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大学・研究所にある論文を検索できる 「マングローブ生態系から沿岸海域への溶存鉄供給システム」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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書き出し

マングローブ生態系から沿岸海域への溶存鉄供給システム

檜谷 昂 東京農業大学

2020.05.12

概要

本論文の目的は,熱帯・亜熱帯沿岸に成立するマングローブ生態系が,植物必須栄養の一つで,かつ海水中で不足しがちな鉄の重要な給源であることを,そのメカニズムとともに明らかにすることである。

近年,いわゆる「森が海をそだてる」という文脈の科学的メカニズムの解明が,おもに温帯から冷帯を対象に展開されてきているなか,同様の解明を,熱帯・亜熱帯の陸域から沿岸にかけての地域を対象に試みたものである。本研究は,おもに次の 2 つの仮説を立て,それらを検証するための研究を実施し,いずれの仮説も正しいことを明らかにした。仮説1:マングローブ葉中のポリフェノール成分は林床土壌中の鉄を可溶化させ,その可溶化プロセスを,落葉食ベントスが補助・促進する,仮説2:マングローブ生態系で生成されるポリフェノール鉄錯体は,植物プランクトンの増殖に寄与する。

1. 溶存鉄溶出におけるマングローブ生成ポリフェノールの役割
マングローブ生態系における溶存鉄生成に関与するポリフェノール成分を明らかにすることを目的に,日本国内主要マングローブ構成種のヤエヤマヒルギ Rhizophora stylosa,オヒルギ Bruguiera gymnorrhiza,メヒルギ Kandelia obovata,ヒルギダマシ Avicennia marina,ハマザクロ Sonneratia alba およびヒルギモドキ Lumnitzera racemosa の計 6 樹種を対象に,i)総ポリフェノール量および抗酸化力(還元力)の測定,ii)葉中ポリフェノール成分の同定,および iii)鉄錯化能の検証を行った。その結果,i)供試マングローブ葉中のポリフェノール量(熱水抽出時)は,R. stylosa(77.9 ± 4.76 mg g-1)が最も高く,次いで K. obovata(77.8± 5.36 mg g-1),B. gymnorrhiza(72.5 ± 9.21 mg g-1),L. racemosa(52.9 ± 10.2 mg g-1),S. alba(43.1 ± 12.4 mg g-1)および A. marina(34.5 ± 2.55 mg g-1)の順であった。また,ポリフェノール量と抗酸化力との間には有意な正の相関関係が示され,マングローブ葉抽出物の抗酸化活性は,主にポリフェノール成分に起因することを示した。ii)ヒルギ科(Rhizophoraceae)に属する B. gymnorrhiza,K. obovata および R. stylosa の葉中主要ポリフェノールは,クロロゲン酸類とフラボノイド(flavonoid)配糖体であることを明らかした。その他の 3 樹種に関しては,その多くはフラボノイド類の配糖体であった。iii)上記ヒルギ科 3 樹種葉から検出されたクロロゲン酸とルチン(クェルセチン配糖体)と,マングローブ林床土壌との反応により,溶存鉄の生成が確認された。これは弱アルカリ性土壌における溶存鉄生成であることから,その主体は無機鉄イオン種でなく,ポリフェノールの還元作用により生成した無機鉄イオン種とポリフェノールとが結合した有機鉄錯体と推察した。

2. マングローブ林床土壌からの溶存鉄溶出における落葉食巻貝の役割
マングローブ樹種葉中ポリフェノールと土壌との接触・反応における植食性(落葉食)巻貝の役割を明らかにすることを目的とし,沖縄県西表島のマングローブ林に広く生息する大型巻貝である Terebralia palustris を対象に,i)生息域における林床土壌中の溶存鉄およびポリフェノール量,ii)生息密度と分布特性,iii)落葉摂食量,iv)摂餌選択性,v)排泄糞をマングローブ土壌に添加した際に溶出する溶存鉄量,vi)排泄糞中の鉄キレート成分,を調べた。その結果,i) T. palustris の生息するマングローブ林床から採取したマングローブ土壌(n = 14)中の溶存鉄含有量(3 ± 3 mg/ 100 g)は,非生息域土壌(n = 15)の量(0.1 ± 0.1mg/100 g)より約 30 倍高く,その差は有意であった。同様に,マングローブ土壌中のポリフェノール含有量(8 ± 3 mg/100 g)は,非生息域含有量(4 ± 2 mg/100 g)の 2 倍で,その差は有意であった。また,供試土壌中のポリフェノール含有量は,溶存鉄含有量との間に有意な正の相関関係が示された。ii)T. palustris 成貝の生息密度は,海側(R. stylosa 群落)から陸側(B. gymnorrhiza 群落)へかけて増加した一方,幼体の生息密度は海側から陸側へかけて減少した。iii)異なる 3 地域(船浦湾,由布島対岸および前良川河口)において,T. palustris の野外摂食試験を実施した結果,3 地域における各葉の葉摂食量(dry-weight g snail−1 hour-1)は,B. gymnorrhiza の緑葉および黄葉(3 地域の平均値),ならびにヤエヤマヒルギの緑葉および黄葉(2 地域の平均値)でそれぞれ0.068 ±0.015,0.072 ± 0.019,0.069 ± 0.021 および0.09 ± 0.014であった。iv)屋外給餌試験の結果,T. palustris 成貝は低 C/N 比および低ポリフェノール含有率のヒルギダマシ緑葉を最も多く摂食した。また純マングローブ葉に対する T. palustrisの摂食量と給餌葉中 C/N 比およびポリフェノール含有率との間にはそれぞれ負の相関関係が示された。v)マングローブ葉(R. stylosa および B. gymnorrhiza)を T. palustris へ給餌し得られた排泄糞をマングローブ土壌へ添加し反応させると溶存鉄生成量が増加したことから,糞中に残存するマングローブ葉由来のフェノール性化合物の溶存鉄生成への関与が示唆された。vi)マングローブ葉(R. stylosa および B. gymnorrhiza)を T. palustris へ給餌し得られた排泄糞からマングローブ葉由来のポリフェノール成分が複数検出され,同ポリフェノール成分の溶存鉄(有機錯体鉄)生成への関与が明らかとなった。

3. マングローブ林床土壌で生成される溶存鉄のサイズ分画
マングローブ生態系で生成される溶存鉄の存在形態・分画や,分画と土壌中ポリフェノール量,ならび海洋性植物プランクトン増殖との関連性を検証するため,i)マングローブ林床土壌の深度別に含まれる溶存鉄のサイズ分画とポリフェノール量の植生による分布および両者の関係,ii)マングローブ林床土壌とマングローブ葉および Terebralia palutris の排泄糞との反応で生成される溶存鉄のサイズ分画,を調べた。その結果,i)供試土壌中の溶存鉄(Dissolved iron; D-Fe, < 0.22µm)量は,D 地点(R. stylosa と B. gymnorrhiza の群落境界)と E 地点(B. gymnorrhiza 群落中央)の全ての深さで,A 地点(海岸無植生地帯)と B 地点(R. stylosa 群落海側縁)に比べて有意に高かった。D-Fe 量の最大値は D 地点の土壌深 20~30 cm(21.5 ± 3.2 mg/100g)で示され,A 地点および B 地点に比べ約 200~1000 倍の有意な差を示した。供試土壌中の D-Fe 量に対する S-Fe(Soluble iron, < 0.025µm)の割合は,D地点,E 地点および F 地点(B. gymnorrhiza 群落陸側縁)の全ての深さで C-Fe(Colloidal iron, 0.025−0.22µm)の割合に比べて有意に高かった。一方,A 地点と C 地点(R. stylosa 群落中央)の土壌深 10~20 cm を除き,A,B および C 地点の全ての土壌深で D-Fe 量中の S-Fe 量の割合と D-Fe 含量中のC-Fe 含量の割合との間には有意差は示されなかった。供試土壌中ポリフェノール量は,D 地点と E 地点の全ての深さで,A 地点と B 地点に比べて有意に高かった。供試土壌中ポリフェノール量の最大値は E 地点の土壌深 20~30 cm(18.1 ± 2.6 mg/100g)で示され,A 地点と B 地点に比べ約 3~7 倍の有意な差を示した。供試土壌中のポリフェノール量と供試土壌中の D-Fe 量,S-Fe 量,および C-Fe 量との間には,それぞれ有意な正の相関関係が示され,C-Fe 量との間に得られた近似直線の傾きは,S-Fe 量との間に得られた傾きに比べ極めて小さかったことから,土壌中のポリフェノール成分は特に S-Feの生成に寄与していると推察された。ii)供試マングローブ葉添加土壌の D-Fe 量は,Milli-Q添加土壌(対照区)に比べ有意に高いこと,また同様に供試排泄糞添加土壌の D-Fe 量も有意に高いことが示された。供試土壌から溶出した D-Fe 量中の S-Fe および C-Fe 溶出量の割合は,供試葉添加土壌では,D-Fe 溶出量中の C-Fe 溶出量に比べ S-Fe 溶出量の方が有意に高い割合であった一方,供試排泄糞水添加土壌では,C-Fe の溶出量の割合の方が有意に高かった。さらに,供試マングローブ葉および供試排泄糞水溶液中のポリフェノール含有量は,R. stylosa の緑葉(486 mg L-1),R. stylosa の黄葉(477 mg L-1),B. gymnorrhiza の黄葉(380 mg L-1),B. gymnorrhiza の緑葉(358 mg L-1),T. palustris の排泄糞(22 mg L-1)の順に高かった。

4. マングローブ生態系に由来する溶存鉄の海洋基礎生産者への寄与
マングローブ植生域における表層水中の溶存鉄濃度の動態,ならびに表層水中の溶存鉄とポリフェノール濃度との関係を検証するため,i)マングローブ植生の有無による河川表層 水中の溶存鉄含有量の違い,ii)マングローブ水域における潮汐活動と溶存鉄輸送との関係, iii)ポリフェノール–鉄錯体を含む培養液中の珪藻の成長,を調べた。その結果,i)マング ローブ植生地点(n = 26)の表層水中溶存鉄濃度とポリフェノール濃度は,非マングローブ 植生地点(n = 8)に比べ有意に高く,両者の間に有意な正の相関関係が示された。このこと から,マングローブ生態系が近隣水域の鉄供給源となっている可能性が示唆されるとともに,溶存鉄の輸送媒体は主にポリフェノール成分であると推察された。ii)表層水中の溶存鉄濃 度は,満潮時から潮位が下がるにつれて上昇し,最干潮時刻の 2~3 時間前(潮位 50〜100cm の下げ潮時)に最大値を示した後,減少傾向を示した。同様に,試料水中のポリフェノール 濃度も,溶存鉄濃度と同様の挙動を示した。これらのことから,潮位の上昇に伴いマングロ ーブ林内へと海水が流入し,下降に伴い林床から溶存鉄が林外へと運ばれた可能性が強く示 唆された。iii)ヒルギ科マングローブ 3 樹種(R. stylosa, B. gymnorrhiza, および K. obovata)の葉中に共通して含まれる主要ポリフェノールを用いて作出したモデル鉄錯体(ルチン-鉄 錯体およびクロロゲン酸-鉄錯体)を珪藻 Cylindrotheca closterium の培養液へ添加した結果,対照区(鉄非添加区)に比べ,両添加区ともに大幅な増殖が確認され,同モデル鉄錯体の珪 藻への吸収利用が示唆された。なお,培養 25 日時点でのクロロゲン酸-鉄錯体添加培養液中のクロロフィルa 濃度は,コントロール区と比較し 1800 倍,ルチン-鉄錯体添加培養液は 351倍のクロロフィル a 濃度であった。

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