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持続可能な観光のためのローカルルール : 沖縄と小笠原における地域資源管理の事例より

寺﨑, 竜雄 テラサキ, タツオ 東京農工大学

2021.05.10

概要

近年の日本では,観光旅行者の誘客を地域の活性化に結びつけようという動きが顕著である。観光振興を目的に,これまで観光とは無縁であった里地・里山などの自然環境や,そこで育まれてきた生活文化などの地域資源を積極的に活用しようという取り組みが普及した。一方で,観光旅行者の増加や行動の多様化に伴い,地域資源の劣化や喪失,地域住民の生活環境の悪化などの問題が生じている。持続可能な観光の実現には,観光行動がもたらす負の影響の軽減・除去が不可欠であり,その対応策として,1990 年頃から観光旅行者の行動を調整・制御するローカルルールが散見されるようになってきた。

先行研究ではローカルルールの有効性が示されてきたものの,観光振興の現場では,参考情報が乏しいために設定・運用に苦慮するという声が聞かれた。一方で,先行研究の中でも「ローカルルールとはどのようなものか。

」という問いに対する十分な答えがみられていない。また,ローカルルールをめぐる研究課題が提示され,深く議論されてきたが,特定の事例をもとにした分析に基づいたものが多い。ローカルルールの他地域での活用や,普及と定着には,網羅的に収集した複数事例の比較分析を通して,ローカルルールの構造や概念を規定し,現場での実践における留意点などを整理・提示することが重要である。

このような背景のもと,本研究の目的は,持続可能な観光のための地域資源管理の手法として,「ローカルルールとはどのようなものか。」を明らかにすることである。また,ローカルルールの現場での実践・適用にむけた要点を整理・考察することである。この目的に沿って,1)ローカルルールの普及の背景の考察,2)ローカルルールの類型化と概念の提起,3)ローカルルールの実効力の考察,4)ローカルルールの自走力の考察,の 4 つの研究課題を設定し,沖縄と小笠原における地域資源管理の事例の分析を通して,現場での実践に向けた要点の考察に取り組んだ。

研究課題 1)では,観光振興や環境保全に関する政策の整理,先行研究のレビューを主な手法とし,持続可能な観光の提唱・普及と,近年の日本における地域資源の活用と保全の歩みをたどりながら,ローカルルールの萌芽と普及の背景の考察に取り組んだ。マスツーリズ ムへの反論として提唱された持続可能な観光は,世界的な運動論となったが,日本では抽象的な概念より,地域主体の観光振興と地域資源の保全の両立を目指す具体的な取り組みとしてエコツーリズムが注目されたこと,環境省によるエコツーリズム推進施策ではルールの必要性が示され浸透したこと,さらに社会的な動向として地域の主体的な取り組みを重視し,それを国が支援しようとするボトムアップ型の施策がひろがったことなどが,ローカルルール普及に影響を及ぼしたと考察した。

研究課題 2)では,沖縄県内の全市町村を対象にした電話やメール調査,さらに現地調査によって 46 件の事例を網羅的に収集し,分析対象とした。その上で,現地の視察調査,関係者らへの面会による聞き取り調査をもとにして,ローカルルールの現状と課題などを整理した。その結果,ローカルルールは,1)「守るべき対象」(観光行動の影響を受ける客体),2)「適用(調整・制御)対象となる観光行動」(ルール適用の対象者とその行為),3)「設定・運用の仕組み」(調整・制御を促す主体(設定者)と運用形態),の 3 つの主要な構成要素を軸にして,分類・整理できることがわかった。さらに,ローカルルールの特徴を簡潔に示すために,ローカルルールの設定者と適用対象者を掛け合わせて,第Ⅰ類型:行政(市町村)が設定・運用する全ての観光旅行者の特定行為や入域を調整・制御するローカルルール,第Ⅱ類型:行政(国や都道府県)が設定・運用する全ての観光利用者の特定行為や入域を調整・制御するローカルルール,第Ⅲ類型:行政が主導的に設置した協議体が設定・運用する主として観光事業者の特定行為や入域を調整・制御するローカルルール,第Ⅳ類型:地域住民らが設定・運用する主として全ての観光利用者の特定行為や入域を調整・制御するローカルルール,第Ⅴ類型:観光事業者らが設定・運用する観光事業者の特定行為や入域を調整・制御しようとするローカルルール,の 5 つの類型を設定した。

これらの分類・整理を通して,ローカルルールの概念を「当該地域に関わる行政・観光事業者・地域住民・何らかの活動団体などが,単独または複数者の協議によって決定した,ある特定の観光地域を対象に定めた観光行動を調整・制御する仕組み・規則・規程など」と定義した。また,第Ⅴ類型を自主ルールと呼ぶことにし,「観光事業者らが主体的に自分たちの観光行動を調整・制御するために設定・運用するローカルルール」と定義した。

また,ローカルルールを構成する主要な構成要素として整理した「守るべき対象」とは,観光利用による負の影響が懸念され,ルール作りに関わった関係者らが観光事業を継続させ,地域での生活を続けて上で重要だと考えたものだが,これは UNWTO(国連世界観光機関)が持続可能な観光の要件として提示した,1)環境資源の最適な活用,2)ホストコミュニティの社会文化的真正性の尊重,3)全ての関係者に対する社会経済的な利益の提供を挙げた上で,4)ツーリストの高い満足度を維持し,有意義な体験を保障すべきである,とほぼ同義であることが明らかになった。本研究では,沖縄県内で実際に設定・運用されているローカルルールを対象に帰納的に内容を整理してきたが,ルールによって守る対象を分類・整理した結果は UNWTO の提唱事項にほぼ当てはまり,世界の標準的な持続可能な観光の考え方に沿ったものとなり,ローカルルールは持続可能な観光に寄与するものである ことが示された。

研究課題 3)のローカルルールの実効力の考察では,研究課題 2)で扱った沖縄の事例をさらに深掘りし,類型ごとにルールの正当性,拘束力,遵守の実態などを整理・分析した。

その結果,ルール設定時の行政の関与,法令によるルール,地域社会・住民の承認,関係者間の承認などによって,正当性を確保し,認知が高まる状況がみられた。一方で,行政が設定したルールであっても,監視の目が行き届かない場所などでは,ルールが守られていない事例,管理者の常駐やパトロールなどの監視によって,遵守が促進される実態もみられた。

このような状況から,ルール設定の正当性による拘束力の発揮に加えて,ルール運営における管理の状況,すなわち監視の強度が,ルールの実効力を高めていることが明らかになった。

逆に,方便による正当性に基づくルールであっても,厳格な監視によって,ルールが遵守されている事例もあった。良いローカルルールとは,法令などの厳格な仕組みにより規定されたフォーマルなものではなく,形はどうあれ地域資源管理の方向性や目的が的確に果たされ,諸問題の解決につながっていることこそ重要である。このように,現場での活用を前提とした望ましいローカルルールとして重要な「実効力」の発揮には,現実的な対応としての「実用性」の観点が重要であることを考察した。

また,行政によるローカルルール(第Ⅰ類型・第Ⅱ類型・第Ⅲ類型)では,条例制定にむけた調整の時間,厳格な管理のための予算措置や,関係者らとの合意形成には,相応の時間と労力を要することもあり,設定過程で苦慮する事例が多数みられた。合意形成にむけた手続きに手間取るうちに,対応すべき諸問題が拡大する懸念もきかれた。運用においても,厳格な監視を行うには,人的負担や財政的な負担,巡視者の精神的な負担がある状況もみられた。ルールの「実効力」と「実用性」という視点では,観光振興の初期の段階で,観光利用の増大に伴う負の影響を想定し,問題が露見する前にルールを設定すること,状況に応じてルールの内容を変更できる順応的な枠組みを作っておくことが望ましい。目的の達成水準を想定した上で,柔軟な仕組みの活用や,制度に基づく拘束力と監視の強度をかけあわせ,ルールの実効力を調整する,実用性が重要であることを指摘した。

住民によるルール(第Ⅳ類型)として,観光旅行者が地域住民の生活区域や,住民のアイデンティティの拠り所に立ち入ることなどを,地域住民らが主体となって取り決めたルールは,理論的には正当性が高いといえる。このルールに行政が関与・認知することによって,ルールの実効力が向上する状況もみられた。持続可能な観光における主要事項の一つは,「ホストコミュニティの社会文化的真正性を尊重」であり,持続可能な観光のための地域資源管理を考える中で,観光振興による地域社会へのインパクトに関わる議論をいっそう深めていくことが重要である。

観光事業者らによる自主ルール(第Ⅴ類型)は,対象地を選ばない,法的な根拠が不要であるという点において設定面での柔軟性がある。また,実効力のもとになる事業者間の相互監視,ツアー参加者や地域住民からの監視は,日常的に行われている。地域資源管理のために,自らの観光営業行為を制限する自主的・主体的な行動は,観光旅行者への好印象にもつ ながり,事業面での利点にもつながると思われる。また,自主ルールの課題解決にもつながる沖縄県独自の法令に基づく保全利用協定は,設定時にかかる負担や罰則などの課題を指摘する声はあるものの,土地所有者の認知,地域住民らの認知,地元行政の認知を経て,法制度により担保された正当性の高いルールとして,関係者の内外にむけた周知力は大きい。

同業他者と観光旅行者へのルールの波及,地域の主体的な取り組みを阻害する外圧に対しても効果的である。保全利用協定のような枠組みは,沖縄県内だけでなく,他地域での応用・展開が望まれることを提案した。また,事業者が主体となったローカルルールでは,他地域から訪れる事業者の排他性が論点となる事例が多く,排他性を否定し他者も含めた健全な事業運営を目指そうとする前向きな声もあるが,営業面の理由や,地域資源との関わりの濃淡を根拠に排他性を支持する意見も多くみられた。先行研究では,ローカルコモンズであれば地域内の事業者の独占利用は認められたとしても,グローバルコモンズの利用では排他性に対する理解は得られないという論調だが,持続可能な観光振興を果たす上では,地域社会の経済的な安定は不可欠であり,地域主体の地域資源管理という面からも,地域社会が優先的に地域資源を活用することへの配慮があってもよいと考察した。

研究課題 4)では,小笠原で実践されている 12 の事例を分析対象にとりあげ,先行研究,関連資料,および関係者への面会による聞き取り調査によって,自走力の要因分析をすすめた。

小笠原では 1989 年の日本で最初の商業的なホエールウォッチングの開催をきっかけに,翌年には自主ルールが設定され,いまも運用されている。この小笠原ホエールウォッチング協会(OWA)の自主ルールは,日本では先駆けとなる観光利用行動を直接的に調整・制御するローカルルールである。最初に取り組んだ OWA の自主ルールの成功体験が,スタート合図となり,村民らの意識にローカルルールの意義を根付かせたといえる。OWA の自主ルールの優れた点は,地域内の多様な関係者の協働という論調が,地域資源管理の分野で広く認識されるようになる前のこの時期に,村内の関係各所に配慮した協働型の管理体制が構築されていたことである。また,このような体制構築に合わせて,散発的な事象をつなぎ合わせて,科学者らとの連携,イベント開催と OWA の組織化,ルールの設定を具体化させた,コーディネーターを担ったキーマンの功績は大きい。その後の小笠原の観光振興の中では,この類い希な人材が常にキーマンとして関係者の潜在意識の中にありながら,事案が発生するごとに新たに最適なリーダーやフォロアー,ときには批判的な立場のものもあらわれ,相互に立場と役割を認識し,ルールの設定に向けて合意形成が図られてきた。ローカルルールの自走の背景には,協働型管理の重要性が暗黙的に共有されるとともに,成功の連鎖によって自習が進み,協働型管理体制(話し合う場)が自立的・順応的に適宜調整され,継承されてきたことが要点だと考察した。

そして,案件ごとの協働型管理体制には,レジデント型研究者が加わり,重要な役割を果たしてきた。身近に研究者と研究から得られた知見が存在するとともに,観光事業者らが自ら調査・研究活動に取り組むなど,地域資源管理に科学的な知見を取り入れることの必要性や重要性の理解が浸透している。

加えて,村民の多くは,たびたび訪れる研究者や,適宜開催される村内でのシンポジウムなどを通して,居ながらにして社会全般の動向をつかみ,多くの価値観にふれるということを日常的に行っている。さらに,環境省や林野庁職員,東京都職員らとも,村の行政関係者を通さずに,頻繁に直接コミュニケーションをとっている。また,空港開発をめぐる対立のように,自分の意見を明確にし,立場を明示して議論するという経験も積んでいる。このように社会全般の動向に関する情報や,他の専門家からの知見の習得,観光旅行者の問題意識に日常的に触れ,自分の考え方を整理することから身についた教養や,高い経験値を備えた個性的で優秀な人材の宝庫であり,それぞれが観光振興の課題に真摯に向きあっていることが,ローカルルールの自走を支えているということなどを結論とした。

これら研究課題を含めた包括的な考察として,UNWTO が提唱する持続可能な観光の定義では,既述したローカルルールの目的に相当する要件を,1)関連する全てのステークホルダーの参画,2)合意形成のための強力なリーダーシップ,3)観光の影響のモニタリング,4)予防的,調整的措置の導入によって,対応するといっている。これは,協働型管理体制の構築と,順応的管理の必要性を述べたものだが,ここに地域内の協働による具体的な取り組みとして実践され始めた「持続可能性指標(STI:sustainable tourism indicator)」によるモニタリングと,さらに予防的・調整的措置として,ローカルルールを位置づけることによって,持続可能な観光のための具体的な実践モデルとなる。STI の項目に,ローカルルールによって守る対象の状態や,ルールの目的の達成状況を組み入れると,持続可能な観光の状況がより明確になると考えられる。ここで,目的の達成状況のモニタリングとは,先述の「実効力」の評価に相当する。最後に,ローカルルールは,持続可能な観光の実現に向けた地域主体の協働型の地域資源管理のもと,順応的管理の予防的・調整的措置として位置づけ,普及と定着に取り組むことが望ましいと総括した。