ヒト抗体CH2ドメインの物性向上に関する基礎研究
概要
九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Fundamental Study on Improvement of Biophysical
Property of the CH2 Domain in Human Antibody
小山, 浩舗
https://hdl.handle.net/2324/6787549
出版情報:Kyushu University, 2022, 博士(創薬科学), 課程博士
バージョン:
権利関係:Public access to the fulltext file is restricted for unavoidable reason (3)
(様式5)
氏
名
:
小山
浩舗
論文題名
:
Fundamental Study on Improvement of Biophysical Property of the CH2
Domain in Human Antibody(ヒト抗体 CH2 ドメインの物性向上に関する
基礎研究)
区
分
:
甲
論
文
内
容
の
要
旨
抗体医薬品は治療効果が高く、副作用の少ない医薬品として世界中で利用されている。しかしな
がら、近年、抗体医薬品に対する抗体である Anti-Drug Antibodies (ADAs) の産生が報告されてお
り、これらによって治療効果の減衰やアレルギー反応が引き起こされる可能性がある。ADAs 産生
の主要な原因のひとつにタンパク質の凝集がある。タンパク質の凝集はその変性を起因として始ま
るため、本研究では抗体中で最も不安定なドメインである CH2 ドメインに着目し、凝集を含めたタ
ンパク質の物性向上に関する基礎研究を行った CH2 ドメインは抗体の糖鎖修飾部位であるにもか
かわらず、多くの CH2 ドメイン研究では大腸菌発現系が用いられており、その部分の糖鎖修飾はな
い。そのため、本論文では糖鎖修飾された CH2 ドメインを発現させるために、哺乳類細胞と比べ安
価で糖鎖修飾可能な酵母 Pichia pastoris を宿主に選択した。まず、酵母 P. pastoris を用いて CH2
ドメインの大量発現系を構築した。発現量は 100 mg/L を超えており、既存の大腸菌や哺乳類細胞
発現系と比べて著しく高かった。さらに、本発現系では糖鎖修飾された CH2 ドメインと未修飾の
CH2 ドメインを同時に発現、単離できることがわかった。従って、酵母 P. pastoris 発現系により
CH2 ドメインの大量発現系を構築するとともに、糖鎖の有無による CH2 ドメインへの物性の評価を
行う上で有益であった。実際、糖鎖修飾された CH2 ドメインは未修飾の CH2 ドメインよりも熱安
定性が約 5°C 向上したことも明らかとなった。次に、大腸菌発現系による先行研究により報告され
ている CH2 ドメイン内にジスルフィド結合を導入することにより、熱変性温度が 20°C 向上した変
異体(mut20)に糖鎖が付加したものを酵母 P. pastoris 発現系により調製した。野生型の CH2 ド
メインと安定化した変異体 (mut20) の物性を比較した。糖鎖修飾は変異体(mut20)の熱安定性をさ
らに向上させることがわかった。さらに、CH2 ドメインの糖鎖修飾と安定化はどちらも凝集を抑制
し、これらの組み合わせにより、より顕著な凝集の抑制が達成された。これに加えて、この糖鎖修
飾と安定化により CH2 ドメインの免疫原性が低下することがわかった。タンパク質の糖鎖修飾と安
定化を組み合わせた CH2 ドメインの凝集抑制法はこれまで報告されておらず、CH2 ドメインの新た
な凝集抑制戦略になりうる。
一方、これまでマウスを用いた免疫原性の評価において、CFA/IFA、Alum アジュバントなどが
用いられており、アジュバントによって、タンパク質の構造安定性と免疫原性の関係が異なること
が報告されている。抗体医薬品は中性の等張液に溶解して投与されるため、リン酸緩衝液に溶解さ
せたヒト抗体 CH2 ドメインの構造安定性の向上が、ADAs の抑制につながるのかどうかを解析した。
すなわち、野生型の CH2 ドメインと mut20 をリン酸緩衝液に溶解してマウスに免疫し、抗体産生
量を評価した。その結果、mut20 は CH2 ドメインよりも抗体産生量が少なく、CH2 ドメインの安
定化は免疫原性を低下させることが明らかになった。この結果を踏まえ CH2 ドメインの立体構造
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を基に、CH2 ドメインへ新規ジスルフィド結合を導入するための変異体遺伝子を設計し、この変異
体タンパク質を酵母 P. pastoris 発現系により調製した。この変異体の熱安定性は、野生型より約
10℃向上した(mut10 変異体)。Mut10 は野生型の CH2 ドメインよりも熱安定性が高かったが、
mut20 よりは低かった。そこで、mut20 よりも安定な変異体を作製するために、mut10 に mut20
の変異を組み合わせた2重ジスルフィド結合変異体を調製した。この熱安定性は 78.8°C であり、
野生型の CH2 ドメインより約 25°C 向上し(mut25)、mut20 より約 6°C 向上していた。また、糖
鎖の付加により、それぞれの変異体の熱安定性がさらに向上した。新規に調製した mut25 は、
mut20 と比較して、酵素消化耐性や 60°C でのインキュベート条件における凝集耐性が向上した。
タンパク質の凝集は免疫原性と深く関わっていることから、mut25 はヒト抗体の ADAs を抑制する
ことに寄与できると期待される。
本研究では、ヒト抗体で最も不安定性である CH2 ドメインの物性に注目し、熱安定性の向上、凝
集性と免疫原性、凝集性の低下に関して評価した。本研究結果は、ヒト抗体の ADAs 抑制に関する
基礎研究として有意義な知見を与えた。
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