[1] M. Asai et al., Eur. Phys. J. A 22, 411 (2004).
[2] M. Asai et al., Eur. Phys. J. A 23, 395 (2005).
[3] 鎌 田 裕 生 , 名 古 屋 大 学 修 士 論 文 (2018).
[4] 末 川 慶 英 , 九 州 大 学 修 士 論 文 (2020).
[5] 浅 井 雅 人 ら , 日 本 物 理 学 会 2020 年 秋 季 大 会 , 15aSJ,12.
[6] Australian National University, BrIcc web site. https://bricc.anu.edu.au/index.php
[7] NNES 14B, 1622 (1949).
43
H2O 中に入射した窒素イオンが形成する化学種の分析
Analysis of Chemical Species Formed by Nitrogen Ions injected into H2O
阪大理 1、東京都市大 2、新潟大研究推進機構 3、新潟大理 4、筑波大 5、理研仁科セ 6、
量子科学研究開発機構 7、高知工科大 8、国際基督教大 9、高エネ研 10
三原基嗣 1、木村容子 1、大谷優里花 1、杉﨑尭人 1、福留美樹 1、高山元 1、田口諒 1、松多健策 1、
福田光順 1、南園忠則 1、石谷壮史 1、 宮原里菜 1、渡辺薫 1、 S. Chen1、高橋弘幸 2、西村太樹 2、
泉川卓司 3、野口法秀 4、大坪隆 4、小沢顕 5、矢野朝陽 5、長友傑 6、北川敦志 7、佐藤眞二 7、
百田佐多生 8、久保謙哉 9、A. D. Pant10、下村浩一郎 10、幸田章宏 10、竹下聡史 10
M. Mihara1, Y. Kimura1, Y. Otani1, T. Sugisaki1, M. Fukutome1, G. Takayama1, R. Taguchi1,
K. Matsuta1, M. Fukuda1, T. Minamisono1, S. Ishitani1, R. Miyahara1, K. Watanabe1, S. Chen1,
H. Takahashi2, D. Nishimura2, T. Izumikawa3, N. Noguchi4, T. Ohtsubo4, A.Ozawa5, A. Yano5,
T. Nagatomo6, A. Kitagawa7, S. Sato7, S. Momorta8, M.K. Kubo9, A.D. Pant10, K. Shimomura4,
A. Koda10, and S. Takeshita10
Department of Physics, Osaka University
Tokyo City University
Institute for Research Promotion, Niigata University,
Graduate School of Science and Technology, Niigata University,
University of Tsukuba
RIKEN Nishina Center for Accelerator-Based Science
National Institute for Quantum and Radiological Science and Technology (QST)
Kochi University of Technology
International Christian University
10
High Energy Accelerator Research Organization (KEK)
1. はじめに
氷や水の中に高速のイオンが入射した場合、そのイオンが最終的にどのような化学状態を形成するかは
興味深い問題である。イオンが高い運動エネルギーを持ち込むことにより、通常の熱平衡状態では起こら
ないような化学反応を引き起こし、様々な化学種を形成する可能性が考えられる。例えば宇宙空間には、
表面が氷で覆われた星間物質、小惑星や衛星などが存在しており、宇宙線や惑星磁気圏で加速されたイ
オンなどがこれらを照射し続けることが化学進化につながっているのではという議論がなされている [1]。ま
た地球もその表面の約 70%は氷や海水で覆われており、そこには宇宙線ミュオンが絶えず入射している。
そのうち負の電荷を持つ負ミュオン μ– (S = 1/2, τ = 2.2 μs) は、H2O 中に入射するとそのほとんどは酸素原
⼦核に捕捉され、ミュオン酸素原⼦Oμ–を形成する。そしてそのうち 15%は中性子放出を伴うミュオン捕獲
過程 16O (μ–, νμ xn) 16−xN により最終的に窒素の安定同位体 14N と 15N を生成する [2]。これらの窒素同位体
は、崩壊の際にニュートリノや中性子の反跳を受けて高い運動エネルギーをもらうため、地球の海や氷の
中での特殊な化学種の形成に寄与しているかもしれない。また近年、12C ビームを用いた「粒子線治療」
が、癌治療法のひとつとして世界中に普及しつつある [3]。生体内に入射した 12C ビームが最終的にどのよ
うな化学状態に落ち着くのかは今のところ分かっていない。また、人体に入射した 12C ビームの一部は、核
反応により異なる元素に変化する。照射したビーム自身、あるいはビーム照射によって核反応により生成さ
れた元素がどのような化学種を形成するのかも興味深い問題である。
そこで我々は、エネルギーを持った窒素不純物が、H2O 中でどのような化学種を形成するのかを調べる
ために、負ミュオンスピン緩和 (μ–SR) 法と短寿命核 17N (I = 1/2, T1/2 = 4.2 s) を用いた β 線検出核磁気共
鳴 (β-NMR) 法による実験を⾏った。
44
2. 実験
2.1 氷の中の μ–SR
H2O 中への負ミュオン入射によって形成されるミュオン酸素 Oμ–原子は、負ミュオンの軌道半径が電子に
比べ非常に小さいため化学的には窒素として振る舞う。H2O 中での μ–SR 法により、過渡的な擬似窒素で
ある Oμ–原子の形成を利用して、水中の窒素不純物位置での局所磁場を観測することができる。例えば
Oμ–原子が水素との化学結合を形成した場合には、負ミュオン位置には水素核 1H 核による双極子磁場(局
所磁場)が生じるため、負ミュオンスピン緩和スペクトルは Oμ–周辺に存在する 1H 核の幾何学的配置を反
映した形状をとる。それに対し、核スピンを持たない酸素としか結合を持たない場合には、局所磁場が生じ
ないため負ミュオンスピン緩和に寄与しない。したがって、負ミュオンスピン緩和スペクトルの形状から、擬
似窒素の化学状態をある程度推定することが可能となる。ただし、液体中では分子運動などの動的挙動が
平均化を引き起こし、局所磁場の情報が失われるため、分子運動が制限される氷での測定を行った。
実験は前回に引き続き J-PARC/MUSE の D1 エリアで行った [4]。47MeV/c のダブルパルス負ミューオン
ビームを、固体 H2O または D2O 試料に入射させ、前回の 200 K に加え、今回は 50 K で測定を行った。試
料は厚さ 75 μm のカプトン窓を持つ銅容器に密閉した。今回は溶存酸素の有無が負ミュオンスピン緩和に
寄与するかを調べるために、窒素ガスによるバブリングで酸素を除去した試料の測定も行ったが、除去しな
かった試料との違いは見られなかった。
2.2 水の中の 17N の β-NMR
17
N は核スピンが 1/2 であり四重極相互作用による NMR 線幅の広がりが生じないため、高分解能 NMR
による精密化学シフト測定が可能となる。化学シフトによる化学種同定を行う場合は、先述の負ミュオンスピ
ン緩和の観測のときとは逆に、液体中のように運動による局所場の平均化が起こる状況でなければ狭い線
幅が得られない。本研究では液体 H2O 試料中に入射した 17N の高分解能 β-NMR 測定を行った。
実験は量子医科学研究所の重イオンシンクロトロン加速器施設 HIMAC の二次ビームライン SB2 [5] で
行った。高分解能 β-NMR を行うために π パルスによる偏極反転法を開発し、かつ静磁場の一様性を向上
させるために装置に改良を加えた。実験方法の詳細は ref. [6,7] を参照されたい。
3. 実験結果
3.1 氷の中の μ–SR の結果
50 K で測定した H2O 中のゼロ磁場 (ZF-) 及び縦磁場 (LF-) μ–
SR スペクトルを Fig. 1 に示す。200 K においても緩和が現れて
いたが、今回の 50 K での結果に比べると遅い緩和を示してお
り、運動による平均化が起こっていたものと思われる。得られた
ZF-μ–SR スペクトルはガウシアン的な形状を示していることから、
以下に示す関数 A(t) = A1GDKT(t,Δ, ν, BLF)e–λt + A2 でフィッティ
ングした。第1項は動的ガウシアン久保-鳥谷部関数 GDKT に指
数関数的な緩和を掛けたものであり、磁場分布幅Δ、内部場の
揺動率 ν、縦磁場の強度 BLF、及び緩和率 λ がパラメータとして
含まれている。そしてその結果 Δ = (0.4 ± 0.1) μs–1 が得られた。
この値について、氷 Ih 相 [8] における結晶格子をもとに、1H 核か
らの双極子磁場の寄与を計算した結果と比較した。ミュオン酸
素が酸素位置を占め、そのミュオン酸素が通常の H2O 分子と同
様に2つの水素原子と結合しているとした場合と、ミュオン酸素
は水素とは結合しておらず、核双極子磁場はミュオン酸素周辺
の水分子中の 1H からの寄与のみであるとした場合についての
計算結果を Table 1 に示す。実験結果は後者に近い値を示して
おり、観測されたスペクトルの緩和の紀元はミュオン酸素周辺の
氷結晶格子に位置する 1H 核の双極子磁場であることが示唆さ
45
Fig. 1 ZF- and LF-μ–SR spectra in H2O at
50 K.
Fig.2 ZF-μ–SR spectra in H2O and D2O at
50 K.
れる。ただし、今回のスペクトルは Cu 容器からのバックグランド Table 1 Calculated and experimental field
の影響が無視できない 1 μs 以内の情報が欠けている。この時 distribution width Δ for negative muon in
water ice.
間領域のスペクトル形状はミュオン酸素と近接した水素の情報
Δ (μs–1)
を含んでいる可能性は否定できない。ここで、Fig. 2 に示すよう
calc. w bonding H
2.36
に重水 (D2O) 試料の ZF-μ–SR スペクトルを H2O と比較すると、
calc. w/o bonding H
0.53
present
exp.
0.4 ± 0.1
まだ誤差が大きいがスペクトルは振動しているように見えいる。
重水素核 H の核双極子磁場は H の 1/4 程度であるため、
D2O 中の負ミュオンスピンは H2O 中よりもゆっくり回転・緩和するはずである。従って、H2O のスペクトルでは
1 μs 以内の領域に埋もれていた情報が D2O では現れている可能性がある。
ΔAP (%)
ΔAP (%)
3.2 水の中の 17N の β-NMR の結果
0.2
水中に入射した 17N の室温での β-NMR スペクト
0.0
ルについて、以前行った 200ppm (FWHM) の分解
-0.2
resolution/FWHM
90ppm
能での測定からは、少なくとも2種類の化学シフト
H2O
9ppm
-0.4
の異なる成分が見つかり [6]、さらに 9ppm の高分
4309
4310
4311
4312
4313
resolutionFrequency
= 20ppm (FWHM) (kHz)
解能測定 (Fig. 3 参照) からスピン-スピン結合によ
0.2
る分裂、即ち水素との結合を示唆する成分の存在
0.0
-0.2
が示された [4]。今回は、Fig. 3 に示すように 90ppm
H2O
KCN
-0.4
(FWHM) と以前の約 1/2 の分解能で広範囲にわた
4310.4
4310.6
4310.8
る測定を行ったところ、複数本の共鳴線が現れた。
Frequency (kHz)
また、化学シフト参照試料の探索のために、20ppm
17
(FWHM) での KCN 水溶液と H2O の比較測定を、 Fig. 3. β-NMR spectrum of N injected into water and KCN
solution.
範囲を限定して行った。KCN 水溶液で2本の共鳴
線の存在を示唆しており、かつ H2O とは周波数が異なっているように見える。まだ詳細は不明であるが、
KCN 特有の共鳴線であれば入射 17N が置換した KC17N が形成された可能性があり、この場合 KCN を化
学シフト参照試料として利用できることになる。
4.まとめ
氷 (H2O) の中の負ミュオンスピン緩和スペクトルを測定した結果、1H 核の双極子磁場によると思われるガ
ウシアン的な緩和が観測された。スペクトルから得られた磁場分布幅 Δ の値は、氷結晶の各格子位置にお
ける 1H 核からの寄与でおおよそ説明がついた。しかし、D2O 試料においては振動成分の存在を示唆して
おり、ミュオン酸素が水素との何らかの結合状態を形成する可能性が残されている。今後の課題としては、
Cu 容器のバックグラウンドを抑え、かつシングルパルスビームを用いて緩和スペクトルの 1 μs 以内の情報
を引き出すこと、かつ D2O 中の負ミュオンスピン緩和スペクトルの高統計測定を行うことが挙げられる。
また水中における 17N の β-NMR においては、複数本の共鳴線が観測され、従って水中に入射した窒素
イオンは様々な化学種を形成している可能性が示された。化学種の同定を行うためには、化学シフトの参
照試料の探索が必要である。今回用いた KCN 水溶液はその候補の一つであるが、まだ確証が得られるに
は至っていないため、他の候補物質の探索も含め引き続き測定を行う予定である。
References:
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[2] D.F. Measday, Phys. Rep. 354, 243 (2001), T. Suzuki et al., Phys. Rev. C 35, 2212 (1987).
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[4] Y. Kimura et al., KURRI-EKR-16, 50 (2022).
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[6] M. Mihara et al., Hyperfine Intearctions 240, 113 (2019).
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[7] M. Mihara et al., Hyperfine Intearctions 242, 29 (2021).
[2] M. Mihara et al., KURNS-EKR-8, 21 (2020).
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[4] 南園忠則, "磁気測定 II", 第7章, 安岡弘, 本河光博編, 丸善株式会社 (2000).
[5] K. Matsuta et al., Nucl. Instrm. Methods. Phys. Res., Sect. A 402, 229 (1998).
[6] T. Minamisono et al., Phys. Lett. B 457, 9 (1999).
[7] Y. Kimura et al., Hyperfine Interactions 243, 1 (2022).
[8] V.F. Petrenko and R.W. Whitworth, Physics of Ice, Oxford, (1999).
47
KURNS REPORT OF
KYOTO UNIVERSITY INSTITUTE
FOR INTEGRATED RADIATION AND
NUCLEAR SCIENCE
発行所
発行日
住所
京都大学複合原子力科学研究所
令和 5 年 8 月
大阪府泉南郡熊取町朝代西 2 丁目
TEL(072)451- 2300
掲載された論文等の出版権、複製権および公衆送信権は原則として京都大学複合原子力科学研究所に帰属する。
本誌は京都大学学術情報リポジトリに登録・公開するものとする。 http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/
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