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北海道の農村地域における地域活動の継続要因

池上, 大地 北海道大学

2023.09.25

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北海道の農村地域における地域活動の継続要因

池上, 大地

北海道大学. 博士(農学) 甲第15602号

2023-09-25

10.14943/doctoral.k15602

http://hdl.handle.net/2115/90750

theses (doctoral)

Ikegami_Daichi.pdf

Instructions for use

Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

北海道の農村地域における地域活動の継続要因

北海道大学大学院農学院
環境資源学専攻 博士後期課程

池 上

大 地





序章



1.研究の背景



2.本研究の構成



引用文献



第1章 地域コミュニティにおける課題と研究の目的



1.1 地域コミュニティをめぐる農村政策の変遷



1.2 既往研究の整理

11

1.3 本研究の目的

14

引用文献

15

第2章 農村地域の状況

19

2.1 道内市町村の人口の状況

19

2.2 農業経営の状況

22

2.3 人口減少による地域コミュニティへの影響

31

2.4 小括

36

引用文献

37

第3章 地域コミュニティを支える地域活動

41

3.1 地域コミュニティと地域活動

41

3.2 地域活動の成功例と表彰制度

43

3.3 北海道内の地域活動の特徴

48

3.4 地域活動の実践例

51

3.5 小括

55

引用文献

56

第4章 地域活動の課題

57

4.1 現状

57

4.2 研究方法

57

4.3 結果

60

4.4 考察

72

4.5 小括

75

引用文献

75

アンケート様式

78

第5章 コロナ禍における地域活動のレジリエンス

85

5.1 コロナによる地域社会への影響

85

5.2 コロナによる地域活動への影響

88

5.3 地域活動のレジリエンス

99

5.4 小括

101

引用文献

102

終章 まとめと結論

105

1.各章のまとめ

105

2.まとめと提案

107

引用文献

110

謝辞

111

付録 A 幌加内町の活動団体へのヒアリング調査結果(2019 年)

113

付録 B 休止団体へのヒアリング調査結果(2019 年)

118

付録 C 活動団体へのヒアリング調査結果(2023 年)

127

序章
1.研究の背景
国内の総人口は,2008 年の 1 億 2808 万人をピークに減少が続いている。2022 年(10 月
末)の人口は 1 億 2483 万人と,2008 年から約 3%の減少であった。一方,全国の動向に比
べて北海道の人口減少は約 10 年早く進んでおり(国土交通省(2016))
,1997 年の 570 万人
をピークに 2022 年(10 月末)には 515 万人へと,約 10%減少している。
国内の農村地域の人口減少と高齢化の進行は,より深刻である。人口減少は 1970 年から
一貫して続いており,高齢化の進行は都市部に比べて 20 年程度早い(農林水産省(2021))

この状況は,農業経営を困難にするとともに,農村地域の資源保全活動を担ってきた地域コ
ミュニティの維持にも大きな影響を及ぼしている。
農村地域における人口の社会減が始まったのは,1950 年代半ばからの高度経済成長期で
ある。農村地域から都市部への人口流出と地域間格差の拡大などを背景に,国土の利用,開
発および保全に関する総合的な計画として,1962 年に全国総合開発計画(第 1 次の全国計
画)が制定され,地域間の均衡ある発展が基本目標とされた。また,農業者と他産業従事者
間の所得格差を是正するため,1961 年に農業基本法が制定され,農業の発展と農業従事者
の地位の向上が目標と定められた。さらに,1965 年に山村振興法,1969 年には農業振興地
域の整備に関する法律が制定され,1970 年代には農業農村整備事業においても従来の目的
である農業生産性の向上に加え,農村地域の集落排水や農道といった生活環境の改善を図
る農村整備事業が開始されている。
1990 年代になると,出生率の推移から,農村地域のみならず国内の総人口が減少する時
代が間もなく到来することが明らかとなる。1998 年制定の「21 世紀の国土のグランドデザ
イン」
(第 5 次の全国計画)では,それまでの国主導による国土開発ではなく,国と地域が
役割を分担し連携して,地域の選択と責任に基づく地域づくりを重視する方向へと方針転
換がなされた。農村地域は多自然居住地域として位置づけられ,都市部やアジアとの交流を
通して,農村地域の豊かな自然環境を国民に提供する多面的機能の役割が改めて重視され
るようになった。
農政においても,同時期の 1999 年に新基本法である食料・農業・農村基本法が制定され,
新たな基本理念として,多面的機能の発揮,農村の振興が掲げられている。人口減少と高齢
化により耕作放棄地が急増する中,新基本法制定を受けて策定された食料・農業・農村基本
計画では,条件不利地域であるが,多面的機能に大きく関わる中山間地域の耕作放棄地の増
加を抑制するため,中山間地域直接支払制度が創設されている。また,農家数の減少により
地域コミュニティが担ってきた資源保全活動に支障が生じる状況となったことから,2007
年に農地・水・環境保全向上対策制度が創設され,非農家も含めた地域住民による活動を支
援することが可能となった。これらの事業制度の創設を踏まえ,2008 年に策定された土地

1

改良長期計画では,農村におけるソーシャル・キャピタルに相当するものとして農村協働力
が初めて明記され,以降の土地改良長期計画においても農村協働力を活かした資源保全活
動が重要な施策とされている。
2020 年 1 月に国内で最初の感染が確認された新型コロナウイルス感染症(以下,「コロ
ナ」)は,人々の行動や意識,価値観にまで影響を及ぼしたが,社会のデジタル化を推し進
める一因ともなり,テレワークや遠隔診療・遠隔教育などリモートサービスの活用が進展し
たことは,都市住民の農村地域への移住を促す機会となった(農林水産省(2021))。2022 年
には,
「農山漁村の活性化のための定住等及び地域間交流の促進に関する法律」が改正され,
農用地の保全等により多面的機能の維持を図りつつ,農山漁村振興交付金を活用した農泊
施設の整備や,商品開発,農村型地域運営組織(以下,
「農村 RMO」
)の形成等により農村の
振興を推進することとされている。
そして現在,人口減少・少子高齢化だけでなく,災害リスクや環境問題,さらにコロナの
社会的影響を背景に,新たな国土形成計画(第 8 次の全国計画)の策定について議論が行わ
れている。2022 年 7 月の国土審議会では,中間とりまとめとして,地域の関係者がデジタ
ルを徹底活用して自らデザインする新たな生活圏を構築する方針を提案している。ただし,
中間とりまとめに先立つ国土審議会計画推進部会国土管理専門委員会では,持続可能な国
土の管理・利用を推進するためには,農村地域の現況の土地利用に必ずしも囚われず,すべ
てを保全していくことはできないという視点に立ち,地域が自ら確保したいと考える場所
を重点的に保全していくという考えも必要であるとの意見が示されている。
このように,農村地域の環境整備,資源保全活動に対する直接支払制度,さらに農家や地
域住民の様々な活動を支援する交付金事業など,農地を保全し,農村の振興を図るための政
策が連綿と実施されてきた。それにもかかわらず,今なお農村地域の過疎化・高齢化に歯止
めはかかっておらず,地域コミュニティの維持が喫緊の課題となっている。
2.本研究の構成
上記の社会的背景を踏まえ,第1章では,地域コミュニティをめぐる農村政策の変遷およ
び地域コミュニティにおける課題について既往研究の整理を行い,本研究における課題を
設定した。次に,人口や農業に関する統計情報等を整理し,道内の農村地域の状況と課題を
把握した(第2章)

第3章では,地域コミュニティを支える地域活動団体を対象に行った調査結果(表序.1)
から,道内の地域活動の特徴を検討した。調査対象は,地域活動を表彰する制度において表
彰実績のある団体とした。本研究では地域活動の継続性に着目していることから,表彰実績
のある団体は活動の継続性が高く,調査対象とすることが適していると考えた。第4章では,
それらの調査結果をもとに,地域活動を継続する上での課題と継続要因について検討した。
第5章では,あらゆる活動が制約を受けることとなったコロナ禍での活動状況と活動団

2

体の認識の変化を調査した結果から,地域活動のレジリエンスについて検討した。
終章では,上記の検討を踏まえ,地域コミュニティを維持していくために地域活動に求
められる役割について考察し,今後の活動展開に向けた提案を行った。
表序.1

調査内容一覧

実施年

調査方法

内容

2019

資料調査

2019

ヒアリング調査

幌加内町の活動団体を対象に,活動内容を聞き取り。

2019

ヒアリング調査

活動休止団体(9 団体)を対象に,活動休止要因を聞き取り。

2020

アンケート調査

活動団体(160 団体)を対象に,満足度調査を実施。

2022

アンケート調査

活動団体(155 団体)を対象に,満足度調査を実施。

2023

ヒアリング調査

活動団体(8 団体)を対象に,コロナ禍での活動の変化を聞き取り。

北海道開発局提供資料をもとに,道内の地域活動状況を把握。

引用文献
国土交通省(2016)
(参照 2018.11.16)
:北海道総合開発計画について,国土交通省 Web サ
イト,< https://www.mlit.go.jp/hkb/hkb_tk7_000059.html>.
農林水産省(2021)
(参照 2022.4.4):土地改良長期計画,農林水産省 Web サイト,
.

3

4

第1章

地域コミュニティにおける課題と研究の目的

1.1 地域コミュニティをめぐる農村政策の変遷
1.1.1 農村の役割
農村は,人間が生きていくために必要な食料を生産する場としての役割だけでなく,農
村で農業が継続して行われることにより,国土の保全,水源の涵養,自然環境の保全,良
好な景観の形成,文化の伝承など,安定した国民生活の維持に重要な多面的機能を提供す
る役割を有している。
農村が有するこれらの役割は,わが国で稲作が始まった時代から現代にいたるまで大き
く変わることはなく,その効果を享受できることが当たり前のこととして強く認識される
ことはなかった。むしろ近年の気候変動や国際紛争による食料価格の高騰,自然災害に対
する不安の高まり,一方で経済的価値だけではなく心の豊かさを求める田園回帰の動き
が,農村の役割をこれまで以上に強く国民に認識させる機会となっている。
農村の多面的機能による利益は広く国民全体が享受するが,多面的機能の維持・効果発
現のために,実際に農地や水路の管理といった共同活動を行っているのは農村に居住する
農家や地域住民である。しかしながら,序章で述べたように,現在,農村地域の過疎化に
伴う地域コミュニティの衰退は深刻な状況にあり、維持管理のための共同活動の低下が懸
念される。
本研究では,まず地域コミュニティをめぐる農村政策の変遷について,既往研究による
評価も交えて整理する。
1.1.2 農村政策の変遷
本研究では,農業基本法における農村整備も含め,農村振興に関する政策を農村政策と
見なした。表 1.1 に示すように,国土計画と農村政策には密接な関連性が認められた。
農村における地域コミュニティの衰退は,1950 年代半ばからの高度経済成長期の農村地
域から都市部へ人口が流出した時期に始まっている。1962 年には全国総合開発計画が制定
され,人口の急激な流出に伴う農村地域の過疎化を抑えるために,公共投資により農村地
域の住宅や道路などの生活基盤が整備されるとともに,拠点開発方式の具体的手段とし
て,北海道では道央地域を新産業都市と位置づけ産業立地が進められてきた。また,
1961 年に制定された農業基本法では,農業生産性の向上,農業従事者の所得増大のほか,
農村環境の整備,すなわち「農村における交通,衛生,文化等の環境の整備,生活改善,
婦人労働の合理化等により農業従事者の福祉の向上を図ること。」
(第 2 条第 8 項)が国の
施策と定められた。
これらの政策に対して,宮本(1973)は,初期の全国総合開発計画は外来型開発であ
り,地方自治を脅かしただけでなく,本来,地域開発は自然・人間の健康・経済・政治・

5

表 1.1 国土計画と農村政策の変遷
国土計画(時代背景)
1945 国土計画基本方針
(戦後復興)

農村政策に関する法律の制定および改正の状況
1948 農業改良助長法 制定(農村の生活改良普及事業を実施)
1949 土地改良法 制定
1953 離島振興法 制定
1962 全国総合開発計画
1961 農業基本法 制定
(所得倍増計画)
1965 山村振興法 制定
1969 新全国総合開発計画
1969 農業振興地域の整備に関する法律 制定
(オイルショック)
1971 農村地域への産業の導入の促進等に関する法律 制定
1977 第三次全国総合開発計画 1985 半島振興法 制定
(安定成長への移行)
1987 集落地域整備法
1987 第四次全国総合開発計画 1990 市民農園整備促進法 制定
(東京一極集中)
1994 農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律
1998 21 世紀の国土のグランド 1999 食料・農業・農村基本法(新基本法) 制定
デザイン(第 5 次)
2000 過疎地域自立促進特別措置法 制定
(グローバリゼーション) 2005 地域再生法 制定
2008 国土形成計画(第 6 次) 2007 農山漁村の活性化のための定住等及び地域間交流の促進に関する
(人口減少)
法律 制定(関係人口の創出,集落機能の維持を図る)
2015 国土形成計画(第 7 次) 2014 まち・ひと・しごと創生法 制定
(持続可能な社会)
2015 農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律 制定
(日本型直接支払の取組を法律に位置づけ)
2015 都市農業振興基本法 制定
2016 地域再生法 改正
(地方創生推進交付金を創設し,先導的な事業を支援)
2022 国土形成計画(第 8 次) 2022 農山漁村の活性化のための定住等及び地域間交流の促進に関する
中間とりまとめ
法律 改正
(農用地の保全等により荒廃防止を図りつつ,農山漁村振興交付金
により農泊施設の整備や,商品開発,農村 RMO の形成等を支援)

出典:国土交通省(1998)
,農林水産省(2003)をもとに作成

文化など総合性をもったものでなければならないにも関わらず,公害をはじめとする社会
的損失を考慮しなかったために,国民経済全体としてはマイナスを招いたと批判してき
た。そして,労働力の急激な流出による農林業の衰退は,地価の相対的低下を招き,外来
の観光資本に土地を容易に取得させ,農村地域の自然環境の破壊を促したと述べている。
瀬田(2016)は,人口増加局面ではトップダウン型の計画による人口の誘導と基盤整備は
一定の効果はあったと評価しているものの,人口減少局面においては,人口減少を制御・
誘導する手段がほとんどなく,それぞれの地域が個々の状況や意向に応じて問題解決に取
り組まなければならないと指摘している。つまり,1970 年代から一貫して人口が減少して
いる農村地域では,外来型開発のみでは地域コミュニティ衰退の根本的な問題解決は難し
いと言える。
外来型開発に対して,1970 年代頃から「地域づくり」や「地域活性化」という言葉とと
もに実践されてきたのが内発的発展,参加型開発と呼ばれる取組である。小田切(2013)
は,このような地域づくりでは,まずは地域の住民や関係者からなる主体づくり,次に地
域の場であるコミュニティづくり,そして地域に新たな産業の循環をつくる条件づくり,
これらを通して農山村の再生を目指すと述べている。本研究では,地域住民主体による地
域づくりの取組を地域活動とみなし,地域コミュニティの維持に不可欠な活動と考えた。

6

1977 年に策定された第三次全国総合開発計画では,農村地域は定住圏構想において都市
との一体的圏域として整備することとされ,続く第四次全国総合開発計画では,農村は都
市住民が自然に触れることのできる広域的交流の場として,その多面的役割が求められる
ようになった。
1970 年代は,農政における大きな転換期であった。米の生産が過剰基調となり,その処
理のために減反政策が始まったためである。小田切(1994)は,こと米に関しては増産・
自給が第一義的な農政の目標たり得なくなり,農林水産省は新たな農政課題を設定する必
要性に迫られこと,また,1970 年代は日本列島改造論の号令のもと,大資本による投機的
な土地需要と開発が急増し,農用地の潰廃が激しく進行したこと,この大きな 2 つの状況
変化によって,農林水産省は農業の多面的機能を訴え,国民的コンセンサスを求めようと
したと推察している。そのため,1980 年代までの日本の農政における「農業の多面的機能
論」は,ゆるぎない農政の理念としてではなく,国際的な農産物需給の動向に応じて動揺
する,あるいは国内の農外条件によって変質する,いわば場当たり的・便宜的な政策部品
として位置づけられていたと喝破している。荏開津ら(1995)もまた,農業の多面的機能
は,国際競争力を失った農業を財政的に支援する 1 つの拠り所と論じている。
1990 年代のバブル崩壊を経て,21 世紀を目前に控えた 1998 年制定の「21 世紀の国土の
グランドデザイン」では,農村地域は多自然居住地域と積極的な位置づけが与えられてい
る。国土の質的向上を目指す現在の国土形成計画(第 7 次)でもこの位置づけは変わら
ず,農村地域は「生産活動や土地利用の状況,住民の生活様式等があいまって,その魅力
を創出しており,自然環境と生産基盤,生活環境の調和を図ることが必要」とされてい
る。宮口(2020)は,都市部にはない低密度な居住空間が存在することが農村地域の価値
であり,持続可能な地方分散型国土利用として評価している。
農政においても,1999 年に新基本法である食料・農業・農村基本法が制定され,食料・
農業・農村基本計画が策定されている。農村の振興に関する政策(表 1.2)を見ると,中
山間地域等の振興と資源管理,そして都市農村交流に関する政策が一貫して行われてお
り,2010 年以降は,地域コミュニティ(集落)機能の維持を重視していることが窺える。
このように,当初の「農業の多面的機能論」は暫定的な政策としての面が強かったと言
えるが,国土計画における位置づけに見られるように,農村に対する都市住民からのニー
ズは時代を経るにつれて大きくなっている。また,多面的機能に関する取組の広がりとそ
の研究成果の蓄積(例えば,嘉田(2000)や農業工学研究所(2004)
)によって,農業の
多面的機能は国民から一定の諒解を得ていると見なすことができる。一方で,多面的機能
を発揮させるためには,農業を継続していくことをはじめ,農村に住民が居住し,農村の
生活空間や良好な自然環境を保全していくことが必要であるが,人口減少時代では,その
担い手である農家や地域住民もまた減少せざるをえない。近年の農村政策の視点が,多面
的機能の役割を担う地域コミュニティに向かっているのは,農政における危機感の表れと
言える。

7

表 1.2 食料・農業・農村基本計画における地域政策※の変遷
年度
2000

2005

2010

2015

2020

農村の振興に関する政策目標(2020 のみ,政策目標に加え,施策と具体的取組を記載)
(1) 農村の総合的な振興
(2) 中山間地域等の振興
(3) 都市と農村の交流
(1) 地域資源の保全管理政策の構築
(2) 農村経済の活性化
(3) 都市と農村の共生・対流と多様な主体の参画の促進
(4) 快適で安全な農村の暮らしの実現
(1) 農業・農村の 6 次産業化
(2) 都市と農村の交流等
(3) 都市及びその周辺の地域における農業の振興
(4) 集落機能の維持と地域資源・環境の保全
(5) 農山漁村活性化ビジョンの策定
(1) 多面的機能支払制度の着実な推進、地域コミュニティ機能の発揮等による地域資源
の維持・継承等
(2) 多様な地域資源の積極的活用による雇用と所得の創出
(3) 多様な分野との連携による都市農村交流や農村への移住・定住等
(1) 地域資源を活用した所得と雇用機会の確保
① 中山間地域等の特性を活かした複合経営等の多様な農業経営の推進
② 地域資源の発掘・磨き上げと他分野との組合せ等を通じた所得と雇用機会の確保
ア 農村発イノベーションをはじめとした地域資源の高付加価値化の推進
イ 農泊の推進
ウ ジビエ利活用の拡大
エ 農福連携の推進
オ 農村への農業関連産業の導入等
③ 地域経済循環の拡大
ア バイオマス・再生可能エネルギーの導入,地域内活用
イ 農畜産物や加工品の地域内消費
ウ 農村における SDGs の達成に向けた取組の推進
④ 多様な機能を有する都市農業の推進
(2) 中山間地域等をはじめとする農村に人が住み続けるための条件整備
① 地域コミュニティ機能の維持や強化
ア 世代を超えた人々による地域のビジョンづくり
イ 「小さな拠点」の形成の推進
ウ 地域コミュニティ機能の形成のための場づくり
② 多面的機能の発揮の促進
③ 生活インフラ等の確保
ア 住居,情報基盤,交通等の生活インフラ等の確保
イ 定住条件整備のための総合的な支援
④ 鳥獣被害対策等の推進
(3) 農村を支える新たな動きや活力の創出
① 地域を支える体制及び人材づくり
ア 地域運営組織の形成等を通じた地域を持続的に支える体制づくり
イ 地域内の人材の育成及び確保
ウ 関係人口の創出・拡大や関係の深化を通じた地域の支えとなる人材の裾野の拡大
エ 多様な人材の活躍による地域課題の解決
② 農村の魅力の発信
ア 副業・兼業などの多様なライフスタイルの提示
イ 棚田地域の振興と魅力の発信
ウ 様々な特色ある地域の魅力の発信
③ 多面的機能に関する国民の理解の促進等

※地域政策は,多面的機能の維持・発揮を促進する政策。農林水産省は,農業や食品産業の
成長産業化を促進する「産業政策」と「地域政策」を併せて施策を講じることとしている。
※下線は,地域コミュニティに関する政策。

8

1.1.3 農業農村整備事業の動向
農業農村整備事業は,大きく 2 つの内容に区分される。 ...

この論文で使われている画像

参考文献

帝国データバンク 史料館・産業調査部(2009)

『百年続く企業の条件 老舗は変化を恐れな

い』,朝日新聞出版.

カリ・ニクソン(2022)

,桐谷知未訳:

『パンデミックから何を学ぶか―子育て・仕事・コミ

ュニティをめぐる医療人文学』

,みすず書房.

小田切徳美(2013)

(参照 2018.11.16):地域づくりの実態と論点-農山村を中心にして-,

首相官邸「ふるさとづくり有識者会議」Web サイト,

<https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hurusato/dai1/siryou6.pdf>.

小磯修二・草刈健・関口麻奈美(2014)

『コモンズ

地域の再生と創造 北からの共生の思

想』,北海道大学出版会.

中井和子(2007):農業地域のランドスケープ(淺川昭一郎編,『北のランドスケープ 保全

と創造』),環境コミュニケーションズ,117-133.

中室牧子(2023)(参照 2023.3.16)

:子どもの体験格差を解消 中室牧子教授らがプロジェ

クト,教育新聞電子版,< https://www.kyobun.co.jp/news/20230126_01/>.

110

謝辞

本論文をとりまとめるにあたり,北海道大学大学院農学研究院生物環境工学分野農業土

木学研究室の井上京教授と山本忠男准教授には,懇切なるご指導と多大なるご支援を賜り,

深く感謝申し上げます。

本研究を実施するにあたり,北海道開発局から多くの情報をご提供いただきました。また,

本論文の根幹となるアンケート調査およびヒアリング調査には,多くの地域活動団体の皆

様にご協力をいただきました。心から感謝申し上げます。

北海道大学農学部の山岡萌さん(現:北海道庁)

,堀尾洋輔さんには,調査およびデータ

解析に関して多大な協力をいただきました。厚く御礼申し上げます。

国立研究開発法人土木研究所寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループの上司・同僚の

皆様には,多くのご助言とご支援をいただきました。深く感謝申し上げます。

最後に,全面的に支えてくれた家族に感謝します。

111

112

付録A

幌加内町の活動団体へのヒアリング調査結果(2019 年)

ヒアリング調査は,表に示す団体を対象に,2019 年 7 月に行った。聞き取り内容は,活

動のきっかけや具体的な活動内容などである。調査結果の概要は,第3章の「3.4.3 ヒア

リング調査結果」に示す通りである。以下に聞き取った内容の詳細を記載する。

表付.1 ヒアリング調査対象団体(2019 年)

対象団体

幌加内町そば祭り実行委員会

コンクールへの応募

聞き取り方法

第 1,2 回応募

対面

第 1,3 回応募

対面

第 3,8 回応募

対面,メールにて情報提供

第 2 回応募

電話,メールにて情報提供

対面

(以下,「そば祭り実行委員会」

幌加内町そば活性化協議会

(以下,「そば活性化協議会」)

北海道幌加内高等学校

(以下,「幌加内高校」)

(株)ほろかない振興公社

(以下,「ほろかない振興公社」

幌加内町役場(総務課・産業課)

幌加内町役場(総務課・産業課)

<幌加内町の農業の状況>

・幌加内町の農家戸数は 110 戸,平均農家所得は 548 万円。転作奨励金のため作付けが大き

いほど所得も高く,後継者も U ターンで戻ってきている。クリーン農業の取組面積は,町

内の農地 4,886ha 中,1,303ha(約 30%)

・一方で,転作奨励金があるために農業総収益のうち半分以上が補助金という状況。町役場

としては,補助金に頼っている現状は本来の農業ではないと考えており,そばだけではな

く,野菜などを生産するように農家への働きかけを行っているところだが,若い農家には

なかなか伝わらず,苦慮している。

・農福連携については,そばの栽培には機械作業が多く,手作業が少ないため,現在のとこ

ろ、農福連携で取り組める内容はない。

<地域活動団体と行政の連携状況>

・町内の地域活動団体とは,そばの栽培から加工・販売,そばうちの指導まで,幅広く関わ

っている。1999 年に幌加内町そば活性化協議会が設立され,それまで町内にあった生産

者主体の団体や製粉関係の団体などが協議会として組織化された。

113

・現在,農家所得が高く,後継者も確保されているため,町内には新規就農のための農地が

ない。そのため,そば農家として新規に就農することは難しいが,ほろかない振興公社に

就職し,製粉などの加工産業に関わることは可能。2019 年には 1 名就職している。現在,

製粉は町内で行っているが,製麺は町外(旭川市など)に委託しており(そば焼酎も九州

で製造),今後,町内での製造ができないか検討している。

・地域おこし協力隊は,現在は 2 名が町内で活動している。1名はほろかない振興公社で製

粉の作業を行い,もう1名は道の駅ルオントで販売スタッフとして働いている。ただし,

現在のところ,協力隊員と地域住民との交流も限られており,協力隊員の活用について今

後検討が必要と考えている。協力隊員には協力隊員のネットワークがあるが,受け入れる

側の町としても近隣市町村と連携し,協力隊員の受け入れについて情報共有する必要が

あると考えている。

活動団体:そば祭り実行委員会

活動内容:都市交流,地域内活性化

話し手:事務局長 H 氏

<活動団体の概要>

・年に 1 回開催する新そば祭りの企画運営を行っている。新そば祭りは,1994 年にそば生

産者が中心となって,幌加内のそばを PR するために始めた。新そば祭りの開催にあたっ

ては,そば活性化協議会(1999 年設立)とも連携し,町全体で協力体制が出来上がって

いる。

・新そば祭りは,現在は 2 日間で 4 万人が訪れるほど注目度の高いイベントとなったが,民

間主導で進めたことが成功の要因と考えている。現在は,町内の人口が減少している影響

で,真そば祭りに関わる人も減少してきている。新そば祭りの時期以外にも来訪者を増や

すことが課題。

・新そば祭りの新規出店者には,実行委員会から声をかけている。世界そばマルシェなどは

隔年で開催されるイベントであり,年度ごとに実行委員会で企画を考えている。

・新そば祭りをきっかけに,町内外で始まった交流はないが,新そば祭りの認知度が高くな

り,多くの人が幌加内町を訪れるようになったと認識している。

114

活動団体:そば活性化協議会

活動内容:都市交流,景観,地域内活性化

話し手:事務局長 H 氏

<活動団体の概要>

・そば活性化協議会が町内の商工会も含めた総合的な組織であり,町内の関係団体と連絡調

整を行っている。そば活性化協議会の中核は,JA 幌加内そば部会。JA 青年部も参加して

おり,幅広い世代が関わっている。代替わりは定期的に行っている。

・幌加内高校とは、そばの栽培指導や,そば道場でのそばうち指導など,日常的にやりとり

を行っている。

活動団体:幌加内高校

活動内容:都市交流,景観,地域内活性化

話し手:校長 N 氏

<活動団体の概要>

・幌加内高校が新そば祭りに初参加したのは 1994 年。それ以降,継続して参加している。

・幌高商店会(アンテナショップ)は,2013 年までは,有志の生徒がボランティアで販売

体験を行っていたが,2014 年からは全校生徒で取り組んでいる。2015 年からは年 4 回の

開催に増やし,幌加内町民の認知度も上がり,来場者数と売上が大きく伸びた。しかし,

準備段階から教師の指示がないと動けない生徒が続出し,これが新たな課題となり,2016

年からは,生徒自身(農業クラブ)が主体となって企画運営を考える体制とした。

・幌加内高校は,町立定時制農業科高校である。地域連携の要は,生徒・教職員がその地域

に居住するのが重要と考えている。幌加内高校の場合,寮生は幌加内町に住民登録し,教

職員についても特別な事情がない限り住民登録している。課題としては,生徒・教職員と

もに地域行事に参加する際に,地域住民として参加する面と教育活動として参加する面

があり,業務なのか私事なのか管理職として管理が難しい時がある。

<他団体との連携状況>

・幌加内高校では,

「幌加内町そば活性化協議会」,

「幌加内町登録商標使用審査会」,

「幌加

内町新そば祭り実行委員会」,

「幌加内町観光協会」

「幌加内町社会福祉協議会」,

「NPO 法

人シュマリナイ湖ワールド」等の各種会議に教職員が出席し,連携している。

・地域活動は,本校のテーマでもあり,特に「農業高校の学校農場を活用した農業クラブ活

動の充実」は学校経営の基本でもある。生徒が幌高商店会(アンテナショップ)の活動を

通してマーケティングの見方で探求するようになった。入学当初は,生徒自身で行動を起

115

こすことができないが,主体的に試行錯誤や工夫して行動できる段階へと変化している。

この学習効果(

「社会人基礎力」の育成につながる)がとても大きい。

・町内の小中学校や福祉施設とは,食育や就業体験で以下のような交流がある。

社会福祉法人 恵新福祉会双葉保育園(インターンシップ就業体験実習)

幌加内町立幌加内小学校(花壇造成交流=土育,そば打ち体験交流=食育)

幌加内町立朱鞠内小学校(そば打ち体験交流=食育)

幌加内町立幌加内中学校(そば打ち体験交流=食育)

<卒業後の進路>

・幌加内町は中山間地域特有の過疎地のため,就職する企業が圧倒的に少ない。求人があっ

たとしても,正社員ではなく契約・派遣社員といった雇用条件の場合が多い。そのため,

町内の経済環境が確保されない限り,地元就業者は増加しないと考えている。

・幌加内高校における過去 5 年間(2015~2019)の卒業生の進路は下記の通り。

2015 年 3 月卒業生 22 名

内訳:進学 6 名

就職 13 名 ※町内での就職 1 名(日本郵便(株)北海道支社幌加内郵便局)

2016 年 3 月卒業生 13 名

内訳:進学 7 名

就職 5 名 ※町内での就職 1 名((株)そば工房坂本,本校そば外部講師助手)

2017 年 3 月卒業生 20 名

内訳:進学 7 名

就職 13 名 ※町内での就職 0 名

2018 年 3 月卒業生 17 名

内訳:進学 5 名

就職 12 名 ※町内での就職 1 名((株)幌加内土建)

2019 年 3 月卒業生 17 名

内訳:進学 5 名

就職 12 名 ※町内での就職 1 名((株)ほろかない振興公社)

116

活動団体:ほろかない振興公社

活動内容:6 次産業化

話し手:営業課長 A 氏

<活動団体の概要>

・1984 年に,幌加内町の新しい産業の開発を軸に,農産物の付加価値を高めた商品開発が

求められていた(雇用の拡大にも繋がるため)ことから,地場産品を使用した研究・試作

を開始した。畜産加工,乳製品加工,山菜加工,鶏燻製,ハム,ジュース製造などを試作

した。

・1988 年には農業加工総合研究センターが着工し,それを機に「一般粉体事業」,

「そば粉

体事業」,

「笹紙製造事業」の 3 つの事業を開始した。特に「そば粉体事業」は,幌加内町

が全国一のそば産地でありながら,産地銘柄がなく,知名度も低いことが背景にあった。

・また,そば粉の価格は相場変動により不安定な状況にあったため,特色あるそば粉のブラ

ンドを確立し,付加価値を高めるための研究を開始した。そばの生麺に加え,半生麺と乾

燥麺を製造し販売した。

・「笹紙製造事業」は,家電のメーカーがスピーカーの振動板開発に笹パルプを採用したこ

とで需要が拡大した。

・1994 年に,第3セクターによる管理運営方式を採ることになり,現在に至る。

・従業員は,農産加工センターに約 6 割,運営するせいわ温泉ルオントに約 3 割という配置

になっている。年齢構成は,30 代から 60 代が多く,地域おこし協力隊が 2 名勤務してい

る。

・特産品開発の過程で,2018 年に「そばジェラート」のパッケージ・デザインの開発の際

に幌加内高校生が関わったことがある。2019 年に,幌加内高校の卒業生が 1 名就職した。

117

付録B

休止団体へのヒアリング調査結果(2019 年)

ヒアリング調査は,コンクール表彰団体ではあるが,2019 年時点で活動を休止している

8 団体を抽出し,2019 年 6 月から 11 月に行った。聞き取り内容は,活動のきっかけや具体

的な活動内容,活動費用や助成金,活動休止に至った経緯などである。なお,No.4 の団体

は新聞情報から整理したため,ヒアリング調査は行っていない。以下に聞き取った内容の詳

細を記載する。

表付.2 活動休止団体の休止要因(2019 年)

農業地域

継続

類型

年数

中間

25

中間

15

6 次産業化

平地

23

都市交流,教育

平地

15

観光,都市交流

平地

6 次産業化,雇用

山間

15

中間

20

都市交流,地域内活性化

中間

15

都市交流,地域内活性化

山間

16

教育,地域内活性化

No.

分類項目

外的要因 資金不足

都市交流,景観

地域内活性化

高齢化

後継者不在

都市交流,教育

地域内活性化

※休止要因①~④は,1 団体につき複数の要因がありうる。

※No.4 の団体は新聞情報から整理した。

活動団体:No.1(雨竜町)

活動内容:都市交流,景観,地域内活性化

話し手:団体事務局長 T 氏

<活動団体の概要>

・1995 年に設立。当初は,農業改良普及センターの指導を受けて,主に庭作りを行ってい

た。参加者は,多い時には大型バス 6 台で 200 人ほどが来た。JICA や会計検査院の職員

も来たことがある。活動していたころの後半は,福祉関係の人も来るようになった。参加

者からは食事代をいただいていた。

・道庁から補助金は受けていないが,参加者の斡旋などの協力はあった。空知建設協会から

は賞金 100 万円をいただいたことがある。

118

<活動休止(衰退)の理由>

・設立当初のメンバーが高齢化した。現在の平均年齢は 70 を超えている。

・集落に後継者がいなくなった。離農した人もいる。

・「自分たちが楽しむこと」が当団体の趣旨だが,近年の社会はそのような余裕がなく,お

金にならない活動には理解が少ない。

活動団体:No.2(森町)

活動内容:6 次産業化

話し手:団体代表 M 氏,ほか数名

<活動団体の概要>

・農産物直売所は 2004 年に開始し,2018 年に休止した。ただし,トマトジュースは自作,

トマトピューレは委託して加工を継続しており,温泉,コンビニ,道の駅で販売している。

・当地区の農家は 120 戸ほどいる。そのうちトマトをやっているのは 50 戸ほど。農産物直

売所の開設前に,2003 年にトマト生産振興協議会が設立され,共選所が稼働した。共選

所では女性が多く働いていたため,空いた時間をうまく使えないかということで,協議会

に女性部を設立した。

・女性部の役員(当初は 4 人,今は 5 人)で立ち上げ,メンバーは地域の協力者を合わせて

合計 20 人ほど。

・農産物直売所は,開始当初は 4〜11 月に,その後は 5~6 月のみ,週に 1 日開設していた。

販売開始は 14:00 であるが,10:00 から整理券を求めて並ぶ人もいた。

・廃棄処分になるような市場に出せないトマトに付加価値をつけるため,加工して販売して

いる。トマトピューレは 400g が年間 100 本。トマトジュースは大 500m ㍑,小 180m ㍑で

年間 2000 本を作っている。

・活動が休止してから,前日の袋詰め作業など,大変なことをやっていたと改めて実感した。

女性部の会員の子どもはもう町外へ出てしまったが,子どもたちは農産物直売所を楽し

みにしていた。

<活動休止の理由>

・トマト農家の減少により,トマトの生産量が減少した。多くのお客さんが買い求めに来て

くれて,需要は高かったが,規格外のトマトが足りなくなってしまった。トマトは農協か

らも買っていたが,他に出荷する分が減ってしまい迷惑がかかるようになった。

・トマト農家が離農するときは急に辞めてしまうことが多いため,第 3 者などに引き継ぐ

のも難しい。新規就農を受け入れる仕組みができていなかった。

119

活動団体:No.3(士幌町)

活動内容:都市交流,教育

話し手:元団体代表 Y 氏

<活動団体の概要>

・当団体の設立は 1985 年,活動は約 10 年前の 2009 年頃に休止した。わが村第 2 回コンク

ールで受賞(2004 年)後,間もなくの休止となった。

・当団体のメンバーは,Y 氏(2019 年現在で 79 歳)

、H 氏(Y 氏と同年代)

、町役場職員など

で計 5~6 名。酪農家は Y 氏のみ。Y 氏の前の代表(農協職員)が当団体を設立した。H 氏

は設立当初から事務局として関わってきた。

・Y 氏は,大阪出身で大学を卒業後,士幌町に入植した。

・活動を始めた理由は,あまり体を動かすことのない冬にスケートや歩くスキーをする方

が,春によく体が動くから。加えて,子どもも一緒に遊べるように,教育委員会と連携し

て町内に案内を出すようになった。

・H 氏は,親の代から士幌町内で本屋を経営しており,大学生の時に東京へ出ていたことが

ある。一度,地元を離れたこともあり,そのため Y 氏と話が合ったのかもしれない。

・当団体と教育委員会で主催するイベントは,夏と冬に1回ずつ行っていた。主に,夏はキ

ャンプで山登りや川遊び,冬は歩くスキー。子どもは小学 4~6 年生が対象で,多い時で

100 名ほどが参加し,2 回に分けて開催することもあった。子どもたちの参加費は 1,500

円。当団体の活動は,地域住民に認知されていたと思う。

<活動休止の理由>

・休止の主な理由は,事務局を務めていた O 氏の引退のため。H 氏は,イベントのアイデア

を考え,役場との調整や会計も担っていた。

・町役場からの助成は受けていなかったと思うが,会計は H 氏に任せていたので,Y 氏は把

握していない。H 氏の持ち出しもあったかもしれない。

・後継者のことは考えていなかったので,若い人に声をかけることもしなかった。自分たち

の体力が続くうちは続けるつもりだったが,60 代で子どもたちを楽しませることは体力

的にも限界だった。

120

活動団体:No.5(網走市)

活動内容:6 次産業化,雇用

話し手:元団体代表 G 氏

<活動団体の概要>

・当団体の設立は 2002 年。全国的にクラスターが設立されていた時期で,網走でも建設業

と水産業が中心となって設立された。クラスターを組むことで補助金も得られた。

・当団体には,ます寿司部会,ホタテ部会,マタタビ部会,観光部会があり,ます寿司部会

の代表が G 氏。富山の鱒寿司のマスが網走産,わっぱが置戸産であることから,東京農大

の先生の提案で,網走で鱒寿司生産を始めることにした。

・鱒寿司は,3 年間,空弁として新千歳空港や女満別空港で販売した。羽田空港での販売を

目指したが,空港のマージンが高いこと,鱒寿司を空港の近くで製造しなければならない

ことなど,ハードルが高く断念した。

・2005 年に,空弁販売を軌道に乗せるために NPO 法人格を取得したが,鱒の高騰と,鱒寿

司の作り手である T 氏が当団体から離れたことに伴い,空弁の生産を休止した。2008 年、

債務超過に陥る前にクラスターとして解散した。

・G 氏としては,当団体で培った人脈は現在も活きており,その後の様々な商品開発につな

がったと考えている。

(農漁市という朝市の開催や,網走川上流の農業地域との連携など)

<活動休止の理由>

・休止の主な理由は,2005 年頃に,鱒寿司を作る T 氏の会社が拓銀の倒産の影響で他社に

吸収合併されたため,作り手がいなくなったこと。T 氏には熱意があり,多少の不採算で

も取り組んでくれたが,代わりを務めてくれる人がいなかった。

・カラフトマスの値段が以前に比べて約 8 倍と高くなり,安定供給ができなくなった。羽田

空港で販売できれば収益も期待できたが,販売のマネジメントも不十分だった。

・クラスターという体制のため,責任の所在がはっきりしなかった。補助金に頼っていた面

もある。また,会員の異動も多かった。

<その他>

・地域活動に携わる人には,ボランティア精神のために「儲けてはいけない」と考える人が

多いが(公金を受けている場合は特に)

,継続されるためには十分に収益を得る必要があ

る。

121

活動団体:No.6(羽幌町)

活動内容:都市交流,教育,地域内活性化

話し手:元団体代表 M 氏

<活動団体の概要>

・活動時期は 1997 年から 2012 年まで。

・活動の初期は,アドバイザー(会員)が 11 名,多い時には 17 名いた。アドバイザーは退

職者が多い。活動を手伝ってくれる者の中から,自然とアドバイザーという立場になった。

・子どもは平均 40 名,多い時には 80 名が参加した。

・活動内容は,農業体験や漁業体験,自然体験,ものづくりで,年 10 回ほど開催した。

・会費は,子どもから 1,500 円,アドバイザーから 2,000 円いただいていた。

・活動の初期には,町役場の教育委員会に調べてもらい,国立青少年教育振興機構の基金

(現在の「子どもゆめ基金」)を活用し,年間 20 万円の支援を受けていた。年々,審査が

厳しくなり,支援額も少なくなった。

・行政の支援は受けない。受けたら,報告が必要になるなど,自由に活動できなくなるから。

・活動初期の 3~4 年間は,地元の小学校近くの田んぼで活動し,その後,街に近い田んぼ

で活動した。周りの農家の協力があってこそ継続することができた。

・大変だったことは,活動内容がマンネリ化しないように,子どもの興味を引くような活動

を常に考えていたこと。小学校の高学年になると,クラブや習い事で,参加してくれる子

どもが少なくなる。高学年の子がいないと,低学年の面倒をみるのが大変になる。また,

親の関心が離れないように,親をいかに巻き込むかを考えた。親の教育こそ必要であると

考えた。活動していた頃の後半には,「親子教室」を開催した。

・当団体の活動は,当時としては‘はしり’の取組で,以降の学校や行政の取組への道筋を

作ったと言えるかもしれない。当団体ならではの体験といえば,キャンプや収穫したもの

を調理して食べること,独居老人を訪問して昔ながらの遊びを教えてもらうことなど。羽

幌町で体験できることを子どもたちがすべて体験できるように取り組んできた。

<活動休止の理由>

・アドバイザーも高齢になり,いつまで活動を続けるか話し合う中で,15 年を区切りにと

いうことになった。また,当団体が行っていた活動を学校や町が行うようになった。学校

で総合学習が始まり,農業体験などは学校でもできるようになった。学校の先生は農業の

経験がほとんどないので,当団体のアドバイザーが手伝っている。町でも自然体験教室が

始まった。

・15 年も継続すれば,初期に参加した子どもも現在は大人になっているが、後継者を育て

るという考えはなかった。どうして活動を止めるのかと周りから言われたが,自分たちの

次の世代のことまでは考えてはいなかった。

122

活動団体:No.7(稚内市)

活動内容:都市交流,地域内活性化

話し手:元団体代表 F 氏

<活動団体の概要>

・ 自然から降ってくる雪を使って何かできないかと考え,雪を使ったイベントを開始した。

・ もともと 5~6 回で終わるつもりだったが,結果的には 2008 年まで計 20 回開催した。

<運営組織の仕組みと課題>

・ 活動資金は,住民からの寄付や助成金。稚内市からは 7~8 万円程度の助成があったが,

10 年程で打ち切りとなった。スポンサーは付けなかった。

・ 会員は約 30 名で,農家や地域住民。お酒やホッケなど食べ物を提供してもらった。

・ 設立当初から最後まで,宗谷支庁の地域振興課のバックアップがあったが,市役所の協

力体制は全くなかった。

・ 事前に細かい工程などは決めずに,自由参加で行うという方法で進めてきた。きちんと

した組織づくりがなされていないが,義務になると窮屈になる。

<活動休止の理由>

・ 責任者の負担が大きく,後継者が育たなかった(特に,資金確保)。

・ 代表一人では企画が行き詰まってきた(雪像のデザインなど)

・ 開催 18 回目あたりで,お酒の提供が禁止になり,20 回を区切りと考えた。

123

活動団体:No.8(浜頓別町)

活動内容:都市交流,地域内活性化

話し手:元団体代表 O 氏

<活動団体の概要>

・1995 年から 2010 年まで山村留学を受け入れてきた。毎年 5 人ほどの子どもが来て,3~4

年間滞在し,延べ 40 人ほどになった。山村留学を機に 7 家族が移住し,そのうち 3 家族

は家を建てた。1 家族は今も地域にいる。

・豊寒別地域には,以前は 40 戸の農家がいたが,現在は 24 戸。代替わりが課題。O 氏は酪

農家の 3 代目で,80ha の農地と 40 頭の牛を所有しているが,後継者はいない。

・山村留学には町役場からの助成が年 300 万円ほどあり,農家の持ち出しはなかった。募集

は農家自ら行い,新聞社や雑誌社を訪ね広告を依頼し,本州の各地に出向いて PR も行っ

た。これらはいい経験になった。

・八王子市から山村留学で来た子どもが成長し,3 年前に結婚式に招待された。

・1995 年に豊寒別小学校の校舎を改修した。山村留学生も小学校に通いながら,酪農の仕

事を手伝ったりした。豊寒別小学校は 2010 年に統廃合された。

・当団体は休止したが,新たに町外との交流を目指して,2012 年から別の活動(豊寒別交

流大学)を開始した。町役場からの助成は受けず,会費制として,ひな祭り,観桜会,100km

マラソン大会でのジンギスカン交流会,クリスマス会などを開催し,豊寒別交流大学もわ

が村コンクールで表彰を受けた。

<活動休止の理由>

・山村留学に応募する子どもが少なくなった。また,山村留学には町役場からの助成がある

が,転勤してきた家族には助成はなく,不公平との声があった。

・豊寒別交流大学についても後継者の必要性は考えるが,まだ内部で議論はしていない。

124

活動団体:No.9(枝幸町)

活動内容:教育,地域内活性化

話し手:元団体代表 M 氏

<活動団体の概要>

・団体代表の M 氏は,秋田県生まれ,東京で大学を出て,遠戚が枝幸で経営していた林業の

会社を引き継いだ。循環型社会を目指して,丸太小屋を作る会,北緯 45°の会,地域活

性化研究会(行政主導の会で途中で止めた)を経て,1998 年,49 歳の時に当団体を設立

した。当団体は 2014 年に休止するまで 17 年間続いた。

・1 期(1 年間)の参加者は 20~40 人ほど,17 期で計 511 人の生徒が参加した。

・M 氏の地域活性化のビジョンは,10 年かけて子どもを育て,人口が少なくても楽しく過ご

せる環境を残したいというもの。一方の行政は,イベントを開催して観光客を増やすこと

や,移住者を増やすことを考えがち。近隣の町には山村留学の制度があったが,枝幸町に

はなかった。

・スタッフは,酪農家や獣医,保健師などで,設立時は 13 名,最大で 15 名ほどになった。

枝幸生まれ,枝幸育ちのスタッフは 3 名。スタッフの年代は 30~60 代だった。

・当団体の活動は,キャンプ,カヌー,登山,雪洞泊など。毎月,何かしらの活動を行って

いた。会費は年間 3,000 円で,加えてキャンプなどの際は食料代やお米を集めていた。M

氏の個人的負担(持ち出し)もあったが,17 年間で赤字は出なかった。酪農家の親子が

参加しやすいように,朝と夕方の搾乳時間を避けて 10:00 から 15:00 に活動した。

・活動の初期には,町役場からの助成を使ってテントや調理器具などを用意した。

・当初は「学校教育ではやらないことをやろう」と,自然散策など誰でも参加できることか

ら始めた。学校や行政は「危険だから止めましょう」,

「親の負担だから止めましょう」と

考えがち。次第に「子どもは大事に守られ過ぎている。命の危険を感じなければ,自分の

身を守ることを身につけない」と考え,カヌーや登山などを行った。多少の危険でもチャ

レンジさせることに面白さはあったが,やがて特定のアウトドア活動に偏るようになっ

た。カヌーを通して川のすばらしさを伝えたかったが,いかに上手く漕ぐかに生徒の関心

が移ってしまった。体力的に参加が難しい子どもたちが参加できなくなり,誰でも参加で

きなくなった。

・参加した子どもたちの成長を見ることができたことには満足している。一方で,地域全体

の意識が変わることを期待していたが,成果はわからない。

・生徒の一人は,活動を通して森林の大切さを学び,M 氏の会社に就職し,枝幸で家庭を持

った。M 氏としては,家庭と仕事が大変だから,当団体のスタッフには誘えなかったとの

こと。

125

<活動休止の理由>

・後継者の育成がうまくいかなかった。M 氏としては,誰でも参加しやすい活動に戻したか

ったが,こだわりを持つスタッフの考えとの違いから修正できなかった。M 氏は代表を替

わって,会を変えたいと考えていたが,代表を引き受けるスタッフがいなかった。30 代

のスタッフもいたが,忙しいからと断られた。トップが替わろうとする時に,No2 か No.3

がすぐに対応できる体制を作れなかった。

・スタッフにはそれなりのスキルが必要だが,どのスタッフにも家庭と仕事があり,常に活

動に参加することは難しい。キャンプや登山の前には相当な準備も要る。参加できるスタ

ッフが少ないと,子どもの安全確保が難しくなる。また,60 歳を過ぎると,体力的にも

不安になった。

・現在は解散ではなく休止中なので,誰かが継承してくれるなら,M 氏としてはバックアッ

プしたいとの意向。

<その他>

・地方に長く住んでいると,住んでいる人が同じだから新しい考えも生まれにくい。学生が

地域に入ってくれれば,新しい視点を得ることができる。大学のカリキュラムに学生の地

方滞在を組み込むのも良い。

・一昔前に,全国各地で環境保護活動が始まったが,助成がなくなるとすぐに活動が収束し

た。知床の木にしがみつき自然保護を訴えた急進的な人間が注目され,かえって国民が環

境保護を敬遠するようになったのかもしれない。環境教育は誰でも参加しやすい仕組み

の方が良い。

126

付録C

活動団体へのヒアリング調査結果(2023 年)

ヒアリング調査は,2020 アンケートおよび 2022 アンケートに回答のあった団体の中か

ら,活動地域の条件(人口,立地条件,感染状況など)の共通性を考慮し,同じ地域(市町

単位)で活動する 2 団体を 4 市町(A~D)からそれぞれ抽出し,計 8 団体の代表を対象に

2023 年 3 月に行った。聞き取り内容は,コロナ禍での活動状況やコロナ禍でも活動を継続

するための要因などである。以下に聞き取った内容の詳細を記載する。

表付.3 ヒアリング調査結果(2023 年)

No.

活動内容

コロナ禍での活動状況・認識の変化

A1 6 次産業化

景観

地域内活性化

コロナ禍での活動継続要因

毎年開催してきたイベントを 2 年間中止した

地域資源(特産物)の価値を広

が,2022 年に再開。新規に町内の他団体と協議 く伝えるという使命感。コロナ

会を作り,交付金を活用した事業を開始。

禍で経営が厳しい時は交付金も

活用。

社会のために活動するという使

A2 都市交流,景観 毎年開催してきたイベントを 2 年間中止した

地域内活性化 が,2022 年に再開。全体的に特に影響はない。 命感。

毎年開催・参加してきたイベントが中止とな

当初の理念にこだわり過ぎず,

B1 都市交流

ブランド化

り,現在も再開していない。新規に他事業者と 変化を受け入れ,新しい体制に

連携し,テイクアウト用商品を開発。

変化していくこと。

景観

毎年開催してきたイベントが中止となり,再開

志があって言い続ける人(リー

B2

地域内活性化 は困難。コロナだけが原因ではないが,行政任 ダー)の存在。

せでいいと考える住民が増え,活動再開に非協 住民同士が顔を合わせること。

力的。

雇用,教育

一部の活動が実施できず,現在も再開していな 協議会として活動を実施する体

C1

いが,全体的に特に影響はない。

制が整っていること。

会員間で交流するイベントがなくなり,関係性 これまで通り,できることを無

C2 観光

地域内活性化 が希薄になった。

理せず続けること。

協議会として体制は整っている

D1 都市交流,教育 毎年開催してきたイベントを 1 年間中止した

地域内活性化 が,2021 年から徐々に再開。

が,事務局(漁協)の人材が不

足。

大学連携の活動を 3 年間中止したが,新規に他 経営感覚を持って取り組むこ

D2 観光,景観

地域の団体と連携し,広域の組織づくりに取り と。従来の活動に代わる新規の

組んだ。また,外的要因(国定公園の指定な

活動へと意識が自ずと変化し

ど)も地域を停滞させない意味で効果があっ

た。活用できる交付金は何でも

た。

活用する。

127

活動団体:No.A1(当別町)

活動内容:6 次産業化,景観,地域内活性化

話し手:団体代表 H 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・団体代表の H 氏の出身地(栃木県鹿沼市)では合法の大麻が生産されており,団体設立当

初は当別町でも繊維をとるために亜麻の生産に取り組んだ。しかし,化学繊維が普及して

いる国内の市場では対抗することが難しく,アメリカでトランス脂肪酸の食品添加への

リスクが注目されたことをきっかけに,健康面に配慮した商品開発を目指すことにした。

団体設立当初は,JA にも事業について相談したが,これまで特に連携していることはな

い。

・亜麻は乾燥に強く,道内は適地であるが,麦のような畑作物に比べると,無農薬栽培のた

め除草に手間がかかり,人手を確保できる規模の大きい農家でなければ栽培することは

難しい。当団体では,農家が収穫した亜麻の全量を買い取り,亜麻仁油に加工している。

当団体には,以前は 10 軒の農家が加入していたが,現在は 3 軒で例年 5ha ほど栽培して

いる。2022 年は亜麻の在庫が確保されていたため,栽培面積は 1.5ha と生産調整を行っ

た。

・各農家は,経営する農地のうちの 1ha ほどを,地域のためと思って亜麻を栽培している。

一方で,公社としては亜麻のブランド化のために亜麻の品質を追い求める必要があるが,

その方針に農家がついてくることができない場合がある。近年の水田活用直接支払交付

金の厳格化は農家の経営にも影響しており,手間のかかる亜麻の栽培に協力してくれる

農家が減る可能性がある。

・亜麻商品の販売のため,当団体と他の 1 社で販売組合を設立し,ネット通販やイベント販

売を行っている。また,商品はふるさと納税の返礼品に選ばれている。

・これまで,町内の小学校に亜麻を寄贈し,花壇に植栽してきた。2022 年に開校した小中

一体型義務教育学校の新校章は、旧中学校美術部の生徒が考案したデザインの中から選

定されており,当別町を象徴する亜麻の花を中心に表現されている。他にも,油彩画の制

作に使う画溶液(溶き油)を開発しており,町内の住民にも認知されるようになってきた。

<コロナ禍での活動の変化>

・2008 年から亜麻まつりを開催してきたが,コロナのため,2020 年と 2021 年は休止した。

2022 年は再開したが,人出は 3~4 割ほどだった。再開するにあたり,町役場に町主催イ

ベントの開催予定を確認しながら検討を行ってきた。亜麻まつりは屋外でのイベントな

ので,比較的再開しやすかった。

・亜麻は連作ができないので,毎年,栽培する圃場が変わる。そのため,亜麻の花を見に来

る来訪者に,圃場までの道を案内することが課題の一つだった。特に亜麻まつりの時期に

128

は、役場にも問い合わせが多い。そこで,当団体の他,役場,商工会等が協議会をつくり,

農山漁村地域振興交付金の地域活性化対策(定額補助)を使ってソフトを開発した。ソフ

トの維持費には年間 250 万円ほどかかるが,スマホで亜麻の花が咲いている圃場まで来

訪者を案内することができる。コロナ禍で経営が厳しい時期なので,交付金を使うことも

やむを得ないと考えている。

・亜麻まつりの他に、フォトコンテストも開催している。写真の版権は当団体が有している。

また,交付金を活用し,町民向けのワークショップを開催したほか,2022 年には他市で

開催されたガーデンフェスタにも参加した。

<活動を継続するための要因>

・H 氏は,亜麻の価値を伝えるという理念をもって亜麻まつりを開催してきた。祭りの事務

局のような面倒くさいことをやるのが当団体の務めであると考えており,細く長く続け

ていきたいと考えている。

活動団体:No.A2(当別町)

活動内容:都市交流,景観,地域内活性化

話し手:団体代表 K 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・団体代表の K 氏は,当別町に生まれ育ち,東京で働いた後に,当別町を情報発信基地にす

るため当別町に戻った。

・日本の酪農は,牛舎で牛に濃厚飼料を与え,乳量を上げるシステムが主流だが,大規模化

を目指してきた日本の酪農家は,現在,厳しい状況に直面している。一方,ニュージーラ

ンドでは牛を放牧し,一頭あたりの乳量は半減するものの,牛に過度の負担をかけること

なく,飼料代を節減し,酪農家は余裕を持って生活している。そこで,K 氏は 1985 年に

当社(K 氏が社長を務める株式会社)を設立し,ニュージーランドの放牧システムを学ぶ

ステディツアーや,電気柵の開発,野生動物に関するセミナーなどを行ってきた。

・K 氏は,1990 年代に札幌市あいの里でコーポラティブ住宅の建築に関わった。クレームも

多かったが,学ぶところも多かった。その後,農村版のコーポラティブ住宅を目指し,1998

年に当団体を立ち上げた。当社の事業で放牧システムのコンサルタントを行い,事業の枠

に入らない社会貢献活動,例えば地域住民や都市住民との交流を当団体の活動として行

ってきた。この 20 年で全国から 40 軒ほどが A 町に移住し,そのうち 2~3 割が当社に入

社している。

・20 年前,当社の経営が厳しい時期があった。その時期を救ってくれたのが,今は当社の

幹部になっている 2 人の職員。当社の職員はほとんどが道外出身で,多様な人材が育って

129

いる。

・一方で,地域の教育機関との連携にはもっと取り組みたいが,現在は十分ではない。

<コロナ禍での活動の変化>

・コロナのため,2004 年から開催してきたイベントが休止となったが,新たにグラスフェ

ッドの冊子を作った。コロナ禍でも,事業や活動に特に影響は出ていない。コロナを機に,

地方でも働きやすい環境が整い,田舎暮らしを求める人間が増えた面はある。一方で,研

究会会員の交流(飲み会)の機会は減った。

・アンケートでは,行政や JA・商工会に対する満足度は低いと回答していたが,当団体の

活動が広がり,役場にも認知されてきたという実感はある。

<活動を継続するための要因>

・K 氏にとって,活動を継続するための要因は,志,想い。儲かるかどうかではなく,社会

のためになるかどうか。

活動団体:No.B1(富良野市)

活動内容:都市交流,ブランド化

話し手:団体代表 I 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・団体代表の I 氏は,富良野市出身で富良野市育ち。金融機関に勤め,定年後に,観光協会

や福祉の事務局長を務めてきた。18 年前の当団体の前身にあたる団体の立ち上げから現

在まで,会長として関わってきた。

・18 年前,富良野市は食材が豊富なのに,地産地消が進んでいなかった。そこで,市役所

の熱意ある若い職員たちが国内の先進地を調べ,老若男女だれもが食べるカレーに目を

つけ,ご当地グルメを開発することにした。市役所職員の M 氏が事務局長を務め,I 氏が

会長としてサポートする体制をとった。

・現在の大きな課題は,オムカレーに使用している「さくらたまご」を生産している O 養鶏

場の後継問題。現在の代表は 90 歳だが,後継者がいない。過去に,養鶏場に新規就農を

希望する者もいたが,市役所から,夫婦での就農でなければ認められないと断られた。話

が通じる職員もいるが,行政の頑なさが活動の壁になっている。

・余った玉ねぎの廃棄の活用について,富良野緑峰高校園芸科学科の M 先生と関わりがで

きたことをきっかけに,富良野緑峰高校の生徒を「ふらのカレンジャー娘」に任命し,商

品開発の監修やオムカレーの PR をやってもらっている。卒業生の数名が地元のフラノマ

ルシェで勤務するなど,協議会での活動が社会教育,食育になっている。

130

<コロナ禍での活動の変化>

・コロナ禍の 3 年間で 3 軒の店舗が休止となったが,近々,1 店舗がフラノマルシェにオー

プンする予定。

・コロナ前には,先代の M 事務局長の出身地である横須賀市で海軍カレーに因むカレーイ

ベントが開催されており,当団体も毎年出店していたが,そのイベントも中止になってし

まった。また,富良野市で開催してきたイベントも中止となり,コロナ禍の 1,2 年目は

活動が大きく停滞したが,3 年目から徐々に回復傾向にある。

・コロナに限らないが,当団体内部の課題として,会員の高齢化が一段と進んだ。一方で,

新たにコンビニとコラボし,商品開発にも取り組んだ。活動が停滞しかけた時に,周りの

サポーターが気づきを与えてくれれば,活動を継続できる。地域内のコミュニケーション

が会員の事業を支える仕組みづくりが必要。

<活動を継続するための要因>

・活動の目標は住民に喜んでもらうこと。活動を継続していくためには,当初の理念にこだ

わり過ぎず,変化を受け入れること,新しい仲間を入れて変化しながら継続すること。

・当団体は,これまで補助金などを活用したことはなく,賛助会員は自営業で生計を立て,

ボランティアで地域活動を続けている。

・高度経済成長期であれば,大蔵省が先導する護送船団方式で,自分たちは半歩後ろから付

いていくだけでよかったが,今の時代にそのやり方のままでは,泥船でいずれ沈んでしま

う。富良野市内にあった老舗が減少してきたのも,時代の変化についていけなかったのが

大きな原因。自分たちで情報を先取りしながら考えていかなければならない。

活動団体:No.B2(富良野市)

活動内容:景観,地域内活性化

話し手:前団体代表 M 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・当団体の前会長である M 氏は 60 歳。16 年前に富良野市麓郷に転居し,熱心に活動に取り

組んできた。スイカのブランド化や,都市交流などの地域づくりに取り組んできたが,こ

れでいいのか?という疑問も残っていた。ある時,住民から,「補助金が十分にあるんだ

から,自分たちで面倒くさいことをやらずに,補助金で解決すればいい」という意見を聞

いたことが転機になり,住民自身の心構えを変えることが何よりも重要と感じるように

なった。

・当団体は,10 の自治会で組織されている。毎年,多面的機能支払交付金が 3,000 万円ほ

131

ど交付され,当団体の土木部で市道・農道の管理を行い,他に鹿柵の設置や,植栽・桜並

木の草刈りを行っている。共同活動があるから,地域内のつながりが強くなっている。

・石狩振興局にいる道庁職員の声かけで,地域活動に取り組む道内の組織とのネットワーク

である「ほっかいどう地域づくりチャレンジャーネットワーク」に参加している。最近は,

当別町にある高岡集落(30 戸ほど)の現地調査にも参加した。高岡集落の隣にスウェー

デンハウスの集落があるが,まったく交流がないとのこと。

・年々,麓郷の人口は少なくなり,協力関係は希薄になっている。高齢の住民は,自治会の

複数の役を担っており,

「子や孫に負担を残したくない」という考えから,地域のイベン

トや決まり事を省略するようになってきた。ある程度の負担軽減はもちろん重要だが,省

略ばかりが進んでいることに危機感を感じている。クミカン制度が無くなったことが影

響しているのかもしれない。

・麓郷には移住者も多いが,以前から住んでいた住民との関係構築がうまくいかない場合も

多い。M 氏は,以前は移住者を増やすことが重要と考えていたが,今は全くそう思ってい

ない。隣の集落では,これまで若い人が苦情を言うことはあまり無かったが,今は公然と

苦情を述べ,協調性が見られなくなってきた。

・麓郷に唯一あったスーパーを維持するために,森の駅として活用を図ってきたが,4 年ほ

ど前に閉店してしまった。

<コロナ禍での活動の変化>

・夏の盆踊り大会は,コロナ禍の 3 年間は開催できなかった。M 氏は今後も再開は難しいと

見ている。盆踊りに限らず,集落内の仕事を自分たちの仕事と考えるか,行政任せにする

か,コロナだけが理由ではないが,行政任せでいいと考える住民が増えたと感じている。

・6 月に住民 60 人ほどで桜並木の草刈りを行っている。コロナ禍の 1 年目は中止したが,2

年目以降は屋外の活動なので再開した。

・10 月に開催している敬老会は,コロナ禍 1,2 年目は中止し,3 年目に再開した。高齢者

のネットワークは意外と強く,コロナ禍であっても,冬も室内ゲートボールを続けている。

<活動を継続するための要因>

・集落に,志があって言い続ける人(リーダー)がいることが必要。

(ただし,M 氏自身が会

長職を 14 年間も続けてきたため,長くやりすぎてしまったことを反省している様子。

・住民同士の小さいつながりを増やしていくこと,顔を合わせることが必要。

132

活動団体:No.C1(新得町)

活動内容:雇用,教育

話し手:団体事務局 L 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・当団体の活動が始まって 27 年。当団体では,就農を希望する者に農業実習などの研修プ

ログラムを提供するほか,研修員の生活環境(寮生活)の支援,受入れ農家との調整,研

修カリキュラムの検討,施設見学の調整などを行っている。これまで,毎年 10 名前後の

研修員を受入れ,研修員のうちの数名は新得町内の農業法人などに従業員として就農し

てきた。自営業として農業を行っているのは,これまで 1 名のみ。

・受入れ農家の代替わりも概ね順調に進んでおり,代替わりした農家が引き続き研修員の受

入れに協力してくれている。

<コロナ禍での活動の変化>

・コロナ禍の 3 年間で,研修員の歓迎会や祭りが開催できず,コロナ前と比べると受入れ農

家との交流や地域との関わりが薄くなり,研修員にとっては研修に対する満足感が低く

なった可能性はある。だが,コロナの影響で,研修希望者が減少したり,受入れ農家が受

入れを躊躇ったりするようなことはなかった。コロナ禍でも,研修員が JA 青年部と交流

する機会は多少あった。

・例年,研修希望者に短期で新得町に来てもらい,寮や受入れ農家に案内するオープンキャ

ンパスを開催してきたが,コロナ禍の初期は開催できなかった。現在は再開している。

・研修後の研修員の進路も,コロナ前後で特に変わった様子はない。一方で,農業法人によ

っては,コロナの影響を多少受けている。酪農家は,コロナで学校給食用の牛乳が余り,

経営に影響した時期があった。また,中小規模の酪農家は酪農ヘルパーを活用しているが,

酪農家側で感染者が出た際にヘルパーが活用できず,支障が出たと聞いている。

<活動を継続するための要因>

・当団体は協議会として体制が整っているので,一定の研修希望者がいる限り,活動継続に

特段の課題はない。ただ,活動が始まった 27 年前は,女性農業者向けの研修制度は珍し

かったが,今では農業法人が独自に研修制度を設けて就農希望者を育成している場合も

ある。そのため,協議会活動の特徴(カリキュラムの充実)をもっとアピールしていく必

要がある。

・地域の魅力を研修員に伝えることも大事なので,研修員を連れて先輩農家に話を聞きに行

く機会を設けることもある。研修員と地域のつながりを重視している。

133

活動団体:No.C2(新得町)

活動内容:観光,地域内活性化

話し手:団体事務局 M 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・当団体の活動は,20 年前に,前代表の T 氏の呼び掛けで始まった。町内の観光に携わる

事業者が協力して,地域の振興と農村景観保全に取り組んできた。5 年ほど前に T 氏が亡

くなり,現在は M 氏が当団体の事務局を担っている。主な活動はガイドマップを作るこ

と。ガイドマップの印刷代は,観光協会から助成を受けている。M 氏は,以前は旅行会社

に勤務し,今はレストランの代表の他,新得町議会議員を務めている。

・現在,24 軒のレストランや体験農場が当団体に加入しており,年会費は 2,000 円。退会

する会員はいないが,マンネリ化している面もある。コロナ前の 2019 年には,新規の活

動としてスタンプラリーに取り組んでみたが,結果,応募者はゼロだった。また,どの会

員も高齢化している。世代交代した会員もいるが,先代とは考え方も変わり,観光客への

対応の違いから,観光客から当団体に苦情が届くことがある。

・会員は,農家以外,ほとんどが町外からの移住者。新得町は,農業王国十勝の中で,寒さ

が厳しい気象条件のため夏に野菜を作ることができず,そのため,そばの産地になった。

また,山や丘陵地が多いことから,他の地域と比べると酪農の規模も小さい。農業で苦労

してきた町なので,その分,新規の移住者を受け入れやすい面がある。

<コロナ禍での活動の変化>

・コロナ禍の 3 年間,毎年 2 月に開催していた総会+食事会(会員同士の交流会)を開催で

きずにいる。コロナ前から,すべての会員が一堂に会することはなかったが,コロナ禍で

はさらに関わり度合いが低下した。

・会員の業種は,レストランや体験農場など,小規模でコロナの影響を受けやすい業種ばか

りで,収益への影響の程度も様々。乗馬やラフティングを行っている会員は,事業を継続

しなければ経営できないので,コロナ禍でも営業してきた。

・コロナ禍 3 年目の 2022 年 6 月に開催されたウエスタン・ピクニックに,当団体は抽選会

の景品提供で協力したが,会員の負担を考慮し,当団体から 5,000 円をキャッシュバック

し,景品提供に充ててもらった。コロナによる減収の程度は会員によって様々であるが,

研究会としては会員に公平に配慮する必要があり,対応に苦慮することがある。

・以前は,小学校がコミュニティの核だったが,今はその小学校もなくなった。農家も戸数

が少なくなり,大規模な農家は会社経営となって,従業員はサラリーマンのように勤務し

ても,地域住民とコミュニケーションをとることはない。住民同士が顔を合わせる機会は,

会館の清掃の時くらいしかなく,コロナでさらに機会は少なくなった。

134

<活動を継続するための要因>

・町内には移住してきた事業者も多く,当団体に勧誘したいが,当団体には専従で事務を行

う者がおらず,勧誘や新規の活動を始める余裕がない。今のところは,これまで通りガイ

ドマップづくりを続けていくことが目下の目標。

活動団体:No.D1(根室市)

活動内容:都市交流,教育,地域内活性化

話し手:団体事務局 T 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・2005 年に,当時の漁協の専務が音頭をとり,地区の町内会長,小学校,信金,水産加工会

社,酪農家,行政が構成員となり,当団体を設立した。充て職で毎年人が変わるため,マ

ンネリ化することは少ないが,全体的に高齢化している。

・活動の目玉であるネイチャークルーズは,船 1 隻に 7~8 人が乗り込み,コロナ前は 1 年

間に 800 人ほどが参加していた。6~8 月が繁忙期になる。参加者のほとんどが日本人。

・当団体が活動する O 地区の学校からは,子どもたちに何か体験させてほしいと依頼があ

り,コロナ前は子どもたちを船に乗せ,イベントでも物販の手伝いをしてもらっていた。

活動の初期には,生け簀の稚魚に餌をあげるイベントも行っていたが,今は行っていない。

・活動の初期に参加していた子どもたちが,大人になって当団体に入るということは,今の

ところまだ無い。サンマやサケの漁獲は変動しやすく,所得も不安定なため,漁師の子ど

もたちは漁師を継がずに札幌へ出てしまう。これからは,天然資源に依存しすぎないよう,

養殖にも力を入れていく予定。

・地元にいる者からすると特に魅力は感じないが,外の人間からは,落石地区は観光資源に

恵まれていると言われる。鳥の愛好家も多く来訪しており,冬季に外国人が来ることもあ

る。また,バイクの観光客が岬まで来ている。そのため,今後,民泊に取り組むことも構

想中である。根室市の地域おこし協力隊が観光協会に入り,情報発信を行っている。

<コロナ禍での活動の変化>

・ネイチャークルーズは,2020 年は中止,2021 年は一部再開し,2022 年から本格的に再開

した。屋外の活動なので,ワクチン接種が始まって以降は重症化しないだろうと考えた。

・ネイチャークルーズの収益はそれほど大きくはないが,当団体でネイチャークルーズ専門

の事務員を雇用していた(2020 年は 2 人,2021 年以降は 1 人)ため,人件費がかかって

いた。ネイチャークルーズの代わりになる事業を立ち上げようにも,コロナ禍 1 年目は会

議さえ開催できなかった。対面での会議は,2022 年から再開できるようになった。

・2023 年 5 月に,4 年ぶりのイベントとしてアジ祭りを開催する予定。ブランクがあるた

135

め,職員の動きは鈍いかと思っていたが,特に反対意見もなかった。コロナをきっかけに

当団体から離れた構成員はいない。しかし,ワクチン接種後も「イベントには参加したく

ない」という地域住民の声もある。

・2023 年 5 月からコロナが 5 類感染症に移行するが,当団体事務局としては特に状況は変

わらないのではないかと思われる。事務局では金融も扱っているので,中途半端に業務を

続けるわけにはいかず,過去に事務局内で感染者が出た際は業務を止めねばならなかっ

た。

・外部との協力関係は特に変化していない。行政とは補助金の関係で関わることが多いが,

それも以前と同じ程度。

<活動を継続するための要因>

・地域を盛り上げるために,イベントで人を呼び込んでいる。

・しかし,現在はリーダーがいない。当団体の体制はしっかりしているが,事務局の職員数

が減っていることが課題。職員を募集しても人が来ない。採用してもすぐに辞めて札幌へ

行ってしまう。今の職員もほとんどが根室市内から通っている。

活動団体:No.D2(根室市)

活動内容:観光,景観

話し手:団体代表 I 氏

<活動開始のきっかけ,コロナ以前の活動状況>

・コロナ禍の 3 年間,専修大学(東京)の学生によるフットパスの新規整備事業が実施でき

なかった。フットパスは屋外のイベントなので影響は少ないと考えていたが,旅行者の移

動そのものが制限されたため,

フットパス利用者はコロナ以前と比べて 1/3 に減少した。

一方で,コロナ関連の補助金を使って,フットパスを維持するための草刈り機を購入し,

空調設備も整えた。

2023 年 2 月頃からフットパスに関する問い合わせも増えてきたので,

今後は利用者も増えると予想している。

・レストランは,コロナ禍 1 年目には売り上げは減少したが,巣籠もり需要で総菜の売り上

げが伸び,過去最高の収益となった。また,観光客は減ったが,地元のお客さんが増えた。

しかし,コロナ禍 2 年目は総菜の売り上げも減り,客足も戻らず,耐え忍ぶ時期だった。

従業員がコロナに感染することはなかったが,危機管理として,従業員が行っていた出張

先での説明会を I 氏が自ら行うこともあった。従業員を休ませた際は,コロナ関連の休業

補償を利用した。

・農協の役員を引き受けているが,コロナで出張や会議がなくなった。その代わりに,他の

地域の活動団体との連携に集中することができた。フットパスの広域連携ができるよう

136

に,シーニックバイウェイの認定を申請し,

「知床ねむろ北太平洋ルート」として認定さ

れた。他団体とはメールや WEB で連絡を取り合い,必要があればコロナ禍でも対面で会合

を行った。それに反対する者はいなかった。レストランの経営は波があったが,地域活動

全体としては概ね 7 割程度で一定の活動ができた 3 年間だった。

・コロナ関連の補助金の情報は,地域活動のネットワークで得ることができた。これまで多

くの補助金を申請してきたので,書類上で押さえるポイントは掴んでいる。コロナ関連の

補助金は数が多いので,中小企業診断士に申請を委託することもあった。

・コロナ禍の 2020 年 6 月に,標津町を中心に根室管内が「鮭の聖地」として日本遺産に認

定され,規模を縮小しながら認定式も実施された。また,2021 年 3 月には厚岸霧多布昆

布森国定公園が指定された。このような外的要因が進行していたので,コロナ禍だからと

いって,すべてが停滞したわけではない。

<活動を継続するための要因>

・特に指針などは無いが,地域活動は地域振興のためだけでなく,経営感覚を持って取り組

むことが重要。勢いのある他の経営者たちも同じような考えであると思う。経営は止める

ことができないので,座して待つのではなく,波に乗る時期を捉える、そのために準備し

ておくこと。一方で,出過ぎて浮かないように間合いをとることも大事で,そのバランス

感覚には経験が必要。

・コロナ禍でフットパスやレストランの営業が十分にできなかった分,体が空いたので,次

の世代の組織基盤を築く良い機会と捉えた。自ずと意識が変わった。

・I 氏が経営する会社の農業経営の後継者は 28 歳の従業員で,I 氏が 65 歳になったら経営

を譲る予定。後継者がフットパスを続けていくかは分からないが,地域の 70 代の経営者

たちと観光協会の若手をつなげるシーニックバイウェイの仕組みができたので,何かし

らの地域活動は続いていくと思っている。地域活動は,地域の人たちがいてこそ成り立っ

ていること,そこが大事なところであると若い人たちに話している。

137

...

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