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大学・研究所にある論文を検索できる 「ダイズシストセンチュウの誘引メカニズムに関する分子遺伝学的研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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ダイズシストセンチュウの誘引メカニズムに関する分子遺伝学的研究

細井 昂人 東京農業大学

2021.09.22

概要

背景・目的
ダイズシストセンチュウ(Heterodera glycines, Ichinohe)は,1952 年に北海道で発見された植物寄生線虫であり,アメリカ,カナダ,ブラジルなどの北南米大陸,中国,日本などのアジア,ヨーロッパまで広く分布する。主な宿主はダイズ,アズキ,インゲンなどのマメ科植物の一種で,比較的宿主範囲が狭いが,マメ科植物を特異的に認識後寄生し,宿主から栄養を奪うことで成長するため,マメ科作物生産上重大な成長阻害要因であると認識されている。特にダイズの主要生産国であるアメリカでは,ダイズシストセンチュウにより毎年 15億ドル以上の収量減が引き起こされるため,防除に向けた様々な研究が進められている。しかし,ダイズシストセンチュウは宿主が存在しない時期にはシストと呼ばれる殻の中で胚発生を終えた数百の幼虫がそれぞれ卵膜に包まれて休眠しており,数年から 10 年以上生存可能であること,シスト中では乾燥ストレスや農薬に対して強い抵抗性を有することから,完全な防除が困難である。これまでにダイズシストセンチュウ被害の軽減策として,宿主寄生後の成長過程を阻害する抵抗性品種の作出やその関連遺伝子の解析研究が積極的に行われ一定の成果を挙げているが,抵抗性品種の抵抗性を打破する個体群の発生が近年相次いで報告されており,新たな防除法の確立が必要とされている。一方,ダイズシストセンチュウは宿主植物が生産する孵化促進物質,誘引物質に特異的に応答して孵化し,宿主を認識することが知られており,この過程では農薬やストレス耐性が低下するため,新規防除標的として有力である。そこで,本研究ではダイズシストセンチュウの誘引過程に着目し,その宿主認識,行動制御機構の解明を目的として研究を開始した。しかしダイズシストセンチュウを研究対象とした場合,遺伝子導入や欠損体の作製など遺伝学的な解析ツールがほとんど使用できないこと,研究開始当初にはゲノム配列も公開されておらず,遺伝学的,分子生物学的な解析が不可能であったことから,まず,1)ダイズシストセンチュウ誘引物質の探索とその機能解析により,研究に必要な化学ツールの取得を目指した。また RNA-seq を用いることで2)宿主根への誘引時応答遺伝子の探索を行い,得られた遺伝子に関して3)RNAi 法による機能解析を行った。

1. ダイズシストセンチュウ誘引物質の探索とその機能解析
1.1 ダイズシストセンチュウ誘引物質の探索
生物の行動制御機構の解明研究には,その行動を制御する化学物質は強力な解析ツールとなる。実際,モデルセンチュウである Caenorhabditis elegans (C. elegans) において化学走性関連遺伝子の同定は,誘引物質非感受性変異体の解析により行われてきた。しかし研究開始当初,ダイズシストセンチュウにおいて誘引物質は一つも同定されていなかった。そこでダイズシストセンチュウの誘引物質の探索を試みた。まず C. elegans における誘引試験方法を一部改変することで誘引試験系の確立を行った。6 ウェルプレートに寒天培地を作製し,試験物質を含む寒天玉とコントロールとして滅菌水のみを含む寒天玉を培地の端に設置し,中央にセンチュウを接種し誘引試験を行った後,各寒天玉へ誘引された個体数を計測して Chemotaxis Index を算出した。Chemotaxis Index は,(試験物質を含む寒天玉に移動したセンチュウ数 – 試験物質を含まない寒天玉に移動したセンチュウ数)/(接種センチュウ数)で算出した。試験物質は C. elegans において同定されている揮発性物質のほか,他の植物寄生線虫において誘引活性があると報告されている塩類を用いた。その結果,試験物質として NaNO₃を用いた場合,誘引試験開始 3 時間後以降で高い Chemotaxis Index を示したことから NaNO3 がダイズシストセンチュウにおいて誘引物質として機能することが明らかとなった。さらに NaNO₃以外の 4 種類の硝酸塩(KNO3,Ca(NO3)2,Mg(NO3)2,NH4NO3)に対する効 果を検討したところ,全ての硝酸塩に対して有意な誘引活性を示したことから,ダイズシストセンチュウは NO₃⁻に誘引されることが明らかとなった。KNO₃は同じ植物寄生線虫であるサツマイモネコブセンチュウにおいても誘引物質として作用するが高濃度では忌避物質と して作用することが報告されていたため,寒天玉に含まれる NO₃⁻の濃度を 10 mM から 3000 mM まで変化させ誘引試験を行ったところ,100 mM から 3000 mM の広範囲で,誘引活性を示す一方,1000 mM 以上の高濃度では濃度依存的に誘引活性が有意に低下した。サツマイ モネコブセンチュウと誘引試験系が異なり,3000 mM 以上の寒天玉が作製できなかったた め比較はできないが,高濃度の NO₃⁻への誘引がダイズシストセンチュウで低下したことから,サツマイモネコブセンチュウと同様のメカニズムで NO₃⁻に対して誘引される可能性が考えられた。

1.2 ダイズシストセンチュウの誘引に必要な NO₃⁻濃度勾配の算出
ダイズシストセンチュウは寒天培地中の NO₃⁻の濃度勾配を認識して寒天玉へ移動したと考えられる。そのため寒天培地中の NO₃⁻濃度を測定することでダイズシストセンチュウの誘引に必要な NO₃⁻の濃度勾配の算出を行った。10 mM から 1000 mM までの KNO₃を含む寒天玉を設置し,3 時間後の寒天玉から線虫接種点までの NO₃⁻濃度を測定した。その結果,寒天玉に含ませた濃度依存的に NO₃⁻濃度勾配が形成されており,ダイズシストセンチュウは27.1 μM/mm 以上の濃度勾配を認識していることが明らかとなった。

1.3 ダイズシストセンチュウの NO -への誘引機構の解析
NO₃⁻は土壌中に普遍的に存在する無機化合物である。土壌中のような周囲に NO₃⁻を含む環境下においても NO₃⁻の濃度勾配を認識し誘引されるのかを検討するため寒天培地中に NO₃⁻を添加し誘引試験を行った。その結果,3 mM の NO₃⁻を含む培地上では 500 mM の NO₃⁻を含む寒天玉への誘引が抑制された。この時の NO₃⁻濃度勾配は 143 μM/mm であり,誘引に必要な 27.1 µM/mm を超える濃度勾配であったにも関わらず NO₃⁻に対する誘引活性が抑制されていたことから,周辺に NO₃⁻が存在する環境下では NO₃⁻は誘引活性を示さず,宿主植物認識に関わる誘引物質とは異なる可能性が考えられた。さらに宿主であるアズキ根を用いて誘引試験を行った結果,アズキ根への誘引は寒天培地中の NO₃⁻の存在に影響されなかったことから,NO₃⁻は宿主由来誘引物質ではないことが明らかとなった。

さらに NO₃⁻と構造的なアナログである,ClO₃⁻,SO₃²⁻,CO₃²⁻を含む塩を用いて誘引試験 を行ったところ,全てのアナログに対して誘引活性を示した一方で,3 mM の NO₃⁻を含む培 地上では,アナログへの誘引が抑制された。NO₃⁻を含め,今回用いた NO₃⁻アナログは,す べてオキソアニオンに分類される化合物で,三角錐形または平面三角形構造を持つことから,ダイズシストセンチュウはオキソアニオンの分子構造を認識していることが示唆された。

2. ダイズシストセンチュウの誘引に関与する遺伝子の探索
2.1 de novo transcriptome assembly によるダイズシストセンチュウ遺伝子の取得
前述のダイズシストセンチュウ誘引物質の探索の結果,植物由来誘引物質ではないものの NO₃⁻を誘引物質として見出すことができた。そこで宿主認識に特異的に関与する遺伝子を取得するため,アズキ根,または NO₃⁻への誘引途中のセンチュウにおける遺伝子発現変動を RNA-seq により解析した。コントロールとして寒天培地上に 30 分間静置したセンチュウを Mock 処理群とし,NO₃⁻を含む寒天玉へ誘引途中のセンチュウを NO₃⁻処理群,アズキ根への誘引途中のセンチュウを Root 処理群,NO₃⁻を含む培地中でアズキ根へ誘引途中のセンチュウをNO₃_Root 処理群としてRNA を抽出しライブラリーを作製した。シークエンス後,Trinityによる de novo transcriptome assembly を行ったところ 136,678 個のコンティグを得た。ドラフトゲノムが報告されているジャガイモシストセンチュウやキタネコブセンチュウでは推定遺伝子数がそれぞれ 14308 個,14419 個であり,Trinity によりバリアントやミスアッセンブルが多数出力されと推測した。さらに Assembly の精度を BUSCO により評価した結果,Single-Copy Orthologs のうち 75.6%に一致する遺伝子が存在したが,60.0%は duplicate と判断されコンティグ中に重複した遺伝子が多量に存在していることが示唆された。RNA-seqのリファレンス配列中に重複した遺伝子が存在する場合,統計解析において有意な遺伝子が検出されにくくなる。そこで CD-HIT-EST によりクラスタリングを行ったがコンティグ数や Single-Copy Orthologs のduplicate 率は減少しなかった。そのため TransDecoder によるジャンクコンティグやキメラコンティグの除去,BLAST 解析によって Nematoda 門以外に一致したコンタミネーション由来コンティグの除去を行い,さらに Corset と Lace を用いて Super- Transcript の構築を行った(SuperTranscript_contig)。その結果,他の植物寄生線虫の遺伝子数と同程度の 14,302 個のコンティグを得た(N50:1,680 bp)。また BUSCO により評価したところ,Single-Copy Orthologs のうち 72.9%がsingle,1.9%が duplicate と判定された。

2.2 変動遺伝子の抽出
SuperTranscript_contig をリファレンスとし CLC genomics workbench により,発現量を定量した。主成分分析(Principal Component Analysis; PCA)の結果,同じ処理を行ったサンプル内はまとまって分布していることから,各サンプル内のばらつきは少ないことが明らかとなった。Mock 処理群と比較して FDR<0.05 かつ Fold change>1.5 もしくは<1/1.5 の遺伝子を differentially expressed genes (DEGs)とし抽出したところ,NO₃⁻処理群で 137 遺伝子(上昇遺伝子は 25 個,減少遺伝子は 112 個),Root 処理群では 240 遺伝子(上昇遺伝子 110 個,減少遺伝子 130 個),NO₃_Root 処理群では 469 遺伝子(上昇遺伝子 260 個,減少遺伝子 209個)を抽出することができた。NO₃⁻処理群において有意な変動が見られず,Root 処理群, NO₃_Root 処理群で共通して上昇した宿主根への誘引時特異的な DEGs は 58 遺伝子(上昇遺伝子 40 個,減少遺伝子 18 個)であった。BLASTX を用いて C. elegans タンパク質のホモログ検索やInterProScan を用いたドメイン検索を行った結果,上昇遺伝子中に G protein-coupled receptor (GPCR) や receptor-type guanylate cyclase 9 (rGCY9),また GPCR シグナル伝達に関与する guanine nucleotide-binding protein alpha-3 subunit(GPa-3)のホモログと予想される遺伝子が 11 個存在していた。C. elegans においてこれらの遺伝子は誘引物質の認識に関わることが示されていることから,宿主根への誘引にこれらの遺伝子が関与している可能性が考えられた。また,これまでに植物寄生線虫に宿主根抽出物を処理することで宿主への感染時に必要とされるエフェクタータンパク質の発現量が上昇することが知られているが,de novo assembly で得られたエフェクタータンパク質遺伝子 549 個の中で有意に発現上昇していたものは 19 個しか存在せず,その発現上昇量も低かったことから宿主根への誘引途中にはエフェクタータンパク質遺伝子は応答せず,宿主根到達後,別の因子によってエフェクタータンパク質の発現量が制御されていると推測された。

3. 誘引に関与する遺伝子の機能解析
3.1 RNAi 条件の検討
前述の通り,RNA-seq により,宿主根誘引時特異的に発現上昇した遺伝子の中で 11 個の遺伝子が C. elegans において化学走性に関与する遺伝子のホモログであると予想された。そのためこれらの遺伝子の機能解析を行うこととした。C. elegans においては変異体作出による遺伝子ノックアウト法が確立されているが,ダイズシストセンチュウをはじめとする植物寄生線虫では確立されていない。一方で,ソーキングを用いた RNAi 法による遺伝子ノックダウンは植物寄生線虫にも適応可能であり,ダイズシストセンチュウを含む複数の植物寄生線虫種で RNAi 法によるエフェクター遺伝子の機能解析が行われている。そこで,ダイズシストセンチュウの宿主認識に関与すると推定した遺伝子群について遺伝子機能抑制体の宿主根への誘引活性を評価することで,その機能解析を行うこととした。

ダイズシストセンチュウの RNAi 条件は複数報告されているため,それらの条件を参考にして最適な RNAi 条件の検討を行った。検討には宿主根誘引時特異的に発現上昇した遺伝子の中で GPa-3 と GPCR ホモログ遺伝子 (GPCR2) の dsRNA を用いた。ネガティブコントロールとして GFP 遺伝子の dsRNA (dsRNA_GFP) を使用した。in vitro で合成したそれぞれの dsRNA を 1.0 mg/ml および 2.5 mg/ml の濃度で,ソーキング時間を 4 時間,もしくは 24 時間として処理した結果,dsRNA 濃度 1 mg/ml ,24 時間ソーキング処理を行ったとき, dsRNA_GFP と比較して発現量が最も抑制されることが明らかとなった。

3.2 宿主根誘引時に変動する遺伝子の RNAi による機能解析
前述のRNAi 条件を用いて宿主根誘引時に特異的に変動する遺伝子の中でGPa-3,GPCR2, rGCY9 ホモログ遺伝子についてdsRNA の合成,遺伝子機能抑制を行い,宿主根への誘引試験を行った。その結果,3 遺伝子全てにおいて遺伝子機能抑制体は,宿主根への誘引が有意に抑制されていた。さらに根に侵入した個体数も減少していた。加えて,rGCY9 ホモログに関しては dsRNA のオフターゲット効果による影響を考え,さらに2種類の異なる dsRNA領域を用いて同様に実験を行ったが,どちらのdsRNA 領域を用いても宿主根への誘引が有意に減少しており,根への感染率も低下していたことから rGCY9 ホモログの遺伝子機能抑制は宿主根への誘引に影響を与えることが明らかとなった。

3.3 rGCY9 ホモログの RNAi による機能解析
これまでに植物寄生線虫の誘引や感染を減少させる遺伝子は複数見出されている。これらの遺伝子の機能抑制は宿主根への誘引や感染を減少させるが,その原因は運動性の低下や感染に必要な口針突出数の減少など,宿主認識とは異なる機構に影響を与えるものであった。そこでrGCY9 の機能抑制による宿主根への誘引や感染の減少が宿主根の認識の欠損によるものかを評価するために,rGCY9 機能抑制体 (dsRNA_rGCY9) の運動性および,口針突出数を評価した。その結果,dsRNA_rGCY9 の運動性,口針突出率ともにdsRNA_GFP と比較して全く変化を示さなかった。さらに dsRNA_rGCY9 の宿主根への感染率の低下が宿主根への誘引のみならず感染力へ影響しているかを評価するため,宿主根上へ直接 dsRNA_rGCY9を接種し,24 時間後の感染率を評価した。その結果,dsRNA_GFP と比較して有意な感染率の減少を与えなかったことから,dsRNA_rGCY9 による宿主根への誘引試験後の感染率の減少は宿主への誘引行動の低下に起因することが明らかとなった。

3.4 rGCY9 遺伝子の下流で機能する TAX2 遺伝子の機能解析
C. elegans においてrGCY9 の下流で環状ヌクレオチド依存性チャネルであるTAX2 が化学走性に関与することが知られている。RNA-seq の結果,誘引時に TAX2 ホモログの発現も確認できたことから,RNAi 法により機能抑制体を作製し宿主根への誘引活性を評価した結果,宿主根への誘引及び寄生が有意に抑制されていたことからrGCY9 を介したシグナル伝達経路がダイズシストセンチュウにも保存されており,宿主認識に関与することが示唆された。

総 括
本研究により,ダイズシストセンチュウの宿主への誘引現象に関与する遺伝子の同定を行うことができた。特に rGCY9 ホモログ遺伝子は機能抑制によってダイズシストセンチュウの運動性や口針突出率などには全く影響を与えず,宿主根への移動のみに影響を与える遺伝子であった。宿主認識特異的に機能する遺伝子の報告はこれまでになく,本研究により初めて見出すことができた大きな成果である。さらに C. elegans において rGCY9 の下流で化学走性に関与するTAX2 ホモログもダイズシストセンチュウに存在しており,宿主認識に関与していたことから,種によって認識する化学物質は異なるものの,化学走性に関わるシグナル伝達経路は広く保存されている可能性が示唆された。同様に GPa-3 ホモログの上流や下流で機能する遺伝子群も RNA-seq で発現を確認しており,今後これらの遺伝子群の機能解析を行うことで宿主認識機構の詳細が明らかになると考えられる。

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