のおよそ 2 桁の圧力範囲にわ
たって広く存在している可能性が明らかになった。
第 5 章は論文全体の議論とまとめである。原子・分子の検出された UHJ が他に数える
ほどしかないため、主星の性質に対する傾向を議論することは難しいが、酸化チタンが低
温の HD 149026b で未検出であることから、大気組成の議論には温度だけでなく元素組成
の多様性も考慮する必要があるだろうと指摘されている。
系外惑星大気の原子・分子からの弱いシグナルを検出するのは容易ではない。加えて、
本研究で用いられている観測装置は惑星大気の分光に特化して開発されたわけではない。
その上で装置の特性を理解し、注意深い解析が行われている点は特筆される。解析手法や
大気モデル構築における仮定の妥当性も可能な限り検証されている。そして数えるほどし
か検出例がない状況でアーカイブデータを活用し、中性チタンの初検出、また酸化チタン
の確認に至り、観測例の増加に貢献したことは学術的に価値が高く、評価できる。さらに
元素組成比から惑星形成場所への示唆を与えるなど、系外惑星分野における重要な問題へ
の示唆を議論した点も評価できる。
なお、本研究は河原創、Stevanus Kristianto Nugroho、川島由依、平野照幸、田村元秀
との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十
分であると判断する。
したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。
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