Studies on introduction of MnO2 into prebleaching stage and mechanism of MnO2 oxidation of lignin model compounds
概要
審
査
の
結
果
の
要
旨
氏
名
SUN Shirong
製紙工場におけるパルプ製造工程では、木材の主要構成成分である多糖類(セルロースお
よびヘミセルロース)およびリグニンのうち、リグニンをなるべく選択的に除去し、セルロ
ースを主成分とするパルプの製造を目的とする。世界中のほとんどのパルプ製造工程では、
その終盤を担う漂白過程の初段として、酸素-アルカリ漂白(酸素脱リグニン)を実施して
いる。しかし、この漂白には、多糖類の分解も激しいという欠点があり、これの解決が急
務となっている。
広く知られているように、二酸化マンガン(MnO2)は、過酸化水素の水と酸素への自己分
解(2 H2O2 → 2 H2O + O2)を触媒するが、その際に、酸素還元種(ラジカルである活性酸素種)
の生成を伴わない。これに基づけば、MnO2 が有機過酸化物の自己分解(2 ROOH → 2 ROH +
O2)も同様に触媒し、その際に、活性酸素種の生成を伴わないことが期待される。上記の酸
素-アルカリ漂白においては、リグニンと酸素との反応で有機過酸化物が生成し、これが
分解する際に活性酸素種の生成を伴うことによって、多糖類の分解が引き起こされる。し
たがって、MnO2 の添加によって、多糖類の分解が抑制されることが期待される。一方、
MnO2 は酸性下では酸化剤として働くため、脱リグニン試薬としての使用も期待される。
これらを背景に申請者は、MnO2 の添加が上記の酸素-アルカリ漂白における課題を解決
するかどうか、酸性下において MnO2 が酸化剤として働いて脱リグニン試薬として機能する
かどうか、およびその酸化における反応機構、に注目した。本論文は、これらに関する実
験の結果および考察を、次の通りにまとめたものである。
第1章では、本研究を進める上で必要となる背景、既往の知見、および研究目的につい
て、詳しく記載している。
第2章では、まず、モデル化合物を酸素-アルカリ漂白条件下での処理に供し、MnO2 の
添加が、炭水化物モデル化合物の分解を強力に抑制することを示している。そして、広葉
樹未漂白パルプの酸素-アルカリ漂白へ MnO2 を添加し、その添加効果を添加しない場合と
比較した結果を、次のように考察している。すなわち、単純添加では特別な効果の発現は
なかったが、これは、MnO2 が繊維内に浸透しなかったことに起因すると推察している。二
価マンガンイオンを繊維内に浸透させた後、アルカリ性下での酸素酸化によって MnO2 を繊
維内で生成させた場合には、脱リグニンに伴って多糖類が非常に激しく分解したが、これ
に基づいて、MnO2 の酸素酸化が十分ではなく、繊維内に三価マンガン関連種等が存在して
いたことを提案している。一方、酸素-アルカリ漂白へ MnO2 を添加するのではなく、この
漂白を途中で終了し、硫酸バッファー中 pH が 2.0 の酸性下における MnO2 酸化漂白に移行
した場合には、多糖類の分解を抑えながら脱リグニンが大きく進行することを明らかにし
ており、これは、紙パルプ業界に対して非常に興味深い知見となっている。
第3章では、MnO2 の一般酸化機構であるベンジル位アルコールのカルボニル基への酸化
が、リグニンの酸化においても主要機構であるのかどうかについて、その詳細な酸化機構
に注目して、検討を行っている。すなわち、芳香核が p-ヒドロキシフェニル(H)核、グアイ
アシル(G)核、シリンギル(S)核、あるいはエチル(E)核で、側鎖アルキル基をもたないベン
ゼン誘導体、C6-C1 型のベンジルアルコール誘導体、およびそのベンジル位における重水素
化化合物を、pH 1.5 の硫酸バッファー中で室温下の MnO2 酸化処理に供し、観測された速度
論的同位体効果も考慮して、i):リグニンモデル化合物ではない E 核をもつ化合物では、上
記一般機構と同様に、ベンジル位アルコールが酸化されること、ii):リグニンモデル化合
物である H 核、G 核、あるいは S 核をもつ化合物では、一般機構とは異なり、初発反応と
して芳香核の酸化も起きること、iii):しかし、前二者ではベンジル位アルコールの酸化生
成物のみが得られること、そして iv):S 核をもつ化合物では、芳香核開裂生成物も得られ
ること、を示している。このように、芳香核の酸化という MnO2 酸化としては一般に知られ
ていない機構を提案しており、非常に興味深い。
第4章では、側鎖が炭素一個分長い C6-C2 型のモデル化合物を第3章と同様の処理に供し、
この相対的に長い側鎖が MnO2 のベンジル位酸化における立体因子を増大させることによ
って、初発反応として芳香核の酸化がより重要となることを示している。
上記条件下におけるベンジル位アルコールの酸化は脱リグニンに寄与しないことから、
第2~4章の結果は、広葉樹のみに存在する S 核をもつリグニン部位だけが脱リグニンさ
れることを示唆する。第5章では、G 核あるいは S 核で構成され β-O-4 結合をもつ C6-C3 型
の二量体モデル化合物を、第3章と同様の処理に供し、G 核をもつ化合物の β-O-4 結合ある
いは炭素-炭素結合が開裂することを明らかにし、G 核をもつリグニン部位も脱リグニンさ
れ得ることを示している。また、側鎖の立体構造が threo 型の化合物の方が、そのジアステ
レオマーである erythro 型の化合物よりも速く分解されたが、これがベンジル位アルコール
の酸化速度の相違で説明できることを示しており、両者の脱リグニンへの寄与には大きな
相違がないことを明らかにしている。
これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一
同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。