様々な臓器に存在する間質細胞の特異性および普遍性に関する研究
概要
審
査
の
結
果
の
要
旨
氏
名
黒澤
珠希
臓器において、間質はどの臓器でも実質の足場として類似の形態と機能を持つと考えられて
きた。しかし、間質が臓器ごとに異なる存在であれば、間質研究から臓器の特性に関する理解
を深めることが可能となる。そこで、本研究は間質を構成する細胞群の中で特に各臓器におけ
る PDGFR 陽性細胞の特性を理解することを目的とし、さらに骨格筋臓器に着目した間質研究
を展開した。
先行研究から、間質を構成する細胞のうち細胞表面分子マーカーPDGFR 陽性の細胞は様々
な臓器に存在し、臓器ごとに異なる特性を有する可能性がある。よって本研究ではまず様々な
臓器における PDGFR 陽性細胞の比較から間質の臓器特異性の一端を明らかにすることを第一
の目的とした。
近年、骨格筋の PDGFR 陽性細胞が筋を維持する機能を担うことが報告された。しかしこの
筋維持機構を担う具体的な因子は完全には解明されていない。そこで、後半では臓器として骨
格筋を取り上げ、骨格筋における PDGFR 陽性細胞に着目することにした。骨格筋は加齢に伴
い筋機能の低下を呈するサルコペニアを発症するが、その詳細な病態発現機構は十分に解明さ
れておらず、その有効な治療法も現存しない。本研究においては、筋の PDGFR 陽性細胞の特
異性に関して、他の臓器の同細胞との比較、ならびに若齢と老齢の比較という二つの異なる条
件に着目して網羅的遺伝子発現解析を行い、PDGFR 陽性細胞が筋を維持する際に働く具体的
な機能分子の同定を試み、骨格筋における PDGFR 陽性細胞の筋実質への役割の一端を解明す
ることを第二の目的とした。
本研究では骨格筋、心臓、皮下脂肪、肝臓、肺、および小腸の 6 臓器における PDGFR 陽
性細胞を比較し、PDGFR 陽性細胞の臓器特異性解析を行った。各細胞の特性は、組織内での
細胞形態および分布、in vitro における分化能、ならびに網羅的遺伝子発現プロファイルによ
って解析した。
各臓器における PDGFR 陽性細胞の形態を観察する際には、各組織塊をホールマウント免疫
染色後、TDE (2,2’-Thiodiethanol) による組織透明化を施し、3D イメージングによる観察を行
った。PDGFR 陽性細胞は、解析した 6 つの臓器に共通して間質にて網状形態を取り、血管周
囲に豊富に分布していた。続いて FACS セルソーターを用いて各 PDGFR 陽性細胞を単離し
た。単離した各細胞を培養し、TGF-
添加による線維芽細胞分化誘導と、脂肪分化誘導培地
による脂肪分化誘導、および BMP-4 添加による骨芽細胞分化誘導を実施し、分化能を評価し
た。すべての PDGFR 陽性細胞が TGF-
に反応し SMA 陽性の細胞へと変化した一方で、
脂肪滴の形成および BMP-4 への反応性には由来臓器ごとに著しい差が見られた。さらに単離
した各 PDGFR 陽性細胞に対して RNA-seq による網羅的遺伝子発現解析を実施した。これら
の解析を若齢および老化マウスの各臓器に関して行うことで、間質細胞への老化による影響を
見出すデータも準備した。網羅的遺伝子発現解析の結果、各 PDGFR 陽性細胞は由来臓器ごと
に異なる遺伝子発現プロファイルを示し、各細胞は臓器毎に異なる細胞特性と機能を持つと考
えられた。
次に、PDGFR 陽性細胞の臓器特異性において、更に骨格筋に着目して解析を進めた。結果、
網羅的遺伝子発現解析より、若い筋の PDGFR 陽性細胞に特異的に発現する遺伝子群 (aging
signature) を見出した。Aging signature に関して gene ontology 解析を実施したところ細胞
外基質に関連する因子が豊富に示された。このうちの因子 X に関してノックアウトマウスの骨
格筋を精査したところ、筋重量の低下および筋線維断面積の減少が見られ、筋萎縮が確認され
た。これにより、因子 X は PDGFR 陽性細胞が筋を維持する際に働く具体的な機能分子であ
ることが示唆された。
本研究では PDGFR 陽性細胞の普遍性として、加齢により各 PDGFR 陽性細胞に共通して
見られる遺伝子発現変化も捉えた。この変化は全身性の加齢現象をよく反映しており、老化研
究において PDGFR 陽性細胞を研究する重要性を示唆した。また、PDGFR 陽性細胞の臓器
特異性および普遍性は、まだ治療法のないサルコペニアや、加齢に伴う全身性の虚弱であるフ
レイルといった臓器機能低下の機序解明へと繋がる可能性がある。今後本研究を基にした「間
質から臓器を理解する」新たな視点からの研究の展開が期待される。
これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は
本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。