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トランス脂肪酸関連疾患の分子病態基盤の解明

高橋 未来 東北大学

2020.03.25

概要

【背景・目的】
トランス脂肪酸は、トランス型の炭素−炭素間二重結合を有する脂肪酸の総称で、生体内では合成されず、加工食品などの食物の摂取を通して、体内に蓄積する。異性体であるシス脂肪酸が、自然界に普遍的に存在し生体機能調節に重要であることが知られている一方、これまでの疫学調査を中心とした多くの知見から、トランス脂肪酸は動脈硬化等の循環器系疾患、肥満・糖尿病等の生活習慣病、がん、アレルギー性疾患などの様々な疾患のリスクファクターとされてきた。しかし、その一方で、トランス脂肪酸の摂取に伴う疾患発症機序はほとんど解明が進んでおらず、その大きな要因として、トランス脂肪酸に関する分子・細胞レベルでの解析例が乏しく、具体的な作用点や作用機構が不明という背景がある。

本研究では、上記のトランス脂肪酸関連疾患の病態形成において、細胞死・炎症が共通して主要な役割を果たすことに着目し、細胞に食品中含有量が最も高い代表的なトランス脂肪酸であるエライジン酸、または、そのシス異性体であるオレイン酸を前処置し、細胞死・炎症を惹起する多様なストレス刺激を細胞に与えた際のトランス脂肪酸の影響の有無を網羅的に解析することで、トランス脂肪酸特異的な新規毒性発現作用機構の同定を試みた。その結果、トランス脂肪酸が、自己由来の起炎性因子の 1 つである細胞外 ATP により誘導されるマクロファージのアポトーシス (細胞死)を、Apoptosis signal-regulating kinase 1 (ASK1)- p38 MAP キナーゼ経路の活性化増強によって強力に促進することを見出したが(平成 27 年度 髙橋未来 修士論文)、トランス脂肪酸の具体的な上流の作用点は不明であった。また、トランス脂肪酸が、DNA 損傷時の細胞死や細胞老化を促進する作用も新たに見出した。そこで博士課程では、ATP 誘導性細胞死の促進作用における上流の作用点を明らかにすると共に、上記の新規作用について、具体的な分子機序や作用点を明らかにすることで、関連疾患の発症機序解明を目指した。

【結果・考察】
第 1 章 トランス脂肪酸による細胞外 ATP 誘導性細胞死促進作用機構
ATP は、重度の炎症などによる細胞障害時に伴って細胞外に漏出し、イオンチャネル共役型プリン受容体 P2X7 に結合すると、非選択的なカチオン流出入を経てNADPH オキシダーゼによる活性酸素種 (ROS)産生を引き起こし、ストレス応答キナーゼ ASK1 の活性化を惹起することで、p38 MAP キナーゼ活性化およびアポトーシスを誘導する。マウスマクロファージ様細胞株 RAW264.7 において、エライジン酸の前処置により、ATP 依存的なASK1 活性化が顕著に増強されたが、オレイン酸では増強は認められなかった。この時の ATP 処置時の細胞内 ROS 産生量および Ca2+流入量には、エライジン酸特異的な影響は認められなかったことから、次に、Ca2+流入に伴って活性化し、ASK1 活性化促進因子として機能することが報告されているキナーゼ分子 Ca 2+ /calmodulin-dependent protein kinase (CaMKII)の関与について検討した。その結果、エライジン酸は ATP 刺激時の CaMKII リン酸化を亢進すること、CaMKII 阻害剤 KN-93 存在下で、ASK1、p38 の活性化増強や細胞死促進が抑制されることを見出した。以上の結果から、トランス脂肪酸は、ATP 刺激時の CaMKII 活性化を増強することで、ASK1-p38 経路の活性化および細胞死誘導を促進することが明らかになった (Takahashi et al., J. Biol. Chem., 2017)。

第 2 章 トランス脂肪酸による DNA 損傷誘導性細胞死促進作用機構
DNA 損傷は、紫外線や抗がん剤等の化学物質、活性酸素など、細胞内外の様々なストレスによって引き起こされ、その蓄積は、細胞の機能異常やがん化を引き起こす。従って細胞には、DNA 損傷の様式や程度など性状の違いに応じた多様な感知・応答システムが備わっており、DNA 損傷の程度が低い場合には、細胞周期停止、DNA 修復によって生存・増殖を維持するが、損傷の程度が重篤な場合には、細胞老化 (不可逆的な細胞周期停止状態)や細胞死を誘導し、損傷した細胞そのものを排除することで、生体の恒常性が維持されている。これまでに当研究室では、トランス脂肪酸が、DNA 二本鎖切断を引き起こす DNA 損傷誘 導剤ドキソルビシン処置時に、ストレス応答性 MAP キナーゼ JNK のミトコンドリア外膜上のアダプター分子 Sab を介したミトコンドリア ROS 産生を増強し、その下流で JNK/p38活性化の亢進を引き起こすことで、細胞死を促進することを明らかにしている (平成 30 年度 衛生化学分野 鈴木沙季氏 修士論文)。また、トランス脂肪酸は、DNA 鎖間架橋剤であるシスプラチン誘導性細胞死に対しても促進的に作用することを見出していたことから、本研究では、その詳細な分子機構を解析した。ヒト骨肉腫細胞株である U2OS 細胞において、エライジン酸存在下でシスプラチンを処置したところ、p38/JNK MAP キナーゼの活性化増強に伴って細胞死が亢進し、両キナーゼ分子の阻害剤を共処置することで、細胞死亢進が有意に抑制された。そこで、CRISPR/Cas9 システムにより、DNA 損傷応答において主要な役割を果たす転写因子 p53、および ASK1 の欠損細胞を作製して解析を行なったところ、いずれの欠損細胞でも、エライジン酸前処置によるシスプラチン処置時の細胞死促進は顕著に抑制された一方、ドキソルビシン処置時の細胞死促進は全く抑制されなかった。 p38/JNK は、p53 を直接リン酸化し、分解抑制および転写活性化に寄与することから、これらの結果より、エライジン酸は、シスプラチン処置時には、ドキソルビシン処置時とは異なり、ASK1-p38/JNK MAP キナーゼ経路活性化を増強することで、p53 の転写活性化を促進し、細胞死を亢進することが示唆された。さらに上流の作用点を明らかにするため、シスプラチン処置時の ROS 産生を解析したところ、エライジン酸存在下では ROS 産生が顕著に亢進しており、NADPH オキシダーゼ阻害剤 Apocynin の処置でこの亢進が抑制された一方、ミトコンドリア ROS 消去剤 Mito-TEMPO の処置では抑制されなかった。また、NADPH オキシダーゼ活性化を正に制御するキナーゼ分子 receptor-interacting protein 1 (RIP1)の阻害剤処置または欠損によっても、この ROS 産生亢進が抑制された。以上の結果から、シスプラチン処置によるDNA 損傷時、エライジン酸は RIP1 依存的に NADPH オキシダーゼを介した ROS産生を亢進することで、ASK1-p38/JNK MAP キナーゼ経路の活性化を増強し、p53 依存的な細胞死誘導を促進することが明らかとなった。

第 3 章 トランス脂肪酸による DNA 損傷誘導性細胞老化促進作用機構
細胞死が誘導されない軽度の DNA 損傷時には、細胞老化および老化に伴う炎症誘導 (細胞老化関連分泌形質:SASP)が引き起こされる。U2OS 細胞に対して低濃度のシスプラチンを処置した際の細胞老化や炎症誘導に対するトランス脂肪酸の影響を解析したところ、エライジン酸存在下では、細胞老化マーカーSA-β-gal 陽性細胞数やSASP 因子と呼ばれる炎症性サイトカイン IL-6・ケモカイン IL-8 発現誘導の顕著な増加が認められた。これらの作用は、抗酸化剤や p38 阻害剤共処置では影響を受けなかった一方で、老化誘導において重要な役割を担うことが報告されているキナーゼ分子 mammalian target of rapamycin (mTOR)の阻害、または転写因子 p53 の欠損によって、顕著に抑制された。また、エライジン酸存在下では、老化誘導時の mTOR 基質分子 S6K のリン酸化や、p53 下流分子 p21 の発現が増加していた。mTOR は、p53 を直接リン酸化することで、安定化・転写活性化に寄与することが知られていることから、エライジン酸は、 mTOR-p53 経路の活性化を増強することで、DNA 損傷に伴う細胞老化および炎症誘導 (SASP)を促進することが示唆された。

第 4 章 トランス脂肪酸含有高脂肪食摂取マウスの解析
前章までの細胞レベルでの解析から見出した現象が、実際に生体内でも認められるか否か明らかにするため、マウスを用いた in vivo レベルでの解析を行った。C57BL/6J 雄性マウスに対し、ショートニングを油脂成分として含むトランス脂肪酸含有高脂肪食 (TFA)と、パームオイルを油脂成分として含む通常高脂肪食 (HFD)をそれぞれマウスに 12 週間与え、生化学的・組織学的解析を行った。その結果、TFA 群では、HFD 群と比較して有意な相対肝重量の増加、肝臓中性脂質の蓄積が認められ、脂肪肝の病態亢進が起きていた。さらに、TFA群の肝臓では、老化マーカーSA-β-Gal 陽性細胞数の有意な増加、および多数の細胞老化関連遺伝子の発現上昇が認められた。肝臓における細胞老化は、炎症誘導や脂質代謝機構の低下によって、脂肪蓄積の亢進に寄与することが知られており、トランス脂肪酸は、細胞老化を促進することで、脂肪肝を増悪化したと考えられる。

以上、本研究結果から、トランス脂肪酸は、細胞外 ATP や DNA 損傷などのストレス刺激の種類や強度によって、異なる作用点を介して、ASK1 や p53 などの鍵分子の活性化を増強し、細胞死・細胞老化・炎症の誘導を促進することで、さらなる炎症の増悪化を引き起こし、関連疾患の発症・進展に寄与するものと想定される(図)。本研究成果は、トランス脂肪酸関連疾患の分子病態の理解に繋がる重要な基礎的知見であり、関連疾患の予防・治療戦略の提案や、適切なリスク評価に基づいた規制の導入など、国民の健康増進、食品安全性の向上に大きく貢献可能である。

参考文献

“trans-Fatty acids facilitate DNA damage-induced apoptosis through the mitochondrial JNK-Sab- ROS positive feedback loop”

Yusuke Hirata*, Aya Inoue*, Saki Suzuki*, Miki Takahashi, Ryosuke Matsui, Nozomu Kono, Takuya Noguchi, Atsushi Matsuzawa Sci. Rep. 10:2743, 2020.

*These authors contributed equally to this work.

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