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大学・研究所にある論文を検索できる 「国際協力事業における『誘導型ファシリテーション』の役割 : インドネシア泥炭火災予防プロジェクトの事例から」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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国際協力事業における『誘導型ファシリテーション』の役割 : インドネシア泥炭火災予防プロジェクトの事例から

新井, 雄喜 東京大学 DOI:10.15083/0002004318

2022.06.22

概要

先進国が開発途上国に対して行う、政府開発援助(以下、ODA)は、開発途上国の経済開発や福祉の向上への寄与を主たる目的とするものである。日本では、国際協力機構(以下、JICA)が二国間ODAの実施を担っており、インフラ開発から人材育成まで、幅広いODA事業を展開している。しかし、先行研究では、こうしたODA事業では先進国側の外交政策や国益等が重要視され先進国側の主導で相手国の人々を誘導して事業を実施しがちであることが指摘されてきた。そして、その結果として相手国の人々のオーナーシップが低下し、現場における活動や事業成果の持続性が確保されにくい等と論じられている。そこで期待されるのが、複数の人間が討論や意志決定、学習、共同制作などを行うプロセスに働きかけることによりグループでの作業や議論を促進する支援方式、つまり「ファシリテーション」である。先進国側の都合等に合わせ、先進国側の主導で、相手国の人々を誘導して事業を実施するのではなく、相手国の人々を主役として位置づけ、ファシリテーションを通じて、相手国の人々が自ら開発ビジョンや事業内容を検討し、意思決定を行い、それらを具現化できるよう、先進国側は一歩下がって側面支援を行うことが重要とされる。しかしODAは、国家レベルにおける公式な合意事項、先進国側の外交政策等に基づいて実施されるものであり、相手国の人々を主役として位置づけ、一切誘導せず、事業対象地の住民のニーズ・意思等を十分に反映させるのは、現実的には困難であるともいえる。

 それではODA事業において、住民等のオーナーシップを高め、持続性を強化していくことは不可能なのだろうか。先行研究では、先進国ドナーやファシリテーターは原則として誘導は行ってはいけない、誘導を行うと相手国の人々や会議参加者のオーナーシップ・主体性が阻害される等と論じられてきた。他方、ODA事業における、オーナーシップ・持続性が阻害されない誘導の方法ついて研究した文献は見当たらない。

 そこで本研究は、ODA事業において、相手国の人々のオーナーシップ、事業成果の持続性を阻害しない誘導やファシリテーション手法とは、どのようなものなのかを明らかにすることを目的とする。具体的な研究課題は、相手国の人々のオーナーシップ、事業成果の持続性という観点で成功事例とされる日本のODA事業(インドネシア国「泥炭湿地林周辺地域における火災予防のためのコミュニティ能力強化プロジェクト」(2010-2015)、以下“FCP”)を研究対象とし、同事業の誘導やファシリテーションの手法が、相手国の人々のオーナーシップおよび事業成果の持続性に対して果たした役割を明らかにすることである。

 FCPは、カリマンタン等における泥炭火災及びそれによる温室効果ガス排出の抑制を図るため、同国環境・林業省、各県政府が、JICAによる協力のもとで実施した、技術協力プロジェクトである。FCPは、泥炭火災の要因として指摘される、村人による野焼き行為を抑制することのできるコミュニティ開発手法を確立させることを目的として実施された。FCPでは、県職員や村人から成るチームを結成し、同チームに対し、ファシリテーション実務研修を実施した。その後、同チームは各村落を訪問し、野焼きを行わずに生計向上を図る方法等についての議論をファシリテートした。その結果、野焼きを行う村人の数は大幅に減少した。また、FCPで導入された「村落ファシリテーションアプローチ」は、プロジェクトが終了する前に、泥炭火災予防に関する総局長令(国家政策の一部)として承認されるに至った。本研究では、2013年2月~2018年3月にかけて、FCPの活動にかかわった西カリマンタン州クブラヤ県、ブンカヤン県の10村の村人や環境・林業省及び県政府職員等(延べ280名)に対し、半構造型インタビューや質問票調査を実施した。

 3つのレベルにおける調査結果は次の通りである。まず、住民レベルでは、FCPを通じて育成されたファシリテーターたちは、野焼きを行うことは違法であり、野焼き行為が警察に見つかれば、罰金を課される等といった情報や、野焼きの代替となる農林業技術等を提供することで、住民たちに野焼きをやめる方向で議論を行うよう、緩やかに誘導した。しかし、その前後の議論における主導権や意思決定権を住民にゆだねていた結果、村人たちはオーナーシップを損なわず、プロジェクト終了後も自力で活動を継続していることが明らかとなった。もし仮に、ファシリテーターたちがこうした誘導を全く行わなかった場合には、議論は野焼きを抑制する方向には向かわなかった可能性もおおいにある。野焼きは、村人の間では生活・慣習の一部であり、特に問題として認識されていない場合も多かったためである。

 次に、地方政府(=県)レベルにおいても、JICA側にて緩やかな誘導を行った。仮にJICA側が誘導を一切行わず、県政府側に全てを任せていたとすれば、知識の豊富な県職員が、知識の乏しい村人達に対し、泥炭火災のリスクや罰則、代替農業技術について指導する等といったトップダウン式のアプローチになった可能性が高い。少なくとも、村人をファシリテーターとして育成し、村人が主体的に火災予防活動に関する意思決定を行う、といった方向性にはならなかったであろう。しかしそこで、JICA専門家側から、プロジェクト対象村落の村人代表をファシリテーターとして育成すること、県職員と村人代表とで合同チームを結成し、同一のファシリテーション研修を受講させること、村人主体で活動計画を策定することなどを提案し、緩やかに誘導した。これらについても、JICA側からはあくまで提案にとどめ、実際にそれらを実行に移すかどうかの意思決定は県政府側に委ねていた。結果的には県政府側も本提案を採用し、その結果として県職員や村人代表らが同様のファシリテーションスキルを習得し、県職員と村人との力・知識の格差が緩和され、より村人の主体性を重視するアプローチの実践へとつながったのである。更に、両県政府はプロジェクト終了後も泥炭火災予防活動の予算を確保し、プロジェクト実施中と同様に村人達の技術的サポート等を継続的に実施していることが明らかとなった。

 さらに、国・中央政府レベルにおいては、当初はMOEF職員たちがTPDアプローチに対し半信半疑であったことから、JICA側が誘導を全く行わなかった場合には、同アプローチの政策化は成しえなかった可能性が高い。プロジェクトで導入した手法の有効性の実証、地方政府との連携強化を通じた中央政府職員の現場訪問の促進、「脇役キーパーソン」との関係構築、政策的意思決定権を持つキーパーソンへの重点的な働きかけといった緩やかな誘導が、環境・林業省内において意思決定権をもつ局長や課長らが同アプローチの有用性への理解を促進し、国家政策の一部として承認される上で寄与したものと考えられる。

 このように、住民レベル、地方政府レベル、中央政府レベルの全てにおいて、JICA専門家等が黒子に徹し、相手国の人々を緩やかに誘導しつつファシリテーションを行ったことが、相手国政府のオーナーシップや事業成果の持続性を確保する上で、重要な役割を果たしていたことが示唆された。こうした誘導は、見方によっては、多くの先行研究において危険性が指摘されている「誘導」であり、先行研究では相手国政府職員等の主体性やオーナーシップを阻害する、望ましくない行為であるとされている。しかし、ここで検証したのは、先行研究で言われている従来のファシリテーション手法とは異なり、ファシリテーションを行いつつも相手国の人々を緩やかに誘導するアプローチであり、本研究を通じて、同アプローチが重要な役割を果たすことが確認された。筆者はこのアプローチを「誘導型ファシリテーション」と称し、「相手国の人々の考えを最大限に引き出すファシリテーションをプロジェクト期間全体を通して行い、プロジェクト活動における主導権や意思決定権は相手国政府職員や住民等に委ねつつも、プロジェクト目標を期間内に確実に達成できるよう、要所要所において、黒子の立場からプロジェクトの目的に沿った提案や情報提供、働きかけを行う、ファシリテーションアプロ―チ」と定義する。

 本研究結果より、「誘導型ファシリテーション」は、相手国の人々のオーナーシップを阻害せずに、プロジェクト目標をより確実に期間内に達成し、事業成果の持続性を確保する上で重要な役割を果たすことが示唆された。

 ODA事業を実施する先進国ドナー等は、「誘導型ファシリテーション」を実践することのできる専門家・コンサルタント人材を育成し、そうした能力を持つ人材を技術協力プロジェクトの専門家等として優先的に確保することが重要である。また、そうした人材と共に、事業形成段階から、事業全体のデザイン・活動計画等の中に、「誘導型ファシリテーション」の要素を予め組み込んでおくことにより、相手国の人々のオーナーシップの醸成、及び事業成果の持続性の強化を目指すべきである。

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