Identification of novel neuroblastoma biomarkers in urine samples
概要
【緒言】
小児がんは稀な疾患でありがん全体の1%未満に過ぎないが、小児の死亡原因第2位であるため早期診断を可能とする検査法の開発が望まれている。がん検査としては、血液検査や画像検査(CT/PET等)が主に行われているが、これらの検査は小児にとっては侵襲的であり、痛み、放射線暴露を伴い、検査のために鎮静が必要となることも多い。近年はliquid biopsyなどの低侵襲な検査の研究も進んでいるが、検体として血液を用いるものが多く、小児にとっては侵襲的である。低侵襲検査は小児にこそ必要であり、血液検査より尿検査などによる簡便で低侵襲な検査法が望ましい。一方で尿には多数の代謝物が含まれており、小児がん領域に限らず様々な領域で、ポリアミンやマイクロRNA等、尿中代謝物を用いたバイオマーカーの研究が行われている。また、検体の種類を問わず、代謝物の網羅的解析の手法も多くの成人腫瘍のバイオマーカー研究において報告されている。我々はこのメタボロミクスの手法を用いて、神経芽腫の新たな腫瘍マーカーを探索した。
【対象および方法】
2016年1月から2018年11月までに当院で治療した腫瘍患者で同意が得られた患者を対象とした。治療前、治療中、および治療後に検体採取した。同期間に手術目的で当科に入院した非腫瘍患者で同意が得られた患者を対照群とした。得られた尿検体をLC/MSを用いて代謝物を網羅的に解析、相対定量した。Wilcoxon順位和検定により有意差をもって増減している代謝物を抽出し、Random Forest解析による機械学習で重要度の高い代謝物を特定し、その上位の代謝物をバイオマーカー候補とした。複数のバイオマーカー候補を選定してその係数と相対定量を求め、それらを乗じたものを加えることにより予測値を算出した。様々な組み合わせで解析し、OPLS判別法によりがん検査モデルを構築し、その妥当性を評価した。妥当性が高い物質の組み合わせを新規腫瘍マーカーとし、得られた予測値をグラフにプロットし、対照群と比較した。既知のマーカーであるHVAとVMAの組み合わせでも同様に解析した。また、治療効果判定にも利用できるか否かを検証すべく、治療中および治療後の検体での予測値と腫瘍残存の有無との対比も解析した。腫瘍残存の有無はMIBGシンチグラフィーの所見で判定した。
【結果】
15例の神経芽腫患児と39例の対照群の尿中代謝物を網羅解析し、998種類の尿中代謝物を確認した。この中で、対照群と比して神経芽腫群で有意に増減していた物質は255種類であり、薬剤や食物などの外因性物質を除くと191種類まで減少した。これをRandom Forest法で上位30種類まで絞り、構造未知物質を除いた19種類の代謝物で検討した(Table1)。代謝物の代謝経路に注目し、チロシン代謝、メチオニン代謝、ステロイド代謝、ロイシン代謝の4経路が、神経芽腫群で有意に増加した代謝物の代謝経路であることを発見した。これらの異なる代謝系の物質を様々な組み合わせで検討した結果、チロシン代謝から3-メトキシチラミン硫酸塩(3-MTS)、メチオニン代謝からシスタチオニン(CTN)、ステロイド代謝からコルチゾル(COR)を選出して組み合わせたところ、15例すべてが39例の対照群と明確に識別できた。OPLS判別法ではR2=0.726、Q2=0.687と高い相関を示した(Figure1)。また、既知の神経芽腫腫瘍マーカーであるHVAとVMAとの組み合わせでこの15例の予測値を算出して解析したところ、2例は偽陰性を示した(Figure2)。また、この新たな腫瘍マーカーと臨床経過と対比させたところ、偽陽性は認めなかったが偽陰性は4例に認め、特異度は100%、感度は69.2%であった(Table2)。
【考察】
神経芽腫患児の尿中代謝物の網羅解析により、神経芽腫に重要な3つの代謝経路を特定し、これら3つの物質を組み合わせて算出した予測値で神経芽腫患児と対照群を区別することに成功した。神経芽腫患児15例において既知のマーカーであるHVAとVMAを組み合わせた予測値を使用した場合は2例偽陰性症例を認めたことを考えると、新たなマーカーは既知のマーカーと比較して劣ってはいないことが示唆された。また、新たなマーカーは治療後の評価にも利用できることが示唆された。
メタボロミクスは近年進歩が著しい分野であり、バイオマーカーの発見に有用である。我々は最も頻用されているLC/MSを用いて尿中代謝物を約1000種類抽出した。この中でがん患者において増減している代謝物を抽出し、機械学習を用いてそれらの代謝物の貢献度を順位付けした。この機械学習にはRandom Forest法を採用した。ここで約20種類まで絞り、代謝経路に焦点を当てて、最終的には3つの物質の組み合わせをバイオマーカー候補とした。OPLS-DAでは十分に高いR2値およびQ2値を示したため、妥当な結果であると考えられた。
同定された3つの代謝物と神経芽腫との関連を検討した。まずは3-MTSについて検討した。神経芽腫は神経堤細胞から発生する腫瘍であり、神経堤由来細胞はアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどのカテコラミンを合成する特徴を有している。カテコラミンはチロシンに由来する代謝物で、アドレナリンやノルアドレナリンの最終産物はVMAであり、ドーパミンの最終産物はHVAである。3-MTSはドーパミンの代謝産物であり、理論的にも神経芽腫のマーカー候補となり得る。病期や予後に関連する事を示唆している報告もあるが、今回の検討では15例中13例がINSS分類でStage4であり病期との関連は不明であった。
次にCTNについて検討した。CTNはメチオニンからシステインへの中間代謝産物であり、その際の代謝酵素であるシスタチオナーゼは補酵素としてピリドキサールリン酸を必要とする。一方、ドーパミン生合成に必要なドーパ脱炭酸酵素の補酵素もピリドキサールリン酸である。神経芽腫ではドーパミンが過剰生産されている状態なため、ピリドキサールリン酸はその多くがドーパ脱炭素酵素活性のために利用されることになり、シスタチオナーゼの活性は低下する。よって、代謝できなかったCTNが尿中に大量に排泄されることになる。このような機序が考えられ、過去には神経芽腫のマーカーとしての報告もあったが、HVAやVMAと比較すると劣るため、近年は報告がない。
最後にCORについて検討した。コルチコステロイドの一種であり、機能性副腎腫瘍では過剰分泌されることもあり、神経芽腫でも報告はある。本研究では、副腎由来の神経芽腫10例中8例で上昇が見られたが、副腎由来ではない神経芽腫5例では上昇していなかった。他の二つに比べるとやや重要度は劣るものの、HVA/VMAが陰性であった2症例においては、他の二つの組み合わせでは捉えられずにCORを加えることで捉えることができたため、組み合わせにおいては重要なマーカー候補である。
以上より、3物質とも神経芽腫の代謝系をそれぞれ反映されているものの、各々単独での診断価値は高くはない。これらを組み合わせることが重要であり、組み合わせることでより精度が増す事が示唆された。
Limitationとしては、症例数が少ないことと病期が早期の症例がほとんどなかったことである。
【結論】
神経芽腫の新しい腫瘍マーカーを同定した。尿中代謝物を組み合わせることで腫瘍マーカーとして機能し、がんの診断やその後の経過観察に用いることができると考えられた。この手法を用いることで他のがん種においてもがん種特有の代謝経路を特定し、各がん種に貢献度の高い代謝物を組み合わせることで、がんの診断に有用な新たなマーカーを発見することが期待される。