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アコヤガイ(Pinctada fucata)の真珠・貝殻の色調関連遺伝子に関する研究

篠原, 幹拓 東京大学 DOI:10.15083/0002001472

2021.09.08

概要

アコヤガイと真珠養殖
アコヤガイPinctada fucataは殻長10cm程度のウグイスガイ目ウグイスガイ科に属する貝であり、真珠を産出する真珠貝としてよく知られる。真珠はその美しさと希少さから古代から人々を魅了してきた。現在でも天然真珠はその形や大きさによっては非常に高価に取り引きされる。また、安定して真珠を得るために、養殖の試みも古く、11世紀の中国で淡水産二枚貝を利用した真珠養殖がすでに行われていたといわれている。また、ヨーロッパでも18世紀以降ではあるが、中国の技法を模して真珠養殖が試されるようになった。(赤松,2000)産業としての真珠養殖技術の確立は日本が最初とされ、1893年に東大三崎臨海実験所箕作佳吉の指導をうけた御木本幸吉が英虞湾神明浦で養殖アコヤガイの半円真珠の生産を成功させた(永井,2008)。

養殖真珠はピースと呼ばれる外套膜の切片を、貝殻を球状に削った核とともにアコヤガイの生殖巣に移植することによって作られ、この作業を挿核と呼ぶ。ピースを提供した貝をピース貝、移植された貝を母貝と呼ぶ。挿核されると、ピースの細胞が細胞分裂により増殖し核を取り囲むようになる。この生殖巣の中の取り囲まれた袋状の組織を真珠袋という。アコヤガイを使った真珠養殖では、挿核する部位は1個体につき2か所存在する。(Figure0-1)下のほうにできるものをフクロ、上のほうにできるものをウカシと呼んでいる。この真珠袋の中で貝殻の成分が分泌され堆積する。

アコヤガイの真珠形成とバイオミネラリゼーション
貝殻は、炭酸カルシウムが貝殻基質タンパク質の作用を受けながら堆積することによって作られ、アコヤガイの貝殻は、表層の殻皮の下に、稜柱層という脆い褐色の部分とその内側の真珠層という真珠光沢を持つ部分からなる。いずれの層も炭酸カルシウム結晶が主成分であるが、稜柱層は炭酸カルシウムがカルサイト結晶をとっており、表面構造を観察すると多角形に区切られた構造が見える。一方真珠層は炭酸カルシウムがアラゴナイト結晶をとっており、表面には指紋のような条線模様が見える(和田,1999)(Zuykov,2012)。貝殻は生物が作る鉱物、いわゆるバイオミネラルであるが、アコヤガイの貝殻は異なる炭酸カルシウム結晶が同一の貝殻に含まれるため、バイオミネラリゼーションの研究分野において興味深いモデル系としても注目されている。貝殻の成分は外套膜から分泌されるが、外套膜は部位によって活性が異なっており、外側(腹側)の部分(膜縁部)は稜柱層を作る活性が強く、中心側(背側)(縁膜部)は真珠層を作る活性が強い(Figure0-2)。真珠養殖の際には、縁膜部の中でも、中心の淡い黄色系の部分と外側の黒から茶褐色の部分の間にある部分を使う(淡路ら,2011)。この部分を使えばよい真珠ができることが経験的に知られているが、科学的な理由は明らかになっていない(青木,1959)。真珠層を作る成分が程よいペース配分で堆積されると、綺麗な真珠ができる。巻きの早さ(真珠層が厚くなる早さ)には季節変動や個体差があるが、期間をかければかけるほど大きくなり、一般的には挿核から2年程度で回収される。

外套膜の縁膜部と膜縁部で発現するタンパク質の組成が異なっており、それらタンパク質の働きの違いによって、稜柱層と真珠層で異なる炭酸カルシウム結晶の構造が形成されると考えられている。そのため、縁膜部と膜縁部で発現する遺伝子の比較等が行われており、多くの真珠層あるいは稜柱層形成関連遺伝子やタンパク質が同定されているが、年々新しい分子の発見が報告され、また稜柱層形成に関連する遺伝子が、真珠層形成にも関係する可能性が示されるなど、真珠形成機構の全貌は未だ解明には遠いのが現状である。

真珠の色調
アコヤガイの他にもシロチョウガイ(Pinctada maxima)、クロチョウガイ(Pinctada margaritifera)、ヒレイケチョウガイ(Hyriopsis schlegelii)など真珠母貝となる貝は存在するが、アコヤガイは真珠養殖に用いられる貝の中でも、質の良い真珠を作る(永井,2008)。その中でさらに日本のアコヤガイは質の高い真珠を作ることができるとされ、高品質の維持は海外産の真珠との差別化を図るうえで必須である。真珠の品質を左右する要素の一つに色調がある。真珠には黒やピンク、赤など様々な色調があるが、アコヤガイの作る真珠では、黄色~白色の色調のバリエーションがあり、黄色度という指標で示される。黄色度は、現在価値が高いとされる花珠(はなだま)と呼ばれるピンク系の干渉色を示す白色系の真珠の生産においては低いほうがよいとされる値である。しかし、黄色度が高い真珠も、個性的な色合いを持ち、色調の多様性を持たせる存在として需要は高い。真珠の黄色度は真珠袋を作るピース貝の貝殻の黄色度に依存し、それは遺伝的に決まっている。例えば、三重県にあるミキモト真珠研究所では黄色系と白色系の真珠を作るアコヤガイの系統が維持されている。しかしながら、黄色度を決める原因物質は判っておらず、関係する遺伝子も同定されていない。こうした遺伝子を同定することができれば、系統維持の簡便化や、真珠の黄色度を管理しより黄色を強めたり弱めたりした真珠を作る技術の開発につながることが期待される。

GWAS(網羅的遺伝子解析)
GWASとは(Genome-Wide Association Study)の略である。近年次世代シーケンサーの進化、またコンピュータの進化により、大量のゲノムデータを低コストで手に入れることができるようになってきている。それまでは、遺伝子解析を行う際、マイクロアレイやポジショナルクローニングなど原因の箇所を絞って確認のために塩基配列が確認される状況だった。しかし、大量のデータを得ることができるようになったため、塩基配列を網羅的に取得しそれを統計的な手法を用いて解析することにより、第一に遺伝子解析により対象にアプローチをし、そこで得られた結果をリアルタイムPCRなどで確認するという方法がとられるようになってきていて今後ますます主流になっていくと考えられる。本研究では、次世代シーケンサーを利用した網羅的な遺伝子解析として、真珠袋RNAのトランスクリプトーム解析と白抜けのアコヤガイのSNP(Single Nucleotide Polymorphism)解析を行った。トランスクリプトーム解析とは、組織で発現しているRNAを回収し、そのcDNAをすべて読み込むことによりその組織で発現しているRNAの種類や量を網羅的に知ることができる実験方法である。SNPとは一塩基多型のことであり、ある形質を持っている集団の1%以上が同じ一塩基の変異を持っているときにSNPとして認められる。このSNPが特にタンパク質のコード配列内にある時、その形質の原因となっていることが考えられる。それ以外の配列に見られたときも、その周辺の遺伝子配列を調べることにより、選抜育種のためのマーカーとして利用することができるため有用である。調べたい表現型を持つ個体とそうではない野生型の個体がもつSNPを網羅的に調べ、それぞれの表現型由来のSNPを統計的に処理し、表現型と関連性が高いSNPを同定するのがSNP解析である。SNP解析はヒトをはじめ多くの生物種で盛んに行われている。ヒトであれば、特に病気とSNPを関連付ける研究が多い。現在ではそのSNP部位をPCRによって簡単に確認することで病気になるリスクを知ることができるサービスも始まっている。ゲノム全体を調べる必要がないため現状でも安価であり、今後発展が見込まれるサービス業である。

遺伝子からアプローチして出された結果は、実際に生体で確認する必要がある。今回トランスクリプトーム解析についてはリアルタイムPCRによって発現量の確認を行った。SNP解析については当該箇所の塩基配列を今後確認していく予定である。

遺伝子導入方法
遺伝子によって生物の性質が決まることが明らかになって以来、どのようにして優秀な遺伝子を作り出すかについて人類は考えてきた。古来は、接ぎ木や掛け合わせにより自然に任せる形で優秀な遺伝子を残させてきたが、近年は遺伝子の配列を詳細に確認し、それを人工的に改編することにより、より良い性質を持つ個体を作り出そうという考えが進んでいる。遺伝子導入方法については、物理的や化学的に組み換えの配列を細胞内に導入し、DNAの修復や増幅の際にランダムに取り込まれることによって導入させる。様々な方法が開発されてきたが、現在ではCRISPR-CAS(clustered regularly interspaced short palindromic repeats / CRISPR associated proteins)システムが主流となっている。これは、特定の配列に結合するガイドRNAとゲノムを切断するCasタンパク質を同時に作用させることによりDNAを切断し、その修復の過程で変異が挿入されることによりノックインやノックダウンを任意の位置に起こすことができるというものである。ガイドRNAと結合できる特定の配列を持つ場所に限られるが、任意の位置に高確率で変異を起こせるという点で今までの遺伝子改変技術とは一線を画しており、革命的であるといえる。このシステムにより遺伝子導入の効率は飛躍的に向上した。シーケンシングの分野では、今は一塩基ごとに塩基配列を読むシーケンサーも出現しているが、将来的には一塩基単位で遺伝子の改編ができるようになるかもしれない。

本論文の構成
以上のような背景のもと、本研究では真珠の黄色化を司る遺伝子を特定することを目指し、一個体の真珠母貝の中で白色の真珠を作った真珠袋と黄色の真珠を作った真珠袋の比較トランスクリプトーム解析を行った。また、突然変異体の白色家系に着目し、白色化の原因となる遺伝子変異を突き止めるべくSNP解析を行った。

この論文で使われている画像

参考文献

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