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大学・研究所にある論文を検索できる 「がん幹細胞性の維持に寄与する因子の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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がん幹細胞性の維持に寄与する因子の解析

村山, 貴彦 東京大学 DOI:10.15083/0002002444

2021.10.15

概要

がん幹細胞が腫瘍発生や再発の原因になるという「がん幹細胞仮説」が導入されて以来数多くの研究がなされてきており、未だに多くの注目を集めている。このがん幹細胞を治療の標的にすることで、治療後の再発や転移の可能性を抑えたこれまでにはない効率的な治療が実現できるのではないかと考えられる。私は、将来的にそのような治療戦略を実現するためにはがん幹細胞の特徴をより詳しく理解する必要があると考えた。そこで本研究においてはがん幹細胞に関連した性質がどのように維持され得るのかを明らかにすることを目的とした。

 第1章ではがん幹細胞がまわりの細胞から受ける影響に焦点を当て、解析を進めた。ここでは、近年肺腺がんにおいて新たに同定され、ドライバー変異として働くことが示唆されていた融合遺伝子CD74-NRG1に着目した。この融合遺伝子がどのようなメカニズムで発がんに寄与するかはこれまで明らかにされてこなかったが、がん幹細胞との関連が示唆されていたNRG1遺伝子上のEGF-likeドメインが融合遺伝子に保持されていることから、がん幹細胞の維持や増殖を促すことでドライバー変異として機能し得るのではないかと予想した。

 そこで、CD74-NRG1融合遺伝子を肺がん細胞株H322と乳がん細胞株BT20に発現させて自己複製能を評価するためにスフィア形成効率を測定したところ、融合遺伝子を発現していない細胞に比べて有意にスフィアの形成が促進されていた。このことから、がん幹細胞に関連した性質が増強していることが示唆されたため、次にどのようなメカニズムでスフィア形成が促されているのかを調べた。すると、HER2-HER3受容体が融合遺伝子発現細胞内で強くリン酸化を受けており、またその下流ではphosphatidyl inositol 3-kinase(PI3K)/Akt/NF-κBといったシグナル伝達経路が活性化されていることが明らかとなった。さらにHER2キナーゼ阻害剤であるLapatinibやNF-κBの核内移行阻害剤であるDHMEQを作用させることでCD74-NRG1発現細胞によるスフィア形成が有意に抑制されたことから、融合遺伝子の発現によって活性化を受けているこのシグナル伝達経路がスフィアの形成に寄与していることが示された。

 融合遺伝子は全ての細胞に一様に発現しているものの、接着培養における増殖速度はコントロールとなる細胞と差がみられなかったことから、PI3K/Akt/NF-κB経路の活性化だけでは細胞の増殖を促すうえで十分な強度の刺激に達していないことが予想された。そこで、それぞれの細胞において活性化されるシグナル伝達経路の下流でなんらかの因子が分泌されており、それによってがん幹細胞による自己複製が選択性を持って促進されているのではないかと考えた。私は、過去に行なったマイクロアレイ解析の結果等からいくつかの候補について調べ、insulin-like growth factor(IGF)2の分泌が融合遺伝子発現細胞で顕著に亢進していることを突きとめた。この分子に対する中和抗体はスフィア形成を強く抑制したことから、周囲の細胞によって産生されるIGF2ががん幹細胞に作用し得ることが示唆された。これにより、CD74-NRG1によってがん化が引き起こされる機序に対して洞察を得られただけでなく、活性化されるシグナル伝達経路を阻害剤等によって減弱させることにより、in vitroでのスフィア形成能を低下させることができたことから、CD74-NRG1を原因とするがんに対しての有効な治療戦略につながり得る示唆を得ることができた。

 第2章ではがん幹細胞自身の性質に着目し、乳がん臨床検体から得られたがん幹細胞と非がん幹細胞とを比較したトランスクリプトーム解析の結果から、がん幹細胞集団で強く発現が亢進していたmini-chromosome maintenance protein(MCM)10という分子に着目した。MCM10を高発現しているがんでは強く発現していないがんに比べて患者の予後が不良であるというデータが、乳がんのみならず尿路上皮がんや前立腺がんにおいても発表されていたが、どのようなメカニズムでがんの悪性化に寄与し得るのかについてはこれまで明らかにされてこなかった。本研究では、トランスクリプトームによってがん幹細胞でこの遺伝子が強く発現しているという結果が得られたことから、MCM10はがん幹細胞が維持されるうえで重要な役割を担っており、そのためこの分子が高発現しているがんでは、がん幹細胞が生存しやすいために予後不良に陥るのではないかとの仮説を立てた。

 siRNAを用いてMCM10をノックダウンすると集団中に含まれるがん幹細胞様の性質を持つ細胞の割合が減少することをFACS等による解析から見出した。全体的な細胞の増殖抑制も観察されたものの、がん幹細胞で特に細胞死が誘導されているのではないかと考えられたため、次にそのメカニズムを調べていくと、がん幹細胞内部ではDNA複製ストレスが高頻度に生じていることを明らかにすることができた。そこで、そのような環境下で生存するためにはdormant originの活性化が適切なタイミングで行われる必要があり、そのプロセスにおいてMCM10が中心的な役割を担っているのではないかと予想した。MCM10を強く発現させた細胞では、DNA鎖に架橋を起こし複製ストレスの原因となるmitomycin C(MMC)を添加した培地中での生存率が向上し、その影響はMCM5をノックダウンしてdormant originの数を減らすことによりキャンセルされることが示された。また逆に、MCM10をノックダウンするとMMCによる細胞死が誘導されやすくなることも明らかにすることができた。

 最後に、MCM10に対するshRNAを導入した乳がん細胞では、免疫不全マウスへの移植時において腫瘍形成能が著しく減少していたことから、in vivoにおいてもこの分子ががん幹細胞の維持に寄与している可能性があることが示された。そして、MCM10のような複製ストレスに対処する分子を標的にすることで、がん幹細胞を死滅させる効率的な治療が実現できることを支持する根拠を得られた。

 以上の研究結果より、がん幹細胞の性状を理解していくことによりその維持に必要な分子を同定することで、これらの細胞を標的とした治療の可能性が拓けることを示唆することができた。そのうえで、今後のさらなる詳細な解析により、実際の臨床の場でどの程度がん幹細胞を標的とした治療法の有効性が見込めるかについても検討していくことを、これからの課題としたいと考えている。