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大学・研究所にある論文を検索できる 「胚・母体相互作用変化期における母体肝臓代謝変化の分子的解明」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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胚・母体相互作用変化期における母体肝臓代謝変化の分子的解明

齋藤, 奈央子 東京大学 DOI:10.15083/0002002546

2021.10.15

概要

【序論】
妊娠期の⺟体では、成体で通常⾒られない変化が様々な組織において⽣じる。これら妊娠期特異的な⺟体変化の研究は、妊娠の理解だけでなく、成体組織の潜在的な能⼒・機能に迫れる可能性がある。肝臓は妊娠期⺟体で体積が⼤きく増加することが知られる。この⺟体肝臓肥⼤化は妊娠初期に始まり分娩後の授乳が終了すると解消する。また、マウスでは胎児の数と相関があることからも、胎児への栄養供給のための⺟体適応変化の⼀環と考えられている。妊娠は肝臓の代謝機能にも影響する。妊娠後期には、肝臓での糖新⽣によるグルコース産⽣が増加し、胎児・胎盤のグルコース利⽤の増加を満たすとされる。これら妊娠中期以降の⺟体代謝変化の機構として、胎盤性 lactogen の産⽣など胎盤を介した胎児-⺟体相互作⽤が知られる。しかし、胎児-⺟体相互作⽤がまさに始まる妊娠初期から⺟体肝臓がどのように変化しだすのかについては不明な点が多い。当研究室のマウスを⽤いた先⾏研究で、この相互作⽤様式が変化する妊娠初期から中期にかけた胎⽣期 8〜10 ⽇に胚側のエネルギー代謝経路が再編成されることが⽰されており、栄養供給側の⺟体でも既に何らかの代謝変化が⽣じると予想された。そこで本研究では、胎児・⺟体相互作⽤様式が変化する妊娠初期から中期にかけて、胚発⽣に応じて⽣じる⺟体肝臓変化の全体像を把握することを⽬指した。

【⽅法・結果】
1. 妊娠と偽妊娠では⺟体肝臓の肥⼤状態は異なっていた
⺟体肝臓肥⼤化は齧⻭類では交配によって⽣じ、妊娠継続により維持される。実際に⾮妊娠、妊娠 8 ⽇、妊娠 12 ⽇のマウス⺟体の組織重量を測定したところ、妊娠 8 ⽇で⺟体肝臓の肥⼤化が⾒られ、妊娠 12 ⽇ではさらに肥⼤化が進⾏し⾮妊娠の約 2 倍の重量になっていた(Fig. 1)。同様に脾臓も肥⼤化が認められたが、腎臓は重量が変化しなかった。⼀⽅、精管結紮した雄マウスと交配することで偽妊娠状態を誘導した雌マウスでは、妊娠 8 ⽇ほどの肥⼤化はみられなかった。このように、肝臓肥⼤化は交配で誘導されるが、胎児が実際に存在するか否かで⺟体肝臓の状態は異なることが⽰唆された。

2. ⾮妊娠、妊娠 8 ⽇、偽妊娠 8 ⽇の⺟体肝臓は遺伝⼦発現パターンが異なっていた
妊娠による⺟体肝臓状態の変化を解明するために、網羅的遺伝⼦発現解析を RNA-seq を⽤いて⾏なった。⾮妊娠、妊娠 8 ⽇、偽妊娠 8 ⽇での発現遺伝⼦についてクラスタリング解析を⾏った結果、妊娠により発現が上昇または低下する遺伝⼦が多数同定された(Fig. 2)。KEGG PATHWAY解析の結果、⾮妊娠と⽐べて妊娠期に 2 倍以上発現上昇した遺伝⼦群には細胞増殖、炎症応答に関わる遺伝⼦が多く含まれていた(Fig. 2)。炎症応答関連遺伝⼦群の発現は障害肝の再⽣時の細胞増殖に必要であることが知られており、妊娠期の⺟体肝臓でも炎症応答の亢進により細胞増殖が促進され、肥⼤化が⽣じる可能性が⽰唆された。 ⼀⽅、⾮妊娠と⽐べて妊娠期に 2 倍以上発現低下が⾒られた遺伝⼦には物質代謝経路に関する遺伝⼦が多く⾒られた。KEGG PATHWAY 解析では Bile secretion, Tryptophan metabolism, PPAR signaling pathway, Fatty acid metabolism, Vitamin digestion and absorption 等に位置する遺伝⼦の発現が低下していた (Fig. 2)。Bile secretion では、肝細胞に発現している胆汁酸やコレステロールの輸送体である ABC transporters や organic anion transporting polypeptideの発現が低下し、妊娠期⺟体肝細胞では胆汁やコレステロールの取込・排泄が共に抑制されている可能性が⽰唆された。また、脂質代謝の観点では脂肪酸不飽和化に関わるステアリル CoA不飽和化酵素 Scd1、糖新⽣の律速酵素Pck1, G6pc の発現低下が⾒られた。

3. Ascl1 の過剰発現により肝臓細胞で Klk1b4, Slc16a6 が発現上昇した
以上の解析で明らかとなった妊娠初期の⺟体肝臓の状態を作り出す機構に迫るために、⾮妊娠期と⽐べ妊娠期に⺟体肝臓で発現変動が⼤きい遺伝⼦に着⽬した。⾮妊娠と⽐べて、妊娠 8 ⽇のみで有意に 2 倍以上発現上昇する⼀⽅、偽妊娠 8 ⽇では発現変化しない遺伝⼦の中で、神経系発⽣に重要な転写因⼦として知られる Ascl1 が発現変動の最も⼤きい遺伝⼦として同定された(Fig. 3)。そこで、ASCL1 が妊娠期⺟体肝臓と胎児発⽣の協調に関わる転写因⼦である否かの検証を試みた。そのために、肝細胞特異的に外来遺伝⼦を導⼊できる、HDI(Hydrodynamic injection)法を⽤いた系を適⽤した(Fig. 3)。HDI によって Ascl1 過剰発現ベクターを⾮妊娠状態の雌マウス肝臓に導⼊し、8 ⽇後に肝臓における Ascl1 mRNA 量を定量 PCR によって測定した。その結果、妊娠 8 ⽇と同程度またはそれ以上に Ascl1 が過剰発現されていた。このとき、肝臓のサイズに変化は⾒られなかった。⼀⽅、Ascl1 の既知ターゲット遺伝⼦ Tead2 は発現上昇傾向がみられた。転写因⼦ Ascl1 のターゲット遺伝⼦は神経系細胞での報告が殆どであり、肝臓でのターゲット遺伝⼦は報告されていない。その探索のため、RNA- seq の階層的クラスタリング解析を利⽤した。階層的クラスタリングでは、サンプル間の発現パターンが類似した遺伝⼦が隣接して配置されクラスターを作る。そこで、Ascl1 のターゲット遺伝⼦は階層的クラスタリングにおいて Ascl1 と近接した位置に配置されていると予想し、Ascl1 と近接した遺伝⼦群を中⼼に肝臓で Ascl1 によって発現誘導される遺伝⼦を定量 PCR により探索した。その結果、Ascl1 を 8 ⽇間過剰発現した肝臓では、Klk1b4 と Slc16a6 の発現上昇が確認された(Fig. 4) 。Ascl1 の過剰発現により妊娠期に⾼発現する遺伝⼦が誘導されたことから、ASCL1 は妊娠期の⺟体肝臓遺伝⼦発現特性を⼀部誘導し得る制御因⼦であると⽰唆された。

4. 妊娠 8 ⽇⺟体肝臓では Trp-K 代謝経路の抑制が⽰唆されたが偽妊娠 8 ⽇では⾒られなかった
妊娠初期の⺟体ではどのような代謝産物が変化しているのかを調べるため、⺟体⾎清における代謝産物を LC-MS によって測定した。約 90 物質が測定でき、妊娠 8 ⽇の⺟体⾎清中代謝産物濃度を⾮妊娠に対する割合で表すと、ほとんどの物質は⾮妊娠と⽐べて変化がなかった。妊娠 8 ⽇で⾮妊娠より 2 倍以上濃度が上昇した物質は Kynurenine(Kyn, K), Thymine, Thymidine のみであった。Kyn は妊娠期の⺟体⾎中で増加し、胚の拒絶反応を抑制するために必要であると報告されている。Kyn は Trp から代謝酵素 Tdo2 によって合成されるが、肝臓の RNA-seq 解析で妊娠 8⽇のみで発現低下した上位 10 遺伝⼦に Tdo2 が含まれていた。そこで Trp 代謝経路に着⽬した。⽣体内の Trp は約 95%が Trp-K 経路によって代謝される。Tdo2 は Trp-K 代謝の律速酵素で主な発現部位は肝臓である。妊娠 8 ⽇の⺟体肝臓では Trp-K 代謝経路関連遺伝⼦が複数発現低下しており、Tdo2 mRNA 量は⾮妊娠と⽐べて約 5 分の 1 に低下していた。また、偽妊娠 8 ⽇の mRNA量の低下は⼩さかった。この変化の意義を考えるため、肝臓及び⾎中における Trp 代謝産物量を LC-MS で測定したところ、妊娠 8 ⽇の肝臓中 Trp 量は増加していた(Fig.5)。⼀⽅で、⺟体⾎清中 Trp 濃度は変化しておらず Kyn 濃度の増加が⾒られた。先⾏研究でマウス妊娠初期の⼦宮脱落膜で Tdo2 が発現上昇することが報告されていたため、⺟体肝臓と⼦宮脱落膜における Tdo2 発現量及び Trp 代謝産物濃度を⾮妊娠と妊娠 8 ⽇で⽐較した。その結果、Tdo2 mRNA 量は肝臓と脱落膜で同程度だった。このとき、Trp 濃度は妊娠 8 ⽇の肝臓で増加し、⼦宮脱落膜では低下した。しかし、⾎清中 Trp 濃度は⾮妊娠、妊娠、偽妊娠の間で⼀定に保たれていた(Fig. 5)。肝臓と脱落膜での代謝産物変化総量は、⾎清中の変化総量に相当していた(Fig. 5)。従って、妊娠 8 ⽇⺟体では胚発⽣依存的に、肝臓での Trp 分解を抑制する⼀⽅、⼦宮脱落膜では Kyn 産⽣のための多くのTrp が分配されていると考えられた。

【総括・考察】
本研究では、胚のエネルギー代謝様式が変化すると共に胎盤からの栄養供給が⾼まる妊娠初期から中期にかけて⺟体肝臓で⽣じる変化を、マウスをモデルとして明らかにした。漿尿膜胎盤が形成され始める妊娠8⽇の⺟体肝臓では、アミノ酸、脂質、ビタミン等の分解酵素の発現抑制傾向が⾒出された。また、Ascl1をはじめ、通常状態の肝臓では発現しない遺伝⼦発現を検出した。これらの遺伝⼦群が、⺟体肝臓の妊娠特異的な性質の発現に関わる可能性が本研究により⽰唆される。 妊娠8⽇のマウス⺟体肝臓で⾒られた顕著なTdo2発現低下は、Trp-K代謝の抑制及び肝臓中Trp量の保存につながると考えられる。Kyn代謝産物は抗炎症作⽤や胎盤での免疫抑制作⽤を有し、胎児に対する免疫寛容に働くとされる。これらの事実から、妊娠8⽇の⺟体では胚・胎盤発⽣を⽀えるため、肝臓でのTrp分解が抑制され、⼦宮で多くのTrpを代謝する機構が働いている可能性が⽰唆された。妊娠期⺟体肝臓でのTrp代謝調節と⼦宮脱落膜及び⾎清中の代謝産物濃度との連動性、意義は未だ不明であるが、今後肝臓や⼦宮脱落膜でのTrp代謝を遺伝学的に操作した時の他の組織、⾎清中の代謝産物濃度変化、胚発⽣への影響等を詳細に解析することで、⺟体⾎清中の栄養物質濃度を⼀定に維持する制御の解明につながることが期待される。

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